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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第百二筆:世界の一端を知る

「関係か。しているといえばしているのかもしれないけど、だ、断定できることではないかな」


 マヌエルはジャンパオロの質問に対して創造主への心当たりを問いただしている時と似たような反応を示す。


「取り敢えず話してよ」


 右の手のひらを差し出し話を促す。


「失踪したという噂が広まって約二年、か、彼女は突然、僕の元を訪ねてきたんだ。つまり、今から約一年前、ということになるね。正直、直接の面識があったわけではないから元の彼女がど、どういった風貌、性格、つまるところ人間性だったかを知らなかったけど、目の前で僕の家の扉を蹴散らし、息を切らしながら突っ立っていた彼女の第一印象は、決していいものではなかったよ。それは乱れた髪型や少しやつれた顔、ドアを蹴破る粗暴さ全てが要因となっていた。ただ、目だよ」


 目? という疑問を誰もオウム返ししなかったが、その表情がマヌエルの言葉の続きを催促するものになっていた。


「目だけは、何かを求める探求者の目で、熱く熱く、それこそ狂ったように焚べられ続けた炎が灰の中で燃えている、そんな不思議な感覚にさせるような力強さを持っていたんだ。あの山の向こうへ消えゆく夕日を煮詰めたような赫は、それだけ彼女のマイナスイメージを払拭するほどに綺麗だったのをお、覚えているよ」


 この時、ジャンパオロは今日した中の会話でこの部分が最もマヌエルの本質を感じ取れる部分ではないだろうかと考えることになる。それほどまで、ここだけ感情が昂ぶって言葉に起伏が出来ていたという訳ではないが、他とは異色と分かる程度に熱量が溢れる、それがわかるぐらいに言葉選びが繊細で詳細に感じたからだ。

 もちろん、その場で即座に何故熱く語ったのかについては言及しなかった。


「は、話が少し脱線したね。彼女が何故ぼ、僕に会いに来たのかを話そう」


 続く言葉はその場の人間を驚かせるには十分すぎる話題だった。


「彼女は人を蘇らせる研究をしていたんだ」

「い、生き返るんですか、人が」


 誰もが想像する生物の、死者の蘇生。それは人間が想像できることは、人間が必ず実現できるという聞き馴染みのフレーズが存在しているにも関わらず、未だ達成されない事象である。人体に対して遺伝子という身体の構成、構造を解析しても、臓器や皮膚といった部位単位での再生が、再現ができてもなお何かが足りない。それでいて機械による学習が積み重ねられ、場面に応じた行動に感情を紐づけて行ってもなお足りない。欲しいピースを理解しているにも関わらず、答えが出ない事象、それが死者の蘇生であり、知識を重要視するこの世界では達成すれば一つの到達点であるとされているものである。

 そういう認識があるからこそ驚きの声を真っ先に上げたのは、今まで会話に入ってくることのなかった、この世界の人間であるメレンチーだったのだ。


「お、落ち着いて。研究をしていた、のであって成功した、行使できるようになったのか、までは僕は知らない」


 マヌエルは若干興奮しているメレンチーをなだめる。


「嘘みたいな話やけど、俺たちがここへ来る時に植え付けられたあの世界のために創られた人間だと考えれば……」

「昨日の段階でそういう認識があることはし、知っていたけど、今ので疑問は、か、確信に変わったよ。彼女は誰かが生き返る世界をシミュレートしていたんだな、と」


 ジャンパオロは一人納得しているマヌエルに質問する。


「俺たち、が出来た段階で成功していたってことか?」


 マヌエルは顔を横に振る。


「いや、違うよ。君たちは蘇生させられた訳じゃないだろう? いや、理解できていないのかな?」


 ジャンパオロはその質問に敢えて答えず目で話を続ける様に促す。


想造アラワスギューが理解したものを創子アイエグレネを用いて具現化する、というのはもう知っているだろうか?」

「おおよそ」


 ジャンパオロは自身の推測だけでなく、メレンチーから聞いた事も合わせて、この世界で起こる自身のいた世界ではあり得ない超常の現象に対する理解をすでにしていることを端的に伝える。

