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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第九十六筆:見かけによらない

※注意とお願い※

処女作のため設定や文章に問題があることが多いかもしれませんが、暖かく見守ってください。


気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると今後の励みになります。

 自身の創り上げた世界を消去した、人を蘇らせる記録を手に入れた彩音が研究室を放棄してから真っ先に向かったのはとある協力者の元だった。彩音が世間から消息を発つことが出来たことも、消息を絶ってから今まで補足されていない、少なくとも世宝級であるにも関わらず、コートリープ大陸の人間、それも地位の高い者や同じ世宝級から足取りを追われていないという事案は、自然とそれなりの協力者の影が見え隠れするところでもある。そして事実、彩音と協力関係にある人間は、ここハーナイムにある六つの大陸で、最も広い面積を誇るソレクチルス大陸の三分の一を国土に持つニムロー共和国の北西にある大統領より授かったオスムという小さな街にいた。そして、彩音はそんなオスムの街外れの外見は小さな廃墟のような一軒家、その実、広大な地下設備を充実した自身の研究室にいたのだ。そして、そこから外に出たのは異人アウトサイダーがこの世界に乱入する三時間前のことだった。

 彩音が久方ぶりに見上げた空は、少し肌寒さを感じる中でも雲ひとつない澄んだ青空だった。達成感に満ちる彩音からすればそれは世界から祝福を受けている様な気持ちになるのと同時に、間違いなくこの死者の蘇生のデータを持ち帰る成功の発端となった男との邂逅を思い出す。だからこそ、彩音は心の内で感謝の言葉を一度だけ唱えた。そして、次の瞬間には流行る優吾との再会に胸を躍らせ、先の協力者の元へ契約を果たすべく走り出していた。直前まで雨が降っていたと思えるほど泥濘んでいた地面から跳ねる泥を気にとめず、ただひたすらに一番の目的を達成するために邪魔な用事を済ませるために走ったのだった。彩音にとって此処から先、全てがうまくいくと信じられる、まさに門出の様な日だったのだ。


◇◆◇◆


 オスムは街を城壁で囲まれたいわゆる城郭都市と呼ばれる街である。昔から城壁で囲むほどの財力を持った大都市というわけではなく、小規模で並な街であった。しかし、この街の出身で世宝級となった男、マヌエル・アレンが八年前にこの街に帰郷してから数日で発注した本人の善意で建てられた野生動物や変異種に対する未然の防衛機能だった。

 マヌエルは前髪が目元までかかり、顔も身体も細長くひょろっとした、いつもどこかおどおどしたようにみえる人間である。それは幼少期の頃から変わらず、狭い街の中の人たちの間でも共通認識でもあった。そんな見た目にふさわしいという表現が正しいかはわからないが、正確もどこか引っ込み思案、といかなくても積極的に前に出るようなタイプの人間ではなく、いつも教室の隅で一人何かをしている様な人間だった。とはいえ、交友関係は良好で、人付き合いが悪いというわけではなかった。一方で、勉学が好きで基本は机にしがみついており、それ以外では常に何かしらの本を形態しながら行動しているようなインドアな男であった。そのため小さなこの街での学業成績はもちろん、国内で行われる共通模試でも上位一桁に名前を連ねるような人間であり、それはそれは街にとっても誇らしいことだった。何せこの世界では賢い人間はそれだけで想造アラワスギューの才能を開花し、地位も名誉も手に入れられるからだ。事実、マヌエルはその後世宝級に選ばれ、国から大金が授与され、別に研究費が捻出され、そしてマヌエルの希望でもあった故郷であるオスムを任された、と言う形で譲り受けたのだ。

 故に、オスムはマヌエルによって生まれた閉鎖空間とも言えた。


「き、君があそこから出てくるなんて、珍しいじゃないか。いや、そのギラつかせる目を見ると、成功したのかい、死者の蘇生のシミュレーションが」


 カーテンを閉め切られた一室でマヌエルは目の前にいる彩音に声をかけた。

 息を切らし、肩を上下させていきなり押しかけてきた彼女の表情は、まるで欲しかったおもちゃをようやく買ってもらった子供のように目を輝かせていたのだ。


「えぇ、やっとよ。一年と八ヶ月と十四日、九時間五十三分二十五秒。ここにきてようやく成功したわ。だから、あなたとの契約を果たしに来たわ」

「ま、まずはおめでとう」


 ひとまず実験成功に対する賞賛の声を述べるが、彩音がそんなことを求めていないことはよくわかっていた。その証拠に彩音はすぐさま契約の対価であるデータが入っているであろう媒体を手渡す。

