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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第九十八筆:一難去ってまた一難?

 アリスには今、静観と加勢の二つの選択肢がある。静観を選べばまず、この状況がどういった展開へ転がっていくのか様子を見る、つまりつくべき相手を吟味する時間を生み出すことともしくは、恐らくどこかでこれを自分と同様に見ているであろう第三勢力を捉えることができる。もちろん、命のやり取りを指定そうな雰囲気からその生み出した時間で取り返しのつかない事が起きるかもしれないが、逆に手を取り合うべき相手をしっかりと選ぶことができる可能性がある。また、どの勢力にも手を貸さなかったという、中立的な立場を獲得し、この戦いが終わった後どの陣営とも接触を図ることができるのも大きなメリットとなる。

 一方、加勢した場合は、加勢した側と半強制的に協力関係を結んだことを意味する。必ず敵対する側を産んでしまうという、最悪第三勢力に漁夫の利を得られるデメリットもあるが、助けに入ったという評価を信頼を得る最初の段階として大きなメリットなる行動とも言える。では、どちらに加勢するのか。当然だが、負けている方に加勢するのが自然なことの様に思える。それは加勢という言葉の性質なのだろう。故に、本来であれば劣勢の相手に手を貸すという行為は安直以外の何物でもなかった。

 しかし、アリスは少女であった。どちらが悪いなどそういった客観的な行為よりも、何よりこの静観と加勢を悩むという過程が存在しない。知っている人を、共に戦った人を、虐げられている人を助けたい、その感情だけで、こちらに来る前から敵であった存在に割って入ったのだった。

 何より一人は寂しかったのだ。


「一応聞くんだけど、助けた方がいいですよね」


 紘和の姿で肩からタックルしたアリスは、大山を数メートル後方へ押しやる。その際、突然現れた紘和の巨体を受け止めようとルドルの首から手を離していた。

 そのルドルが地面に落ちないようにアリスは受け止めており、ルドルの表情を伺いながら尋ねていたのだ。


「頼む」


 そう一言だけ言い残すと安心したのかフッと力が抜けて瞼を閉じた。息遣いが聞こえる点からも死んだわけではないと判断し、ゆっくりと大山を視界に捉えた状態でジャンパオロの元まで下がり、ルドルを隣に下ろした。

 何故か大山が追撃をしてこない状況を好機と捉え、そのままアリスはジャンパオロに状況の確認をする。


「この……人?は仲間ですか?」

「まぁ、そう思ってくれていいよ。変異種って呼ばれてる奴らだ」


 ジャンパオロはそう答えながらゆっくりと膝を抱えるように座り込む。

 アリスにとってはいつの間に拘束を解いたのか疑問ではあったが、今はその点を追求せずに続くジャンパオロの言葉に耳を貸した。


「あれは無名の演者の中でも特異な個体だ。見た目でわからない所で行くと、転移とマイケルに成りすましてるって点だが、お前ならやってくれることに期待できそうやけど……その前にお前……天堂か?」

「残念に思わないで欲しいけど、アリス・レイノルズだよ」

「いや、本人よりむしろええ」


 紘和ではないという判断の基準は何だったのか、紘和よりもいい点とは何なのか、疑問は増える一方である。


「あぁ、単純な話やで。この状況で助けたほうかいいかなんてアレは聞いてこない。だから、こっちに寄り添われる分天堂よりマシ、そういう意味や」


 アリスの疑問を拭うように的確な言葉を並べてからジャンパオロは本題に戻る。


「後な、可能な物理現象は起こせる、これがこの世界の理や。詳しい説明は省いたけど、それだけ念頭に入れて戦ってくれ」


 伝えたと満足げな顔をしたジャンパオロは右手をシッシッと払うように軽く振ると、話は終わり、目の前の敵に集中しろと合図を送ってきた。


「……よくわからないけど、倒せばいいなら話は早いよ」

 アリスはしっかりと大山に視線を合わせる。

「話は終わったか?」

「随分と律儀ね」


 大山の問いかけに対話の余地があるのかとアリスは言葉を返す。


「君は強いからね。それが借り物の力だと言われても、それ込で君の実力だ。だからこそ、この場の誰よりも強いであろう君の胸を借りたい。俺に強さを教えてくれ」


 智と大山の戦いを知らないアリスからすれば、ただの戦闘狂にしか聞こえない前口上に、少しだけ鬱陶しさを感じる。だからこそ、早期決着を望みアリスは一歩踏み込む。それは強く大きな踏み込みで、大山との距離を瞬く間に詰めてしまう。そして、助走をつけた右拳がひねられた腰と噛み合うように伸びて大山を捉える。そう、捉えたということはこの圧倒的な紘和の力が大山を貫通することを本来であれば意味しているはずだった。しかし、アリスが本来感じるであろう手応えはここではなかった。それは正面から受け止められたことへの驚きではない。確かに攻撃として通っている技に、紘和の身体がなした技だという感覚がないことに対する驚きだった。