 それを確認した上でマヌエルは話を続ける。


「ひ、平たく言えば出来うる理論が、理解している事柄が現実に確認、目視できればこの世界では誰でもそれを実行できる、と認められることになる。そう理論さえあり、それが矛盾せずにこの世界の摂理に反していなければ……後は実行できる環境さえあればいい、ということだね」

「実行できる環境さえあればって、そもそも理論がこの世界で実行可能なものでなければできないではないか?」


 メレンチーの指摘は実に的を得ていた。マヌエルが言っていることはどちらも出来ていることを前提としているのだ。理論が出来ているものが現実で実行できることも、実行できることに理論が存在することも、最終的な結論としてもどちらも出来ていなければ成り立たないに帰結するのである。

 それは偶然できたことであったとしても後付がどちらも出来なければならない不可逆の前提が存在しているのだ。


「……なるほど,それで俺たちの世界ってわけか。つまり、」


 メレンチーが決して鈍感というわけではない。

 しかし、その身に経験を持つものの理解力はマヌエルの先の説明だけで伝えたいことを理解していた。


「むちゃくちゃであれ、どうであれ、この世界に認められた摂理で死者を蘇らせる理論を完成させ、俺たちの世界、この世界に作ったもう一つの世界で無理やり再現して、この世界で出来ることを証明した、ってことか。それに、アレンさん、あんた一枚噛んでるってことやな」

「だいたい、その理解であってるよ」


 話の内容はメレンチーとカトリーンにのみ即座に理解できなかった。いや、したくない現実だった。言ってしまえばこの世界で創り上げた世界の中で実行できたことが現実に反映されるということは、ゲームの中で出来ることを現実に持ち込むことが出来ると言っていることに等しいぐらいに無茶苦茶なのである。せめてもの救いがあるとすれば、その理論が現実の自然の摂理に認められた、超常的な現象ではない理論でなければいけないという点である。しかし、それでも、だ。

 死者を蘇生させる理論は存在することを前提に、そう、完成させていることを前提にこの無理矢理の実行がなされたことを意味していた。


「ひとつ、補足を加えるとするなら、結局彼女の理論はこの世界では実行できなかったから、この世界でこの世界に似た世界の中、箱庭ビオトープで実行するしかなかった、ということ、だね。だから、か、彼女は僕を訪ねたんだろう」

「……だからこその再現、つーことか」


 ジャンパオロの言葉を誰よりも肌に感じている人間が一人、ここにいる。紘和に成りすまししているアリスである。ここに来て感じた魂のようなものを感じる特異な性質が、この世界の人間を元に自分たちが創られていることを実感させたからだ。

 そして、マヌエルから出てくる言葉はこの場の全員にアリスの直感を言葉にして説明するものだった。


「そ、その通り。彼女が僕の元に来たり、理由はこの世界を再現するため、だよ。でもね、ただ再現しただけでは、この世界でやることと変わらない。だから、この世界と違う理を、いやそう言ってしまうと何でもルールをかえらせそうだから、い、言い方を変えよう。想造アラワスギューを、つまり創子アイエグレネを制限した世界を創ることにした。それが、き、君たちのいた世界だ。僕はそれを箱庭ビオトープと呼んでいた。そして、話は少し戻るけど、君たちが蘇生された人間ではないということだ。あ、あくまでこの世界の人間を素体に別のせ、生命体を生み出した、という表現が近いだろう。双子が、クローンが全く同じ成長を遂げない、これが君たちという存在を的確に表現するいい機会だろう。ただし、遺伝的な情報の話ではなく、あくまでこの世界の人間の存在、すなわち考え方や思考を複製した形ではあるのだけどね。非科学的な言い方をすれば同じ魂を持つ人間、それが君たちとぼ、僕たちだ」


 そして、創造者に加担したと思われる男は自信を持って応える。


「こ、ここまで話していて確定したね。ぼ、僕はどうやら関係している、と断言した方がいいのかもしれない。も、もちろん、君たちを生み出した、という点でね。だからこそ、別の世界から来たと言った君たちに心当たりはあったし、それがか、確証に変わっていけばいくほど驚きよりは、腑に落ちた、という感覚に変わっていったのということだ」


