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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第百六筆:嵐の前の……

「どうやら同じ宿にこちらの依頼主とルドルさんたちがいるようだね」


 あの化け物みたいな気配はないなと鋼女は思う。疲からぐっすりと寝ていて殺気を飛ばす様な状況でないだけで該当するアリスはいるのだが、この時の鋼女はそれを知る手段がない。


「それってさっき言ってた気配? それともこの距離から目視も出来てるの?」

「大まかなところは気配だけど、依頼人に関しては目視だね。ここに来ている一人の顔がちらりと廊下の窓から見えた」


 グラダの疑問は最もで、鋼女が言っている宿は恐らく今いる屋根から百五十メートルは離れている。もちろん、その距離から人影を視認することは出来なく無いだろう。問題は、今が深夜で街頭や家から漏れる灯りも少ないということである。空も雲がかかっているという点で侵入には適した環境だが、こうして何かを見つけるという点では明らかに不向きな環境なのである。

 名前を伏せている当たりあまり深く詮索されたくないというオーラが漂っているが、間違いなく変異種絡みで特異な体質を持っている人間なんだろうとグラダは思い始めていた。


「すごいですね」

「君たちも十分凄いだろう」


 その返しに、恐らく皮肉でも何でもなく素直に同じぐらい凄いと褒められているとグラダは理解できたが、いかんせん、自身に出来ないことが出来る人間に言われても正直ピンとは来ないのが、こういった褒め言葉でもある。


「どうも」


 だから、適当に返すことしか出来ない。


「ひとまず、あの宿に入ってこっちの依頼主にこちらの事情を説明してルドルさんたちと協力関係になれないか話を進めてみようと思うけど、一緒に来るかい? それともすぐにルドルかバルボ、さんだっけと合流する?」

「いえ、あの人はどうでもいいですし、いるかもわからないわけですからあなたに合わせますよ。まぁ、こっちからすればルドルさんと合流できれば、とりあえず問題ないので」

「了解。それじゃぁ、いくよ」


 トンッと屋根を蹴る音と共に再び夜の街を飛び交うのだった。


◇◆◇◆


 コンコンッ。深夜に突然のノック。しかも音のする方向はドアではなくカーテンの掛かった二階の窓である。メレンチーを始め部屋に集まっていた部下たちも一瞬で緊張感をまとわせる。拳銃を構えたメレンチーが部下に静止の合図を出しながら先陣を切りゆっくりと窓へと近づいていく。ピタッと窓際に左半身をくっつけながらゆっくりとカーテンに手を伸ばす。そして、再度部下たちの顔を確認し、これから開けるぞ、と目配せする。そして、それぞれが頷いたのを確認すると勢いよくカーテンを開け放った。

 そして銃口が覗く先には壁に張り付く黒いシルエットと向けられた銃口に両手を振りながら敵ではないことをアピールする人影が確認できた。


「鋼女です」


 窓越しではくぐもった声だが確かにそう聞こえた。こういった手法で接触すること、何より合流しに来るという点でその可能性はあった。ただ一つ懸念すべきはメレンチーたちが鋼女の顔を知らないこと、何よりここが敵地であるという点である。だからメレンチーは銃口をそらさないままゆっくりと窓の鍵を開けるのだった。

 キィーッという音と共にゆっくりと窓が開かれる。


「ありがとう」


 そう言うとサッと二人組は中へと入ってくる。

 しかし、メレンチーたちは警戒をとかない。


「鋼女、という証拠は?」

「部外者を一人連れてるけど、依頼内容を話しても問題ない?」

「その部外者はどういった関係だ?」


 メレンチーがその部外者と呼ばれた人物を見てから確認する。


「ここにいるルドルという変異種とバルボの連絡係と言ったところだ。縁があって運んでる」


 こっちの依頼は喋るんだという視線が飛んでくるが鋼女は気にしない。


「バルボ……ジャンパオロ・バルボのことか?」

「そうだけど」


 メレンチーは銃を下ろし、部下にも警戒を解くよう目配せする。


「彼らとはすでにここにいる間の協定関係を結んでいるから、話してもらっても構わない」


 メレンチーの言葉で鋼女は深く被ったフードを脱ぎ素顔を見せながら話し始める。その行動はどちらも今後の協力関係において信頼を獲得するために必要なことである。しかし、依頼内容による確認はもはやその場の誰にも機能していない。それほどまでに引き込まれる大きな赤い瞳、ただの人間ではないと勘ぐらせるには十分なそれが、その場の全員の集中を持っていったのだった。