 その契約の内容はマヌエルが彩音を匿う代わりに彩音の死者の蘇生をシミュレートする世界に、記憶と意思疎通を発展させるシミュレートを盛り込み記録されたデータを彩音の実験が成功するまで取り続けるというものだった。


「このUSBの中に今までに渡した実験結果を始め、実験が終わるまでの記録が入ってるわ」

「……い、一応確認させてもらうね」


 マヌエルの胸に押し付けられた彩音の右手の中からそっとUSBを受け取るとマヌエルはゆっくりと室内にあるパソコン端末にそれを差し込む。

 そして、ざっと記録を眺めながら、記録された日時との整合性を独自に組んであったプログラムで確認するとマヌエルは深くうなずきながら彩音の方へ向き直る。


「た、確かに、全て記録されているみたいです。改めて見ても凄いですね、この世界は」

「だったら朗報よ。しばらくすれば彼ら、こっちに来るだろうから」

「……?」


 衝撃の事実にマヌエルは一瞬言葉を失う。

 しかし彩音の言葉を何度も反芻してようやく前進しない質問を口にする。


「そ、それって花牟礼が創った世界の中の人間がこちらの世界に来るって意味ですか?」

「そう言ったでしょ?」

「つ、つまり先の言い方から察するに、それらと僕が接触するのは」

「好きにしてくれて構わないわ。直に観察しても、交友を深めても、それこそ煮ても焼いても、私は咎めないわ。まぁ、責任は一切負わないけど」

「そ、それは……すごそうです。まだ実験室は健在で?」


 マヌエルはどうしてこちらの世界に創られた世界の人間が干渉してこれるのかといったもろもろの問題を気にかけることなく、彼らが生み出したものとの邂逅に心躍らせていた。


「えぇ、大丈夫だと思うわ。好きにしてくれても構わないわ」

「そ、そうか。ありがとう。そうさせてもらうよ」


 彩音はこうなることを予想していたように手際よく、こちらを見ずに何かの用意を始めるマヌエルを見ながら、自分も目的のために先を急ごうと足を外に向ける。


「それじゃぁ、私は行くけど」


 浮足立ったマヌエルに別れの挨拶を投げかけ、彩音は歩き出す。

 しかし、愉しそうにぶつぶつと今後の方針を練っているマヌエルを放っておけばいいものを、なぜか彩音はドアの前で立ち止まるのだった。


「ど、どうかしましたか?」


 足音が止まるのに反応し、マヌエルは顔をあげる。すぐにでも愛しい人を蘇らせるために優悟の眠る元へかけていくのだとばかり思っていたマヌエルは、彩音の行動に首をかしげて質問した。


「いらないの、死者の蘇生の記録は? もちろん、このデータを渡すつもりは微塵もないけど私がそれを使ってあげる分には、それぐらい報酬に上乗せしてもいいわよ。あなたのお陰でここまで安全に活動ができたのも事実だからね。何より」

「花牟礼さん」


 マヌエルは彩音の続ける言葉を理解してそれを防ぐように言葉を被せた。


「ぼ、僕に生き返らせて欲しい人はいませんよ。だから必要ありません」

「……」


 無言でどこか憐れむような視線を向ける彩音に対してへらへらと愛想笑いを浮かべながらマヌエルはその場を取り繕うように言葉を続け直す。


「も、もしそんな時が来たらお願いしちゃおうかなぁ、なんて」

「そう。あなたの考えはわからないけど、向いてる方向は同じだと思ったから……余計なお世話だったみたいね」


 マヌエルはヘヘッと笑って応える。

 そんな姿に呆れたのか、興味を失ったのか彩音は再び背を向けてドアに手をかけた。


「それじゃぁ」


 そう告げて彩音はその場を後にしようとするのだった。


◇◆◇◆


「花牟礼さんは」


 今度はこれ以上話を膨らませる余地も価値もないと判断し、部屋を出ていこうとした彩音をマヌエルが引き止めた。

 だから彩音は振り返りはしなかったが、立ち止まった。


「愛したいですか? それとも愛されたいですか?」


 彩音はその問いに深い意味が、何か答えを求めるような訴えがあると捉えつつもキッパリと相手の心中を気遣うことなく自身の考えを答えた。


「愛してるし、それに関係なく愛されたいに決まってるじゃない」


 答えながらも彩音は、あなたは違うの? という言葉を飲み込んだ。

 違うから聞いたに決まった質問をオウム返しする必要はないとわかっているからだ。


「僕は、愛されたいです。絶対に愛されたいです。愛しているなら愛されていたいです。一方的だと思うかもしれませんが、愛されなくてもいい、なんて少なくとも僕は思えません」