 この出生の事実は別にジャンパオロとアリスだけの驚きに留まらない。メレンチーたちもスケールの違う話に驚きを隠せずにいた。一つ、少なくとも彩音は、マヌエルと接触する段階で人を蘇生させる理論を完成させていたという事実。先も言った通り死者の蘇生はこの世界の人間にとっては到達したい知識の一つである。それを完成させていた、というのは世宝級であったとしても規格外であることが、一般レベルのメレンチーでもわかってしまうことだった。理論だけでも出来ている、この事実が脅威であり、先の緑の再生という異例の実績が霞んで見えるほどの実績である。

 一つ、マヌエルは同一の情報が衝突しない別空間であれば人間を生み出すことが出来る、という点である。説明があった通り、元となる素体がいたとしても育った環境で別のものになってしまうという点では蘇生ではない。しかし、蘇生でなかったとしてもその人間の特徴を残したまま別のもの、遺伝的に同一でないものを生み出すということは、ただの複製とは訳が違い、新たな生命を生殖行為無しで生み出しているに等しい行為である、ということである。言葉を変えれば人を生み出す神にでもなったような存在、行為ともいえる所業にメレンチーは感じさせられていた。

 そして、極めつけは、今までの話を総括すると、ここにジャンパオロたちがいるということは、彩音が研究を完成、すなわち死者の蘇生を実行できる段階にある、ということである。それは学がない人間でも瞬時に一つのことを想像できる。この世界から死という概念が、命の価値が軽くなったということが。同時に、彩音という人間の存在がこの世界で最も勝ちのある存在であり、先の理論だけでもその偉業が際立っていたのに、それが改めて霞んでしまっているのである。

 そして、もしも死者蘇生を知る人間が、実行可能な人間が彩音の他に一人でも現れれば、その先は想像に容易い権力を手に入れることになるのだろう。


「あんたは、その死者蘇生の理論は聞いているのか?」


 メレンチーと同じ危険性へ帰結した故の質問かはわからない。

 とはいえ、ジャンパオロの質問は的確にすべき質問であった。


「い、いや聞いてないよ。そもそも僕はあくまで当時は、死者の蘇生なんて絵空事だと思っていたから聞いてないよ。あくまでその手伝いとして提案されたシミュレーションのためだけの世界、君たちの世界を創るための協力、を求められて、興味があったというか、現実味のある話だから乗っただけ、さ」

「だとすればそれに対するそいつの見返りはなんだったんだ」


 死者蘇生の理論を聞くことでなければ、この知識に価値ある世界でメレンチが彩音に協力した理由、見返りは何だという質問。当然の質問である。興味があった、その一言で片付けられるほど、自らが身につけた知識、それも世宝級の、現状の人智を越えかねない想造アラワスギューを他者に合同とはいえ、披露して見返りがないのが不自然極まりない、と判断するのは至極真っ当な反応である。

 先から述べられている通り、その知識が大きな価値を持ち、情報もとい知識がある程度統制されている世界で、国が喉から手を出しそうなレベルの研究を無償で提供するのは信じられないということである。


「そ、それは知識に重きが置かれるこの世界で、無償で協力することは、あ、ありえないという判断からくる質問だろうか?」


 マヌエルの確認にジャンパオロが頷いた。


「ち、知識に重きを置く。それでもぼ、僕が今まであなた達にこの情報を喋ったのは、関係している、知るべき立場にあると思ったからだ。だからこそ、僕がそこで何を得たのか、関係のない話をわざわざするのは、筋違いだと思わないかい?」


 少しだけトーンを落とし、明らかにコレ以上踏み込むなと警告するマヌエル。ごもっともな言い分ではあるが、あまりにも突然突き放すような行動に、その場の誰もが不信感を抱くのは当然のことだった。

 故に生まれた数秒の沈黙に最初に口を開いたのはその状況を生み出したマヌエルからだった。


「当たり前のように質問に答えが返ってくると思われたと感じたからね。す、少しイジワルをしてしまった。すまない。普通はなんでも喋ってもらえるものではないということをじ、実感してもらいたかったんだ」