◇◆◇◆


「えっと、あんたがそちらの最高戦力の鋼女って人?」

「よろしく」


 メレンチーの部下から呼び出されて合流したジャンパオロの第一声である。


「随分とカッコいい瞳だけど、なんか特別な力でもあるの?」


 誰もが聞かなかった、否聞きづらかった部分をズバッと聞くジャンパオロの質問の答えに自然と注目が集まる。


「そこまで教える義理はないだろう。もちろん、戦力としては期待してもらっていいよ。私、そこそこ強いから」


 鋼女はそう言うとフードを深く被り直す。


「聞いてるよ、そっちの最高戦力だって。先に直に見れておいて良かったけど……まぁ、宛にしておくよ」

「どうも。それで、今後のご予定は?」


 ニヤニヤとしているジャンパオロを鋼女は不気味だと思いもしたが、今は話を前に進めることを優先すべきだと判断し、今後のメレンチーたちが共闘して行うであろう計画について尋ねる。


「俺たちはバーベリさんたちと朝に本丸、この街の町長さんとこに話を聞きに行く予定だよ」

「それはまた随分といきなりだな」


 率直な鋼女の感想にジャンパオロが補足する。


「なんと向こう直々のご指名だったりするんやけど。というか早い話、すでに顔が割れてるんだよね、俺たち。だから今できることもこれから出来ることも制限がかかってしまうわけよ。そこで、早速君たちにお願いしたいことがある」

「……はぁ、人使いの荒い」


 グラダはすでに次に出てくる言葉を把握しているかのような口ぶりでため息を付く。


「ハハッ。お前、もしかしてイーシャ側から連絡用で来てるってことはチャフキンだったりするのか? それはそれはまた都合がいいなぁ」


 アハハッと笑い声を挟む。


「どうせ、何とかしてこっちには誰にも顔を見られないように侵入してきたんだよね?」

「そうだけど」

「と、言うわけでできるだけ先手を打ちたいんよ。だから、十一時くらいまでこの街の調査をしてほしいんだよね。あぁ、もちろん、時間制限を持ちかけるのはそちらの鋼女さんには俺たちが留守になる時にルドルさんの護衛をしてもらいたいからだよ。戦力として期待していいんでしょ? それに」


 ジャンパオロは少しだけ間を開ける。


「俺たちが護るより安心できるんじゃない?」


 探られてる。鋼女は直感的にそう察した。鋼女は恐らくジャンパオロがこちらの力を確認しようとしていることを、しかも変異種とすでに結びつけて確認しようとしていることを九割型確信していた。

 そのぐらいの用心をして問題ない相手、そう感じさせる何かがジャンパオロにはあるのだ。


「この場で考えるなら最適な戦力かもね」

「そうそう、そういうこと」


 鋼女を立てるように、そして自身の思惑を流すようにされた同意に鋼女は少しだけ眉間にしわを寄せる。

 気に入らない、そういった嫌悪感が自然と出てしまうという話である。


「で、どこをどういう風に調べるとかの目算はあるの?」


 微妙な気まずさを感じ取ったのかグラダが話題を本筋に戻す。


「その辺は、今から決める。俺は残念ながらこの世界に疎いんでね。土地勘はみんなないだろうけど、幸いに観光案内程度だが地図は手に入れられた。でも、それ以上にいいものはきっとそちらさんは持ち込んでるはずやろ?」