 彩音はなぜマヌエルが先程渡した実験データを必要としているか知っている。そもそもなぜ世宝級にまだ上り詰めたのかも、マヌエルと接触を試みた時に聞かされていた。その時、彩音が感じたことは、マヌエルがとても人間らしいということだった。しかし、その人間らしさが形をなす事ができるのは実に気味が悪いと感じたのも覚えている。それ故にマヌエルの言葉に返す言葉を彩音は持ち合わせていない。

 それを察してか、ヘヘッと自虐的に笑うとマヌエルは言葉を続ける。


「きっとわかり合うことは出来ません。だから、干渉されないように注意してくださいね。これは僕からのせめてものお礼です」

「えぇ、お幸せに」


 彩音はマヌエルの顔を見ないようにそう告げて部屋を出てドアを閉める。


「ふぅ」


 思わず漏れたため息。

 愛の形は様々だと思っているが、それでも歪さを感じる彩音はその場から速く立ち去りたいという考えで廊下を歩き出す。


「あら、もう帰ってしまうの?」


 声のする前方を、うつむきながら歩いていた彩音は顔を上げて確認する。

そこにはマヌエルの妻、メイ・アレンが微笑みかけながらおぼんに飲み物を載せて運んでいる姿があった。


「えぇ、お構いなく」


 あらあらという顔のメイの横を通り過ぎながら、彩音はマヌエルの歪さを忘れるべく優悟のことを考えるのだった。


◇◆◇◆


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 来客用にと用意したお茶をメイから受け取ったマヌエルはコップに一口つける。


「花牟礼さん、久しぶりにいらしたのに随分と忙しそうに出ていったわね。どうかしたの?」


 メイの質問にマヌエルは少し内容をぼかしながら話す。


「こ、これから本当に忙しくなるんだよ。きっと実験は成功する、問題はそこからだからね、早く試しておきたいんだろうね」


 一息。


「彼女は夢見る少女だと思うかい? それとも本物を手にした数少ない人だと思うかい?」


 マヌエルは問いかける。しかし、マヌエルと同じ空間に居て答えるとすればのメイは何も答えない。

 微動だに動くこともせず、どこか冷めた視線を部屋に一つのドアに向けていた。


「……愛されたいと願うのは不誠実だと思うかい? でもね、愛されているとわからなければそもそも始まらないのも事実なんだ。だから」


 マヌエルは右手に持ったコップを献杯の要領で少しだけ高く持ち上げる。


「花牟礼さんが愛されていることを、僕は心の底から願うよ」


 これが異人アウトサイダーがこちらへ来る三十分前のオスムでの出来事だった。


「さてと、誰か一人は向こうで待機させておくか」


◇◆◇◆


 目を覚ましたアリスがいたのは見知らぬ土地だった。少なくともつい先程まで戦っていた戦場ではなく、目の前に紘和や彩音はいなかった。しかし、ここがどこだかわかってはいないが、自分たちが誰かによって創られた世界にいた存在で、ここがその創った人間のいる世界だということは理解していた。つまり、アリスはここが自分たちのいた世界とは全くの別の世界であると知っていたので、目を覚ますと同時にゆっくりと立ち上がりながら周囲を警戒した。

 周囲は肌寒さを感じる森林地帯で、見上げた日の高さから今が正午前後であると推察しつつ自分がここに一人だということをまず理解した。仲間でなくても自分と同じ境遇の、こちら側の人間がいれば少しは安心感も違っただろうが、いないものは仕方がないと早々に思考を情報を集めるために人里を目指すことに切り替える。そして、暫く森の中を警戒心を緩めることなく探索していると、泥濘んで舗装されていないが、明らかに誰かによって作られたと考えられる道を発見する。その根拠は泥によって残った轍であり、それが続くどちらかに人がいることを確信した。轍の端の泥の跳ね具合を見ながら進むべき方向を決めてアリスは紘和になりすまして走り出した。未知の場所で誰かと遭遇する可能性が高くなり優位に立てる存在に成りすましたというのもあるが、紘和の身体ならば走るという移動手段でもアリスのままでいるよりましだからというのが大きかった。そして身体能力任せの移動を始めて三十分もしないうちにアリスは大きな城壁を携えた街と思わしき場所へとたどり着いた。

