第百五筆:オスム攻略に向け揃う精鋭
ジャンパオロとルドルが特異な無名の演者である大山からの襲撃を受けていた頃の話である。
鋼女が今ここに来たのは受理した依頼を遂行する上での下見をするために、オスムの外壁が遠目に見える林の中の一本の木の上に座っていた。
「話に聞く通り、鉄壁だね」
高さ三十メートルはあるだろう世界屈指の城郭街。そう、都市ではなく街がそこに収まっているのだ。そもそも街であろうと関係ないぐらいに高すぎる様に感じる城壁でもある。侵入するなら上空まで乗り物で移動し降下するか、空を移動する独自の手段を持ち合わせるか、反り立つ壁を命綱なしで登るしかないだろう。隠密で忍び込むなら当然、二つ目の案が妥当だが、残念なことに鋼女にはそんな都合のいい想造も身体的特徴も持ち合わせていない。
そのため自然と一人で取れる選択肢は壁を登ることしかないということになる。
「レンガで組まれてるのと監視カメラっぽいのが壁の内側を向くのがせめてもの救いかな」
取らざるを得ない選択肢に対して、レンガで出来た城壁を見てせめてもの救いと言うことは、その材質であれば三十メートルあまりある城壁を登ることが出来ることを示唆する言い回しである。そして、鋼女はその通り、それが出来るだけの実力を持ち合わせているからこその独り言であった。だからこそ、鋼女は自分の独り言に対して頭の中では、そんな出来ることに対しては何も考えていなかった。考えていたのはあくまで、城壁の外からの侵入者を捉えるべく設置されているカメラの動作に対する違和感だった。城壁の上に設置されている各種カメラの役割を考えたとき、普通であれば戦術の通り侵入者に対するものを想定するはずであり、それならば可動範囲は外側に対して横は百八十度あれば問題ない。しかし、ここにある監視カメラは三百六重度見渡すのである。もちろん、等間隔に設置されているカメラが一斉に同じ方向を向いているわけではないので、監視に穴がある状況ができやすいというわけではない。それでも、城壁の内側に向く必要がなければより監視カメラとしての機能を発揮できるのではないだろうかと考えてしまうのである。つまり、鋼女が考えなければならないのは以下の通りとなる。あの監視カメラは城壁内部も監視するために設置されているのではないか、である。本来の目的はもちろん設置した当人きかなければわからないが、そう考えた時、受けた依頼の内容の信憑性が妙に増すのである。
鋼女が受理した依頼。それはオスムで行われているかもしれない人体実験の解明をするまでの護衛、というものだった。護衛対象は依頼人でもある同国の首都パルレオの軍人であるメレンチーという人間である。従来の鋼女であれば、これほどあやふやで裏取りの取れていない依頼を受けるようなことはない。では、なぜ鋼女がこの依頼を受理したのか。それは鋼女がこの依頼はできるだけ受けようと思っているものが二つ存在するからだ。一つはどうしようもない境遇から逃げ出す手伝いをするような内容。第三者、つまり鋼女の介入で改善が見込めると判断した、鋼女の主観に基づいた弱者救済に該当する依頼である。そしてもう一つが、変異種が絡むと想定される内容の依頼である。そして今回はこの変異種が絡むと想定される内容の依頼だったから受理したのである。
鋼女が利用する情報筋からは、ここ半年の間で変異種が二人、オスム周辺で行方不明になっていることが判明している。その二人は人との交流を積極的に持つ、人に友好的な二人だったようだが、今まで人間と共に暮すということをした経歴はない。そのため、オスムで何かしらの事件に巻き込まれたと鋼女は睨んでいた。つまり、その裏取りをするという意味で鋼女は依頼を受けたのだ。オスム、人体実験とこの二つの単語は鋼女の興味を引くには十分すぎたというわけである。
そして、これらの要因が、先の監視カメラへの不信感に対する信憑性の話に繋がるのだった。
「それにしても」
両足を抱えるように枝の上に座って鋼女は足を組み直す要領でバッと膝裏で枝を抱えながらぶら下がる。
「随分と今日は森の方が騒がしいね」
鋼女はジャンパオロたちの戦いの痕跡を耳にしていたのだ。
「キヨタツたちがそんな軽率な行動を取るとは思えないけど、ちょっと気になるよね、タイミング的に。何より行方不明者について何か知ってるかもしれないし、ぜひ話は聞いておきたいのよね」
