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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第八章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 前編~
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第九十五筆:望むは茨の道

「そんなに慌ててどうしましたか、エトリナさん」


 紘和が連れて行かれるところを目撃したエドアルトは当然、全力で追跡を試みたが慣れないスカートを履いていた以上に、車と足という差ですぐに行方を見失っていた。捜索をしないという選択は、ラギケッシャ連合国内でヒミンサ共生国の人間が先に仕掛けたという構図を作られたくないために、なかった。故に異人アウトサイダーの流れを追うよりも優先して紘和を乗せた車の行方を街中で捜索していたのだ。そんな緊張や苦労を知ってか知らずか、当の連れられた本人自らエドアルトの後ろから声をかけてきたのだ。振り返ったのと同時に確認したその爽やかで危機感を感じさせない笑顔を見て、エドアルトにはふつふつと湧き上がるものがあった。

 だから、ゆっくりと紘和の元へ近づいて目と鼻の先で押し殺したように言葉を吐く。


「ちょっと来い」

「わかりました」


 全てを察したように背を向けて歩き出したエドアルトの後をついていく紘和。人通りが少ない場所を選んでいるのがわかるように、細い路地を無言のまま通っていく。

 そして、いかにもな雰囲気の薄暗い袋小路まで歩いていくとエドアルトが振り返った。


「ふざけてるようにしか見えねぇよ」


 エドアルトから湧き出ていた感情。

 それは心配ではなく、怒りであった。


「危険を犯してまで潜入して情報を収集しに来た。ここでいう危険がどういう意味か、俺はお前なら理解してると思ってたよ」


 エドアルトの静かな叱責に対して、危険に理解を示すようにその解釈を共有しよう話し始める訳でもなく、紘和はただ押し黙っていた。しかし、それは危険の意味がわからないという意味でも無論ない。それは答えることで事態が収束しないことを知った上で、エドアルトに話の主導権を握らせ続ける意思、つまり、言いたいことを言い切れという態度の現れなのである。

 エドアルトにもそれは十分伝わっているからこそ、互いに目をそらさないまま話を続けた。


「お前は、ヒミンサ共生国を背負って立つ人間なんだろ? それは隣国ならすでに知られてるはずだ。少なくともヨゼトビア共和国は即座に接触を試みてきてる。それなのに無断で潜入している敵国にわざわざ戦争を有利に進める口実を与える行動。お前が人並みに誰かを気にかけているのは、心なしか同じ人間だという安心感を与えてくれたが、それでも、お前は王なんだろう。だったら、もっと考えるべきことがあるんじゃないのか? さっきの独断はあまりにも軽率だろう」


 両足に触れる下げた両手で作られている拳をエドアルトはギュッと堅く握りしめて力んでいるのが目視でわかるほどだった。伝えるべきことを伝えた。それだけだからこそエドアルトの不完全燃焼さが際立っているのだ。本当はもっと声を荒らげて紘和を罵ることも出来たし、もっと危機感を事細かに訴えることもできた。しかし、前者に関してはここが敵国でありどこで誰が聞き耳を立てているかわからないからこそ配慮している。そして、後者は、もしすでにエドアルトが事細かに小言を言っているように見えるならば、それこそ危機感というものが足りないということになるだろう。

 それほどまでにここでは全てを抑えて、エドアルトは紘和に進言していたのだ。


「申し訳ありませんでした」


 だが、そんな憤り、怒りも一瞬かき消してしまうような光景がエドアルトの目の前で起こった。意表をつかれたというべきなのか、当然に見えるその行動に驚きを隠せなかったのである。紘和との目線が外れたのである。

 つまり、謝罪の言葉と共に紘和は頭を深く下げていたのだった。


「くっ」


 一瞬の虚の時間を経て、すぐに頭を下げ謝罪の言葉を述べられたと状況を把握したエドアルトだったが、その行動に対する言葉を持ち合わせてはいなかった。そう、エドアルトは紘和なりの行動理念を諭されるか、無理矢理にでも己の強さを盾に行動の正しさを、つまるところ言い訳を用意されていると思っていたのだ。そのためにこちらが出し切ったのを皮切りに続けられる言葉を否定しようと身構えていたのだ。

