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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第九十九筆:この町は怪しい

 メレンチー・バーベリ。アリスと大山の対決に待ったをかけた三人一組、計九人で行動している中でさらにその指揮系統も担っている無精髭を纏った男である。ここへは今いる小隊を引き連れ偵察を主な任務として立ち回っていた。そんな最中に目視したのが自分たちよりも遥かに上回る戦闘力と未知の力を扱う者たちの戦いだった。最初は今回の一見にも関わる生体実験の副産物的なものを想定し様子を見ていたが、明らかに一人、形状からして人間離れした存在が直近に本部から連絡の入った、各地に突然現れた正体不明の生物に酷似していると判断し、接触へと計画を変更したのである。そう、喋るという点からこれから行うことに対する最悪を想定した予備戦力としての交渉である。一応切り札として鋼女と奇跡的な契約をかわせているが、それがどこまで機能するかは都市伝説の領域を出ない故に、明確に実力が今わかる眼の前の戦力に協力を仰ごうとしたのだ。しかし、結果は最も接触を試みたかった個体を逃すこととなった。

 一方で、良い事悪い事は帳尻を合わせるものなのか、メレンチーたちは当初の第一目標であったオスムへの侵入をあっさりと達成することになる。


「そちらのみなさんもあなた方のお知り合いですか?」


 メレンチーはちらりとアリスの方を見ると、特に何も言ってこないのを良いことにコクリと頷く。


「では、もう夜も更けてしまっています。けが人もいるわけですし、みなさんでオスムの私の宿屋にお泊まりください。もちろん、お代はいただきますけど、医者も手配しますよ」

「願いします」

「いえいえ、お待ちしておりました。あっ、なんか変ですね。宿屋の接客の際の定型文みたいなものでして」


 アリスがメレンチーたちを匿うようにそう言ったことで、こちらと先程の交渉がどうなったかはわからずとも、敵意がないことは伝わったと判断することにした。そして、ここでの騒動に警戒して揃えたであろう自警団のような武装集団に護送される形でこの場にいた全員がオスムへと連れられていくのだった。


◇◆◇◆


 オスムにある宿泊施設、オスムホテル。中世ヨーロッパの雰囲気を感じさせるホテルであるが、村の規模に見合った三階建ての大きな民宿といった規模である。アリスたちはそんなホテルの三階の全室をほとんど貸し切る形で休ませてもらっている。重症のルドルに一室そのまま与えられ、アリスとジャンパオロ、他合流した九人は三人ずつ各部屋に泊まるよう分けられた。

 もちろん、三人一組となった彼らは広い客室をしっかりと提供されていた。


「まだお礼言ってなかったよな。助けてくれて、ありがとう」

「えっと……ど、どういたしまして」


 アリスと二人きりとなり、仲がいいとはお世辞にも言えずほとんど初対面の、しかも凶悪犯という情報だけをジャンパオロに対して持っているアリスが気まずそうに窓際に椅子に座ったのを見計らったように告げられたジャンパオロの第一声が感謝の言葉だった。しかも二つ用意された窓際でないベッドに座ってはいるものの、しっかりとこちらの顔を見ながらそう言ったのだ。

 そんな誠意が感じられる感謝を告げられるとは思っていなかっただけに、想像との食い違いが若干の驚きを生み、それがそのまま何も言葉に出来ない時間として一秒ほど現れてしまったのだ。


「なんや、もしかして緊張してた? 安心してぇな。別に君みたいな男をとって食ったりする趣味はないし、そもそも俺はプロタガネス王国に在籍してた人間の中だと比較的まともな方やで」


 アリスの緊張をほぐそうとするのか、雄弁に自己紹介のようなものを続けるジャンパオロ。

 一方で、違和感を感じつつもアリスはとりあえずジャンパオロのおしゃべりを聞くことにした。


「もちろん、腹黒っていう意味だとそこそこかもしれへんけど、倫理観? 頭のぶっ壊れ具合で言ったらまともな方って意味や。厳密にはぜんぜん違うんやけどわかりやすく言えば俺は超一流のハッカーで真実をお金にしてたらそれを隠したい人たちとかから追われる身になって逃げるのが上手になっただけ。実践の経験値は人を成長させるって言うけど、俺はそれのお陰でそこら編のインドアよりは動けるってだけ。レイノルズもその辺はわかるやろ。君、歳に似合わない強さをもってるのは決してその力のせいだけじゃない。その力を通して手に入れた経験値なんやからな」


