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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第八章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 前編~
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第九十四筆:都合のいい嘘

「こっちだよ」


 再会を終えてしばらくして、千絵の案内で追従して階下に降りて歩いていくと、大きく広いリビングまで来る。


「久しぶりの二人の時間はいかがでしたか? 積もる話もあり随分盛り上がっていたようですが」


 L字ソファーに深く腰掛けていたオズワルドが千絵と紘和の姿を捉えるとからかうように時計を見ながら時間がかかったことを強調するように言った。


「お時間、ありがとうございました」


 千絵はそんなオズワルドのからかいを気にも留めていないといった爽やかな笑顔で返す。対する紘和はそんな千絵を立ててか特に何も言わなかったが、表情からは誰の目から見ても敵意が溢れており、黙れという言葉が聞こえてきそうであった。そんな顔を見て満足したのか、オズワルドが空いている席に手で座るのを促した。

 そして、それぞれがリビングにあったソファーや、テーブルに添えてある椅子に座ると、オズワルドが改めて紘和に質問するのだった。


「さて、初対面の時にも言ったけど、まずはこちらのお話、聞いてもらってもよろしいでしょうか? こちらはあなたに嫌われているリスクを承知で招いている上に、こちらの歩み寄りの意思は一時的なものとは言え、伝わったのではありませんか?」


 オズワルドはわざわざ同じソファーの違う側に座った紘和が交渉の席に着く気になったと思い尋ねたのだ。


「決裂するとのわかりきっている内容でも、本人の口から聞くことに意味がある。だから時間を作って応対してみせよう。そしてここではお前を見逃すことを約束しよう。だから」


 ギリッと誰の耳にも届く歯ぎしりを響かせ、紘和はオズワルドを睨みつける。


「話せ。俺の気が変わらない内にな」


 今まで以上に飛ばすその殺気は、ヨナーシュが武器を手に掛け、抜こうとするほどだった。

 それほどまでに殺害を我慢しているということであり、向けられている本人は絶対に勝てない状況で生かされていると、付け焼き刃の、手に入れたばかりの力では太刀打ちできないと理解できているからこそ、冷や汗をかきながらも、これから始まる問答に武者震いせずにはいられなかった。


「丸くなった、大人になったと煽るにはいささか表情に出すぎているとしますが、それでも理想を諦めず歩み続けるあなたに敬意を評して、いや、認めた上で告げましょう」


 だから余裕をかますような発言を挟む。そして、勿体つけたとも紘和のせいで遅れたとも言える本題がここに来てようやくニヤッと笑みを浮かべたオズワルドの口から聞かされることとなる。


「単刀直入に言います。こちらの国、ラギケッシャ連合国に付きませんか?」


 それは紘和からすれば、ヒミンサ共生国の王としての座を捨てること、すなわち売国を意味する提案であった。オズワルドほどの人間が紘和の今の立ち位置を、地位を理解していないと考えるのは難しいため、これは裏切ることを前提にした引き抜きということである。しかし、その申し出に紘和以外で眉を顰める者が一人いる。ヨナーシュである。

 そんなヨナーシュをちらりと視線で余計なことは喋るなと牽制したオズワルドは話を進めるべく言葉を続ける。


「天堂」


 その呼び方は紘和を始めその場にいる全員がオズワルドが交渉という場で紘和を対等に扱っていると一瞬で理解させるものだった。


「あなたがここでやろうとしていることは、ここに来てからのあなたの行動で理解しているつもりです。一つ、私達のいた世界の人間の安全の確保。つまり、それが国の確保でありヒミンサ共生国の建国でした。二つ、あなたはラギケッシャ連合国の奴隷制度を、人を直接売買する行為を悪としている。つまり、国ごと滅ぼすことで制度を消そうとしている。そうですね?」


 オズワルドの問いかけに紘和は沈黙を選択する。


「この二点。国王となったあなたがこちらに加わるだけで解消できる、とは考えられませんか?」


 今度は紘和の沈黙を確認せずに続ける。


「まず、ラギケッシャ連合国とヒミンサ共生国が一つとなればそれは国土の拡張を意味します。つまり、私達の世界の人間のための居住区が増えます。もちろん、これは簡略化した話ではありますが、それでも事実です。さらに、あなたは国王です。こちらも無条件降伏を願うならばそれ相応の待遇も地位も約束します。それは同時にあなたがラギケッシャ連合国を変える権利を掴み取ることに繋がります。血を流す量を減らして解決できる。もちろん、生半可な覚悟では出来ないかもしれませんが、今のあなたになら出来ないことではないでしょう」