 しかし、出てきた言葉は謝罪である。否定の言葉を続けることはできなくなった。代わりに、国の行く末を決める最高峰の人間が、たった一人の国民に頭を下げるという行為に、間違いを認める正しさもあるが、今それをするべきではないだろうと考えさせられる。紘和の頭は安くない。頭を下げたということは、王が国民に自身の行いの間違いを認めたということは、傍から見ずとも、王という立場を揺るがしかねない行為であるのだ。

 下げるべきではない、下げて欲しかったという思いがゼロではなかったにしろ目の当たりにするとそう思ってしまうのだ。


「頭を下げられるなら……下げるなら」


 最初からやるんじゃないという言葉をエドアルドは喉に押し留めた。その気配に気づき紘和は下げた頭を元に戻す。

 そして、苦虫を潰すような顔をし、紘和から視線を逸して地面を見つめるエドアルトを確認した紘和は言葉を選ばずに現在の考え、思いを口にした。


「口にしてしまえば、淡白に、それこそ、私が故意にこの状況まで運んできたと思われるかもしれません。それでも、今この状態の私が頭を下げることが、あなたへの誠意になると思いました。全てあなたの良心に付け入るようで申し訳ありません。先のあなたの叱責に対する無言も、それを説明して謝罪する私も、全てです」


 エドアルトは紘和の口を今すぐ塞いでやりたい気持ちでいっぱいだった。紘和の故意にという前置きに関わらず、エドアルトはどの口がそれを言うかという苛立ちで溢れかえっていたからだ。そう全てを言葉にしたせいで全てを言葉の通りに受け取れなくなってしまったのだ。考えることができる故に、誠意を示す方法が消滅する瞬間。しかし、どちらにせよ、誠意があろうとなかろうと、エドアルトはこれを認めざるを得ない。声に出したものは対応として正しい上に少なくともエドアルトが望んでいた言葉だからだ。

 だからこそ、認めたくないと話の腰を折り続ける問題ではあるのだが。


「だったら収穫と、今後はどうするんだ」


 故にエドアルトは紘和の謝罪を認める、受け入れる発言をせずに、自分から始めた話題であるにも関わらず結果と今後を求めた。

 そんな全てを飲み込んだ上で歯切れ悪く、自身の矛盾しているが答えの出ている感情を隠すエドアルトに正しさを見る紘和はほんの少しだけ柔和な表情をしてエドアルトにそれが見られないように背を向けてから答える。


「それこそ誰からも聞かれたくないでしょう。なのでヒミンサに戻って、ヨゼトビアでの情報と合わせてから話すとしましょう。その前にもう少しだけこの国を、攻めるという点で構造だけ見ておきたいので今度はあなたと離れることなく、見て回りたいと考えています」


 エドアルトはそんなまともな回答に、無言で了承の意を示すと紘和と【夢想の勝握】の力によって一緒にその場を後にするのだった。そして、日が暮れると共にラギゲッシャ連合国を出たのだった。


◇◆◇◆


「こちらの予想通りマクギガンは天堂と接触。しかし、その後行方を見失ってしまったと」


 日も沈んで暫く経った頃、そんな外の気配を一切感じさせないとある密室でヨナーシュから今日あった出来事を文面ではなくまずは口頭で伝えさせたエディットの第一声であった。


「しかも、取引の内容は随分と物騒ですね。言葉巧みな戦闘となれば、やはりマクギガンの方が一歩先を行くように見えますわ」


 相手を認めるような発言をしつつも、エディットは目の前にある成果物を前に、フフッと勝ち誇るような笑いを漏らす。


「でも私には財力があり、変異種と無名の演者から生まれた兵器、そして何よりヨナ、あなたがいるもの。少なくともマクギガンはこの時点で勝てるわけがありません」

「そうだな」


 絶大の信頼に答えるようにヨナーシュは返事をする。すると、エディットの目の前にある成果物、培養液の中で子宮の中にいる胎児のように丸まったトカゲに翼のようなものが生えた生物の瞼がそれに呼応するように持ち上がる。

