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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第百三筆:きな臭さだけが刻々と……

「で、今どこなんですか?」


 メレンチーが一服したいということで、それぞれがパン屋に行くまでに十五分ほど時間を持て余すこととなった。

 その時間を誰もいなくなった先程の部屋で、アリスはジャンパオロに去り際に渡されていた小型の通信機を使って張本人に質問したところだった。


「どこって……見ず知らずの土地の場所なんかわかるわけないやん」

「通信機、壊しちゃいますよ」


 掴む右手と人差し指の力をわずかに強め軋む音を通信機の向こう側の相手に届ける。


「壊せないくせに。わかってるやろう、君だけでどうにかなる問題じゃないというよりもこれから起こるであろう会話を俺が聞いておくことは必要だって。とはいえ、いいこけおどしというか、そういうことをしようと思ったのはいい傾向だと思うよ」


 数秒の沈黙を挟んでアリスが口を開く。


「で?」

「ひとまず宿屋でいろいろしてから街の外に行く予定や。一応、監視の目は振り切ってるけど、しばらくしたらこっちから喋るのは難しくなるかもしれへんな。それでその後はイーシャと合流して俺たちの今後をすり合わせていく予定や。だから、今は来た道を一人宿屋に帰ってるところ。満足?」


 イーシャという知らない名前が出てきたが、ひとまずそれよりも気になることを問い詰めるアリス。


「どうしてわざわざ話し合いの場を離れたの? それだけなら彼らの話を聞いてアレンの疑わしい点を直に聞いてからでもよかったじゃない」

「あれは、ね。話し合いという場に置いて実にやりにくい性格だってことがわかったし、何よりそうでもして動ける機会を作らないと、後手後手になるって判断したから、ってことにしてくんない? これだけ話したわけだからできればこれ以上聞かずに素直にそのまま電波塔のごとく俺のために情報を受け取るのに専念して欲しいんだけど。情報は秘匿であればあるほど強いからね」


 再び数秒の沈黙を経てアリスが口を開く。


「その秘匿性のせいで連携が拙くなっても知らないからね」

「ハハッ、それはいい忠告や。肝に銘じておこう」


 想像よりも素直な応対にアリスは少しだけ驚く。


「それじゃぁ、後は通信つけっぱにして音を拾い続けてくれ。後最後にこれだけ」

「何?」

「ちょろっと言ったけど、アレン。あれの性格というか人間性はわかりやすく真っ黒だ。でも、そうわかってもどうしようもないくらい白い。飲まれるな、信じるな。あいつも何も信じてない。そう思って話を聞いておけ。じゃぁ」

「ちょっと……おーい」


 一方的に警告を並べるだけ並べて一切の応答をしなくなる。わかったことはひねくれ者がやりにくい相手ということだ。

 つまりマヌエルは、要注意人物に変わりないということである。


「ふぅ」


 先の会話ではいろいろと驚きにも発見がたくさんあった。恐らくその表情にマヌエルが興味を示しているのはなんとなく、本当になんとなくわかった。その本性を垣間見なければ、いな普通は誰も理解できないのかもしれないが、まだ若いアリスには足りない疑るというラインに立つまでの判断が甘いという自覚があるにも関わらず、その興味深い対象を見るような刺す視線はマヌエルに改めて懐疑心を抱かせるには十分だったということである。

 まずはアリスがマヌエルの口から彩音の名前を聞いた時である。花牟礼彩音。その名前、正確には苗字を最初に直接聞いたのは自分たちの世界がなくなる直前で、知ったのも紘和の記憶を同化していく過程で漁った時でほぼ同時であった。全く知らない、到底関係するとは思っていない所から出現した友香の借りていたアパートの大家の名前。そして、この世界を創った人間としての突然の登場。この世界で意図的に殺す人間を選び、実験を成功させた存在。そんな人間の名前が開口一番で出てきたのである。世界の狭さを疑いたくなるほどにドンピシャな回答が出てきたことに、直前の世界崩壊の際のやり取りを含めて思い出し、その名前がもう出てくるのかと目を見開くぐらいには驚いた。そしてマヌエルはそんなアリスを、その名を知っているのかという視線を確かに送っていたのだ。そう感じるぐらいに鋭いものを感じた、というのが実際のところではあるが。仮に、そうだとすれば知られていることに何か不都合があるのか、とも考えられるがひとまず、そういうことがあったと記憶に留めて警戒しておくことは、そのことにマヌエルがアリスに追求してこなかったことも踏まえて、間違いはないだろう。