 オズワルドの説得にも似た話がひとまずの区切りを迎えたのがわかった。

 それに返事をしたのはもちろん、紘和だった。


「すぅ。はぁあ」


 あからさまな深い溜息から始まった。


「何一つ。嘘は言ってないのでしょう。それを理解しているからこそ、ここまではあなたを見習い大人な対応をしてみせましょう」


 それはつまり、ここから先は大人な対応をしないということである。


「まず、戦争に勝てばその瞬間、俺の国が増えることになる。下につくことが前提の無条件降伏の先にある話し合いのテーブルはあまりにも悠長だ。そして何より、どうして俺の敵になりたい奴らの元に俺の首を届けなきゃならない。背中が取れれば殺せるという考えがそもそも気に入らないが……つまり、このまま俺の得意な戦場でことを構えた方が有意義だ」

「それが例えこの国を、いや、この大陸を滅ぼすことになっても、ですか?」

「根絶やしにするわけじゃない。俺だって降伏は受け入れる。ただ、そう出来ないだけの理由が互いにあるのなら、その理由を通すためにやることを、俺は戦い以外に知らない。結局、己を通せるのは力がある人間だけだ。どんな力であったとしても、だ」


 決裂したな、そう訴えかけてくる紘和の視線をオズワルドは真正面から受け取っていた。


「ハハハッ。随分と青臭く感じるのに、カリスマ性があるではありませんか。でも、私に殺されるわけがないと考えるのならば、流血沙汰を避けるのも、時間がかかろうとそうするべきだと、私は本心から正しいことだとは、思いますよ。それでもあなたは多くの屍を生む道を選ぼうとするのですか?」

「当然だ。今の俺はヒミンサ共生国の王でもある。彼らの無念を晴らすには勝利しかない。その勝利をどうやって掴むかが、俺の力の魅せ所ともいえるだろう。だから敢えて言おう。そっちの国の代表に無条件降伏を認めさせてみろ。お前が言った後述部分を伝えてみろ。納得する王は、王じゃない。そうは思わないか」


 上に立つものの素質の様なものを見たと言える瞬間であった。


「では、こちらは選ばないという認識で間違いないですね」

「あぁ、どちらも選ばないよ。勝手にやってくれ」


 パンッとこの話の終了を意味するようにオズワルドは両手を思い切り叩く。


「これで、予想通り、いや予言通り戦争が激化するわけですか。いや~、困りましたね。私たちはあなたをどうにかして真っ向から殺さなければならなくなりました。それまでに力の使い方も少しはまともになればいいのですが」


 そう言ってオズワルドは右手人差し指だけを天井に向けると、その指先から小さな竜巻を紘和に見せつける。それはせめてもの、自分にも抗うすべを、戦闘能力を手に入れていることのアピールだった。しかし、それに一つも恐怖を覚えていないのだろう。紘和はゆっくりと席をたった。そして、話は終わりだと言わんばかりに玄関へと一人足を向けた。

 だが、途中で紘和は足を止めて振り返らずにこう告げた。


「曽ヶ端さんを、頼みます」


 再び歩き出し背中が見えなくなったところでオズワルドは息を一気に吹き出す。それは緊張の糸が完

全に切れたことを意味していた。加えて、最後に頼まれてしまったのである。恐らく、今までの千絵へのオズワルドの対応を信じてのことと、何かあった時の脅しも含めた念押しでもあるのだろうと推察できた。つまり、千絵に危害が及べばオズワルドの命もないということである。その当たり前の状況は今でも変わらず続いていると理解できた。一方で、少しだけ、ほんの少しだけ信頼されているのかもしれないと錯覚してしまう力強さを感じた。それが夢を、理想を泳げる人間への変貌であり、カリスマの一端であることに気づいたのは、オズワルドだけだった。