 もっともらしいことを言っている、アリスの感想はそれだけだった。


「だから、なんつーか、君より格下の相手にそこまで警戒しないでよって話。こっちも今はロシアのお偉いさんと俺たちの世界の人間にとりあえずの安全を確保するために動いてるんだから。あぁ、これはホント。信じてくれよ」

「……わかったわ」


 アリスは、それこそ戦闘面ではどうにかなると、ジャンパオロの言った通り隠したと判断したからこそ嘘でも構わないと思い、口を開いた。


「ハハッ。そりゃよかった」


 パンッと一拍。


「それじゃぁ、本題を。ぶっちゃけこの状況、どう思う、レイノルズ」

「どうって……一息つけてよかった、とか」

「……プッ、ハハハッ。いや~、その辺は歳相応って感じやな。ちょっと俺も安心したわ」


 アリスはバカにされたと思い、紘和の姿のまますごむ。


「悪い悪い。いや、バカにしたと思われても仕方ないかもしれへんけど、妥当な評価をされたと思ってくれよ。それとも、外敵が減ると危機の可能性に疎くなるんかね。まぁ、いいや。とりあえず、暫く俺の話、聞いてくれよ。ひとまず、店主の言う医者がここ来るまでの間、な」


 スッとジャンパオロの目の色が変わったのがわかった。


「まず、この部屋が盗聴されていること、これを明言した上で俺は君に話をする、オッケー?」

「どうして明言する必要があるの? 普通はそれがわかっているならアドバンテージのために筆談とかするんじゃないの?」


 どうして盗聴されているのか、ではなくどうしてそれを逆手に取らないのかから始まる。


「そうだな。まず、ぶっちゃけると盗聴されている確証はまだないんよ。でも、されてそうな雰囲気がある。でこれが確定事項とした場合、なぜ盗聴されてるのか、これがわからない。お店のセキュリティーなら何も問題ないけど、そうじゃなかった時、つまり登頂を疑うなら俺たちに何かしらのアクションを取りたい場合を想定するべきなんだけどさっき行った通り結局、それで何がしたいかわからない。だから逆手に取りようがない、というのが君への解答になるかな。その上でわかっていることを明言するのは、相手側にもアクションを起こした時に即刻バレるリスクがある、ぐらいに疑いの眼差しがいってるっていう牽制ができるから、だな」

「そう、なの?」


 いまいちこの駆け引きがピンと来ていないアリスは曖昧な返事をせざるを得なかった。


「でもまぁ、ここはそんなに重要な話じゃない。大切なのはなぜ、盗聴されている可能性を考えなきゃいけないか、だけど」


 ジャンパオロはさぁ、答えてくださいと言うように右手のひらを返しながらアリスに突き出してきた。

 アリスは少し考えてから言葉にした。


「私たちがこの世界の人間ではないから、とか?」

「……まぁ、ニュアンス的には間違ってないかな。今のところ可能性は半々だって俺は考えてるからとりあえず五十点あげよう」


 パチパチパチと拍手が無駄に響く。


「まず、最大の違和感は親切さ、だね」

「……いい人、で片付けられないということですか?」


 アリスは話の本筋を持ってきたであろうジャンパオロに対して怪訝な顔を添えて答えた。


「そう、片付けられない。怪我人を助けるのは百歩譲ってわかる。でもな、変異種って呼ばれてる存在を助ける、いや、受け入れるっていうのはどう考えても度が過ぎてるんよ」

「……度が過ぎてるの?」


 アリスにとっては、変異種をそういう種族がいるんだなぁ程度に受け入れられるからこそ、疑問をそのまま口にする。


「そう、普通はな、あんな人間離れしたバケモンには警戒するんやで。変異種もこの世界では滅多に人前に出てこない種族らしい。それは人間と確執、は言いすぎたとしても良好な関係を築けていないことを推察できるわけやな」

「滅多に逢えない種族なんですか?」

「……らしいよ?」


 アリスは初めて聞く情報であることを強調した質問をして、だったらわからないよねという気持ちをぶつける。それをわかってなのだろう、知らないのかという顔をしてみせて歯を覗かせるジャンパオロ。

 普通に考えれば、こちらに来てまだ一日も経過していないのにどうしてそんなことを知るキッカケを手に入れることができたのか、その巡り合わせにアリスは感心するほどである。