 ひとまずぐるりと城壁を遠巻きに一周すると出入り口として利用されているであろう対角線上に配置されていると考えられる城門を二箇所発見する。

 数人体制で警備しているようで時折、城門の外にキョロキョロと顔をのぞかせる人間もいた。


「寒いなぁ」


 視界が良好であり、自身の姿も視認されづらい樹上に身軽な元の姿に戻ってひたすら周囲の様子を観察するアリス。先程出た独り言はもちろん、誰かに聞かれてしまう危険性を考えていなかったわけでも、それこそ誰かから返答があると期待して口にしたわけでも、紛らわせなければやってられないほどの寒さというわけでもない。アリスは、今まで様々な戦場を純たちとともに経験してきたが、それでもその旅をした集団の中では最年少だった。正確な生年月日を孤児故に知らないために年齢もわからないが、高校生、そのぐらいの年齢である。周囲の環境によって戦闘に対する違和感を抱くことはなかったし、明確な目的がありそこに向かっていた頃はわき目を気にする余裕はなかったし、何より居てよかったと言えば本人にとって癪に障る解釈出逢ったとしても純、紘和、友香、そしてタチアナという誰かがいた環境は精神的に満たされない瞬間はなかったのである。つまり、高校生ぐらいという少女が辺境の地で一人というのが今の状況なのである。孤独。それは一人でいるのが好きという状況とは違う、誰もいない状況である。大人でも精神的に憔悴する状態をそれに満たない少女が抱えている状況である。しっかりしないと、という大人でない故に生じる考えも、この一人でなんとかしなければならない辺境の地という環境が無理やりアリスに生まれさせている。その緊張を、ストレスを無理矢理に発散した形が先程の独り言なのである。それほどまでに日が暮れていく時間をじっと耐え忍ぶ今は特別な力を持っていようと過酷ということである。それでも一言漏らすだけで以降じっと堪えられるアリスはやはり新人類である以上に、彼女が育った環境が創り上げた一般の少女ではない存在なのだった。


◇◆◇◆


 状況に動きがあったのは太陽が半分以上山に隠れ始めた頃だった。まずは、木々をなぎ倒して進んでいなければ起こらなそうな音が遠方よりゴゴゴッと響きながら近づいてきていると気づいた所から始まった。普段よりも過敏に警戒していたから紘和の姿に成りすましていなくても気づけた故にアリスは即座に音のする方へ樹を降りて駆け出した。泥濘んだ地面に脚を取られることなく踏み込む一歩は足元を深くえぐっていく。その様子からもアリスが急いでいるのがわかる。

 急ぐ理由は何が起きているか事の顛末をすぐにでも知っておきたいからだ。それはこの騒動が大きく二種類に分けられると考えているからだ。一つは人の関与しない自然現象。そしてもう一つが人為的な衝突である。そして、後者であるならばその状況はアリスにとって見ておく価値のあるものなのである。この世界にいる人間同士のものならばそれだけで情報を得ることができる。ましてや自分と同じ状況の人間であれば協力関係を築くことも、この先のこの世界の人間の対応を見る囮にもできるのだから。

 そして、アリスが見た現場は少し特殊な三者の衝突であり、そこに一人知った顔がいた。


「はぁ、まずは体力づくり、そこからやな。身体が資本は本質やったか」


 直前の戦争で情報伝達と遊撃部隊を担っていたジャンパオロであった。そんな男が目の前で無名の演者に首を鷲掴みにされて持ち上げられている合成人に近い生物、こちらの世界で変異種と呼ばれる個体を足を地面に拘束された状態で悪態をついて見上げているのだった。周囲に人の気配が他にもあるものの、そんなことは気に留めずアリスはここでどちらにつくかを一人でいる寂しさという純粋な感情から早急に決めることになるのだった。