 と言いながらジャンパオロはメレンチーに顔を向ける。

 その仕草にメレンチーは頷き、カバンの中からジャンパオロが持ち込んだものよりも様々な情報が書かれた地図を持ってくる。


「これで問題ないだろうか?」

「かまへんよ。それじゃぁ、朝日が登るまでに見ておきたい場所とか決めておこうかね」


 あっ、とジャンパオロはいざ作戦会議の流れを自分で作っておきながら遮る様に付け加える。


「先にイーシャと合流できる様に拠点までの地図頂戴。俺が一回ここを離れなきゃいけないのは確定だからさ」

「覚えてないの?」

「全然。急だったし、別に俺、記憶力がいいわけじゃないからな」


 グラダの皮肉を軽く流すジャンパオロにグラダはため息をつく。


「これが終わるまでに作っておきますよ」


 こうしてこの街の調べるべき場所を決める会議が深夜に始まるのだった。そうアリスという異人アウトサイダーの存在を意図的に反らして、隠したまま始まったのだった。


◇◆◇◆


「とまぁ、こんな感じで話し合いをして別れた後、私は所定の時間が来たからここでルドルの警護に当たっていたの。そこへ君と鉢合わせ、今に至るって感じね」


 ふぅという溜息がアリスへの説明を一段落つけたことを意味する。

 そして鋼女はそのまま舌打ちが聞こえてきそうな勢いで文句を続けた。


「まぁ、そんな訳で今になってあの男がニヤニヤしてた本当の意味を知ったって感じね。ほんと、性格が悪い」

「私たちが出払う時間もしれっとずらしてただなんて。しかも、やっぱり裏でこそこそと……性格悪いというか、癪に障るというか、本当にイライラします」

「いや~、ほんとそれ」


 アリスと鋼女はここで互いに軽く笑い合う。


「それにしても、君みたいな人が味方だというのは、戦力として申し分ないな」

「私のことって誰かから詳しく……はここまでの反応で考えれば聞いてないですよね」


 アリスはそう言いながら改まって鋼女の前に立つ。


「バルボさんへの嫌がらせと、今後のことを考えてあなたという戦力にも私の力を知っておいて欲しい、そう思ったのと」


 一拍。


「あまりにもあなたが私のことを過大評価するから、本来の力を伝えたくなった、というこちらの勝手な言い分だと思って情報を受け取って欲しいの」


 前置きを言い終えるとアリスは成りすましの力を解いて本来の少女の姿を二人の前に見せる。その姿に二人が目を丸くする。

 身長、体格、年齢、何より性別が正反対の存在が現れたとなれば当然の反応とも言える。


「……全くの別人、どっちが本来の姿なんだい?」


 声が若干震えていることからも、先のメレンチーたちよりも驚いていることが伝わってくる。


「こちらが本当の私の姿で、そして実力です」

「……驚いた。つまり、第二人格、いや人格に変化が見られたような気配がないから第二形態を持っていると表現したほうがいいのかな」


 新鮮な意見だった。紘和というアリスのいた世界なら誰もが知る最高戦力の一人を知らないというただそれだけの理由で能力の推察する幅を増やせるのだなと。そしてこれがジャンパオロの言う所の情報の秘匿性による優位関係の形成なのだろうと理解する。

 だからこそ小型通信機の先でどういった顔をしているのか、アリスにとっては少し興味深い節、嫌がらせの結果を知りたいというものでもあった。


「なるほど。こちらの世界だと確かにそう考えられるかもしれませんね。ただ、実態はもっとシンプルです」


 アリスは説明する。


「私は新人類。元いた世界でも普通の人間とは少し違って、特異な力を持っています。ルドルさんたちが戦っていた化け物、あれの力の一端と言いますか、元をたどるとこの新人類と呼ばれる存在が獲得していた力と言いますか……」


 空間転移というおよそ空想的な攻撃を繰り出した存在と似たような存在というのは鋼女たちにさらなる衝撃を与えた。


「つまり、この力は私の新人類としての力の中で成りすましと分類される特殊能力で、その内容は私がDNAを取り込んだ人間の肉体情報及び技術、知識を再現する力、です」


 思考まで読み取れる、自分にとっても不確定な情報は流石にアリスも口にしなかった。しかし、再び違う驚きの顔をアリスは目撃し、当然だなと思う。

 恐らくこの力の危険性と同時に、アリスの世界に存在する本当に危険視すべき存在に気づいた、という驚きであることは容易に想像できた。


「つまり、私の髪の毛一本でも手に入れることができれば私に変身できるということ?」

「えぇ、そういうことになります。試してみないとわかりませんが、恐らくルドルさんみたいなこちらの世界で変異種と呼ばれる方々でも出来ると予想はしてます。ただし、一度に成りすましをストックできるのは三人までとなっているので、無制限に他者に成りすましができる、というわけではありません」

「……つまり、それでも君はまだ二人、先程の人物と同等の人間を保持していたりするのか?」

「いえ、安心してください。あれは私が持ってる中でも最大戦力で規格外ですよ。とはいえ、残り二人の内一人はこちらの世界ではイギリスの希望、なんて呼ばれる強い人間ではあるんですけどね。もう一人は、本当に一般兵ぐらいの戦力だと思っていただければと思います」