 次に、アリスが視線を感じた、つまり感情を、表情を顕にした自覚があったのは三つの死者の蘇生のプランの話を聞いた時だった。最初のに比べれば、そこまではある程度同様を抑えられていた自信があったが、さすがにあそこの羅列は、自身が体験してきたことでもあったためジャンパオロ同様に、いなそれ以上にアレが、と考えさせられる節が多かったのだ。新人類。これが創子アイエグレネを黒い粉にし、感情により直感的に結びつけ作用するようにし強化した実験。合成人。これが死者の肉体のDNAに他の肉体をつけ擬似的に再生しながら肉体に記憶を追従させた実験。そして、ラクランズ。膨大な記録を最適のチャートで実行し、死者を蘇らせるというよりは生前の生者を複製する実験。ここまで一致するということは恐らくジャンパオロがぼやいた通り第五次世界対戦も死者の蘇生に必要な事態であったのではないかとアリスですら考えてしまうほどだった。いな、少なくともあの戦争によって彩音の願いが叶ったことは本人の口から聞いているのだが……。しかし、そんな事実の答え合わせよりも、これらの悲劇が全て意図的に発生したことであり、同時にその悲劇に対処していた者たちは果たして意図的にさせられていたのではないかという疑念が湧き出てしまったことにアリスは衝撃を受けていたのである。いわば本当に自分は自分なのかという、当事者故に降って湧いた疑問である。つまり、自身が孤児となったのは、何よりジェフの愛とジェフェへの愛は、本物なのかと。そして、マヌエルはその動揺も、いな、ジャンパオロと違い動揺しているからこそアリスを見ていた、そう思えるのである。

 その時の感情を思い出しただけで心臓の鼓動が耳元で聞こえてくるような焦燥感、不安がアリス自身にのしかかってくるのが理解できた。壁に右腕をつけそこに頭を乗せて体重を支えていなければ倒れてしまうのではないかと思う程度に、心身ともに参っているのがわかった。襲撃を受けて、負の考えのスパイラルに飲み込まれている状況をまさに再現しているような状況だが、実際に直面すればそうなってしまうものだということでもある。だからこそ、周囲の音は遠ざかり、自身の中にだけ意識は集中していく。

 そのためアリスは気づけていなかった。


「おい。大丈夫か、おい」


 その声は自身の肩に手が乗ったとわかってから知覚することができた。

 バッと声のする方へ顔を向けるとそこにはブルスが立っていた。


「出発するようです。何度か声をかけましたが、大丈夫ですか?」


 表情は明らかに心配というよりも、何をちんたらしてるんだという顔をしていた。

 恐らく何度も声をかけてようやくアリスが振り返ったという状況なのだろう。


「わ、わかった」


 相変わらず嫌われている、そう自覚できるその顔が、今のアリスにとっては先程のことを考える時間をわずかにでも紛らわしてくれるいい敵意だなと思えるほどだった。そして、アリスは背を向けあるき出すブルスの後ろに付いて歩き出すのだった。


◇◆◇◆


 少しでも自分の存在というものを、頭を過る悪い考えを振り払いたい、という一心でアリスはジャンパオロが言っていたマヌエルの人柄を先の昼食では観察しながら過ごしていた。紹介されたパン屋は、街角で繁盛している人気のパン屋、そう思えるぐらいにありきたりさえ感じる内装と繁盛をしている風だった。品揃えも数多く、昼頃には焼き立てを提供し直しているのか店内では香ばしさが充満し、それに合わせてか客の往来も忙しなかった。店内で食事も出来るらしくアリス、マヌエル、メレンチー、カトリーンの四人で机を囲いながらそれぞれが選んだパンと飲み物を昼食とした。人前で先程までしていたような会話は当然機密的にも出来ないわけで、する話はこの街のいいところなどをマヌエルが少ない観光名所などを合わせて説明するといった感じだった。例えばこのパン屋の良さをしっかりと説明できていたり、店内で鉢合わせて客を始め店員とも仲良さそうに挨拶だけではなく、この街の町長、医者として会話を弾ませる姿が、街思いの、町人思いの良い人に見えさせた。特にお年寄りの容態を軽い定期検診の要領で気遣っていたりする姿は、ジャンパオロの警告もだが、自分がぶつけられた視線すら気の所為だったのではないかと感じさせるぐらいに、同じ言葉を重ねるが良い人に見えてならなかった。つまり、特に収穫なく昼食の時間を終えたのだった。