 そしてゴポポッという気泡が勢いよく培養基を登っていく中、眼球をぐるりと一周させてからゆっくりと瞼を下ろすのだった。


「しかし、世宝級のいないこの国で、これが完成するとは思っていませんでしたよ」


 ヨナーシュはそう言いながら先程動いていたモノに視線を向ける。変異種。一般的に知られている生物から変異した種を指す言葉。その多くは、想造アラワスギューを使える個体である。そして、希少性という点では培養基にいるような、本来その生物についていない機能を持ち合わせた個体も指し示す。変異種事態の目撃例は多いが、それと人間の間には意思疎通を行った記録がないという点から相容れる存在ではなく、互いが距離を取る関係にあった。しかし、人間とは探究心といえば聞こえはいいが、利用でいないかという考えのもと、こうして変異種を見世物や娯楽、あげく戦闘兵器として扱うことができないかと模索するところはしているのが現状である。それがさらに軋轢を産んでいるのだが、顧みる様な人間あらば、そもそもこのようなことは行わない。

 一方で、変異種も想造アラワスギューを使えるという点から当然、思考するという行為を行うことができる。つまり、一方的に人間が支配するというのは力で従える以外では難しいものがあった。それでも諦めずに熱心に研究を続けていたのがラギゲッシャ連合国、というよりもエディットであった。それはいつか必ずできるという彼女特有の自信があったからに他ならないが、結果としてこうして欠けたパーツを無名の演者の生け捕りという形で成功し、一匹の変異体を大人しくさせているところまで来たのである。では、なぜ無名の演者を生け捕りにすることで制御下に置くことに成功したのか。それは無名の演者にまとわりつく黒い粘液が持っていた異なったものを繋ぎ止める力に他ならなかった。無名の演者が新人類特有の力と機械であるラクランズと人とそれ以外の生命体をかけ合わせたものだとマクギガンから聞かされた時から、欠けていたピースが確実にこの生け捕りにした生命体から補えるという確信に変わっていた。

 そして出来上がった変異種を元にした生物兵器なのだ。


「そうかしら。完成するから彼らがいたのよ。完成しないのならば彼らは必要なかった。それだけのことよ」

「……そういうことにしておきますか」


 エディットの含みのある言い方に、ヨナーシュは一応の納得の姿勢を見せつつも、培養液の変異種に憐れむような視線を送っていた。


「それで、天堂には勝てそう?」

「目の前にして実感できたよ、エト嬢。あれは、さすがの俺でも一人じゃお手上げさ」


 話の本筋を元に戻すようなエディットの問いかけに間髪入れず先程のオズワルドの時とは違い弱音を吐いてみせるヨナーシュ。


「なら、やっぱり戦争をするしかないわね。あの平和狂いのお尻に火をつけるためにも」

「それがなければ、天堂を戦わせなければ世界が滅亡することがないかもしれないとしても、ですかい?」


 そこでヨナーシュは、オズワルドとの会話を思い出すように、紘和が世界を滅ぼす原因を作らない方針を示唆する発言をした。予言書によればこの戦争をキッカケに紘和が世界を滅亡させるとされているからだ。だからこそ、この戦争で紘和を倒すことで解決するために今まで準備をしてきた。しかし、そもそも戦争がなければ、この準備そのものが必要なかったことになる。今まで抱えた各国間の柵を水に流すのは困難だということはわかる。

 それでも三国が手を取り合うだけで世界を救えるならば、ヨナーシュは手を取り合うべきだと考えるのだ。


「マクギガンの言うことにも一理ある、と言いたいわけですね」


 仕えるべきエディットに異議申し立てを、しかもオズワルドの言葉に肩を持つような言い方をした手前、ヨナーシュはその問いかけには応えるという行為をしなかった。


「それは、相手が人間で意思疎通ができることを前提とした、とても人間らしい人間に対する考え方だと思いますわ」


 ヨナーシュの、マクギガンの言い分を尊重するような言い回しだが、続く言葉があるからこその前置きだということは理解できていた。


「でもが、あれは人間だったとしても世界を滅ぼす可能性を持った人間ですの。戦争をしなかったことで滅亡のキッカケを回避したとしても、また別のことをキッカケにすることはあるでしょう。それでも人間を信じると言って説得を続け、その人間を、天堂を世界を滅亡するという踏み外しを正すことは何度もできるでしょう。それでもです」