◇◆◇◆


 事の発端はジャンパオロたちがとりあえず拠点としている場所付近に無名の演者が確認されたことにある。

 ジャンパオロがこちらで目を覚ました時、そこは薄暗く、現在拠点としている洞穴であった。


「……どこやねんここ」


 上半身だけを勢いよく起こした後、キョロキョロと周囲を見渡し、他にも人が転がっているのを確認した上での発言だった。

 そして、ここを現状仕切っているであろう人物と目が合う。


「……随分と慣れた手付きで看病して回ってるみたいだけど、誰だ?」

「……ただの医者ですよ」


 明らかに意図的に名乗ることを避けた違和感を経て、ジャンパオロは己のハッキングした過去の情報の履歴から目の前の人物の顔をサルベージすることに成功する。


「あぁ、思い出した。あんた」


 するとゾワッと警戒心を高めなくてはと自然となる緊張感を背中に感じたのと同時にジャンパオロの口に目の前の女性の右手人差し指がピタッと張り付き、名前を口にすることを邪魔される。


「ここではイーシャ、と呼んで下さい」


 その訴えかけにジャンパオロは静かにうなずく。

 その反応にとりあえずの信用を得られたのか、スッと女の人差し指が口から離れるのと同時に背後から刺さるように向けられた視線の圧力が消えた。


「やっぱりこいつは危険なのでは?」


 その殺気を向けた相手の声を確認するためにジャンパオロはゆっくりと振り返る。


「……やっぱりお前かよ」


 そこには幾度となく情報戦という現場で目にした仕事敵とも言える男、リュドミーナがいた。

それはイーシャと呼んで欲しいと言った女の身の安全をリュドミーナが確保したがる様子からも、とある時期を境に存在そのものが追えなくなったアンナであることは間違いないと判断できた。

 だが、今はその何故よりも重大な問題があることをジャンパオロも理解している。


「まぁ、助けてくれた礼にこの場では詮索はしないよ。とはいえ、どういう状況? ここはどこよ? 助けたってことは協力させたいわけでしょ?」


 ジャンパオロは自分が置かれた状況を冷静に分析しつつも圧倒的に足りないこの世界についての情報をまずは素直に求めた。

 そんな態度にクスッとアンナが笑った。


「大丈夫よ。それに今はできるだけ優秀な人間がいるにこしたことはないし、何よりこちらの都合を汲み取れる相手というのはそれだけで貴重と考えるべきだわ」

「わかった……そういうことにしておく」


 リュドミーナはそう言ったもののジャンパオロへの警戒を怠るような素振りはみせなかった。

ジャンパオロもそのぐらいがちょうどいい関係だと思いながら話を前に進めようとする。


「それで、周辺の情報でもなんでもいいからわかってることを教えてくれない? そうすれば、俺も少しは足がかりにできると思うけど」

「じゃぁ、ちょっと歩くけど付いてきてもらえるかしら」


 そう言ってアンナは周囲に居た数人にこの場を任せるという言葉を残して立ち上がり明るい方へ、外へと向かって歩き出す。ジャンパオロはそれをやれやれといった感じでため息を漏らしながらゆっくりと立ち上がると、付いていくのだった。


◇◆◇◆


 洞窟を出るとここが、木々がまちまちと生えている山岳地帯だということがわかった。少なくとも先程までいた戦場ではないことは確実であり、ここが自分たちのいた世界ではないということがなんとなくから急に現実味を帯びたように感じさせられた。とはいえ周囲に何か目を引く見知らぬものがあるわけではない。敢えて上げるならば、少し視線を伸ばすと捜索隊と思われる数人の団体がちらほらと見つけられることだろう。つまり、ここは今、こちらの世界の人間で一度集合して護りあえる環境を作ることを目的としているのだろうということはわかった。洞窟の中にもすでに二十人ほどいたが、恐らく今後も数を増やしていくのだろう。そうしていった時、確実にこちらの世界に人間がいればそれと接触していかなければならないが、その時にも数がいれば対策は練れるだろうという話である。人数で問題は発生するが人数がいなければ解決しない問題、ということである。それ以前に、誰かといるということが今の自分達には必要だろうとジャンパオロは通常の人間の精神状態も考え、この集団を作るという行動が善意であり、戦いの最中だったにも関わらず見知らぬ後で即決した後に実行に移せたアンナに対し、さすが最高位の医学の心得を持つ人間だと関心するのだった。

 そして、医学といえばでジャンパオロは気になっていたことがあった。それは今現在、先程まで戦場に居て負傷していた記憶があるにも関わらず、それを感じさせず歩けているからだ。疲労を感じないのはもちろんだが、明らかに傷口は綺麗さっぱりなくなっていたのだ。その理由がこちらの世界に来たからなのか、最高位の医学を持つアンナの力なのかはわからないが、随分と都合の良い状況だと考えるのだった。