 そのままマヌエルは話を続ける。


「さ、先も言った通り、僕は死者の蘇生にはきょ、興味がなかったというよりも眉唾ものでもらってもしかたのない理論だと思っていたから、その詳細を追求、お、教えてもらっていないよ。これは、事実さ。でも、確かに対価、協力の際の見返りはもらっていたよ。何度も言う通り死者蘇生の理論、というよりもプラン、どうやってそれを立証するかのサンプルを聞かせてもらった時に、ひとつ興味深いもの、システムというべきかがあってね。そのデータを定期的に貰うことを対価にしたんだ」

「定期的に?」


 真っ先に引っかかった部分を繰り返すジャンパオロ。


「だ、だから次に届く記録が、さ、最後になるんだとお、思うよ。君たちの存在が死者の蘇生完成と繋がっていれば、だけどね」

「話を進めれば進めるほど、あんた、最初から知ってたみたいな感じがしてくるんだけど」

「随分ぼかした風に、小出し小出しで話すなって? ぼ、僕も君たちの話を聞きながら憶測をすり合わせているだけに過ぎないからね。そう、こちらもあくまですり合わせている段階にほかならないんだ。だって、僕がシミュレートした世界の、箱庭ビオトープの住人を僕は全て把握していないから、そもそも君たちが僕の研究成果で創られた存在であるかは実際の所違う世界から来たという状況証拠で事実確認はできないし、そもそもどうして情報が混線しないように隔離した世界に創ったものがこちら側に来ているのか原因がわからない。さらにいえばそもそも本当に花牟礼の実験の成否に関わらず彼女が関与した事象なのか、本人に確認をしなければわからない。あくまで僕はそちらの質問に答えながら真相に近い形を話しているに過ぎない、彼女とはその程度の接点しか無いということを覚えておいてもらいたい、よ。そういう点では彼女は死者の蘇生をしようとしていたが、成功したという事実を僕は知らない、ということになるね」


 自身の出生もとい世界の成り立ちに、状況の真相が明瞭になっていく興奮と死者蘇生という最高峰の叡智の一端を垣間見て興奮するジャンパオロとメレンチーにそれぞれ視線を送りながらあくまで事実を並べ二人を牽制するように、落ち着かせようとするマヌエル。


「随分と流暢に喋りきるんだな。少し驚いたぜ」

「僕も少し未曾有の事態にあ、熱くなってるのかもね」


 マヌエルとジャンパオロが互いに売り言葉を並べたところで誰も買うことなく、ジャンパオロが先に話を進める話題を振る。


「ちなみに知りたがりついでで申し訳ないけど、その死者蘇生の理論というか、あんたの言葉で言うところの興味のなかったプランってやつは俺たちは聞くことが出来るのかい? 何、価値が高いし、ある意味部外者もいる、無理にとは言わないけど、できれば聞いておきたいな。そう、例えば俺たちがこの世界に来た原因がわかるかもしれないから、さ」

「こ、今度は随分と卑屈に、こちらに伺いを立てるように強要、し、してくるんだね」


 そう言ってマヌエルはメレンチーたちの方に視線を向けて数秒沈黙、思案する。


「まぁ、自分も再現できるほど聞いたわけでもなければ、誰でもその発想に至る領域の内容ではあるから、問題ない、か」


 ゴクリとメレンチーたちの方からつばを飲み込む声が聞こえたような気がするほど、こちらの世界の側の人間が目を輝かせていることは隣を見ずともジャンパオロには伝わってきた。


「気前のいい事で」


 いちいち突っかからないと会話できないのか、ジャンパオロの本性が見え始めているこの段階でその言葉はマヌエルにため息を漏らさせる程度の変化を与えた。


「ふぅ……。先も言った通りその全てを聞く、そんなことは彼女も一人の想造(アラワスギュ―)の使い手としておいそれと開示はしない。だから、本当にそういうことをどうにかしてやり遂げようとしたんだろう、という話になるよ」


 一息。


「四つ」


 マヌエルは右手の手のひらを親指以外を立てて突き出す。


「うちぼ、僕が聞いたのは本命を除く三つの概要は、こ、こうだよ。一つ目は創子アイエグレネを感情に紐づけてより想造アラワスギューを直感的に、明瞭にし、死者の蘇生を感覚で実行させる方法。二つ目は死者のDNAから再生した肉体に記憶を追体験させる方法。そして三つ目は膨大な記録をそのまま記憶とし再生する方法だ」


