頭と毛皮
月曜日の朝――
姉の悪ふざけによって、ボクは眠っているあいだに顔を犬に変えられてしまう。
目を覚ました時、イタズラをした張本人である姉はすでにどこかに逃げていた。
携帯にかけてみたが「圏外です」という機械音声が返ってくるだけだった。
困った……、などと言っている場合ではない。急いでどうにかしなければならない。
今日は、出社後すぐにテレビ電話による会議があるのだ。
朝からこんな状態では、みんなに合わせる顔がない。
マスクで隠してみたが、犬のクチは大きすぎて隠しきれない。
自分のマズルを握りながら、ボクは途方にくれる。
――そうか、カラダも犬にしてしまえばいいのだ!
思わぬ画期的なひらめきをすぐにボクは実行に移した。
黒を基調にして部分部分に茶色をいれた短い目の毛皮。
それに手を入れ、足を入れ、カラダを包み込ませた。
これで、どこからどう見ても立派なドーベルマンになった。
着心地もなかなかに良い。
ひとまず、これでもう朝の電話会議へ出席せずに済む。
このボクの状態を説明するために家の電話の受話器を咥えた。
前足で番号を叩き始めたが、すぐに思いとどまった。
犬になったボクには、もう関係のないことだ。
ボクはもう自由なのだから。
後ろ足で電話を蹴り飛ばし、ボクはソファーの上に飛び乗り、ゴロンと寝そべった。
今日はこのままゆっくりしよう。
――姉が帰ってきたらどうしてくれようか。
ウトウトしながらそんなことを考えていると、ボクはいつしか深い眠りに落ちていく。
……
……
……ンポーン――
……ンポーンッ!ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンッ。
奇妙に響き渡る機械的な音で強制的に起こされた。
玄関のチャイムが連打されているのだ。
時計を見上げると、まだ十時を過ぎたばかり。
ピピピピピピピンポーンッ!
ここまで必死なところを見ると、どうやら急用のように思える。
ボクは、大きなクチで大きな欠伸をした。
こうしているあいだも、チャイムの音は家中に響いている。
ソファーを降りて、玄関へと向かう。と――
「あ。開いてる」
声と共に、ガチャリとトビラを開く音がした。
髪の長い女性が顔を出し、
「ダレかいらっしゃいませんかぁ?」
それは、うちの会社でアルバイトをしている使いっ走りの女の子だ。
会議に姿を現さず、連絡もしてこないボクの様子を見に来たのだろう。
「……お邪魔しまーす」と、図々しくも女の子はあがり込んできた。
廊下でお座りをしているボクの前を素通りして居間へとはいってゆく。
微動だにしないボクは、置物かなにかだと思われたようだ。
女の子は、居間にだれもいないことを確認して、再び廊下へともどって来る。
「こっちですかー?」
言いながら今度は台所へと向かっていった。
そんな女の子をよそに、ボクは開けっ放しになった玄関から外へと歩きだす。