 そして、紘和と接触できる機会を一度でも得られたという事実は大きかった。なぜなら本人の口から戦争の決定と敵対を宣言されたからである。そう、オズワルドの目的は達成され次のステージに移行したことを意味していたのだ。


◇◆◇◆


「随分と大胆なことを画策していたようだが、見通しが甘くないか。そして何よりそのための手札だったと思ってたけど……何考えてたか聞いてもいいかな? それともあの場でこちらの真意が汲み取れていなかったわけ、じゃないよな」


 紘和が去った部屋で、今度はヨナーシュがオズワルドに話を振っていた。

 あの場というのがこの前の会議の席で言ってみせた紘和の首を渡すという話であることはわかりきったことである。


「まさか。見通しが甘かったという点には概ね同意でこちらの認識不足だったと言えるでしょう。あれは掴んだ藁だけでも溺れることのない人間になりつつあったわけですからね。逆に言えばだからこそ、こちらとしては交渉の余地が生まれたわけですが、結果は侮っていた故のご破産でした。故に、予定外のことがなければ、正攻法で詰めていくこととなるでしょう」

 ヨナーシュが特に何かを言うわけでもないのを確認してオズワルドは話を続ける。


「話を戻して、そもそも天堂をなぜコチラ側に引き込もうとしたかですが、あれが規格外であることは実際に目の当たりにして判断できたと思います」


 秤外戦力エクセプションズという括りに入っているとわかった上でも、実物を見ない限りどれほどの化け物なのかはわからない。故にヨナーシュはオズワルドたちの監視も兼ねて紘和との接触の機会を伺っていたためにあの現場に居合わせることができた。

 同時に、ヨナーシュたちには知らされていない、少なくともエディットからは聞かされていない会合の場にも結果敵に居合わせることができ、こうして紘和という男を直に観察することも、オズワルドたちの悪巧みにも触れることが出来たのだ。


「確かに、思想もそうだが、その実力も明らかに只者ではない、ということは肌に感じることが出来た。だからこそ、そんな人間をこちらに迎え入れることは圧倒的な力の獲得に等しいことはわかる。だけど、あまりに強すぎる力をこちらが扱えきれなければ、それはただただ敵を招き入れただけのことで、最終的にお前が言っていた通り、結局あいつの国になっていたかもしれないわけだ。それはこちらの望むところではない」

「では、実際に天堂を殺ろうとするならば正面から可能でしたか?」


 オズワルドの問いかけにヨナーシュは首を横に振る。


「では、戦場という戦いの場において臨戦態勢になった天堂を暗殺を始め、絡め手でどうにか出来ると思いますか?」


 この質問に対してじゃ先ほどの問いかけとは違いヨナーシュは即座の否定をしなかった。それは出来るかもしれないという希望的観測があるからという話ではある。

 しかし、本質を言えば、どれだけ紘和との力量差があるとはいえ、協力関係を結んでいるだけであり信頼を置けていない相手に、勝ち目が薄いからと言って即決で否定から入るという姿勢を見せるたくないという意図がヨナーシュにとっては大きかった。


「現実的な話をするならば苦戦を強いられはするだろうな」


 それでも結果的に少し思案するような間を空けた後、こちらが劣勢であると主張したのは、オズワルドがその判断を出来るだけの人間であると認めていたからである。仮に見栄を張ってしまえば、それは安易に勝つことが出来ると判断した愚行と受け取られ、つまるところ相手から信用を失ってしまうことに繋がるという意味である。

 最もこの姿勢で挑むことが後に相手の選択を狭めることが出来るというのもある。


「えぇ、私も極めて低いと思います。ゼロではないという見方は私も同意見です。だからこそ、こちらが信頼を得る状況、または身近における状況を作っての暗殺を考えました。こちら側に一度引き入れてから彼女を使えば、可能性はグンと上がると思っています。最悪、最初から敵地となるようにこちらが構えているわけです。物量という選択肢を切れるので無傷では済ませないと考えていました。まぁ、そういった戦略があったのですが、全て読まれた上で断られてしまったわけですが」