そう言うと鋼女はズルリとそのまま木から落ちる。
そして、地面に片手で垂直に立つとゆっくりと右足から順に左足と地面に付けていきそのままスッと立ち上がる。
「合流までまだ余裕はあるし、行ってみますか」
ドンッという踏み込みの音とその瞬間大きく沈んだ足跡型の地面を残し鋼女はその場から姿を消したのだった。
◇◆◇◆
「あれ? キヨタツさんじゃん」
騒動の中心へ向かう途中で、その中心から逃げるように飛んで来る目的の人物を見つけ、鋼女は自身の勢いを殺すために一番近くにあった木を右足で踏み抜いた。
それは言葉通りの意味であり、ドンッという衝突音と共に右足が押し付けられた木はミシミシっという音を立て、最後には震音を立てながら倒れた。
「どったの?」
「……その声、どうしてお前がここに」
「どうしてって、ここにいることが全てでしょ」
双方顔見知りの様な反応をする。
「お前は相変わらず……まぁ、お前が納得してるなら構わないけどな」
「それで、確認の前に今の状況確認だけど、一人、明らかにヤバそうなのがいるけど何があったの?」
鋼女の問にキヨタツは現状を端的に伝える。
「いろいろ端折るけど、今この世界とは違う世界から来た相手のDNAを接種することでその相手に成りすますことのできる生物兵器がルドルとこれまたこの世界の人間でない人間が共闘して戦ってる状況だ。俺はそこから逃げてコロニーに避難指示を出しに行く途中だった」
「へぇ」
「へぇってお前。明らかにヤバそうなのって言ってただろう。確かにお前にとってはどうにかなるかもしれないが、もう少し危機感を持って」
「いやね」
キヨタツの言葉を遮るように鋼女が喋り出す。
「私が言ってるヤバい奴の気配は別に今は戦ってないんだよね。確かにその戦いのそばにいるんだけど、放つ警戒心というか、佇まいが、ね」
ハハッと鋼女が乾いた笑いを挟む。
「キヨタツさんが化け物だと思ってる方は多分、私にとってはそいつのせいで霞んで感じてるよ。そのぐらいヤバいのがいる」
キヨタツは鋼女の実力を知っているからこそ、その言葉を信じて飲み込むことが出来ずにいた。そう、鋼女が大山をなんとか出来ると言うなら話がわかるのだ。
しかし、そこを飛び越えて額に汗を寄せるほどの相手があの場にいるという事実の方がキヨタツには信じられない事実なのだ。
「まぁ、その生物兵器っていうのも意味がわかんないけど、私みたいな意味分かんないやつが普通に見えてくるって……世界は広いんだねぇ、キヨタツさん」
「あ、あぁ」
理解が追いつかないキヨタツは間の抜けた返事をしてしまう。
「先に行っておくけど、私も依頼があってここに来てるから、まだ負傷するわけにはいかないんだ。だから、私に出来ることは加勢に行くんじゃなくてコロニーまでキヨタツさんを護衛して、その後、キヨタツさんたちがこの街に来た理由を私がここに来た理由と照らし合わせるまで。二次災害は御免だよ」
「わ、わかった」
「ごめんね。あの存在が私たちの味方であることを祈ろう」
そう言って鋼女とキヨタツはその場を後にコロニーへと向かったのだった。
◇◆◇◆
キヨタツ先導の元、複雑な経路をたどることで鋼女はようやく彼らの現在の拠点、コロニーへとたどり着く。森の中、少し開けた場所にテントがいくつも点在する、キヨタツらが先程からコロニーと呼んでいた変異種たちの一時的な活動拠点がそこにはあった。
慌てて入ってきたキヨタツを見ていたトカゲと思われる個体が、一目散に駆けつける。
「この拠点がいつでも放棄できる準備と戦いに自信のあるものを呼んできてくれ」
「グワァ」
キヨタツの指示に応えるように鳴いたトカゲはそのままスタスタと様々な動物に声をかけていった。
「ひとまず、これで大丈夫として、だ」
キヨタツはそう前置きすると後ろにいる鋼女の方へ振り返った。
「正直、ルドルや協力者となってくれそうな彼らの安否も気になるところだが、もしものことがあったとしても君が戦力として加わってくれるならば申し分ないと考えている」
「随分と切り替えが早いね。まぁ、優先順位が明確で良いことだと私は思うけどね」
これは先程のどうしてキヨタツや鋼女がここにいるかの答え合わせである。
「やっぱりキヨタツさんたちの仲間があの街で行方不明になっているのは事実、ということかしら」