 メレンチーはマヌエルが当初言っていた通り、並べられた三つすべての内容が誰でも知識を持ち想像した時にしうる範疇の死者の蘇生手順だな、とこの時思った。だからもしかしたらという成功したかもしれないという高揚が少しだけ冷めたのが自覚できた。一つ目の、端的言うと想造アラワスギューの強化と思える内容。これは知識とその理解が直結する世界で、死者の蘇生が想像できる人間からすればそれだけでポロッとできてしまうかもしれない内容であり、単純故にそんな強化が容易でない現実が成功をすでに否定してしまっている。

 二つ目は身体が覚えている、つまり身体に魂が戻る、いわゆる魂の重さ二十一グラムを前提とした実験という見方が一つである。確かに、死者蘇生という想像が可能にして実現できない可能性を大いに埋めるピースとして魂という概念は存在足り得るのだろう。しかし、その魂が結局のところ可視化されないモノであり、理解できていないものである以上、仮想に仮想を重ねても現実たり得ないことに変わりはないのである。それは、魂の証明が報告されていない以上、この知識を再現する世界では空想の域を出ることは出来ないということである。そして、もう一つの見方として死者の肉体を再度動けるように細胞を一つ一つ置き換えた時、どこかで活動を再開した肉体すれば、同時に蘇生と言えるのではないかということである。壊れた部分を補うという機械的な発想を生物に取り入れたという話であり、クローンによる臓器の移植というフレーズを耳にしたことがあれば出来うるかもしれないが、それは生者に対して施すことであり、死者に対して逆説的に起こりうるのかという点で、出来ないから死者蘇生が叶わない、という話なのでもある。

 三つ目は、思考実験の延長線上である。死んだ人間の全ての記録、その人間が見たであろう全ての視界、その人間が行った全ての行動を持った機械が、正確にその記録を元に再現、選択性を持った場合、それは死者の蘇生に等しいという考え方である。少なくとも生前までの全てを記録しているという前提条件は紛れもなく生き写しなのだろう。しかし、人というのは無情にも機械であること、そして先の魂の証明を求め、これを肯定しきれずにいる。今までの中で最も合理的に死者を呼び起こしたように見えても、皮肉なことにそれを蘇生と、同じなくした人間だと認めることが何故か出来ないのである。そう、なぜか。そのストッパーが想像を有耶無耶にしているのかもしれないが。

 つまり、繰り返すことになるがどれも驚きに値しない、平凡なプランだとメレンチーは思ったのだ。


「なるほど、創子アイエグレネを黒い粒子状にし、肉体と記録から蘇生へのアプローチをかけるって訳か。ハハッ、逆テセウスの船、スワンプマン、極めつけは中国語の部屋。いろいろ馬鹿みたいに名前があるが、全部お前たちの世界にない概念にラベリングしたってことかよ。あぁ、そういうことか、直近の事件が全て結びつくなぁ。つまり、最後のプランはあの大五次世界大戦が関係してるってことなのか? こりゃ、ハハッ、すげぇな、なぁ、おい」


 ジャンパオロはプロタガネス王国所属の世界随一のハッカーであった。故に普通の人間よりも情報という分野においては長けており、今の反応の通りメレンチーと違い全ての符号が合致した答え合わせのような感覚に興奮していた。一方で、そんな愉快そうな反応とは違い、マヌエルはその隣で明らかに顔を伏せ、自身の置かれている状況に後ろ暗さに似た何かを感じているアリスのその表情が気になった。先のアリスにのみ何かこちらの状況を知っているような節の態度、表情がマヌエルにより気がかりを植え付けてくるのだった。

 出来ることなら彩音との関係はこのまま薄い状態で、厄介事を増やしたくないという思いがあるが故である。


「あっ、一人興奮してすまんすまん。ちなみに、バーベリさんは中国という国をご存知で?」


 ふるふると首を横に振るのを満足気に見たジャンパオロは続ける。


「そうなってくるといよいよ気になってくるのは、あんたが欲しいと思ったデータになる。だってそうだろう? 聞いた話、どれもこれも死者を蘇生させるための何かに関わってくるわけだ。出てきてないところでいくと時間の巻き戻しとか、かな。でも、そんなの体感した記憶もないし……とにもかくにもそんなデータをもらって何をしようとしてるのか、気になる話だよな」