「まぁ、だとしても話し合えるなら差別はよくないじゃない。そうよね」

「あぁ、あの変異種はな、そもそも話せるっていうさらに特別なやつなんだとさ」


 それも知らない、知らないよねの意思疎通が行われる沈黙。


「だとしても、だ。レイノルズがいう差別。これがなくならないのが一つの答えやな。同種族でも起こる、ましてや自分たちと姿が異なった、あるいは少しでも似ている部分があるからこそ生まれる違いに対する嫌悪感、恐怖。それはな、百人いれば半分以上がどうしても抱えてしまう感情なんやで。それは区別する枠がしっかりしていればいるほど容易に起こる」


 アリスは特に何も言わないでジャンパオロの言葉に耳を傾ける。


「要するに、俺たちはまだしもルドルを受け入れる、ましてや看病しようとなるのは、よっぽどのお人好しか、初めからその存在を知っているかのどっちかということになる。で、前者でない理由は至極簡単。ここに来るまでに何人もの人目に映ったわけやけど、奇異の目で見る、騒ぎ立てる、ましてや異物を排除しようとする行動がほとんど起こらなかったわけや。まぁ、奇異の目に関してはゼロではなかったと思える住民もいたけど、それにしても、や。明らかに騒動にならないっていう事実が、複数人を対象にした時、異様なんや。だって、こいつらは俺らと違って合成人も新人類もその複合体みたいな化物のことも知らない人間なんや。少なくとも受け入れるにワンテンポ遅れが発生しなきゃならない」


 アリスはここまで言われてようやくぼんやりとジャンパオロの言いたいことを理解する。

要するに自分たちは変異種に似た存在をすでに知っているから外見から警戒はすれど会話ができれば受け入れられるだけの器ができているが、ここの住人がそれを整えているのはどうしてなのかという話である。


「実は交流があったっていう可能性はあるんじゃないの? こんな辺鄙な村だし、外界とも閉ざされてるような外壁、そんな特殊な関係があったとしてもおかしくないじゃない」


 たらればの話にアリスはたらればでジャンパオロの思い過ごしを促す。


「それならそれで構わないよ。看病に来る医者ってやつを見ればだいたい分かるだろうし、起きたルドルたちを問いただせばわかる。それで何もなければ万々歳や。最悪は想定してなんぼやし、起こらないに越したことがない。そう、ただ俺たちは何も知らない人間だからこそ、石橋は叩いて損はないって話だよ」


 もっともらしいこと、どちらでもかまわないと言われ、アリスも言及する口が止まる。


「だとしてもだよ。警備の人間とこの町の宿屋の店主が揃って助けに来る。そう、助けに来るだ。都合が良すぎると思わないかい? そう、タイミングが良すぎるし人員も医者以外的確だよ」


 その言葉に、確かにと思いながら自分もジャンパオロたちの戦いに入る時は介入に当たり様々な勢力のことを考えていたことを思い出す。もちろん、自分の立場がどうなるか、という点に重きを置いて考えていたが、見方を変えれば、負傷した側に手を差し出すのは取り入るという点においては最高のシチュエーションである。しかし、そういった、そうこの町の人間たちの気配は近くに感じられなかった上に、見知らぬ自分たちに手を差し伸べる理由がいまいち薄いのである。ここが紛争地域であれば、争いの痕跡から実力者と踏んで藁をもすがる思いで助けを求めても不思議でもないが、周囲にそういった大規模戦闘の痕跡は見受けられない。もちろん、これから起こる可能性もあるかもしれないが。

 つまり、偶然の善意、で片付けるのがわりかし自然とも考えられるのだ。


「そして、もう一つ。気になるのは、君に接触してきた人間たちだ」

「何かを手伝って欲しいと言ってきたけど」

「何か、ねぇ。三人一組で行動するその統率のとれ具合は少なくともただの一般人じゃない。恐らく目的を持ってこの街に潜入しようとしていた人間だろう。じゃぁ、どうしてそんな人間がいるのか」


 ニヤッとそこでジャンパオロが初めて楽しそうに笑った。その姿にアリスはなるほどと思う。これが、真実を無邪気に暴くことだけを楽しみにしている人畜有害さを隠せない笑顔なのだと。

 それはただのお人好しではなく、ちゃんとプロタガネス王国にいた人間であることを証明するもののようにアリスには映った。


「この街は多分何かを抱えてる。そう思うと……ワクワクするわなぁ」

「……別に」


 毒は薬にも劇薬にもなる。

 それが目の前の男である。


「そっけないなぁ。どうせ、変異種も俺たちに頼みたかったことはここに関係することだと思うわけで、それらを一気に解決するためにわざわざ招かれたから招かれたんだ。少しは楽しまないと」