「キヨタツさんたちの仲間、なんて寂しいこと言わなくてもいいんだよ」
「……ひとまずありがとうってことにしておくよ」
気まずい雰囲気が漂う前にと言うように話題を振ってしまったキヨタツが駆け込むように言葉を続ける。
「二人行方不明になってる。しかし、相変わらずどこから情報を掴んでくるんだか」
相変わらず危ない橋を渡っているな、という心配の声が聞こえてくるようなキヨタツのものいいに、まぁまぁと言うように軽く突き出した両手を二度上下させる。
「優秀すぎる情報屋がいるんだよ、こっちには。まぁ、もちつもたれつってやつだけどね。とはいえ、キヨタツさんたちが動いてるってことはほとんど黒なんだよね」
確かめたいことも確認できたということで鋼女は気を引き締めようという気分になろうとしていたが、キヨタツの反応は煮えきらないものだった。
「正直に言えば灰色の域を出ていない。仲間が二人返ってきていないという情報以外何一つ得られていない。だからそれを確認するために人間の協力者を探していた。この街に肩入れせずに、同時に俺たちにも理解あるという条件付きの人間を、な。それでここに到着した矢先に出会った彼らが偶然にも条件を満たしていたというわけだ。この世界とは違う世界から来た人間、ということでね。おまけに俺たちにも偏見というものがないのは正直魅力的だったよ。そういった存在がその世界にもいたようだ。少し話は逸れたが、つまり使う人間としてはどう転んでもいい存在と手を結ぶまで至ったという訳だ。だが、現在、横やりが入ってそうも言ってられなくなったという話だ」
「なるほどね。理解したわ。あの街に何かあるのはさっき下見してきたんだけど、私も直感で感じ取ったわ」
「直感、なぁ。ちなみに俺たちが知ってるさっきの情報以上に知ってることはあるのか?」
鋼女はここで依頼内容をひとまずは部外者のキヨタツに話してもいいものかと考える。
そして、話さないことを決めた鋼女はそれでも匂わせて、情報をちらつかせる。
「ここへはとある依頼で来たことになってる。だからその依頼内容を開示することは出来ない。って答え方で許して欲しいかな」
依頼という単語を使い、キヨタツたちの目的とは別でここへ来たことを伝える。
それは鋼女がキヨタツの言った他に何かを知ることを暗喩したことになる。
「そうか」
二人の会話が終わったのを見計らったように先程キヨタツから指示をもらっていたトカゲが仲間を引き連れて戻ってくる。
「それじゃぁ、俺たちはこれから援軍も兼ねて状況を確認しに行く。お前が危険だと忠告してくれたが、どうなったかの事の顛末を把握しておかなければならないからな」
「だったら」
すぅと鋼女は息を大きく吸う。
「教えてあげられなかった代わり、と言っては何だけど、私が見てきてあげよう。最悪を想定したとしても実力がある私が行った方がいいだろう?」
「これは、高く付きそうな依頼だな」
「気にしないでよ。撤退を強要した手間賃でもあるからね」
沈黙。
「本当に、一人で大丈夫か」
キヨタツの視線が鋼女の震える手にいってることがわかり、その言葉の真意を把握する。
「私もそこそこ規格外のはずだし、自分なんてこの世界からすればちっぽけな存在だって達観できる歳になったつもりだったんだけどね」
鋼女は恐怖を紛らわすように右手で拳を作り、ギュッと力強く握る。
「大丈夫だよキヨタツさん、これは確かに自分より強い人間に対する恐れだ」
ニッとフードの下から歯だけをのぞかせてからぴょんと一歩前へ飛ぶ鋼女。
「でもね。正常な反応をしてきたつもりだけど、実はそれ以上に騒ぐものがここにあるんだよ」
ドンッと作った拳を胸に軽く押し付ける。
「行ってくる」
先程の一歩が助走だったかのように、鋼女はそう言い残してその場から消えていたのだった。
◇◆◇◆
来た道を戻り、走り続けていると段々と先程の強い気配に近づいていくのがわかった。しかも、どうやら先程は大山らの戦闘を静観しているようだったが、今はその大山と対峙している様子だった。他にも複数の気配がその戦闘の様子を見守っている気配があった。そして、ここが一番重要でルドルとその協力者が現在、大山たちと少し離れた位置にいることがなんとなく察知できていた。そう気配を感じられるということは、まだ死んでいないということである。無事であるなら救出は容易だろう。しかし、明らかに強大な力がこちらの介入を見逃すとも考えられなかった。敵か味方かわからない以上、もう少し様子を伺いたいというのが本音だった。せめて、あの強者の戦闘で覗かせる闘気が収まってからがベストと考えている。
