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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第百一筆:始まる探り合い

「ん?」


 音がする。第五次世界大戦からこの世界に来たこともあり、半日以上の戦場と時間のズレからまた半日以上過ごしたと考えられる計二十四時間以上の睡眠を取っていない状態。もちろん出来なくはない生活だが、それは普段の穏やかな生活を送っている時の一日を切り取った時の話であり、今回は大戦や異世界での戦闘による疲弊と緊張が重なっての状態である。たとえ訓練を積んでいようと、紘和の肉体を持っていようと二十歳にも満たない少女からすれば過酷そのものであった。だからこそぐっすりと深い眠りに付いていてもおかしくないのにその音に気づくことが出来たアリスは、重たい瞼を無理にこじ開け、右手で目をこすりながら音の鳴る方へ左手を伸ばした。まだ寝たいと思う意思がある、つまり落ち着けているとも取れるし、電話音で起きるぐらいにいまだ緊張しているともとれる状況。

 そう、アリスの左手は備え付きの電話、内線を手に取ったのだ。


「もし、もし?」


 触った形状から受話器だと無意識に判断し、耳に当てて電話に対応する当たり、無下にしないという人柄が見て取れる。


「お食事の準備ができてます。本日は十時に迎えが来るとのことでしたので、お電話させていただきました」


 耳元で告げられるモーニングコールでボヤッとした思考が鮮明になっていくのがわかる。

 そして備え付けの、電話の下に表示されている時計を確認しながら今が八時だということを理解する。


「ありがとうございます。今行きます」


 そうアリスが告げると食事の場所を告げられ電話は切られた。


「ふぅ」


 寝ぼけ眼で仰向けになりぼんやりと天井を見つめる。ここが自分の部屋ではないという事実が、昨日の出来事が夢ではないことを改めて実感する、なんとことはない。そもそも自分の部屋にもう半年以上は戻っていないし、恐らくそんな部屋はなくなっているのだから。ただ、戦争から知らない世界への移動、これらの現実味のない実体験が昨日の記憶と一致する光景の場にいるという意味で実感が持てる、夢ではなかったと否定できるのは事実だった。

 そんなどうでもいいことを深く考えているような気分になるぐらいにはまどろんでいたのだ。


「それで、何の電話やったん?」


 声の方向に視線をやるといつから起きていたのか、窓際に置かれたテーブルに脚を起きながら椅子に寝るように座っているジャンパオロがいた。


「朝食の準備ができたから一階の食事処へ朝食を取りたい場合は来てください、という電話だったわ。バイキング形式で九時半が最終受付だって」


 電話の内容を告げつつも、その声と顔はアリスにとって昨日の不快感を呼び起こすものであり、ぼんやりとしていた意識は一瞬で覚醒へと持っていかれる。


「へぇ~。随分と良くしてくれるんやな。これも全部アレン様々って話なんかな」


 目を細めながら、人の施しを素直に受け取れず、裏を読んでいることが伺える口ぶりを見せるジャンパオロはそのまま大きなため息を吐きながら、視線をアリスに向けた。


「まぁ、なんだ。今のお前なら大丈夫やと思うけど、食える時にしっかり食っときな」

「行かないの?」

「携帯食で済ませたからな」

「そう」


 ふとアリスはジャンパオロが寝たのだろうか、と思った。寝た姿を確認するよりも前に自分が寝ていたというのもあったが、モーニングコールよりも前に起きていたという事実が警戒心という自身の心構えから来るもので眠れなかったのではないかと思えたのだ。それは同時に、本当に携帯食料を持ち合わせていたのかという疑問にも繋がる。

 だから何だと、その人間性から思うだけのことでもあるのだが。


「じゃぁ、行ってくる」


 んっしょっという声を漏らしながらベットで勢いをつけて上半身を起こし、そのまま立ち上がると、アリスはそのまま洗面所へ寄って軽く身支度を整えると朝食を取りに部屋をそそくさと出ていくのだった。


◇◆◇◆


 食事所では知らない顔もいれば、昨夜話し合いをしたメレンチーたちが談笑している姿も見受けられた。食事を取り分けている時に同席を誘われたが、アリスは一人食事を取ることを選択し、手短に終えるとパンを一切れだけ持ってその場を後にした。そして、特に寄り道をする理由もないのでまっすぐに自室へと戻る。カードキーで開けた扉の先には出かける時と変わらないジャンパオロの姿があった。