◇◆◇◆


 昼食後、一息入れてから再び、ジャンパオロを抜いた四人で会議室に集まっていた。そう、ここからはメレンチーたちの一件に迫る話をしていくのだ。

 そして、アリスはもしもの時のための保険としてこの場に残っているのだ。


「そ、それじゃぁ、午後の部を始めようか……と言いたいところだけど、一つ、君たち、アリスさんたちに伝えなければならないことが出来た。つ、つい先程、僕たちが異人アウトサイダーと呼ぶ人間、つまり、君たちの、箱庭ビオトープ出身者が先程国を樹立しその声明を同時に出したそうだ。偶然か、それとも合わせる手段があったのか。ど、どちらにしてもどの国もゴタゴタが済んでいない中でこの短時間での制圧、とでも言うべき行為は、残念ながら周辺諸国に関わらず、この世界に君たちを侵略者として脅威に映る判断材料を与えたことに、なる。つまりね、さっきまでと少し状況が変わってしまったから、今後君たちを匿っていても積極的に攻撃、もしくは引き渡しを言い渡される可能性が、あ、あるというわけだね。その際同国内で争い、この街の人が危険にさらされる場合のこちらの対処に理解を示して欲しい」

「対応、というのは」


 いつの間にそんな情報を仕入れていたのかという驚きと同時にこの手の話を自分が対応しなければならない不安が頭の中を巡り思考を鈍化させる。

 そんな状況から絞り出す様にアリスがなんとか口にした相槌のような問にマヌエルが穏やかに答える。


「追放する、という選択を取る、という話だね。も、もちろんこれはあくまでそうなったらの可能性の話だし、僕は受け入れると言った以上、交渉といった努力を外部圧力に対してはしていくよ。あくまで、もしも、の話だね。そして、君たちへの配慮でもあるつもりだよ」

「配慮?」


 マヌエルは首を一度縦にゆっくり振った後、言葉を続ける。


「仲間のいるところに向かう選択肢がある、ということだよ。こちらで一緒にいるよりも仲間意識の高い方で固まったほうが安心感もち、違うでしょ? 見た目は同じでも違うという意識が芽生えた状態で対立構造が少しでも浮き出ているならなおのことそうしたいと思うのが人だと思うけど、ね」


 マヌエルの言い分はもっともらしく聞こえる。もちろん、というよりも現状で最も安全な方法なのだろう。

 しかし、まとわりつく様々な要素がその良き提案の裏を邪推させる。


「まぁ、という報告だよ。一応、聞きたいことがあれば答えられる範囲でこ、答えるよ」


 アリスはアリスなりに、決定はできないけど情報を引き出す努力を試みたと思える程度の質問をした。


「ジャンパオロを始め、先に提示してもらった提案をすぐに棄却、などは私には出来ません。それこそ、今動くことが私たちが抱える人数で安全を保証されるかわからないのですから。ただ、もし、答えていただけるならどこの国がその声明を出したか、教えていただけますか?」


 コクリとマヌエルは頷くとアリスの要望に沿った答えを話し出す。


「この世界ハーナイムには六つの大陸がそ、存在する。ぼ、僕たちがいる北半球の三分の二以上を占める世界最大の大陸、ソレクチルス大陸。昨日、君たちに話した黒いドーム状の何かに覆われてしまった大陸国家のある南半球のザラキフド大陸。この他にソレクチルス大陸の隣りにある一国で二人の世宝級を持つ国があるコートリープ大陸。そのコートリープ大陸と海を挟んで南にある最も知識の平均所持率が多くなってしまった国があるリズーヴァル大陸。そのリズーヴァル大陸の隣、知識の中でも学術よりも武術に力を注ぐ国の多いルケタ大陸。ちなみに先程話に出ていた花牟礼の出身国もある。そして、ザライフド大陸の南にある人類があまり手をつけていないとされる極寒の大陸、ヘントパキッカ大陸がある」