 話には聞いていたカナダの節制、マイケルの持つ特異な才能。持たざる者と持つ者を釣り合わせる力である。暗示やそう見せる技術と言われればそれまでだが、他の特異な才能同様、それは見方を変えれば一種の異能にも見える力である。つまり、どんな力技も今のマイケルの姿をした大山を押し切る材料としては期待が持てない状況ということである。

 この紘和という身体を獲得した上で明確に拮抗しているという感覚にアリスは不安と新鮮味を同時に味わっていた。


「本当の強さを知りたければ、力を拮抗させる意味は無いんじゃないの?」


 アリスの言葉に対する返事はなく、代わりに鋭利な突起を持った尻尾がグンと心臓目掛けて伸びてきた。それをアリスは反射的に掴もうとする。それは焦りにも似た行動であった。紘和という身体を知っているからこそ、その本来感じるはずの性能からの著しい劣化はアリスの不安を掻き立てるには十分だったのだ。当然だが、強いとわかっている性能で戦うのと、そうでないのとでは心構えが変わってくる。だからその心境の変化が余裕のないとっさの防御姿勢だったのだ。少なくともアリスにとってはそうだった。結果、尻尾が届く前に胸との間に右手を割り込ませることに成功する。同時に背後に迫る風を感じて姿勢をかがめた。

 すると、大山の顔が驚きに変わったことがわかった。そう、アリスが姿勢をかがめたことは正解であった。転移による尻尾の後方への移動。つまり、胸を貫く様に伸び出した尻尾はアリスの右手に触れることなくアリスの後頭部を貫くことを目的に動いていたのだ。そして、アリスはそれを交わしたのである。その感覚は、まさになんとなく、直感による紘和のポテンシャルを強く感じるものだった。だからこそ、アリスはこう考えた。マイケルの力は才能や技術まで大きく影響することはない、または大山のこの一撃が必殺足りうるためにマイケルの力を解除し均衡を崩したのではないかと。

 それはどちらにせよアリスにこの戦闘には勝機があるという認識にさせるものであり、その地震は不安を掻き立てられた状況から一変、戦いへの順応を加速させる。


「ぶっ、飛ばす」


 アリスはつい先程尻込みしたような言葉を吐いた人間とは思えない威勢を放つのだった。


◇◆◇◆


 大山は未知の体験をしていた。人間だった頃の記憶は酷く曖昧である。それでも無名の演者となり新人類、合成人の力を行使した上でさらにマイケルの力を手に入れた時、それはそれは人間のスペックを凌駕している実感が確かにあった。そう人間と比べた時のそれは明らかに強いと呼べるものだった。しかし、大山は今その先を体験しているのだ。段階を飛ばして明らかに強くなったと感じる事のできる力。

 自分がなぜ智という男に勝てなかったのか、その一端を体験していると感じてしまうほどの底上げがされているという感覚が紘和の力を再配分した結果、あったのだ。


「本当の強さを知りたければ、力を拮抗させる意味は無いんじゃないの?」


 そんな言葉に返事をするぐらいならば、今得た力を存分に発揮したい、そんな衝動に駆られているため大山は試しにとばかりにアリスの問いかけを無視して尻尾を伸ばした。数日も扱っていない身体だが、その伸ばせるスピードに、ゼロからのトップスピード、そしてそのトップスピードの上限が上がっていると実感する。しかし、アリスの抵抗はいとも容易く大山の攻撃を失敗させようとした。故に、転移の力をもって即座に先端のみをアリスの後頭部へ送る不意打ちの選択をしたのだ。そして、この選択を決定するまでの頭の処理能力も冴えている、そう感じさせるものがあった。それでも、結果は背後に目でもついているかのようにかわされたのである。