 チラリと一瞥くれるオズワルドの行動が、ここに外部の人間がいたことを暗に咎めてくるような言い方にヨナーシュは感じ、バツが悪そうに視線を若干そむけた。


「取り敢えず、こちらの思惑などは理解していただけましたか? こう見えて最善を通そうとしていたのは納得していただけましたね?」

「まぁ、整合性のある説明だったことは認めるとしよう。何せ俺も世界違いという部外者であるため、あんたと天堂が手を取り合う可能性を疑わざるを得ないんだ。そう、現在進行系で疑い続ける必要がある」


 随分と疑いを強調するヨナーシュ。オズワルドからしてもそう捉えられることは妥当であると思える上に、そう捉えることし続けなければ足元を掬われるのが今のオズワルドたちとヨナーシュたちの関係である。しかし、である、そんな関係であるが、わざわざ疑っていることを強調して関係性に溝を深める行為をする必要性はどこにもない。

 だからこそ、両者にこの問答にさほどの意味はなかったという認識を植え付ける。


「天堂が言っていたどちらも選ばないとは、果たしてどういう意味だったのか。あんたにはわかっているのかな、マクギガン」


 目が据わっていた。今まで述べた明確で明瞭な理由があるからこそ、この質問にもそれが求められているというのが伝わってくる。はぐらかすという行為を未然に防ぐ布石は撃っていた。事実を事実のまま受け入れて話す。その行動があったからこそ、今のオズワルドには事実を答えなければならない状況が出来上がっていた。もちろん、わからないという解答が事実だったとしても問題はない。しかし、事実でなかった時、一度嘘をついたという事実は今後もオズワルドの評価に寄り添うものとなり、行動を制限し、交渉の類を振りに進める材料になりかねないのだ。もちろん、例外はあるだろうが、先手を打ってる状況とオズワルドに紘和ほどの単騎戦力がないという点が嘘という行為に強固な制限を持たせる事ができているのが現状である。

 そんな現状でオズワルドはこう答えた。


「もちろん、どちらもこちらと手を組むか、という選択肢に対してですよ。一つはこちら側に寝返り、ラギケッシャ連合国を共に乗っ取る。一つは一時停戦、共闘でヨゼトビア共和国を倒してその国土の三分の四を明け渡す。そして最後にこの大陸の制圧です」


 どちらかという文言から二つの選択肢があったことを想像していただけに三つの解答が出てきたことにまずは驚かされる。次に、その内容が明らかにヨナーシュたちにとって不都合と取れる内容なだけに、それを口にしたのかという驚きが駆け込んできたのだった。

 落ち着きたい、整理したいという心の表れが無言という時間と人差し指でこめかみを小刻みに叩くという所作から伺える状況のヨナーシュ。


「……あの時か」


 そう言ってオズワルドは視線を千絵に向ける。


「ご明察。確かに久しぶりの再会ということでイチャイチャしていたかもしれませんが、それがこちらに来るまでに時間がかかった理由ではありません。こちらが最も通したい提案を私の口から伝えるために、通らないであろう提案、通らなくていい提案を先に曽ヶ端という天堂に有効な人間を使ってしていたという訳です」


 よく気づきましたね、とでも言うような言い回しにヨナーシュは不快感を覚える。そしてこの対応そのものに違和感が芽生え始める。オズワルドの言い分を真に受けるならば、自身との交渉の場に紘和がつく最善の努力をした結果が千絵を使ったものということである。しかし、仮に前もってヨナーシュが来ることがわかっていたから、この内容を聞かれたくないという思惑の上で千絵を使ってヨナーシュと切り離して内容を事前に伝えていたとも取れる。前もって知れる様に何かしらの連絡手段があった、そもそもこうなる可能性を事前に考えていたなど様々な考えは廻るが、その全ては、ただ一つの明かされた内容で崩れていく。そう、崩れていくのだ。

 大陸の制圧、その文言が真実だとすれば、あまりにもヨナーシュたちに敵意を向けたその情報は、本来であれば秘匿するべき内容であるのが当然なだけに、明かされたという事実がそういった先の勘ぐりを全てなかったことにする。

 だからこそヨナーシュは言葉一つ一つに力を込めながら問う。


「大陸の制圧、それは今までの提案の流れから考えるならお前たちの世界の人間がこの世界にいた俺たちの上に立つ、侵略行為をする、という意味で正しいか?」


 ニカッと無邪気に笑うオズワルドの顔がヨナーシュの想像が正しいことを意味していた。


「えぇ、その通りです。何も間違っていません。この大陸の人間を支配下においてしまえば、天堂からしてみれば私達の世界の生き残った人間を受け入れるという望みが叶う。そして、私からしてもこの国で使われるといった柵がなくなります。だからこ、正確には私達で滅ぼそう、と提案しました」