 自身の発言に一切の疑いがないことがわかるハッキリとした物言いは続く。


「悪性腫瘍を完治に持っていくためには転位する前に除去する他ありません。抗がん剤といった投薬による治療はあくまで症状を抑制、緩和するためのものです。結局は完全に大本を除去しない限り、再発の可能性を秘め続けるのです。天堂という存在はまさにこの世界の悪性腫瘍とも言えます」


 間違ったことを言っていない。


「そう、私もまた間違ったことを言っていないのです。マクギガンが果たしてヨナの考えるような思考の元、先の提案をしてきたかはわかりません。言ってしまえばこちら側の判断力を分散する、もしくは天堂を延命する処置、はたまた他に時間を引き伸ばすことで生じるメリットがあったか。本人に確認を取らない以上真相はわかりませんが、様々な他の理由も憶測できることでしょう」


 一息。


「話が少し逸れましたわね。相手は確かに一人の人間なのでしょう。嫌な言い方をするなら、私達のいる世界とは違う、作られた世界から来た人間と同じ見た目をした意思疎通ができる生命体、限りなく人間に近い何か。それが結果として私達の決断に迷いを生じさせている、ということです」


 一見すれば冷酷とも捉えられる言葉がその先の結論をより鮮明に捉えられるように表現する。


「寝る時に、枕元に爆弾が置いてあって安眠できる人間はいないでしょう。それは爆弾の導火線に火がついているか否かは関係ありませんわ。重要なのは枕元にあるのが爆発による熱や衝撃などによって対象とする生物や物体を殺傷、破壊するための兵器であり、その機能が失われていないということです」


 紘和は世界を滅亡させるだけの力を持っているまたは手にする存在であり、その可能性がある限り一人の命と、いな一つの兵器と全人類、安寧を得るためにはどちらを選ぶべきかという意味だった。

その答えは概ね、そう人の形をした存在でなければ百パーセントその兵器を消すことに注力するべきだと決断できるのだろう。それでもヨナーシュは命令されれば実行するだろうが、その選択自体が正しいものであり、選択するに足りうる思案を十分に巡らせたのかと納得できる判断を持ち合わせていなかった。そんな自分の感情と向き合い内側に閉じこもって何もできなくなってしまうとも、決断を、断つものを決めることを諦める姿をヨナーシュに見たエディットはゆっくりと近づく。

 そして下を向いて立っているヨナーシュの両頬に両手を添えると湖面の水をすくい上げるように、こぼさないように、優しく慎重に持ち上げた。


「変わらないのね。変わったのは私を助けてくれたあの日だけなのでしょう。本当にヨナはできるくせに、臆病で怠惰なのだから」


 ヨナーシュとエディットの目が合う。


「だからその日が来るまで、私を手伝ってくれますわよね」


 慈愛に満ちたエディットの瞳に映る自身の顔は、そんなエディットを憐れむようであったが、そんな自分を見た上で告げた言葉に応えるべくヨナーシュは短く返事をした。


「わかったよ、エト嬢」


 それはラギゲッシャ連合国がこれからヒミンサ共生国とヨゼトビア共和国に向けて戦争をしかけることを改めて宣言したことに等しかった。犠牲の上に成り立つ救いを掴む覚悟を決めたということである。これに呼応するように周囲にあった複数の培養基がゴポポと気泡を生み出し、得体の知れない何かが走り出した予感を感じさせるのだった。


◇◆◇◆


 エディットが戦争に前向きな指針を改めて定めた頃と時を同じくして、紘和との会談を終え、それを見送ったクリスとレーナもまた日の暮れた外をバックに今後の方針を決めるべく、執務室に二人残っていた。