そんな今後の構想を考えていると突然、大山と思われる気配が消える。真っ先に、そしてほぼそうだろうと考えたのは大山の死亡である。キヨタツが強いという評価をしていた敵であっても、納得のいく結果である。さらに次は複数人、恐らく九人ほど先程から二人の戦闘を見守っていたであろう人間が動き出していた。ふと、今更であるが緊張感から過去に数度しか経験したこと無いほど周囲の気配に鋭敏になっているなと鋼女は自覚する。それと同時に、今この瞬間こそルドルたちと接触チャンスではないかと考える。ルドルたちの元にも別の気配が複数近づいているのも気になる。鋼女は意を決して目視できる範囲まで一気に駆け抜けた。
ルドルたちを茂みの奥から目視出来る距離になり、オスムから来た人間たちに介抱されていることを確認できた時、またしても異変が起きた。それは突然、鋼女が最も警戒していた存在の闘気が弱まったのだ。それは全く異なる存在に置き換わったような感覚であり、一体何があったのかと混乱してしまう。そのため鋼女は一瞬その未知の確認をしようと足の向きを変えかえていた。少なくともルドルたちの安否の確認ができたこと。同時に、協力者の人間と共に街に招かれる状況にあること。以上のニ点が鋼女にとって救出しなくても本来のキヨタツたちの作戦が実行できるのではないかという判断を下すことが出来たからだ。だから、小さく弱くなったその要因を突き止めようとした。今後の対策にもなるかもしれないからだ。
が、次の瞬間には再び先程の闘気が復活したのだ。どういうからくりかはわからない。しかし、こちらが進路を変更した途端にも感じなくもないあまりにもタイミングの良い復活に、鋼女はとっさに来た道を再び戻りだしたのだ。少なくともルドルたちの無事と作戦の継続が可能であることをキヨタツに伝えられれば問題ないと判断したのだ。何より、アレとやるのは覚悟を決めねばならない。そんな危機管理がもたらす行動でもあった。そして、戻りながら思い出す。十家に突入した時、常に強者に、唯一の気配に神経を擦り減らされ続けたあの戦いを。
今のように感覚が研ぎに研ぎすまされたあの瞬間を。
「ついにあれクラスと戦う覚悟を決める時が来るとね」
ふっと笑いがこみ上げる。
物見遊山でいるのではなく、同じ舞台に立つ瞬間が。
「挑むに不足なし。覚悟を決めて乗り越えて見せる」
キヨタツと様子を見てくるという依頼を受けて、報告の義務が発生していなければ今すぐにでも挑戦していただろう。強者に挑む高揚感が、恐怖の上で踊りだしているのだった。そう、彼女もまた強者なのである。
◇◆◇◆
再びキヨタツと合流し直した鋼女はルドル生存、協力者がオスムの街へ匿われたこと、そして帰還中に危険な気配は全て森から消えたことを報告した。
潜入する形は当初の形より歪み、仲間を大きな危険に晒してしまう形となってしまったが、ひとまず続行可能かつ、活動が開始できるという点からこの結果をキヨタツは良しとした。
「これから協力者の仲間に今のことを報告と今後について話し合いをしに戻ろうと思うけど、ついて来るかい?」
鋼女は今後関わるであろう協力者たちの素性を確認しておく意味も込めて、キヨタツの誘いに同行することを決めたのだった。
「そういうことでこちらからは二人行く、そう伝えてもらえますか、ウォンダさん」
「わかりました」
珍しく人間がいると思っていたが、ウォンダと呼ばれた中年も協力者なのだろうか、と予想しながらなんとなくキヨタツに話を振ってみる鋼女。
「その人も協力者?」
「そうだよ。合成人といってプラナリアの特性を後天的に獲得した人間、だそうだ」
「へぇ……え?」
ただの協力者、そう予想していたからこそ、返答もそれ相応の質問した側の特有の最低限の用意した、流すような反応をしたが、明らかに聞き逃してはならない、予想を遥かに上回る情報量に、間の抜けた疑問の声を付け足してしまう鋼女。
「言っただろう。俺たちに対して偏見というものがない」
「……世界、広すぎでしょ」