 そもそもマイケルの才能の真髄は多人数で発揮される。対象とされた全ての人間の力を等しく再分配してしまうからだ。つまり、個の均一、強化が図れるとわかり味方のみを対象とすれば、優秀な軍隊を常にグレードアップし続ける結果となる。一方で敵を含め対象とすれば人数が多いほうが結果として有利になる力ということになる。つまり、個人の対戦に置いては結局センスと技量によるところが勝敗脳比重を大きく占めることになる。力を上下を取っ払い等しくする、という言葉を信じるのならば、ある種当然の結論である。

 しかし、今回はそもそも相手が悪かったのだ。大山と紘和の実力差。この大きな隔たりが大山に万能感を、強くなったという感覚を色濃く与える結果となったのだ。そう、大山はそもそも一般的に見れば戦闘面におけるスペックは文字通り化け物じみている。そんな大山すら今までにない強さを手に入れたと錯覚するスペック、それが紘和と共有することで得られた力だったのである。その振り幅の大きさは、これだけの強さを手に入れられるのだったら紘和を圧倒することも出来るのではないかと錯覚させるには十分すぎるほどだったのである。だが、忘れてはいけない。

 大山の見ている世界は未だ紘和には遠く及んでいないという事実を。


「ぶっ、飛ばす」


 そう、勝ちを確信したようにアリスが強気な姿勢を見せたのだ。だからこそ大山はここで智との戦いを思い出す。あれはもちろん多人数を対象に取り合った中での戦いであったが、それでも強者とは自分と違う何かを持った存在なのだと考えさせられた。故にアリスの掛け声はそんな強者の一角を相手しているのだという気持ちに切り替える、力を持つものの多くを持つ力を、力を待たないものの力の無さを自覚させられるキッカケになったのだった。

 大山はその一度引き締めた気持ちが戦いに現れるようにアリスとの間に視界を遮る目的で地面から薄い幅二メートルほどの土壁を互いが見えなくなる高さまで想造アラワスギューする。この行為が出来る原理やそもそもの名称を知っているわけではない。しかし、ルドルやジャンパオロたちとの戦いで、以下の推測ができた。それは想造アラワスギューと呼ばれているそれが、ジャンパオロという自分たちの世界で知る人間でもルドルというこの世界の人間にも共通して行うことが出来る科学的範疇な事象の再現ということである。だからこそ、先程のジャンパオロたちの戦いで実践し、ひとまず大山でも実行できるものがあると確認し終えていたのだ。

 技の選択としては、出来るかもしれない技術という不確定要素を抱えた点からお世辞にも正しいものとは言えないだろう。しかし、ここで確実に虚を突くまたはアリスに反撃されない距離を確保するためと考えれば、それが達成できたという点で上出来な切り返しだった。何より、軽くジャンパオロから説明されていたという状況とそれに心当たりがない点からこの技術がアリスにとって初見である可能性が高いという点も意表をつけるという側面で評価の高い選択となった。

 バカンッ。結論として最良をなした大山の行動はアリスの、紘和のフィジカルの前ではいとも容易く、踏み込んで放たれた右拳の一撃により、そのまま土壁を一瞬で破壊し打開される。された様に見えるだろう。しかし、目的は視線を遮ること。それが一瞬でも大山にとって作り出せた時点でこの土壁の生成は成功を収めているのである。失敗があるとすれば、ジャンパオロの言語を形にしてアリスに見せてしまったことである。

 距離を取るべく転移の力を発動させ、視界がその転移先へ行く直前に破壊された土壁の向こうに見えたのは地面から映える無骨な武器の数々だった。土塊の見た目から強度がどれほどあるのかは予想できないが、少なくとも鋭利であるべき刃の部分などはしっかりと武器の、剣や刀のそれだった。そして十分に相手との距離が目視可能でかつ近接戦を仕掛けられる前に拒否できる位置に転移した時、目と鼻の先に先ほど見えた剣の一つが迫ってきていた。単純な投擲をされたのだと理解はした。これが出来るだけの力が今、確かに備わっているということは、マイケルの力によってわかった。しかし、ドンピシャで出現位置の軌道に放ること、何より投擲による攻撃が最適となることがすぐに判断できるかは、大山にも怪しいところはあった。しかし、紘和という人間のスペックを正しく測ろうと冷静になっていた大山には、こうされるかもしれないという予感は出現させる武器を見た時からすでにあった。最悪を想定したのだ。紘和ほどのスペックがあれば、こんなことも出来るだろうという最悪が。今までにない感覚を味わったからこそわかるその実力差が、結果として大山の危険予測に大きく貢献したのである。だから投擲された剣が大山の眼球を貫く前にアリスの頭上へ転移させたのだ。ほぼゼロ距離からの脳天からの貫通コース。先程の尻尾の転移で植え付けた真後ろからの不意打ちという印象付けもあり、何かしらのダメージ、否致命傷とも成りうる一撃をを与えられると判断したカウンター。