 ちらりとゴミ箱を確認しながらアリスは手に持っていたパンをジャンパオロ目掛けて下から優しく投げた。


「……何だよ」

「パンだよ。何も食べてないんじゃないかと思って」


 行きで確認はしなかったが、今確認しても携帯食を食べて出るはずの包装がゴミとして見当たらないことが、アリスの中で一つの結論を導き出したのだ。その結論を予想していたからこそパンを一切れ持ってきていたこともあった。ジャンパオロがどんな人間だろうと近しい存在であるという一点から気遣いを見せてしまう点は年相応であるとも言えた。

 要するに心配したのだ。


「……いいヤツというか、そういう年頃といった方が妥当なのか。邪推するのも勝手だけどそう簡単に優しさを示すもんじゃないぞ、善人になるつもりがなければな」


 ジャンパオロの視線がアリスの頭から爪先へゆっくり上下を繰り返したのを見て、それがなれるはずもないかという嫌味だということを理解し、心の中の怒りのボルテージが一つ加算されるアリス。そんなアリスの内心を知る由もないジャンパオロは視線をアリスから反らし手にしたパンを口元に近づけて止める。

 そしてしばらくじっと見つめ、ふっと軽く息を吹きかけるとようやく一口かじったのだ。


「そもそも年頃、か」


 ふぅと今度は深いため息を吐くジャンパオロ。


「ありがとうな」


 そうハッキリと告げたのだ。

 そして付け加えるように言葉を続ける。


「この感謝の言葉だけで、人を図らないことやな」


 それは単に感謝を述べたことに対する照れ隠しなのか。それともアリスがありがとうと告げられた時に少しだけやっぱ良い奴なのかもしれないと一瞬だけ僅かな好感を得たことに対する、悪い大人からの生のアドバイスだったのか。もちろん、それを確認するためにどういう意味か聞き返すことも出来ただろう。それでも、今、この雰囲気でそれをしてはいけないような気がアリスはしたのだ。敢えて明確に理由付けをするならば、説明させてしまっては疑心を重ねるだけになってしまうと思ったからである。もちろん、重ねるのはアリスだけではなく、ジャンパオロもという意味だ。

 その後、しばらくテレビを流しながらの無言の時間が流れたが、先に口を開いたのはジャンパオロだった。


「そういえば、レイノルズはアレンさんの、付いてくんの?」

「……それ以外の選択肢、あると思うの?」


 そのセリフに何を当然のことを、とアリスは思いその質問の意図を問い返した。


「ルドルの護衛をお前とあっちの部隊、どっちに任せるかっていう話だな」

「なるほど」


 なるほどであった。


「でも、今あなたから目を離す方が、どう転がろうとも痛手だと思うのは気のせいかしら?」

「へぇ、そういうところは鋭いというか取捨選択がハッキリしているというか……」


 後半をボソボソと言うジャンパオロ。


「まぁ、実のところはその辺の対策はすでに済んでるからいらないんだけどな。自分の立場がわかってるか確認したかっただけや。悪く思わんといてな」

「……悪く思わないから、その対策ってやつ、教えてもらえないかしら」


 ふつふつと湧き出る怒りを押さえつけながら聞くべき内容を求めるアリス。


「気にするな」


 教えられることはないのだろうとわかっていたつもりだったが、もし何かを手にしていればそれを砕いてしまうのではないかと思える程度に、自然と両手に力が入るぐらいには改めて怒りを募らさせられるのだった。


◇◆◇◆


 コンコンッ。九時四十二分。

 ドアをノックする音がアリスたちの部屋に響く。


「バーベリさんだったら中に入れてくれ」


 自分でやれよという不満はあれど抗議するだけ無駄だとわかっているため、テレビを見ていたアリスは椅子代わりにしていたベットから立ち上がると覗き穴から訪問者の姿を確認する。

 そして、メレンチーたちであることを確認するとドアを開けて招き入れる。


「失礼する」


 そういって入ってきたメレンチーの後ろには昨日の夜にも側にいたメレンチーの部下である女性もいた。


「どうも、バーベリさん。この場の四人で話の場には行くことになったから」

「そうですか。では、数分だがもう少しだけ話を詰めておきたい」

「……じゃぁ、二人きりになりたいから、そこの二人は外で待機でもええし、先に一階まで降りてくれててもええよ」


 出ていくことが当たり前、とっとと捌けろという圧力に、アリスは顔を傾け嫌々な表情をつけひとまずのポーズをとる。


「このまま部屋で待機という選択肢は?」

「ない」


 ニコリと向けられた爽やかな笑顔とそれに素直に反論するわけでもなく従う自分にため息を深く吐きながら部屋を出る。もちろん、その後ろには例の女性が文句一つ言わず付いてきていた。