自分たちが異色であることは疾うに知っている。それを自分の中に受け入れる作業も長い月日を経て解決していた。しかし、今突きつけられた話は、その時間を無意味だったと嘲笑っても不思議ではない事象として鋼女には聞こえてしまった。
故に思わずそんな平凡な驚きを口にしてしまったのだ。
「まぁ、この世界とは別の所、ではあるけどね」
ハハッと茶化すような声が聞こえてきそうなツッコミが入る。
「というか、今更ですけど、別の世界って、天変地異か何か起きてるんですかね?」
「さぁな。でも運が良かった。そういうことだろう」
この現象がまだ世界中で起こり、様々な事件を巻き起こしている、行くことをこの時点の二人が今は知る由もない。故に二人はこの運の良かった事態の組み合わせに、ひとまず身を委ねるのだった。
◇◆◇◆
約三十分後。鋼女とキヨタツは協力者が拠点としている場所に到着する。
到着するとこちらへ駆けつける影が一つあった。
「そちらの方は?」
「あぁ、つい先程別件で合流したこちらの仲間です。鋼女と呼んでください。こちらの世界では都市伝説みたいな感じの有名人なんですよ」
キヨタツの言う協力者と合流した鋼女は、その協力者のまとめ役の様な女性と対峙していた。
キヨタツの説明を受けたその女性はへぇという声を漏らしながら身体を隠すような服装を興味深そうに覗き込んでいた。
「私はイーシャと言います。キヨタツさんとはこちらの世界の情報などを教えていただいたり、暫くの間支援していただく代わりに、そちらでやろうとしていることの協力をすることになっています。よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
二人は握手を交わす。
「現状はどのくらい把握を?」
「そちらでしていた会話でウォンダが聞こえていた内容、バルボ、ルドルさんがオスムの街へ連れて行かれたことは把握してます。取り敢えず、ここで立ち話という訳にも行かないので少し移動しましょう」
小声で現状の確認を伝えるとイーシャはここより少し離れた場所を指さした。どうやらここにいる人間全てが協力者という訳でないということだろうと鋼女には理解できた。
そして、イーシャに先導され着いた場所でみなそれぞれ腰を落ちつけられる場所を選んで座った。
「外で何もないところで申し訳ありません。一般人や怪我人を今回の件で刺激したくないので」
「いや、構いません。それで早速ですが、こちらの協力して欲しかったことから、詳細を改めて」
キヨタツの言葉にイーシャはどうぞと右手を差し出す。
「こちらがそちらを支援する理由。それはこちらの仲間の行方を探す手伝いをして欲しいのです」
「その仲間の素性や、居場所のおおよその検討は、ついてる、というよりも話の流れからしてこの近くにあるオスムという街にいるかもしれない、ということですね」
「居場所に関してはその通りです。すぐそこのオスムという街で俺のように言語を喋れるオオトカゲのコモルド、カラスのクロバのニ名が消息を絶っています。あなた方にはそこの調査を俺たちでは怪しまれるだろうということで代わりにしていただきたかった。結果として先に潜入、というにはアレですが、第一段階を達成した形にはなっています」
「そのオスムという街は人が行方不明になるという前例や、不安を煽るような、きな臭い噂話などはある街なのでしょうか?」
変異種という言葉を用いず、人間と同等に自然と扱うことがこの世界でどれほど貴重な存在か知る鋼女は、心の中で新鮮な気持ちを抱えた。
「前例も無ければ、仲間が二人行方不明という噂以外をこちらは持っていません。ただ、鋼女の方は元々別件の依頼で来ているので、何かを持っているようですが、守秘義務というやつで現在は明かすに明かせない状況のようです」
「ご了承ください」
鋼女が頭を下げる。
「しかし、黒い噂これだけしかありませんが、その黒い噂をやりかねない男がこの街にはいます。世宝級、マヌエル・アレンがいるのです」
そこからマヌエルが医療分野に特化した世界屈指の想造の使い手であり、国からこの故郷である街をもらっていることなどをキヨタツは話した。
「俺たちは人間からしてみれば実験動物として扱われる立場にある。昔ほどではないにしろ、今でもそういった扱いをする国や人間はいる。そして、アレンの力、研究分野を考えれば、悪い考えが頭を過るのは自然なことで、それを確認するのが、行方不明の二人の捜索となると考えている。もちろん、そうでなかったとしても現状、この街で行方不明になっているんだ。手がかりは必ずあると踏んでいる」