「……それって」

「どういう意味かって? 今までの話を聞けばわかるでしょ? 俺は怪しいと思ったからこの街に入ったんだよ。君という最強の切り札付きでね。そうじゃなきゃ、点と点が繋がらなきゃわざわざ頼る必要なんて無いだろう。冷静に考えてくれよ。怪我の手当なんて……あぁ、そっか、君はこっちの現在の人員も知らなかったね。ハハッこりゃ、失敬」


 使われている、その悪意に満ちた言い回しにアリスはここに来て初めて明確な敵意を持ってジャンパオロを睨みつける。


「怒らないでくれよ。情報収集は大切だろ。さっきも言ったけど俺たちが部外者も部外者なのは間違いないんだから。まぁ、だからさ、改めてよろしくやってくれよ、アリス・レイノルズ」


 そう言ってぴょんとベッドを軽々飛び越えてアリスの目の前にジャンパオロは着地する。そして、右手を差し出し、協力関係を結ぶことを意味する握手を求めてくる。

 その右手には意味ありげに、こちらにだけ見えるようにテーブルの縁を死角にしながら一枚の紙が手のひらに挟まっていた。


「なぁ、握ってくれよ。お互い利用しあっていこう。それが俺たちの安全を手に入れる最短経路になるんだぜ」


 アリスは何も言わない代わりに変わらぬ敵意の眼光を向けながらもその紙を確認するために右手を差し出し、ジャンパオロの右手を握らされる。


「それじゃぁ、よろしく、な」


 してやられたと、この言い表すのにルーズリーフ一枚の文句で埋め尽くしそうな気持ちを言葉にしないまま、アリスは代わりに力強く、力強く握り返すのだった。


「ちょ、いたっ、痛いって。もういいから、離して、な?」


 そこからさらに十秒は握り返すアリスなのだった。


◇◆◇◆


 あれから十分も経たないうちにコンコンと客室のドアが軽く叩かれる。


「町一番のお医者様が到着しましたよ」


 事前に医者が来た時にはルドルの部屋に通す前に、ジャンパオロが自分たちの部屋に一言告げるように伝えておいたらしい。

 そして、その時は来たようだ。


「わかったよ。今行くからドアの前で待っててくれ」


 そう言ってあの握手からベットの上でずっと寝っ転がっていたジャンパオロが勢いよく上半身を起こす。


「出番だよ。用心棒さん」


 もちろん付いてくるんだよと言わんばかりの表情を貼り付けた顔がドアの方向へクイッと軽く振られる。アリスは先程ジャンパオロから受け取った紙に書かれた当初の違和感の正体の答えについて考えながらゆっくりと立ち上がる。紙に書かれていたのは簡潔に、紘和の姿のままでいろ、ということだった。オスムに入ってからアリスのことをアリス・レイノルズという新人類だと知っていた人間がわざわざ彼、男といった言葉を選んでいることに違和感があったのだ。それは紙に書かれたことからも分かる通りアリスをアリスという少女であることを伏せたいからなのは明白だった。それがなぜというのは単純で恐らくジャンパオロが想定している最悪な状況に対する本当の意味での能力的な切り札にしたいのだろう。誰かに姿を変えられる、この力が知られているか否かで効力は大きく変わる。ただ、そんな状況が本当に起こりうるのか。陰謀論が好きな人間の延長でしか無いとしかアリスは考えることができていないのである。もちろん、アリスたちに接触してきた人間の目的が気になるところではあるが、それでも限られた問題だとアリスは思うのである。

 そんなことを考えながら部屋を出るとそこには、ここまで連れてきたホテルのオーナーと思われる男と、いかにも医薬品が入っていそうな茶色の手提げかばんに医療器具が入っていそうなジュラルミンケースを両手に持ちながら立つ男がいた。


「は、初めまして。僕の名前はマヌエル・アレン。こ、この町で医者をしているよ。ついでに、町長みたいなことも兼任してるから、な、何か困ったことがあればいろいろ聞いてもらって構わない、です」