 そんな現状を整理する上でいくつものことを列挙し頭の中で考え続けるぐらいの時間を歩かされ、拠点としているであろう洞窟から明確に離れたと感じる距離を移動したところでアンナがリュドミーナに何かを確認していた。


「同じタイミングに出ていると思うのですぐに向こうも到着すると思いますよ。ってほら、来ましたよ」


 リュドミーナのそんな返答が聞こえた所で、指差す方向に視線を向けるとそこには一人の男性とその隣を六本脚で歩く、体表が薄っすらと青く、そして通常よりも明らかに一回り以上大きいトンボがいた。


「……はい?」


 ジャンパオロは真っ先に合成人という単語を想像した。アンナを始めとした合成人に関わっていたりそのものがいたからという点が想像の理由としては大きかった。しかし、ジャンパオロの知る合成人の特徴は人間に他の動物の特性を付与されるという点から人という形状を逸脱していないということだった。そう、見ただけで人間の化物とわかるような人間味があったのだ。

 しかし、目の前にいるのはトンボ、その中でもいわゆるシオカラトンボを大きくしただけの、まさに怪物という単語を想像してしまうような存在だったのだ。


「なぁ、ちょっと聞きたいんやけど、もしかして俺の知らん間に合成人のバリエーション増えたりした?」


 その疑問に答えたのはまさかのトンボだった。


「初めまして。湧いた人間よ」


 どこかノイズが混じった声だが、ジャンパオロはその発せられる音を自身が理解できる言語として捉えることが出来ていた。


「湧いた、人間?」


 ジャンパオロのオウム返しにトンボが羽をピクッと一瞬だけ震わせた後に答えた。


「気を悪くしたなら謝るよ。すまない。ただ便宜上、私たちは君たちをこの世界にいる人間と区別するために何もない場所から落ちてきた人間ということで湧いた人間と呼ばせてもらっている」


 流暢に喋るトンボを目の前に、人の姿をしていないものと意思疎通が出来ているという常識とは乖離した状況にジャンパオロは一度アンナの方を見てからもう一度トンボへと向き直った。


「あぁ、驚かせてしまったね。私は人間たちからは変異種と呼ばれている存在だ。そういった呼ばれ方にどうこう思うところはないが、できればキヨタツと呼んで欲しい。それが私の名前だ」


 沈黙。その間にキヨタツの頭がカクッと四十五度ほど傾くのがわかった。

 同時にリュドミーナに脇腹をひじでこづかれてようやくジャンパオロは状況を理解する。


「ジャンパオロ・バルボや。よろしく」


 自己紹介を待たれていたと気づき、習慣のように名前を告げた後に手を伸ばすとトンと右にある一番前の脚を手のひらに当てられた。握ることは出来なくてもそういう文化があるという認識はあるようだった。

 それは同時に、十分な人間らしさを感じさせるものであり、ジャンパオロにもしかしたらもとは人間なのではないかと考えさせるには十分なぐらいのらしさであった。


「さて、いろいろ聞きたいというのはそちらの茅影という男から聞いている。しかし、ここで話すのも少し目立つ。できれば私は、いや私たちは目立ちたくないからね。よければこちらのテリトリーまで起こし願いたいのが大丈夫かな?」

「あ、あぁ、構わんけど……だったらどうしてここまで来たん?」


 ジャンパオロの至極真っ当な疑問にキヨタツはこれまた至極真っ当な答えを返した。


「そんなの決まってるでしょう。あなたという人間を自分の目で見ること。そして何より、事前に私の様な存在を知ってもらって余計な混乱を持ち込まないようにするためですよ。なにせ、普通は私達のような存在はあなたたち人間からすると気味の悪いものに映るのですから。まぁ、そもそもあなたたちがこちらの人間とは違う特別な存在であるからと思っていたわけですが」


 チラリとキヨタツはリュドミーナを見た後に、再びジャンパオロに向き直ると言葉を続ける。


「どうやら、あなたは一対一で話しても理解の持てる肝の座った方なのかもしれない。少しばかり危ない香りはしますがね」


 その回答にジャンパオロは思わず鼻で軽く笑ってしまう。

 人間よりも人間味を感じさせる懐の深さのようなものを目の当たりにしているからだ。


「そりゃ、どーも」


 ジャンパオロの言葉に満足したのかキヨタツは回れ右をして来た道を戻り始めた。


「こっちです」


 その言葉に従い、三人はキヨタツの後ろを付いていくのだった。

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