 アリスはその説明を受けながら自分たちの世界の大陸と照らし合わせるように想像できることが、箱庭ビオトープがモデルならとすんなり受け入れることが出来た。

 実際に地図を見せてもらっているわけではないので後で確かめて見る必要があるが、恐らく似通っていることだろう。


「そして、声明を出した国がある一つ目の大陸はコートリープ大陸のヒミンサ王国だよ。正確には今はヒミンサ共生国と名乗ってる。僕たちとの共存を求めた上で自分たちの世界の人間を受け入れる受け皿になることを旨に活動していくことを決めたそうだよ。ただ、ここからだと海を渡る必要がある」

「つまり、もう一つが」

「いや、僕がオススメするのは一つ目の方。もう一つはなんとも言えない。君たちにとっては生活しやすい環境がすぐに手に入るかもしれないが、それが周囲と軋轢を産まない保証はないといったところだ。ソレクチルス大陸、この国から西に位置する国、テルネンテ。そこがカナダという国へ名を変えて声明を出した。平等、対等を求めて話し合いをしたい、と言っているそうだ。ただね、ヒミンサ共生国の方はまだ目立った動きはないけれど、カナダと名乗った方はすでに声明通り対等を謳って侵略まがいの行為をしているらしい。も、もちろん、自分たちが生き残るための手段なのだろうけど、いささか理不尽さを感じる行為が僕たちの理解の及ばない範囲でされてるらしい。話は少し戻るけど僕の国はそこを敵視しているのが現状だよ」

「それぞれの先導者ってわかっているのでしょうか?」

「ヒミンサ共生国が天堂紘和。カナダがマイケル・サザーランドだよ。知り合いだったり、有名人だったりする?」


◇◆◇◆


 アリスの元から聞こえてくる真実にジャンパオロは心の中でつばを吐く。紘和の方はまだ歩調を合わせるつもりがあるためいいだろう。最も一夜明けて国を取ってしまうその規格外の精神力、戦闘力への自信には驚きを禁じ得ないが。しかし、最も危機感を覚えるべきは後者、マイケルが動き始めていたという事実だった。マイケルの平等はマイケルという個と早い段階で話し合いの場を設けられなかった場合、それは平等の皮を被った不幸が襲いかかってくるからだ。元いた世界でそうなっていなかったのはマイケルのいる国がそれを認めた人間しか入国、居住を認められない制度があり、八角柱がそれを武力で抑え込んでいたからこそなのである。つまり、マイケルの唱える平等が無差別に伝播する時、争いは激化せざるを得ないことが決定づけられているのだ。そう、この平等が等しく分けられるのではなく、状況を足して二で割ることが最大の問題なのである。ジャンパオロの中でやることリストが増えた瞬間であった。


◇◆◇◆


「えぇ、どちらもこちらでは八角柱、世界で影響力のある八人の内の二人で知らない者はいないぐらいの有名人です」

「……なるほど。有事の際は、そう遠くない未来に起こるかもしれないけど、その時にぜひ協力してもらえると助かるね」


 恐らくまだどちらも危険性が、マヌエルの、この世界の基準から逸脱しきれていない故の落ち着きぶりなのだろうとアリスは考える。マイケルのことは正直そこまで詳しく知らないが紘和が動いているという事実は、間違いなくこの世界を変革していくだろうとアリスには予想できたからだ。

 それがどういった方向でなされるか予想ができない予想というのがまた怖いところではあるのだが。


「さて、それじゃぁ、そろそろ近況報告も済んで、こちらの話は改めて考えた上でということでは、話がまとまったと思うから、そろそろ本題の……そ、そちらの話を聞くとしようかな」


 故にマヌエルは本来行われるはずだったメレンチーとの話し合いに話題を変えていく。もちろん、アリスが今マヌエルに対応してこれらの話をするよりはジャンパオロにしてもらった方がいいのでここで話題が変わることにはむしろ安堵を覚えてさえいる。しかし、何度も言うが、危機感があるならばその時、が今であるためマヌエルはアリスから二人の情報を引き出す努力をすべきだったとアリスは思うのであった。