 おどおどした喋り方が特徴的な男、マヌエルと名乗った白衣を来た男がジャンパオロとアリスに自己紹介しながら会釈する。


「これはご丁寧にどうも。ひとまず、命に別条はないだろうけど俺のせいで重症の患者がいるから急いでもらえる」

「ど、どちらに」

「隣の部屋」


 ジャンパオロは隣の部屋の前にスッと移動すると解錠しドアを開けると脚でストッパーをしながら手で促す。


「よろしく、アレンさん」


◇◆◇◆


「……ほ、本当に変異種ですね。彼、いや彼女は君たちの知り合いですか?」

「そうやけど」

「人と関係性を築く変異種もいるんですね」


 マヌエルは少し興味深そうにベッドで眠る痛々しい傷跡を残すルドルを見る。掛け布団を取り全体をまじまじと見た後は近くにあった椅子をベットまで持ってきて座る。

 そして、テキパキと二種類のカバンから薬や器具を取り出して作業を始める。


「イルカに見えるので人間と同じ切り傷や打撲に効く塗り薬と一部傷を縫合しておきます。筋肉のお陰で出血があまりないですが、普通の人間だったら出血死もあったかもしれませんから」


 おどおどしていても流石は医者である。針と糸でササッと必要箇所を決めて迷いなく麻酔をと思われる注射器を刺して縫合を始める。

 その間、見ているアリスたちは暇であるので、店主のいない三人の状況ということで、世間話をするようにジャンパオロが口を開く。


「変異種って結構珍しいでしょ? この街は随分と騒ぎにならないっていうか、慣れてるみたいやけど、交流でもあるんですか?」

「こ、交流、はないけど何度かここを尋ねてきた個体はいたよ。一応、僕たちも変異種には危険だってイメージがある。だ、だからこうして変異種も含めて外敵から護るためにこの城壁を僕が建てたんだ。で、でも全てがそうじゃないってことは、し、知ってるからね。一度受け入れているこの町の人たちからすれば、そ、そこまで騒ぐことでもなかった、ということじゃないかな」

「へぇ、その何度か来た奴は何しに来たんや?」

「一体は食べ物を、一体は人間に興味があるって言ってたよ。後者が文字を通して意思疎通が出来る個体でね、僕も筆談させてもらったからよく覚えてるよ」

「そうですか……随分と物わかりの住民なんですね」

「それはお互い様じゃないですか?」


 そう言ってマヌエルはルドルの傷口を塞ぎ切る前に肉片をピンセットで本当に僅かだがつまみ取る。それをアリスは怪訝な目で見る。さっきからルドルを始め、変異種を明らかに人間と区別した動物というカテゴリーで扱っているのが言葉の端々から見て取れるからだ。もちろん、マヌエルを始め、多くの人は言葉を介する変異種と出会ったことがないということは、普通の動物の、変異という名の通り延長線上でしか無いのだろう。そして、アリスの出逢った第一変異種がルドルだったということが大きかったのだろう。意思疎通が出来ることがわかる上で対等に扱っていないマヌエルに対して良い気はしないのであった。それは同時にジャンパオロの言う人間が差別をやめられない起因を生で見たということに感じられた。

 もちろん、種族が違うという点で拡大解釈だとも思えてはしまうが。


「お互い様?」

「だ、だって、君たちも手を取り合っていたわけですよね。も、物わかりが良いじゃないですか」

「まぁ、俺らもこの世界の人間とは違うからな。違うもん同士、仲良くなれるんよ」


 その言葉は何も知らない人間からすればちょっとした恐怖のカミングアウトだろう。何せ、見た目は人と同じなのに、マヌエルとは違うというのだから。そして、変異種という個体がいる状況が、人の皮を被った何かを彷彿とさせてもおかしくないだろう。だからこそ、アリスは何言ってんだという顔で隣に立つジャンパオロを睨みつける。しかし、マヌエルの返す言葉からは恐怖といったものは一切混じっていなかった。

 淡々と取り出した肉片を何かの溶液につけながら喋る。


「と、というと君たちは今ニュースになっている各地に突然出現した人間や怪物、はたまた情報規制がかけられているザラキフド大陸の一件と関わっているのかな?」

「まぁ、その人間っていうのがみんな仲間かは置いといて、そのニュースになってる人間っていうのは俺たちのことだろうな」

「ニュースで見た通り、ほ、本当に僕たちと変わらないんですね」


 ジャンパオロはテレビを付け、音量を小さくしながらニュースの流れるチャンネルに合わせてマヌエルの発言に間違いがないことを確認していた。テレビに映る光景は昼間に取られたのだろう。知らない土地に怯える人々、そして無名の演者が住民を襲うシーン、対処されるシーンが映し出されていた。