 大山が悪かったわけではない。アリスの、紘和の常人離れした追撃に反応できた。加えてその攻撃をそのまま相手に返すという離れ業を即座にこなしたのである。この行動に達成感を得てしまうのは、相手にしている人間が強敵であればあるほど自然なことだった。してやった、格上に勝てる、そうよぎった興奮を、誰が責められるだろうか。何せ、何度も言うが、大山は紘和という敵の次元を、マイケルの力で底上げされて一瞬うぬぼれてしまうぐらいには知らないのだ。つまり、紘和レベルの人間はこの充足した戦いを一瞬で終わらせるほど甘くはないということである。そう、戦いはまだ終わっていないのだ。

 カッという音を聞いたのが最初だった。そして次の瞬間大山が転移させた剣の刀身が四分の一も移動していないところに入れ違うように剣先が半分出現してきたのだ。初撃の投擲を返すため転移させている自身の目の前の空間を注視していたためこの状況がどうやって生み出されたのかは確認できていない。一方で、注視していたからこそその剣先による致命傷を回避することに成功する。そう、あくまで回避できたのは致命傷である。刃が三センチ程大山の右頬肉を割いたのだ。転移の空間を閉じたため途中で剣先が折れ勢いがなくなっていたこと、全てが不幸中の幸い故に達成できた機器回避。それは避けていなければ右目を失っていたと思えるほど正確な一撃。そしてこの攻撃は至極単純なものであった。

 まず、大前提としてアリスは自身の投擲が返ってくることを予測できていたのである。どうして、ではなく最悪を、もしくは当然の敵の手段からの最適解を考えるだけの余裕を、場数を踏んでいたのだろう、ということである。だから予測していたところへお手性の剣を大山が転移で出現させた剣の場所へ挿し込んだのだ。それも大山が転移の対象に取っているものに接触させることで、アリスの持つ剣も転移対象と認識させることで、である。アリスはそもそも新人類の中でも特殊な立ち位置にいる人間である。転移に対する理解が深くても何も不思議なことはない。それでもその判断力はやはり単純であるからこそ驚くべきものだった。

 負ける。そう直感した時、大山は逃げることへ意識を向けた。戦う土俵が、次元を勘違いから同じだと思ってしまったことを正確に理解できたとも言えた。逃げる、振り切る対象を大山は視界に捉えようとする。アリスは両手に無骨で大型な両手剣に見えるものを軽々持ち、すでに当初取った距離の四分の三を詰めていた。再度、壁を作って視線を切るべきか、それともジャンパオロたちを人質の盾とするべきか。大山が追撃をもらうのはこの考えを行動に移せなかったことにあった。

 三秒にも満たなかったその時間はアリスが一撃を入れるのには何の問題もなかったのである。


「くっ」


 大山は危ないという危機感から条件反射のように尻尾でアリスの一振りを受けることを選択させられる。転移は無意識に何処かへ行けるというわけではない。当然、知っている場所に行こうとする意思決定が必要である。つまり、目の前に迫る恐怖が逃亡を阻害したということでもあった。重たい一撃に身体をのけぞらせながら大山は現状が自分が想像する以上に実力も精神力もついていけていない状況だということを理解させられる。その力を得て初めて知る恐怖に対する思考が、大山の行動を、思考を更に制限し、再び振り下ろされるアリスの重たい一撃を受け止めてしまう。幸い力押しされる心配はないが、傍から見てもその攻防はすでに拮抗したものではなくなっていた。逃げなければと頭では分かっているがそれが出来ない状況になんとかしなければと悪循環な思考を大山はその後も繰り広げ、攻撃をただただしのぎ続けるのだった。