 バタンッ。という扉が閉める音と共にアリスは中の音が聞こえないか扉を耳にピタリと付けて静かに中の様子を伺う。しかし、十数秒待っても一向に聞こえてくる気配がないのでアリスはすぐにその行動が無駄だと悟り、扉から距離を取る。

 そして、やることがないなら先に階下へ移動してしまおうかと考えながら視界に映ったメレンチーの部下であり、ピタリと扉の脇で警備員の様にピシッと直立している女性はどうするのか気になり、実は初めてとなる会話をアリスは持ちかけた。


「えっと、あなたは……どうするの?」


 返事がされるより前にキッと鋭い視線がアリスを睨みつけてくる。

 どうやら好かれてはいないらしい。


「私はこちらで待機させていただきます」

「そう……ですか」


 だったら自分もここに残ろうかと思い返したアリスは、場を無言という居心地の悪さをなくすために会話をするための定型的な質問をする。


「お名前を伺っても? これからしばらくは行動を共にしていくわけですし。私はアリス・レイノルズ。ご存知だと思いますがいくつかの姿を使い分けて戦闘をするわ」


 アリスの質問に視線を向けて、数秒の間が開く。


「カトリーン・ブルス。バーベリの部下です」


 当然と言えば当然の反応。向こうの態度を最初から見ていれば会話のキャッチボールが交互に行われないことは予想できることであった。それでも試みたのは居心地の悪さゆえだったが、意図的に会話がシャットアウトしたような空気は、より一層アリスに居心地の悪さを感じさせた。

 とはいえ、ここにいようかと考えた時点でやることと言えば、会話だと思いアリスはおしゃべりの続行を試みる。


「あなたも身近な人が別人みたいに?」

「廊下でする話ではないと思います」


 明らかな嫌悪感の乗った声でカトリーンが注意してくる。誰が聞いているかもわからない未だ不透明な疑惑を敵陣で放つ軽率さを叱られている感覚である。確かに軽率だったと思う反面、そこまできつい態度を最初から取り続ける必要もないのでは、という筋違いと共取れる苛立ちも覚えてしまうアリス。

 ただ、これ以上おしゃべりを続けようという気はおこらなくなったのは事実だった。


「ごめんなさい」


 これ以上波風を立たせない、アリスの選択肢は実に賢明なものだった。ジャンパオロとメレンチーが部屋を出てくる約七分間、無言のままそれぞれの姿勢で待つことになるのだった。


◇◆◇◆


「や、やぁ、昨日はゆっくりできたかい?」

「おかげさまで。加えて、突然訪問人数が増えたのに快く対応してもらえて助かったわ」

「別に問題はないからね」


 アリス、ジャンパオロ、メレンチー、カトリーンの四人は、定刻通り迎えに来たリムジンに似た形状、容積をした車の様なモノで公民館の様な、要するに会議に適した場所へ連れてこられていた。車の様なモノというのは、フロントまで脚を運んでここまで案内してきたマヌエルの使いを名乗る者いわく、アリスたちが想像する車と呼ばれるモノであった。しかし、その車にシステム面で差が存在することを教わる。一つはアリスたちの知る従来の四輪駆動で地面を走る車。そしてもう一つは、アリスたちが乗ってきて、ゾルトたちが乗っていたような浮力により宙に浮くことで移動する車である。もちろん、前者よりもスペックは高い反面、扱える人間が限られるほど想造アラワスギューに依存するところが大きい車であるため幅広く普及はされていないという。そんな文明の違いを意識させられる話などを交えながらアリスたちは宿舎からここまで来たのである。