「いや、それでもだよ。……もちろん、その元となってる人間もこっちに来てるんだよね」

「来てますよ。今はヒミンサ共生国の王だそうです」


 ぽかんと鋼女の口が開く。


「そうか、今朝あった国家樹立を宣言した片方の天堂紘和って奴がそれなのか。ハハッ、妙に納得の行く話だね」


 アリスはスッと紘和の姿になる。


「なのであなたの警戒は確かに正しいのですが、一方で間違っているということです」

「どうしてそうなるのさ」


 鋼女の問いかけにアリスは首をかしげる。

 強さの根幹が紘和にあると伝えた上での返しだったからだ。


「成りすましっていう力が仮に偶発的なものだったとしてもそれを駆使して戦ってるのは君の力だよ。実力じゃないと卑下するのは持たざるものに失礼という話さ。まぁ、納得できない気持ちがわからない訳でもないけどね。それでも今、君の力を知った私からすると、怖いのは天堂という男の姿をする君よりも、私の姿を取りに来るかもしれない君だけどね」


 軽い笑い声を挟みながら鋼女は続ける。


「まぁ、アレだね。今は味方だからいいけど、敵には回したくないと再確認できたよ。それなのに励ますとは、余裕があるように見えるかもしれないけど、年長者からのアドバイスだと思ってくれると嬉しいかな」

「ふふっ、私もそうならないことを祈ってますよ」


 アリスは鋼女の言葉に微笑み返した。


「とはいえ、ここまで君の力を開示されると、私がいろいろと押し黙っていたことがフェアじゃないような気がしてしまうな」


 鋼女はそういうとチラリとルドルに視線を送る。


「別に俺らのことは気にしなくて大丈夫だよ。いつも言ってるだろう、その辺はお前次第だって。迷惑だなんて思ってないからさ、そういう風にするの、もうやめようぜ」


 ニコリと微笑みかけるルドルに対して鋼女は自嘲気味に笑い返す。


「というわけで」

「待ってください」


 了承を得た上で続きを喋り始めた鋼女を遮ったのは、情報を聞いても損がないアリスだった。


「礼節をもって対応していただけるところ申し訳ないのですが、実はここにバルボへ筒抜けの小型通信機がありまして。壊してしまうとそれはそれでめんどくさいので、もし教えていただけるなら口頭ではなく筆談を踏まえたものだと、バルボに二の足を踏ませられるかなぁと」


 ハハッと軽く笑いながらアリスは続ける。


「名案でしょ?」


 鋼女は深く被ったフードを取り、赤い瞳を更に輝かせながら右手を突き出し親指を立てながら微笑み返すのだった。


◇◆◇◆


「チッ」


 誰もいない中をイーシャたちと合流するために歩いていたジャンパオロは流れるように舌打ちをする。アリスの思惑通り、重要なネタとも言える情報を手に入れることができなかったからだ。加えて言うならば、赤裸々に自身の大切な力を告白するアリスの行為は確実にジャンパオロにとって苛立ちへと変換されていた。結果的にそれで仕入れられる情報が大きなものであっただけにそれが聞けない今の状況に舌打ちするのは当然のことだったのだろう。鋼女は最初に出会った時のフードの下の赤い瞳以外は、メレンチーたちの伝聞の、噂話のような形でしかその秘めたる実力を知ることが出来なかったのだ。それはその場の誰もが鋼女が何者かを知らないということであった。つまり、その秘密を出自、力を聞き出していればそれだけでこの世界にとっての情報の対価として高い値を付けられる、という意味であった。

 しかし、悪いことばかりでもない。少なくともアリスは鋼女の情報を聞き出すことに成功はしていると推察することが出来る。それは引き出すべき情報源が増えたことを意味する。ルドルやキヨタツといった変異種にも探りを入れてみようと思っていたが、口の緩さだけを考えるなら、アリスからの方が楽だとジャンパオロは判断しているのだ。そして、一番重要視すべきは鋼女がアリスを気に入っていることである。情が通じる相手かはわからない。

 それでも、通じる場合があるとすれば今のアリスと鋼女の関係はとても利用しがいのある状態だとジャンパオロは考えている。


「やれやれ、戻ったら情報が集まってればいいんだが」


 こうしてジャンパオロは、グラダからもたらされる情報をイーシャと合流した際に聞いた時、有意義なものであればよいなと考えることで今のイライラとした気持ちを紛らわせるのであった。