 ゴクリッ。そんなアリスの気持ちをよそに、隣から唾を飲み込む音が聞こえたような気がするほど第一声に緊張、否腹をくくる様な神妙な面持ちのメレンチーがいた。実際には十数秒もいかない短い沈黙だったと思うが、一対一の面接で質問された時やそれに回答して明らかにその場で採点をしているような時の、緊張して待たされる嫌な緊張が確かにあり、その体感時間は長く、長く感じるものであった。

 しかし、もちかけてきたのはメレンチーたちであり、情報を手に入れる、状況を動かすにも彼らにとっては絶対に避けては通れない道である故に、沈黙という選択肢は用意されていないのである。


「少し遠回りな質問から入ることを許していただきたい」


 ふぅ、と一息入れてからメレンチーは続きを口にした。


「最近、ここ一年で街で変わったことはないだろうか? 医者でもありこの街の町長でもあるあなたなら、些細なことでも構わない。心当たりがあることを教えていただきたい」


 メレンチーのその質問にスッとマヌエルの目が細くなるのが見て取れた。

 同時に上半身、腰椎より上を引くように座っている椅子の背もたれに大きく預けた。


「き、君が言った通り実に遠回りな質問ですね。それでいて君たちにとってとても重要なことであり、それはぼ、僕のメンツをひとまず立てなければならないようなこと、ということまでは察してあげることができる、ね」


 コツコツとマヌエルの右手人差し指が二回机を叩く。


「そ、そうだね。正面切って何かしてるんじゃないか、という疑いを僕にかけるわけにはいかない。お、恐らく根拠が薄いのだろうね。と、ここまで憶測でモノを言ってるから外れていたら恥ずかしいけど……とはいえ、心当たりと言われても、住民に被害が出たり、街の秩序がい、一変するような事態はこちらで確認で、出来てないよ。つまり、僕が嘘を言ってるか、僕の知らない第三者が知られないように巧妙に動いているか……ここでは本当に君たちのも、求めるものがないか、そもそも勘違いでそんなものは存在しないかの四択になるね」


 ふぅと息を軽く吐く。


「さて、お互いのためにもう少しそちらが求めるものを開示しようか。世間話をしたいだけだったら、それでもか、構わないけど」


 マヌエルが続ける最もな指摘に、メレンチーは再度意を決し先程よりも具体的に話を始めた。


「身近な人間に違和感を覚えるようになった、と言ったらあなたはどう考える?」

「……そうだねぇ」

言葉を口にするまでの一瞬の間が、まだ遠回りをするのか、と若干嫌気が指しているのを抗議するように見えたが、それでもマヌエルは応対した。

「い、違和感にも種類がある。一つは人が代わった、つ、つまりその人物を真似た人間、すげかわりによって発生する違和感。そしてもう一つは、人が変わった、心境の変化などによる意識の変化が引き起こす違和感。代わったは、整形、本当に瓜二つの人間ぐらいしかないだろうな。瓜二つ、ドッペルゲンガーを見つけるよりは知識を持った人間が身体を整形した方が簡単で確実だろうな。た、ただ中身は別物だからね。見破るのは容易いだろうな。一方の意志の変化は大雑把にいってしまうと自分の意志で何かを達成するためにその行動を取るべき、または余儀なくされているというパターンと一言で言えば洗脳、の二つのパターンが考えられると思うかな。どちらもその人間であることには変わりないけど、後者より前者の方が解決するのは難しいし、それが悪意が伴っているかがわからないのがより厄介さをき、際立たせてると考えるね。逆に程度によっては前者であれば問題ないこともあるけど……結局はその違和感を受け手がどう感じているかを適切に言語化出来るかが味噌だと思うかな」


 ふぅ、と一息。


「それで、君たちはどの辺りに該当していると考えているんだい?」


 おおよそわかっているけどぜひここまで喋ったんだ、君たちの口から聞きたいね、という言葉が聞こえてくるようなマヌエルの促しに、メレンチーは全ての可能性を列挙しているように見える、誠実さを感じる男にその列挙した中の一つを自分たちが危惧していると伝えることにした。