 その際、予定になかった二人の来客を即座の電話対応で問題なしにしてくれたことに対しての例が先程の出会い頭のジャンパオロとマヌエルの会話だった。


「まぁ、立ち話もあれだからね、みなさん、す、座ってください」


 そう言ってマヌエルは長方形に並べられた机の反対側、誕生日席とならない長辺側の中央に座りながらアリスたち四人の着席を促した。それに従い各々が着席する。

 左から紘和に成りすまししたアリス、ジャンパオロ、メレンチー、カトリーンの順である。


「その後のか、彼の経過はどうだい?」

「まだ目覚めてませんけど、穏やかな表情を浮かべているので問題ないと思いますよ」

「それは良かった。それじゃぁ、何から話そうか。時間は取ってあるから、こちらの都合は気にしないでもらって大丈夫ですよ」


 そう、ここから長い長い問答が始まるのである。


「では、まず俺たちの、巷で異人アウトサイダーと呼ばれる存在の処遇は、この街、いや、国ではどう決まったか、聞いておきたいかな。その辺が決まらないと正直、話がどっちにも転び様がないからな」


 アリスからすれば転び方の選択性の先が気になる言い回しだったが、そんな疑問を挟むことが現状得策ではないことをしっかりと理解はしているため口をつぐむ。


「国、ニムローとしては、まだこの異変が起きてから約一日、め、明確な答えを出せていないのが現状だよ。た、ただ故意に排他的な姿勢を見せるつもりはな、ないようだ。だからニムロー国内では保護という名目で一時的にそちらが落ち着くまで支援はしているところが多いはずだ。ある意味、人を助けるという当然の行為をただ行っているだけ、だね。だけどこのままそれを続けていけるほど自国が栄えているわけでもないから、対応に四苦八苦している、のだろう。なにせ、国としてまずはこ、国民を最優先に考えることは責められることではないからね。余裕がなければ、出来ないよ」


 それは余裕があれば助けられる、というよりは明確なメリットがなければ助ける価値がないと言われているように聞こえるのは支援される立場にいるからなのだろうか。

 正しいことを言われているにも関わらず人情を、と思ってしまうのは責任を持たない人間のエゴなのだろうかと考えさせられてしまう。


「ごもっとも。少なくとも即座に摩擦を生みかねない対応を取るよりはマシやね。まぁ、少なくとも俺たちは当たりの国を引けた、と言っても過言じゃないのかもしれないな」


 それで、といった顔でジャンパオロはマヌエルの言葉に対する感想を終える。

 その態度にマヌエルももちろん続きがあると言った澄ました顔で言葉を続けた。


「そ、そしてここまではあくまで国の指針であって、ぼ、僕の指針ではないんだ。もちろん、国の決定に現状を意を唱える理由はないけれど、ここは僕がも、もらった街。だから他の街や都市と比べて僕の意思決定を優先しても文句は言われないんだ。き、昨日も少し話したけど、ぼ、僕は世宝級のひ、一人でね。君たちぐらいならこの街に迎え入れても、問題はないと考えてる、よ」


 先の話を聞いている限り、どこか人の良すぎる提案故に今度は何か後から無理難題な条件をふっかけられるのではないかと疑りたくなる言い回しだなとアリスは感じる。無償の施しが強ければ強いほど疑り深くなるのもまた身勝手で人が悪い話である。

一方この時、話を直接回している側の人間であるジャンパオロはアリスとは違うことに考えを巡らせていた。それは、相手がこちらのことをどれだけ知った上で今の発言をしているのか、ということだった。当然ではあるが、これだけ条件のいい提示が無条件であるとは考えていない。しかし、今最も重要なのはその先をどう導き出すか、である。つまり、相手が本当に望む、またはしたいことである。

 そのために相手を知るための判断材料をこの話し合いの中で見極めなければならないとジャンパオロは考えているのだ。


「アレンさんの言う君たちというのは、俺たち二人だったら問題ないって意味?」

「も、もちろん、言葉通りの意味だよ。二人なら何の問題もない。ただそれ以上の受け入れとなると、上限はあるよ」


 周辺にどれだけの異人アウトサイダーがいるかをアレンがどのくらい把握しているかはわからない。本当にアレンがジャンパオロとアリスの存在しか確認できていないという場合もある。

 一方でわかった上で情報を握っているという優位性を披露していないのであれば、それは情報の大切さをわかっている、少なくともこの状況では無知であることが優位であると判断できる相手ということである。


「……もしかして、他にも仲間がいる、もしくはすでに異人アウトサイダー同士でグループ、コロニーを作っていたりするのかな」


 この展開は想像できたが、そうせざるを得ない言葉の出し合い方というものがある。

 だからこそ、ジャンパオロは返答する。


「森の中でこちら側に来た人間同士で集まってるで。向こうで戦ってた時の化物に突然奇襲されて、その後は流れでここに来たから正確な人数は把握してないけど、俺がいた時はすでに二十三人はいたはずや」