◇◆◇◆


 コンコンッコンッコンコンコンッ。


「どうぞ」


 ルドルのいる部屋に響くドアのノック音。アリスが訪れた時とは違い、鋼女は即答で入室を促す。このことから鋼女は予め決められたノック音の回数やタイミングも決めていたのだろうと思った。もちろん、鋼女の気配察知はアリスが紘和の身体で感じるものとは別物であるが、その性能は一般的な人間が感じる気配よりも明瞭に何か指標を手に入れることができている。

 そのため、ノック音のような取り決めがなくても鋼女は区別出来るのだろうと思った。


「レイノルズさんもこちらでしたか」

「はい。すれ違わなくてよかったです」


 もう一時間近く経過したのかと思いながらアリスは入室した人間を見てその危険性と鋼女の気配察知を照らし合わせ一人勝手に納得する。


「こちら出発する前に取り敢えず鋼女さんの入手した情報の共有をしておきたいと思ったのだが、大丈夫ですか」

「あぁ、構わないよ。大した情報はないかもしれないけどね」


 そう言いながら鋼女はフードを深くかぶったままメレンチーを座るように手で促す。

 そして、メレンチーと他数名の部下が場所を決めたところで鋼女は喋り出す。


「まずは気になる施設だが、予想通り数カ所あった。一つはもちろん、アレン邸。この街の正門と正反対の位置になる一際大きな一軒家。その敷地内の建造物は妻と二人暮らしの割には多く点在しているけど、一番気になるのは、バルボが言ってた地下施設の存在、かな。整備された下水道がこの街の下を蜘蛛の巣のように張り巡らされていたわけだが、わかりやすいぐらいに大きな区画が下水からも確認できて、地下に何かあっても不自然じゃないと判断できる。何より、先も言ったけど二人暮らし、それなりの地位、資金を持つにしては使用人とかが一切いないのも気になるところだったかな」

「アレンを筆頭にその部下の拠点にはこれから俺を始めとしたメンバーがそれぞれ相互監視の元調べに入ることになってる。ある程度時間を空けてからの行動になるから証拠の隠滅とかの痕跡が出てくれば話が早いと考えているが」

「証拠を確保するより隠滅されたほうがいいのでしょうか?」


 話に水を指すようにアリスの質問が会話を止める。


「……そうだな、確かに証拠を抑えるほうが一番確実だろう。しかし、今回のこちら目的は証拠を抑えるということもあるにはあるが、少しでも疑わしい部分を見つけて事件を解決することにある。つまり、多少の無理すら通す覚悟がすでにできている。だから、隠すという行動が現行の状態からの変化となる、ということだな。」

「なるほど、です」


 証拠はなくても良い、逆を言えば証拠を隠そうと行動した事実さえあればそれが証拠となるという発想である。それがいかに危険な行動で軽率な判断になるかはもちろんわからない。しかし、そこを宛にしなければならないぐらい状況証拠があり、解決に意欲的であるという状態であることはアリスにも理解できた。それほどまでに、身近な人間が巻き込まれた異質な事件であるということである。確かに、自分の大切な人が何か得体のしれないものに洗脳されていて別物のようになっていたとすれば、その状況は背に腹を変えてでも解決したいと考えるだろう。故に強硬手段が取れるように多くの戦力を、国家に属さない存在を集めてきているのだ。

 加えて、鋼女から聞いた先程の話と合わせれば何か怪しいところがあるのは間違いないのだろう、そうアリスには思える状況なのだった。


「さて、話を戻そう。他の施設というのは?」

「現在も下水のマッピングをグラダが行っているけど、明らかに二箇所、上の区画と比べて明らかに広大な空間が地下に広がっていると推察できる区画がある。一つは市役所の下、もう一つはアレンの所有する研究施設だ。市役所については書類などの倉庫を始めとした想像は出来るし、研究施設に至っては正門から見て左の区画の三分の一を敷地にしている遥かに大きな場所だ。その更に下がそこより広いというのは、研究施設だから当然と考えられるが、だからこそ何かあるならそことも考えられる」