◇◆◇◆


 アリスは自身の攻撃が大山に対して通ったと判断できた度に、大山から最初に対峙した時ほどの強さ、もとい勢いがどんどん失われているのを肌に感じていた。そう、決して力という均衡が崩れているというわけではない。そうでなければもっと容易く、そしてもっと早急にこの戦いは終わっているとアリスは経験的に思っているからだ。故に攻めっけというもを感じなくなり戦いやすくなったのである。全ての攻撃を正面から受けるだけ、転移もどういったわけか回避の手段に用いてこなくなったのだ。それを誘いや仕込みと捉えることも可能だが、それをされても対処できるだろうという感覚が今のアリスにはあった。否、そう思えるほどに大山という敵をアリスが決して油断とかではなく、純粋に紘和へ成りすましした身体では格下だと思えているのだ。交互に振り下ろし、振り抜くを続ける大剣が大山の尻尾と交わる度にその考えが正しいと裏付けされている。つまり、何事もなければこのまま自然と決着がつくことは明白だった。

 しかし、ここでどちらかが欠けるのを阻止したいであろう勢力が割って入ってきたのだ。


「双方動くな」


 アリスは周囲に突然出現した銃を持った九人の敵よりも大山に行動されることを嫌い、大山を地面に背中から叩きつけ二本の大剣をハサミに見立てるように交差させ大山の首元へ、地面に突き立てた上で腹の溝に思い切り右脚を踏みつけ、形だけの拘束状態を作り上げる。動くな、静止を命令されたにも関わらず率先して大山への形だけの拘束へ踏み切ったのにはもちろん理由があった。一つは戦いを今まで静観していたであろうにも関わらず、警告から介入してきた点から話し合いの場が欲しいという意思表示が見て取れたからである。つまり、どちらも殺さなければ威嚇射撃はあったとしても結局のところ構えた銃口から弾が飛んでくることはないと判断したからである。そしてもう一つは大山を優先したという理由からも分かる通り、仮に今この人数との戦闘が始まったとしてもアリスには行けるという自信があったのだ。もし、大山に転移の力がなければ、大山との乱戦を続けながら掃討していても問題はなかったのだ。つまり、脅威ではないと実物を見てアリスが判断したのが大きな理由だった。とは言ってもそもそも対談を望んでいる相手に攻撃を仕掛ける程アリスも血気盛んな訳では無い。知らない土地で情報を得られるならそれにこしたことはないし、力を持ってしまい環境が戦いという側面から逃さないところにあったため勘違いしやすいが、何より戦いが無い方がいいのは幼い少女にとって当然の考えでもあった。

 最低限の行動を終えたアリスは視線だけで改めて周囲の人間を見ていく。服装はそれぞれバラバラで男女混合。それでいて、銃をしっかりと構えられる点やアリスに第一声を投げた人間を中心に統率は取れていると見受けられる点はどこかの軍隊に所属している人間たちであることを彷彿とさせた。時間にすれば十秒と経っていないだろう。

 しかし、膠着状態を作り出しておいて何もリアクションを起こしてこない時間としては十分に待った時間であり、アリスは大山を踏みつける右脚の力を強めた。


「グッ」


 大山の上げる苦痛の声に構えた銃に再度力がこもるのがわかった。


「攻撃を止めてくれないか。こちらに敵意はない。この銃は君たちが何者かわからないため自衛のために向けている。話を、聞いてくれないか?」


 こちらの意図を察したように、第一声の主である男性が再び喋る。

 対話を望んでいる言質を取ることができ、ひとまず漁夫の利を狙っての悪意ある介入ではない線を追うことが出来る状況にアリスは内心一安心する。


「私とこの怪物は敵対関係にあるんですけど、それは決着をつけたどちらかとではダメなの?」

「率直に言えばどちらの超常的な力もこちらとしては協力関係を結べるならば得難い力だと考えている。そして、そっちの……倒されいる方。そっちの力はできれば君以上に欲しい力だ」

「つまり、突然現れたよそ者の力を今まで高みの見物していた、ということですか?」


 交渉したい相手に心象を良く見させたい側としては、悪く見えるという伝え方は交渉を続けるためにさらに情報を提示するか、これ以上の交渉が無理と判断し終わらせるかの二択を自然と引き出すことができ、余計な駆け引きをしなくていいと判断した上の発言である。

 さらに、お前たちの行動は筒抜けだぞと思わせることに寄る力関係の錯覚も狙いの発言である。


「こちらでも君たちのような存在は確認している。だが、そちらの黒い粘液を纏った個体とは意思疎通が出来たという情報はなく、加えて想造アラワスギューでは説明できない力をその君が化物と呼ぶ人間以外で扱うところも初めて確認できた。だから慎重に見極める必要があったんだ」