「そう……ですか」


 三十人はジャンパオロから見て余裕を持ってこの街で迎え入れられる人間の予想だった。

 何より壁の外であれば未開拓地が多いという点で居住区に困ることはなく、これ以上のキャパをひとまず受け入れることが可能だと踏んでいるからだ。


「その数なら、うん、も、問題はないね。もちろん、今の倍ぐらいに膨れ上がっていたとしても問題は、ないよ。百人とか言われたら、流石に考えるけどね」


 こちらの読み通りに受け入れが進められ始められたことに対してジャンパオロはようやくアリスと同じ様に、この無償の施しの裏も考えつつ、マヌエルという人間を推し量ろうとする。


「ち、ちなみに、それだけの人数がこの街の周辺にこちらの広範囲でないはなけど昨日からの警戒網に引っかからないでいる、のは、すでに協力者がいて僕とその協力者を天秤にかけていたりは、するということかな? 変異種との接触は、あ、あったわけだし」


 推測できる範囲でじりじりと的確な質問をしながらジャンパオロからの言質を取ろうという魂胆が見え隠れするもののジャンパオロは嘘をつくかつかないかの二択しか無い故に、嘘をつく理由がないため普通に答える。


「その辺のことは別のやつが進めてたから俺はノータッチや。ただこっちを支援してくれるって心構えはそちらと一緒だったと思うよ。少なくとも共闘はしてくれたわけやしな」

「こ、こっちと関係を持っていざこざが起きなければ、も、問題ないよ」

「いざこざが起きるようなことが昔に?」

「き、昨日も言ったけどいざこざ、という意味は人間と変異種という関係性に準ずるところが大きいからね。ぼ、僕はいたって友好的に受け入れたいと思っているよ」


 特別に何か目立つ言動があるわけではなく、普通に考えた時に最も大きな焦点となる存続、という問題が今、あっさりと解決しようとしていた。

 あくまで表面上、この考えを崩してはいけないと胸の内に留めておくのが精一杯なほどに、淀みなく終わろうとしているのだ。


「ではこの話し合いが終わったら、俺は一度仲間と合流しつつ今の話を伝えようと思う。そこから順次あんたと話をまた居住区を含めて受け入れを検討してもらいたいけど、構わないよな」

「か、構わないよ。戦闘中、という言葉もあったけどもし、怪我人を抱えているならゆ、優先的に運んでくるといいよ。僕が治してあげるから」


 そう言いながらマヌエルが中腰で立ち上がる。


「お、お~い。エーヴァ。入ってきてくれ」


 マヌエルの呼び声に応じるように扉を開けて入ってきたのはアリスたちを送迎したケース・エーヴェである。入ってすぐ反対側にいるアレンの元へ早足で移動する。


「と、とりあえず、五十人分、その辺の工面を頼むよ」

「わかりました」


 マヌエルの言葉に力強く返事をすると少しだけ顔を綻ばせながら駆け足でその場を後にした。


「彼ね、昨日の時点でも、何人いようが受け入れようって、言ってたんだよ。ま、まぁ、流石に限度があるから止めたけどね」


 マヌエルが付け加えた言葉は、ケースに良き部下という印象を持たせるものとなるのは必然だった。


「さ、さてこれでお互いにもう少し聞きたいことを深掘りできる状態に、な、なったと思うけど、どうだろう?」

「せやったらこの流れのまま俺の質問にいくつか答えてくれない? それが結果としてそっちの疑問とかの解決にも繋がると思うんや」


 ジャンパオロの申し出に対してマヌエルがメレンチーの方にちらりと視線を向ける。それに対してメレンチーが頷くのを見るとマヌエルはジャンパオロに話を促すように右手を差し出した。

 この場に突然参加したいと言ったある種部外者の存在を途中で立てる、この行為に好感を抱くものは少なくなかっただろう。


「俺たち、ラッキーやったと思うんやけど。世宝級ほどのアレンさんならご存知じゃありませんか?」

「何を、でしょうか?」

「ズバリ、俺たちの創造主に心当たりありませんかね?」


 ジャンパオロがこの様に話題を持ちかけるにいたった理由はいくつかある。一つは言葉にした通りマヌエルが数少ない、世界でも想造アラワスギューに対して優秀な存在であること。そしてもう一つがこの異世界と交わるという事態に対してあまりにも冷静に対処ができているという点である。それはまるで事前にこういった事態が起こることを想定できていたのではないかと、ジャンパオロからしてみれば邪推できてしまうのである。それを裏付けるように昨夜マヌエルの口から出てきたお互い様という言葉選びが引っかかりを覚えさせられるのだ。そして何より、そういった陰謀めいたものを暴くためにジャンパオロは今の立場にいるのである。