「ふむ、至って怪しそうなところに怪しい部分があって、しかし疑うにはあまりにも平凡で底から先は自分の目で確かめるしかないか」

「後はこの街の外に施設があるという可能性を考慮して、一応張るべき人間、アレンとその部下たちには私の方で気を配っているが今のところ外へ出た気配はないよ」

「わかった。それでもそういう場所があると踏んでそこへ行けるかどうかは大きな差になる。助かるよ」

「それはどうも。まだグラダさんは調べ回ってるみたいだからその辺はまた今日の夜にでも話をまとめられればいいかな」

「わかった。それじゃぁ、こちらはそれぞれアレンと部下の元へ行くとしよう。鋼女さんは、引き続き外への警戒をお願いする」

「任せておきな」

「アリスさんは……最も戦力が薄くなる部下たちのグループに引率してもらえると助かるのだが、どうだろうか」

「わかりました」

「では、行きましょうか」


 メレンチーの言葉でアリスは再びそれぞれの担当する人間と遭うために再びアレンの元へ目レンチーと赴くことになるのだった。


◇◆◇◆


「と、向こうは話を進めているわけだけど、情報はあってるの?」

「グレダからの情報もまだそこまでです」


 無事、イーシャたちの拠点へたどり着いていたジャンパオロは、真っ先にリュドミーナの元へと向かって今の話をしていた。


「そっかぁ……率直に俺の予想した索敵網の結果はどう思う?」

「まぁ、バーベリが言ってた通り、疑うには十分な施設がありそうだけど、それ以上でも以下でもないって感じです」

「だよなぁ。このまま黒なら研究施設をあらかた調べれば何か出て来てそのまま全面対決、まで行きかねない。アレン側に主導権があるとは言ってもほぼほぼ黒が確定してると直感的に思う以上、拍子抜けな気もしてくるな」

「直感的、というのはアレンが黒、ということですか?」

「いや、アレン、というよりは部下含めた誰か、やな。もちろん、最黒位置はアレンやけどな。逆にアレンが絡んでなければ、それこそバーベリやキヨタツの考える黒幕はよっぽど思慮深いと思っちまうわな」

「そうですね。現状、この世界の想造アラワスギューの仕組みを理解し、それを行使できる人間がこちら側にも出来た以上、戦うという局面が出た時、こちらがあちらに負ける可能性が低いのも事実。故に」

「そう、きな臭い」


 もちろん、想造アラワスギューが出来る異人アウトサイダーはジャンパオロを始め、リュドミーナとイーシャ、そしてアリスぐらいしかこちら側にはいない。それでもアレンを含めた部下と対峙した時、こちらの連合がオスムという街を占拠するのは容易だと考えられてしまうのが現状である。この考えがそもそも間違っている、戦力差に傲りがある可能性も、実情を正確に把握できていない可能性も十二分にある。それでも負けるところが想像できない。それでも衝突を望むのであれば、それにはそれ相応の利益があるのだろうと推察するのが、最悪を想定する場合で必要なことであるとジャンパオロは思う。だからこそ、手駒にされているような嫌な感覚が長年の感覚から、第六感が警鐘を鳴らしているのである。

 それが何なのか、ジャンパオロは見定める必要があるからこそ、こうして商売敵に近い存在であるリュドミーナを通して精査しているのである。


「予想できないのは見えない手札があるのか、それとも相手の意図がこちらの予期せぬものなのか。前者ならなんとか出来るが、後者はどうしようもない。前者ならこちらの落ち度であるが、後者であれなんとか出来るようにしなければならないわけやし」

「どのみち足りないのが情報であるなら、私やあなたが赴くのが最善ではあるでしょう。好都合、という言葉を使うとこのタイミングでと勘ぐりたくなる性格があなたにはあるかもしれませんが、私たちは正々堂々と招かれるわけで、その不安の補填が出来るようになる可能性はあるわけです」


 リュドミーナの言葉にその通りと思いつつも熟考するジャンパオロ。


「ひとまず、考えても裏を考えてしまうとしか言いようのない状況故に、今はこのぐらいにして、ひとまず戻っていただいて大丈夫ですか? それこそ、誰を連れて行くか決めて、ね」

「……せやな。イーシャとも話を詰めてそれっぽい状態にしないとやからな」

「それっぽいって。一応、居住区の確保はこちらの最優先事項であることには変わりないですからね」

「ははっ、すまんすまん」


 ジャンパオロはそう言って笑ってみせるが、実際にマヌエルと対峙し話したからこそ拭えぬ何かを抱えるのだった。

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