 近辺で争った痕跡を確認できなかったため恐らく本当のことを言っているのであれば、こことは遠いところの何かに所属している人間で、ここ周辺を密偵、進軍している最中にこちらと偶然遭遇してしまったという事が推察された。

 無名の演者の中でも意思疎通が出来る個体が少ないだけに、話の信憑性はあるともとることが出来た。


「って言ってるけど、協力するの?」


 アリスは相手の言い分を飲み込めるのか大山に問いかける。そして大山の返事は、その場から跡形もなく消える、転移してしまうというものだった。予想通りの結果、加えて周囲の人間を人質に取らず、逆転ではなく確実な逃亡を選択した辺り、この対話の時間が大山の心に余裕をもたせたのだと推察できた。

 無論、逃亡したので目視できる範囲にはおらず、気配を感じ取ることもできなくなっていた。


「私たちの世界でも人を殺すためだけに生み出された兵器なの。だから見つけても容易く仲間にできるとは考えないほうがいいわよ」


 アリスはそう言って地面に突き立てていた剣を一本抜き取る。


「さて、つまり今は私と交渉を続けることになった訳だと思うけど、何に協力させる代わりに何をしてくれるの?」


 再び構える銃に力が入り、周囲の人間の緊張感が高まるのを感じた。そんな中、話しかけてきた男が手首を地面と水平に振り、銃を下ろせと命令した。

 指示された人間は戸惑いながらもゆっくりと銃口を下げていった。


「君とは対話ができるとはわかった。だから君も武器を下げて欲しい。先に牽制したことは謝罪する」


 見ず知らずの規格外の戦力を見て警戒することは当然なので失礼だとはそこまで感じていないアリスだったが、こちらが構えるのに合わせて武器を下げさせる行動には応えようと手にした大剣を再び地面に突き刺した。


「それじゃぁ、謝罪ついでに一つ聞いておきたいんだけど……私みたいな能力を持ってる人間はこの中にはいないの?」


 アリスはそう言って少女の姿に一瞬戻った後、すぐさま紘和の姿に成りすます。

 その一瞬の身体の変化に周囲が驚くのが伝わってくる。


「そんな科学的に説明できないこと、出来るなんかこの部隊にはいない。今日が初めてだ」


 違和感をさらに感じたアリスは一瞬アリスの身体に戻ったことでその違和感が紘和の体になった時に起こるものだと理解した。だから質問を続ける。


「そこの男の人」


 アリスは指を指す。


「な、なんですか?」

「本当にそういった力はないんだよね」


 アリスの言葉に誰もがその男に不審な感情を視線で送る。紘和の身体で感じる僅かな違和感。それは人間の魂がその人間に合っていないとほんの僅かに感じる違和感である。

 感覚的に自分たちの世界とこちらの世界の人間すら区別できるその魂の違いを感じ取れていることにも索敵という点で驚きだったが、ここに来て不釣り合いな魂を感じているのである。


「ほ、本当にないですよ。何の根拠があって」


 根拠はない。本当に些細な違和感である。

 確証もなければこの感覚を外部に知られる方が不利益だと判断し、アリスはそれ以上言及することを止めると決める。


「いや、こっちこそ申し訳ないわ。第六感とでもいうのかしら。なんとなくあんたに思うところがあっただけ。気にしないで頂戴」


 そう、実際何かあっても自分だけが警戒できればこの問題は些細な問題であるのだ。

 一方の男は変な疑いもかけられたこともあり多少納得のいかず、それでもなんとか文句を言葉にせずに喉元で抑え込んでいるような顔をしていた。


「それじゃぁ、話の腰を折ってすまないけど、そちらの」

「おーい」


 話が前に進もうとした時、遠くからジャンパオロが大声を出しながらこちらへ向かってくるのがわかった。

 そこにはアリスの知らない男性がいた。


「そこに街があるみただから、いろいろ確保しに行こーぜ」


 どうやら、アリスが最初に見張っていた街の住人のようで、恐らく用心して最大戦力であるアリスを同行させる判断をしたのだろう。そして、街の住人を見たからなのか周囲にいた人間も慌てて銃を隠し、偶然そこで鉢合わせたような立ち振舞を見せ始めていた。そこから彼らがその街に用があるということだけは理解できた。だからこそ、話は一旦落ち着ける場所に行ってからだなと思いアリスはジャンパオロに手を振り返すのだった。

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