 知的好奇心が、いくつもの経験則が、この謎をつつくのは面白いと告げている。


「か、確証はないけど、あるかないかで答えるならある、かな」

「俺個人としては、その辺深く知りたいし、何ならそちらもこの原因はわかったほうが落とし前やそもそも返す方法も見つかって異人アウトサイダーの問題がいっぺんに解決してよくないか?」

「来れたなら戻れる、とてもいい発想だと思うよ」

「それで心当たりのある奴って言うのは誰なのさ」


 少しの間を空けてからマヌエルはその人間の名を告げる。


「十七人いる世宝級の中で異例の速さでその地位までたどり着いたにも関わらず、現在行方も生死も不明とされている、花牟礼彩音、という女性だよ」

「へぇ、行方不明に生死不明。事件を起こすにはおあつらえ向きの状況に才能をもった人間がいるんだな」


 ジャンパオロはその不透明な状況にさらに興味をそそられるのだった。


◇◆◇◆


 その名前が出た瞬間のそれぞれの反応は二種類、そうマヌエルは思っていた。そして、大方の予想を裏切ることなく、知らない人間は知らない故にその偉大さを知らず、詳しく教えろという顔を、そして知る人間はその偉大さを知る故に驚きの顔を浮かべた後に逆に納得できる力を持っているという顔に変化する。だからこそ一人、知らないはずの人間が知っている故の反応をしていることに対面にいたからこそマヌエルは気づく。その顔は、知る名前が出た驚きとその者に対する明らかな負の感情を携えた、眉間に皺を寄せるような顔をしたのだ。どうしてそんな顔ができるのが、何があったのか、考えさせられることは多い。そしてマヌエルにとってはこの場で最も警戒すべき相手がアリスとなった。出会った当初から異質な気配を漂わせ、名前とのギャップを見せつけられる男だとは思っていたが、その注目度、警戒度が引き上げられるのだった。


◇◆◇◆


「ちなみにアレンさんが医療分野を専門にしてるって言うなら、その花牟礼っていうのは何を専門にしてたんだ?」

「か、彼女の専門は再生です」

「再生?」

「詳しくは知らないけど、じ、実績として砂漠地帯を一夜にして緑地帯に変えてしまうほどの想造アラワスギューが可能だったよ。それ故に、国のパワーバランスを考慮して世宝級になっていったんだ」

「確かに、それだけの事ができるなら天然資源と捉えれば国力が一瞬にしてひっくり返りそうやな」


 しかし、ジャンパオロはそんなことよりも妙な引っ掛かりがあり、その解決をするために自らの質問を優先する。


「でもさ、再生って単語だけ聞くとさ、俺みたいなこっちのことを知らない人間すれば似たように分野に聞こえるわけだけど、その辺はどうなの。実は結構近しかったりしないの」

「明確な違いがあるとするなら、僕のは再現、だよ。あるモノの記憶から元の形を再現する。こ、これが想造アラワスギューの基盤にある。一方で、彼女のは文字通り再生する。それは想像と疑ってしまうほどの再構築だよ。つまるところ、イモリとヤモリぐらい違うのさ」


 ジャンパオロは煙に巻かれているような説明に感じなくもないが、深い造詣がないだけに何かを指摘するだけのものを持ち合わせておらず、鋭い視線をマヌエルに送ることしか出来なかった。


「ただ、君の考えも、あながち間違えじゃない。彼女が世間的に疾走扱いされた頃、僕は彼女にあっているからね」


 その言葉はジャンパオロにとってそそられる謎であった。


「それは、この状況に対してアレンさんが冷静でいることに関係しているんですかね」


 冷静でいること、ジャンパオロはここまでのメヌエルの対応が全て知っている故の冷静さだと考えていた。その発端となったのが先も言った通り昨夜の会話だが、ここで一つ話を詰めるために切り出すことを選んだのだ。その言葉にメヌエルは笑みを返した。腹のさぐりあいはここからなのであった。

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