 ここよりも明らかにパニックになっている光景を見て、本当に自分たちがお尋ね者であることを理解するアリス。


「本当にザラキフド大陸についてはどこも触れてないんやな。あんたの口ぶりから大陸単位での大規模な何かがあっただろうにそれが情報規制されているのに、知っている。一介の町医者が、町長に出来ることやないと思うんやけど……俺たちはラッキーなんか、それともアンラッキーなんかな、アレンさん」


 アリスにもジャンナパオロが最大限に警戒していることが伝わった。厳重な情報規制をかいくぐっているということはその情報規制に関与できるほどの地位をもった関係者、もしくは優秀なクラッカーなどといった汚いことに手を染めているということである。こんな小規模な町に前者がいるとは考えにくい上からこそ、後者を疑う。ただし、どちらであったとしても必ずしもこちらに友好的な姿勢を見せるとは限らない。

 隠蔽している事実である。アリスたちをサンプルとしてどうこう考えても何ら不思議はないのだ。


「そ、その辺のことなら辺に勘ぐらなくてもいいですよ。わ、わかりやすく言うと僕、この世界で十六人しかいない想造アラワスギューっていう力の使い手の一人なんですよ。だから、今回の一件に関しては、ふ、不測の事態に対応できるように国の上層部から連絡が来ているんです」


 その言葉を裏付けるようにマヌエルは先程採取した肉片を慎重に元あった傷口の塞がっていない縫い目の間に落とす。

 すると、その穴を埋めるように肉片が秒速で成長していった。


「ぼ、僕は医療分野に特化した人間でね。い、今はこうして採取した肉片に栄養増強剤、成長を促進させる薬を付着させた上で、本来の肉体の情報を元に傷口を塞いだんだ。き、君たちが見たのは再生医療の最先端という訳だね」


 治療が終わったのかくるりと顔をこちらに向けるマヌエル。


「だから、構える必要は、な、ないよ。少なくとも今のところ、き、君たちをどうこうするつもりは、ない。僕の判断では無害、だからね。上には保護している、と伝えるけど、問題はないよね」

「あぁ、ないよ。その代わり後でじっくりその辺の話も聞いてみたいな」

「そ、それに関してはこちらも同意見だよ。あ、明日、またゆっくりと会談の場を設けさせてくれないかい?」


 立ち上がりスッと差し出されるマヌエルの右手をジャンパオロは躊躇なく握り返す。


「ジャンパオロ・バルボや。よろしくな、アレンさん」


 こうして、アリスが割り込むスキもなく話はどんどん進展していくのだった。


◇◆◇◆


「バーベリさん。本命のアレンが来てます。どうしますか?」


 医者が来るという情報だけを知っていたので五分五分で来ると考えていたマヌエルの登場にメレンチーたちは幸先の良さに少しだけ気持ちが昂ぶっていた。選択肢としてはこのまま接触するという手もある。しかし、仮にこちらの推察が当たっていた場合、相手が世宝級の時点で戦闘面に不安が残るのは事実である。そう、こちらはこの町の、否この町に飲まれたかもしれない人たちを救いに来たのである。確証があるわけではない。それでも疑いはあるのだ。故に、トップがそれに関与していれば当然、争いが勃発してもおかしくない。そう、トップが知らないでは済む問題の規模ではない、ともまたこの案件の厄介な点である。だからこそ、接触したいはずなのに、手を拱かざるをえないのである。せめて、鋼女の到着の連絡があればいいのだが潜入がトントン拍子だっただけに、予定よりも一日早い状況なのである。

 だからこそ、先ほどであった怪物とそれと戦っていた人間に事情を説明した上で味方につけておきたかったのだが、それが叶う前に部屋を分けられてしまったのである。


「待機だ。下手をすれば紛争が起きかねない。証拠を持ち帰る、もしくは勝てる算段をつけてからでなければダメだ」

「……わかりました」


 メレンチーの出す待機指示に明らかに士気が下がるのが感じられる。しかし、幸いにもジャンパオロたちが再びアレンと会う機会を設けることに成功しているのだ。まだ、情報を集めるという点ではそのチャンスを明確に獲得できる瞬間があるということである。焦る必要はない。確実に闇を暴き、この町を、もしくは巣食う何者かを法のもとに罰せられれば良いのだから。故に今しなければならないことはジャンパオロたちとの再接触と会談への介入であり、明日の午前中までに今日の協定関係を明確にするのが当面の目的となるのだった。

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