 そう言いながらもジャンパオロは右手を突き出しみなまで言うなと言わんばかりの顔をして誰かの横やりが入るのを未然に防ぐ。


「とはいえ、知識、情報社会。わかってるよ、俺もそろそろこの世界がどれだけ俺の知ってる世界と比べておかしいのか理解は出来た。だからひとまずの安全を破棄される前に俺はこれ以上深掘りすることを今は止めておこう。せっかく、俺たちを迎え入れてくれるって言ってくれたこの場所を捨てるわけにはいかないからね。聞きすぎて、もらいすぎてから言うのもあれだけど、今度は見合う知識や情報を持ってくるか」


 直前、ニヤリとジャンパオロが笑う。


「自分で調べさせてもらおうかな」

「はは、そう簡単に自分の研究成果は、お、教えられないよ。まずは弟子になる実力をつけてから改めて来てください、って話になるかな」


 ジャンパオロとマヌエルの互いの貼り付けた笑顔の視線が交差するところから火花が飛び散っているように見える空気が漂った。


「ひとまず、俺たちは住居と原因の目星を同時に知れる立場にあれてラッキーだった。これで一端話をまとめさせてもらおうと思うわ。と、言うわけで俺は満足したわけで、先に言ってた通り、この話を仲間のところに持ち帰って検討してこようと思うわ。善は急げ、連絡役としてアリスを置いてく。あんたらもこいつがいれば……問題ないやろ?」


 ジャンパオロはそう言ってちらりとメレンチーの方を見る。

 問題ないというのは、残していく戦力として、という意味であることは伝わっているようで首を縦に振られるのを確認する。


「そっちはなんかありますかね?」

「いや。君がいいなら、問題な、ないよ。僕も少しだけ君のことがわかった気がするからね」

「それは腹黒いお互い様ってことで。まぁ、本当に一方的にありがとう、って話ではあるんやけどな。それじゃぁ」


 そう言ってジャンパオロは席を立つ。


「あ、案内に誰かつけようか?」

「では、ご厚意に甘えさせてもらおうかな」

「じゃぁ、部屋を出たらリディア・トラーゴという女性を見つけるといい。僕から君を案内するように頼んだと言えば指示に従ってくれる、よ」

「いや~、至れり尽くせりで、ちょっと怖いぐらいだね」


 そのままジャンパオロはトンッと右手で作った拳で軽くアリスの胸ポケットに小突く。


「それじゃぁ、後半戦よろしくな。終わったら合流してもいいし、部屋に戻ってもらっても大丈夫やから。そんじゃ」


 そして、軽くマヌエルに会釈をするとくるっと背を向けスキップをしながらジャンパオロは部屋を出ていこうとする。


「あぁ、一つ補足を」


 わざとらしく間をおいた、謀ったようなマヌエルの言葉にジャンパオロはしぶしぶ足を止める。


「時間を巻き戻す、それは限定的に出来ない限り同じ事象を繰り返すことになるから、きっと死者の蘇生には向いてないと思うよ。まぁ、出来るなら死者の蘇生以上の成果になるし、この世界でならそれこそ人が求める到達点になると思うよ」

「ハハッ、わざわざ御高説感謝!」


 それだけ言うとジャンパオロは振り返りもせず今度こそ部屋を出ていくのだった。台風一過の様にガヤガヤと主軸になって喋っていた人間が急にいなくなり突然の静寂が空間を支配する。そして、部屋を出ていったジャンパオロを見送っていたそれぞれの視線はふたたびテーブルを挟んで交差することになる。

 互いが、さてどうしたものかという空気を醸し出し始めて数十秒、口を開いたのはマヌエルだった。


「せ、せっかく話が一段落ついたから一端昼休憩を挟んで再集合、ということにしようか、な」


 その提案に誰も意義を唱えるものはいなかった。


「それじゃぁ、ジャンパオロさんも外で会えたら昼食、誘おうかね。美味しいパン屋でよければ紹介するよ」

「お願いするよ」


 メレンチーがそう答えてると、それぞれがふぅと大きく息を吐き、午前中の話し合いが終わりを告げるのだった。ちなみにジャンパオロの姿はすでになかったという。

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