「洗脳されている。しかもこの街のどこかで、です」

「こ、根拠はあるのかな?」

「ない。しかし、該当する人間全てが一度ここを訪れている」

「整形の可能性は?」

「見破るのは容易い、その通りでDNA鑑定は済ませている」


 先程とは打って変わってメレンチーはマヌエルの問いかけに正確に答える。

 それは駆け引きをする必要がなくなったぐらいに信用したと言うよりはそうせざるを得ないほど詰められているというのが本音である。


「そして第一容疑者が僕、次点に僕の下で働く三人という訳かな」

「かどうかを見極めたかったが、叶わなそうだ」


 数秒の沈黙。


「疑われる、というのはいい気がしないけども、う、疑うなら疑うべき相手が僕っていうのはいい判断だと思うよ。何せ僕は人体におけるプロフェッショナル。整形に関してその抜け穴を知ってるかもしれないし、洗脳にもそういった身体に対する影響を及ぼす技術を勝ち得ているかもしれない、と考えるのは自然だしね」


 もし、誰もが裏があるかもしれないと疑う瞬間があるならこの時だろう。仮説を積み上げ自らの潔白と疑いを天秤に平等にかけながら問いかけてくる。信用を獲得する上で必要な誠実さに見事悪意が覆いかぶさって他者への注意を鈍らせる。こちらに寄り添っているはずなのにわざとこう見せる人間はいる。そ言う人間はどちらに転ぼうと構わないか、それを受け取る側の人間の心がすでに人を信用できないまでに荒んでいるかのどちらかである。

 そして、この場にいる聞き手は皆、目の前の男から香る何かをすでに嗅いでしまい、その判断に迷わされてしまっている人間ばかりなのだった。


「だ、だからこちらでも怪しい点が、人に違和感を覚えるような事象、症状がないか確認を取るよ。もちろん、それに君たちが同行することを僕は拒まない。疑われるのは、先も言った通り気の進むものではないからね。何より証拠を隠滅してると勘ぐられるのも、し、心外だしね。もちろん、個別に街を調査してくれてもか、構わないよ。た、ただし研究資料、ち、知識を簡単にひけらかすほど、僕も今の時代にあってない訳じゃないから、ある程度の制約が入ることがあるけど、そこは都度話し合いで折り合いをつけて欲しいけど、問題ないかな?」


 言葉を投げかけられればられるほど、疑念と信頼という相反する感情が歩調を合わせてそれぞれの心に走り寄ってくる状況は続く。

 だからといってこの選択肢に断るというものは存在しせず、すでに用意されているように決まっている。


「協力、感謝する」


 メレンチーはそう言って頭をひとまず下げる。

 協力という後ろ盾を得たという点から当然の所作である。


「それで、そちらの被害状況、という言葉が適切かはわからないけど、どれだけの人数がその、違和感というのに巻き込まれているのかい?」


 ここからメレンチーは置かれている状況を説明するためジャンパオロにも話した内容をかいつまみながら喋ることとなっていった。


◇◆◇◆


 確定ではない。しかし、盗聴器越しに話を聞いていたジャンパオロはこの流れにマヌエルから事前に用意された何かを感じ取った。一つはこの展開に対して動揺が見られないこと。疑われる内容が内容なだけにそれなりの驚きがあっても不思議ではないにも関わらず、落ち着いた対応をマヌエルは終始取っていた。もちろん、今までの対話からそもそも驚きを始め、感情を表に出さないことを得意としている人間だという認識ではある。とはいえ、今回の推察、可能性の提示はまるで事前に用意されていたように淀みなく口から出てきたこと、これがいつかこうなることを予期していたのではないかという疑いをジャンパオロには感じさせられるのである。

 そして何より話の聞き手側が自然と交代していること。マヌエルを探っていたはずのメレンチーが協力関係を結ばされた瞬間、それはまず監視付きの捜索であることが決定づけられた。加えて、捜索も結局のところ事前にある程度の常識的な範囲で制限を設けられているのである。極めつけは捜査を進めるための情報の確認の様な今の状況が、視点を変えればメレンチーたちがどこまでこの一件に迫っているのか聞き取りをしている構図にも見て取れるのである。もちろん、これはあくまでマヌエルという人間がメレンチーたちが危惧する事件性のある事案に関わっていると仮定した場合の最悪だが、話の主導権が、握るための抽象的な、外堀を埋めるような言い回しが仇となり完全に逆転してしまっている現状に、募る嫌な予感は重みを増していくように感じるのであった。

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