 椅子に深く腰掛けていたクリスは一度大きく息を吸いそれをゆっくりと、まるで腹を括る様に吐きながら、壁に背を預けて佇むレーナに話しかけた。


「実際に、彼を見てどう思ったかい、レーナ君」

「……本当に化け物だよアレ。なんか同じ魂?を感じるみたいなこと言ってましたけど、少なくとも戦闘力という点で言ったら大統領とは別次元の怪物ですよ」


 口調こそ少しおちゃらけているものの、クリスに向けられる眼差しは真剣そのもので、いかに紘和という人間が危険であるかが伺えた。


「わかりやすく比較対象を用意して表現するとどうなると思う?」


 クリスの言い方に明らかに眉間にシワを寄せ怪訝な顔をしてみせるレーナ。


「天堂が持つ蝋翼物、【最果ての無剣】の性能はもちろん考慮しなけど、それを抜きにした本人のスペックだけでいけば、私を始め、ラギゲッシャのシュレフタといった並の強豪では全く歯が立たないと感じましたよ。仮にもし勝てそうな人間を上げるなら、私はこの世に一人しか知っている名前がありません」


 一呼吸溜めた後、その名前を口にする。


「壱崎唯一です。それでも実際に戦ってみなければ勝敗はわかりませんよ。何せ、実物を見たのはもう何年も……」

「すまなかった。辛いことを思い出させてしまったようだね」


 うつむきながら途中苦しそうに歯ぎしりしながら何かを思い出しながらも続けようとしたレーナの言葉を遮り謝罪の言葉を述べたのは当然その場にいたクリスだった。ポンとレーナの両肩にクリスの両手が置かれたのは、その遮った言葉と同時だった。つまり、レーナはクリスがこちらに近づいていることに気づかないほどに、その名前を口にすることに意識を割いていたのだとここで初めて自覚することとなる。そして恐らくクリスは、レーナに先の質問をし、顔を曇らせたのを見た時点でこうなることは覚悟していたのだろう。

 故に、謝罪と共に、クリスはここにいる、レーナの隣にいると強調するために席を即座に立てたのだ。


「大丈夫。そのために手に入れられたものもある。正面から勝つ必要はないからね」


 怯える子供をあやすような優しい言葉遣いのままクリスは続ける。


「それに、それだけの実力があるならばきっと、私か彼のどちらかが真の平和を築けるということでもある。言っただろう、彼は魂では同じ存在なのだから」


 平和という言葉がクリスの口から出た途端に、その平和の意味を確認したくなるような不安が、何も知らない人間からすれば漂ってきそうな不気味さを生み出しているようだった。


「もちろん、私がその平和を創るに越したことはないのだけどね。その確認も込めて今まで準備してきたんだ。あの日手に入れた力も、君に面倒な任務を任せているのも全て、この平和を創るためだったからね」

「ごめんなさい」


 レーナの謝罪の意図するところはきっと本人たちにしか今はわからないのだろう。

 しかし、クリスはそれを聞き入れる素振りは見せずに言葉を続けた。


「大丈夫。きっと平和になるから。いや、してみせるから」


 その言葉は、まるで紘和の様な強者が持つ絶対的な何かを信じさせるような強い、強い意思を持った言葉のようにずっしりとした重みを感じさせるものだった。その重みがいくつもの思惑が複雑に絡み合っているからこそ生まれた歪なものであるのもまた特徴的なものであることはレーナしか知らない。