 楽しそうに、愉しそうにオズワルドは顔を上に向け、立ち上がりながら話し続ける。


「どういった理由で断られたかはまだ存じていませんが、私はこの結果に一つの面白さを感じました。それは天堂がこの世界を滅ぼしかねないという点です。もしもそちらの言い分が正しいのなら、天堂はこの提案を飲む可能性がある、と正直思っていました。しかし、先も言った通り天堂の思想も以前より変化というか、より崇高なものになっていたのか、自分たちの世界のために動くと言っていたにも関わらず、王として動くと言っていたのが実に興味深い点でした。そう、現時点で天堂はこの大陸を、あなた方を滅ぼす気はないのです。つまり、予言の書が正しければ原因はこれから出来るということになるでしょう」


 本当に紘和と手を組んでヨナーシュたちを滅ぼすつもりはあったという宣言だけでも目眩を覚えかねない内容である。もちろん、先に述べていた通り可能性が低く通りにくいものを通した上で一番通したいものを通しやすくしたという背景があるとはわかっていても、そのやる気を正直に伝えられたことは何度も言うがヨナーシュにとって衝撃的であった。

 一方で末恐ろしいところは、紘和が世界を滅ぼす可能性に対策を設ける余地を見つけたことである。そう、結果として通すつもりはなかった提案であるという主張があり実行されなかったと語られるが故に、この提案はこれから起こる何かをきっかけに紘和が世界を滅ぼす方向に移行するかもしれないということを示唆させてみせたのだ。つまり、止める余地はまだどこかにあるということであり、その情報は世界の滅亡を阻止しようとしているエディットからすれば値千金の情報である。

 揺らぐかもしれない信頼を立て直すには十分と判断できるものだと思わされるものということである。


「私がどういう人間か知っているならば当然の考えである一方、結果論で行けば最良をもたらそうとした結果でしょう。ぜひ、後ほどデグネールの元へ最高の手土産を持って行きましょう。私たちは世界の滅亡を回避する出来事を探しつつ、あの化け物を殺す策を決戦の日までご一緒に考えていきましょう」

「……ぜひ、そうしましょう」


 オズワルドの提案に同意しているとは思えないほど納得の行かない顔で対応するヨナーシュ。そう、ヨナーシュはここにきて要約目の前にいる人間が悪のカリスマと呼ばれている人間だということを実感させられていたのだ。もちろん、本人が気づいていないだけで話術という点に関して言えば、その実力は今回の問いただしだけでも遥かにヨナーシュを上回る結果を残しているのが、また恐ろしいという話でもあるのだが。


◇◆◇◆


 この場にいる人間の中でオズワルドの嘘を知る人間はただ一人、千絵だけである。故にオズワルドという人間の言葉巧みさ、信じさせる力が一際目立っていたと理解できた。

 まず、千絵が紘和にオズワルドからのメモを渡したのは事実である。ある程度の問答を終えた後、下に行く前にと渡されていたメモ用紙を紘和に渡したのだ。ただし一緒に読んだ内容は、オズワルドがヨナーシュに伝えた内容とは一切違っていた。まず、提案は一つしか書かれていない。そして、書かれていた内容はヒミンサ共生国とラギケッシャ連合国間で戦争が開始された時にラギケッシャ連合国が敗けるように作戦の情報の横流し、人員の誘導をするというというものだった。代わりに敗北したラギケッシャ連合国を率いる人間を、オズワルド以外のオズワルドが選んだ人間を据えさせて欲しいというものだった。

 そして、この結果に関しては決裂したという点でオズワルドは嘘をついていない。なぜ断ったのか、千絵だけはその場で聞いていたので唯一知っている。理由は二つ。一つはそもそもオズワルドと手を取るという発想が、根っからの悪党と共闘するつもりがないということ。そして、もう一つはオズワルドがトップに立たないからということだった。