イーシャは組んだ手の右手人差し指を小刻みに動かしながら口を挟むことなく聞き終える。
そして少しの間を挟んでから喋り始めた。
「大体のことは把握できました。どのみちこちらとしてもバルボと接触しておく必要があるでしょうから、そちらの憶測がどこまで正しいか、というのはそこでまた考えればいいでしょう。少なくとも別口で依頼がある程度にはその街も怪しいのでしょうし……ルドルさんも一緒ならバルボもこの一件に関して知ることとなるでしょうが、それでもこちらとあっちで連絡がいつでも取れる状況にはしておきたいですね」
そう言ってイーシャが鋼女の方を見る。
「依頼を受けているということは、あなた自身はどのみち街に潜入する予定ということでしょうか?」
「えぇ、そのつもりだけど」
「だったら、こちらからも依頼と言う形で一つ頼むことは出来るでしょうか?」
「優先順位があるから内容によるとしか」
「ちょうどそちらが到着する前にもう一人、リュドミーナの分裂体と運良く合流することが出来たの。グラダという少女なのだけど、その子をバルボのところまで運んでもらえないかしら?」
断る、という選択肢はないのだろうと鋼女は思った。プラナリアが同一個体であれば意思疎通が出来るという理屈は未だに理解できないが、情報伝達をそこで完結できるという力は今後の連絡手段として双方に、鋼女にもメリットがあることに違いないからだ。
ちらりとキヨタツの方に視線を送ると頼む、という風に首を小さく縦に振った。
「その依頼承ったよ」
今度は鋼女の方から立ち上がり手を差し出す。
イーシャもそれに応えるように立ち上がり握手する。
「よろしくお願いします」
こうして、オスムとの連絡手段を双方手に入れ、そこから中と外で情報を交換してから新しい指針を決めようとなり、一旦解散となるのだった。
◇◆◇◆
深夜。鋼女は周囲の警備、オスムを囲む壁周辺に人の巡回が無いかを確認していた。
壁に触れられるところまで来るとその高さがいかに高いかがわかる。
「高いですねぇ」
鋼女の後ろには先程イーシャの紹介にあった少女、グラダの姿があった。
「そうだな」
「それで、ここからどうするんですか? 一応、言っておきますけど、登れって言われても私の体力じゃ無理ですからね」
「だろうねっと。ここなら大丈夫かな。それじゃぁ、グラダちゃん、登るから背中にしっかり捕まっててね」
グラダの眼の前にはかがんで背を向ける鋼女がいた。この高さを自分を背負って?という若干の疑問もあるが、それをこなすだけの用意を事前にしておいた場所がここなのだろうと思うことにした。
しかし、この考えはしがみついたニ秒後に間違いだった気付かされる。
「じゃぁ、いくよ」
この言葉を言い終えるより前に、フワッと尻が持ち上がる浮遊感を感じた。そう、鋼女はグラダを背負ってニメートル弱跳んだのだ。そしてそのまま右手の第一関節に込めた力で平面を握る。その握ってる間に再び壁を蹴り跳ぶ。今度は左手で握り繰り返す。それを十回繰り返したかどうかのところで鋼女とグラダは三十メートルの壁を登り終えてしまっていた。
一切の痕跡を残さぬ早業にグレダは、圧倒的に自分よりは格上の存在だと認識した。
「大丈夫だったかい」
「ハハッ。あなた、凄いのね」
グラダが驚きの声を上げる一方で、鋼女はその驚きの声、一般的に見た時のその驚きの声に少しだけ背中を押されたような気がしていた。鋼女も一般人から見ればまだまだ脅威の身体能力を有しているように見えるのだと。
その考えが、次にあの強者とあった時の糧になるだろうと考えた。
「ありがとう。でも、ここからが大変だよ。君たちと私たちの仲間と合流しなきゃいけないんだから。何かわかることはある?」
「流石に、無いので二人で手分けして泊まれそうな場所を探して回る、とかですかね」
「いや、なら私がルドルの気配を追うよ。少しでも距離が近づければなんとなくわかるからね」
「なら、そちらにお任せします」
「あいよ」
鋼女はグラダを背負ったまま壁を今度は駆け下りた。そして、近場の屋根に物音一つ立てない着地を見せると、そのまま夜の闇に紛れながら屋根伝いにオスムの街を駆け抜けるのだった。