 それでもレーナはあの時、平和を願った一人として手助けしなければと心に堅く誓い直す。


「最後まで、私も支えてみせます」

「じゃぁ、そろそろ始めないとだね。火種は勝手に用意されるだろうから後は私が力を使えれば、だね」

「はい」


 平和を望みながら、まるで戦争を望む様子が示唆される中、二人の部屋は固い決意に満ちて夜の闇に沈んでいくのであった。


◇◆◇◆


 ラギゲッシャ連合国へ行っていた紘和がヒミンサ共生国へ帰還して四日後、すなわちヨゼトビア共和国へ赴いていた紘和がヒミンサ共生国へ帰国して三日後。それは異人(アウトサイダ―)がハーナイムに流れ込んできて半月もかからず起きた、史実上初となる大規模戦争、三国大戦が起こるきっかけとなった一つの事件。その事件に特別な名前はつけられていない。衝撃的な事件ではあったが、その後、すぐ三国大戦と呼ばれる大きな事案に話題を塗りつぶされるからだ。しかし、この事件がなければ戦争は起きなかったと、ヨゼトビア共和国大統領を知る人間はみな口をそろえて言った。そう、この事件はヨゼトビア共和国、首都セーデで行われたクリスの演説中に起きた一発の銃弾に撃ち殺された少女の死を皮切りに起きた事件だったのだ。クリスが平和狂であることを、未来ある子供のために平和を望む人間だと知っていれば、その光景を見せつけられたクリスの苦悶の表情と怒りの声は容易く想像できるだろう。同様にクリスではなくわざとその場にいた少女を撃ち抜いたという事実が、クリスを焚きつけるために行われたことだと想像するのは簡単だった。

 そして、その少女を撃ち抜いたのがベンノだったのだ。ヒミンサ王国だった頃、大佐という肩書を持った男である。それなりの知名度はあり、もちろん、クリスもその事を知っていた。一方で、クリスはベンノがヒミンサ共生国を裏切る形で逃げているという事実を知らなかった。故に、取り逃がしてしまったものの、クリスからすればヒミンサ共生国に裏切られた形に映るわけである。加えて平和条約を前国王クレメンテと秘密裏に進めていた立場からすれば、国王が紘和に変わった直後の出来事でもある。方針の転換が行われたと考えても不思議ではなく、さらに異人アウトサイダーが害ある存在に映るのは致し方のないことでもあった。それでも、自国に迎え入れた異人アウトサイダーには手を出さず、事実として残ったヒミンサ共生国からの宣戦布告だけをまずは処理するべく動いたのである。そして、動くのが早かった。事件があった翌日、ヨゼトビア共和国は最高戦力を加えた全軍をヒミンサ共生国へ進軍させたのだ。そして、それにまるで合わせるようにラギゲッシャ連合国がヒミンサ共生国との前線を押し上げたのである。そのさらに翌日に異常事態に気づいた紘和は紘和を筆頭として二ヶ国に対して軍を分散させなければならない状況に落とし入れられるのだ。そして、事件発生から三日後、三国戦争が開戦したのだった。

また、紘和視点では別の事件もヨゼトビア共和国で少女の射殺が発生した時に発生していた。だから二ヶ国の進軍に進軍とほぼ同時に気づくことが出来なかったのであり、遅れを取ったのだ。その紘和サイドに起きていた事件は、アカリを始めとしたリュドミーナを用いた情報伝達が突然できなくなったのだ。

 それはアカリを始めとした各個体が忽然と消えたという意味ではない。


「世界が終わる」


 そう言い残して紘和がアカリから伝えられていた個体は全て昏睡状態に入ったのだ。心肺が停止しているわけではないので死んだというわけではないだろうが、同時多発的に起きたとうこと、何より世界が終わると言い残して昏睡状態に入ったという事実が紘和に不気味さを感じさせられていた。リュドミーナの他個体が死んだことで他個体に影響が出ないことはザラキフド大陸で友香に複数体殺された事実をアカリから聞いたことで確認はできている。

 故に、原因はわからないため不気味さはタイミングも含めて加速させるものがあった。


「初めまして。お困りだと思って差し出がましく連絡させてもらいました。あぁ、怪しい者じゃありません。俺は雑貨屋と呼ばれるいわゆる誰に対しても対価があればモノを売る人間だと思ってください。ちょうど商売敵の様な人がいなくなったみたいなので、お得意様を増やそうと思いまして……いかがですが、天堂様」


 その折に来たこの電話は紘和たちをさらに舞台で踊らせることとなる。そう物語はここからこの不気味なリュドミーナに起きた事件へと焦点が当てられることになる。そう、このコートリープ大陸に限らず、様々な大陸や国で紘和以外の異人アウトサイダーが、こちらの世界の人間と干渉しあって三国大戦同様に様々な事件を引き起こし、されているのである。

 この世界での物語はまだそこかしこで始まったばかりとも言えるのだ。

※注意とお願い※


処女作のため設定や文章に問題があることが多いかもしれませんが、これにて、第五章が終了しました。ここまで読んでくださりありがとうございました。




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