 前者の理由は考えるまでもなく理解できるが、後者はむしろなぜオズワルドのような人間がトップに立つべきだと考えているのか気になり、さらに理由を千絵は尋ねていた。


「表舞台にしっかり立たせて逃げられないようにしておきたいからです。そうすれば、すぐに首を撥ねられます」


 という理由を聞けば至極納得のいく答えだった。悪のカリスマとして今までも暗躍する立ち回りをしていて、プロタガネス王国でも職をつけるならば副官という言葉がふさわしい位置にいて常になりを潜められる立場にあり、その結果は留置所に入れることが出来なかった実績として残っていた。

 話は少しそれたが、つまるところまず、嘘だったのである。本来であれば恐らくヨナーシュが正直に話し、真摯に対応した先の会話で嘘をつくことは後の会合の場で支障が出るのは誰の目から見ても明らかではあったにも関わらず、平然と全て嘘を述べたのである。しかし、結果としてそれは下手な嘘やごまかしよりも真実としてヨナーシュに受け取られていたのだ。何せ、嘘があまりにもオズワルドがしでかしそうなこと、というよりも明かすことでオズワルドに不信感が積もる内容だったからだ。つまり、最悪を語ったからこそ真実に裏返ったように、錯覚させたのである。そうすることで最初から裏切ろうとしていたことを森の中に隠したのだ。

 話はそれだけに留まらず、オズワルドはこの時点で恩に感じるかは分からないが、紘和に恩を売っていた。一つは、紘和にこの世界を滅ぼす意思がないということを改めて示してみせたことである。本人の口から言ったという事実よりもヨナーシュの視点からすれば自分のいない場所でもそう言っていたという伝聞の方が真実味があるのだ。それは世界を滅ぼすという事柄があまりにも大きいだけに、滅ぼされる当事者を目の前に真実を語るとは考えにくいと考えるのが人の心理だからである。

 さらにそこから話が膨らみ紘和が世界を滅ぼす理由は今後発生することを示唆した。これは先も述べられた通り、まずオズワルドにとってエディットたちに益のある情報として、紘和を殺さずとも世界の滅亡を止められるという選択肢が生まれた。しかし、それ以上に重要な役割を担っているのが、紘和が今後何かしらの理由で世界を滅ぼす理由が、予言書が確実ならば確実に起こるかもしれないということである。そして、その一つが千絵という存在の死亡であるという印象を植え付けられたことにある。元恋人だとしてもそこに特別な感情が見え隠れしていることは明らかであり、加えてヨナーシュの目の前でオズワルドが千絵たちをからかったという事実が二人の仲を際立たせていた。それは事前情報と織り合わせればより確実な大切な人という印象を植え付けることとなり、結果として紘和に対する最終手段として千絵を使うという選択肢が、検討を重ねれば重ねるほど外れていくことを意味しており、つまり紘和に別れ際に頼まれたことをここで間接的に危険から遠ざけるという点で達成してみせたのである。

 そう、オズワルドは全て嘘で塗り固めた上で、しかしそれは真実なような嘘で、やがて真実にとって変わるような真実味のある嘘だけで、この場の流れを全て自分に手繰り寄せていたのである。これを話術という点で秀でていると言わなければ、度胸があると言わなければ、周囲も納得いかない評価となるだろう。だからこそ,千絵は思う。オズワルドは信じ切ってはいけない存在だと。付け込まれないようにしなければと心に留意させられるのだった。


◇◆◇◆


 青空の元、屋敷を後にした紘和は、周囲に誰もいないことを確認した上で、ぼやく。

 それは、自分の気持ちを誰かに聞いてもらいたかったからというのもあるという矛盾めいた気持ちから出た言葉である。


「あの択見せが少しでもマクギガンの嫌がらせになって曽ヶ端さんの身の安全になればいいけどな」


 そう、この状況を作れる男だと、紘和もオズワルドのことをその点のみで信頼はしていたのだ。どちらが上を行っているのかはわかならない。ただどちらも規格外に盤上の駒を配置し動かしているのは違いなかった。だからこそ、これから起こる戦争は予言書があろうとも大半の予想を裏切ろうとする。もちろん、外野がうるさすぎるというのもあったのだが。そんなことをまだ知らない紘和はぼやくことで少しだけ晴れやかな顔をして、エドアルトとの合流へ向かうのだった。

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