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第9話:男の娘の証明

 今僕に問われるのは、鋼の精神であることは言うまでもない。右を見ても左を見ても異性の肌、肌、肌。大衆浴場のように、ここの脱衣所は壁一つの隔たりもなく、先輩のメイドさんたちは次々と服を脱いでいく。ああ、意識すると不味い。平常心、平常心……!

 そんな僕を弄ぶように、ジャージの内側に手を入れる人物がいた。見るまでもない、楓姉である。


「ぴゃあ!」


 突然のことだったので、情けない声が漏れてしまった。ジャージの中で僕の体のラインをなぞるように這う指先は、艶めかしく踊りながら胸の上まで上って来る。


「ほれほれぇ、服の脱ぎ方を忘れたかぁ? しょうがねぇなあ、お姉ちゃんが手伝ってやろう!」

「ちょ、楓姉! やめてよ、調子に乗りすぎ……!」


 抵抗虚しく、僕は楓姉によってジャージを脱がされる。これでも鍛えてはいるつもりだが、腕力だけでは力負けしてしまうか――なんて冷静に言っている場合じゃない!? するりするりと、僕の体をくすぐるように移動する楓姉の指先は、僕のパンツに伸びていく――!?


「下も手伝おうかぁ?」

「……余計なお世話だよ! 自分で脱ぐから、あっち向いて!」


 パンツに伸びる楓姉の手をがっちりと掴んで止めると、僕は急いで着替え始める。羞恥心に負けて服を脱がなければ、それ以上に大切な何かを失う……! それは自明の理。何より僕にとって不幸なのは、この楓姉の痴漢紛いの触れ合いが、第三者には姉妹のスキンシップにしか映らないことだ。

 大義名分を与えるわけにはいかない。早くパンツを脱がなければ、楓姉は何か理由を付けて脱がすだろう。


「うぅ……だ、大丈夫だよね……?」


 薄いタオル一枚で股間を隠す――その防御力、1未満。隠せているかどうかも怪しい状態だ。風の悪戯で捲れようものなら、僕の性別は余すところなく晒されるだろう。それはつまり、社会的な死だ。


「よぉし、よし。棗ぇ、いいか? 私達から離れるなよ。お姉ちゃんが絶対に守ってやるからな」


 全裸だというのに、なぜか僕よりも男らしく宣う楓姉が頼もしく感じる――でも、ほんの少しでいいから、前を隠して欲しい。見慣れた姉さんの裸なんて、見たところで僕は別に意識したりしないが。


◇◇◇◇◇◇


 来栖家はメイド達が使うものだからといって、風呂の設備に対して手を抜くつもりはないらしい。特別な彫刻が施されたりしているわけではないが、風呂の材質や浴室に立ち込める香りから、湯舟に張られたお湯が特別なものであることを物語っている。 


「さて、体を洗うぞぉ」


 汚れたままの体で湯舟に浸かるなど言語道断――母の拘りである。その教えはしっかりと僕達に受け継がれており、楓姉の言葉も最もである。最もであるが、何故だろう。その言葉と楓姉の手が僕の尻を鷲掴みする理由が一致しない。


「楓姉、手、手」

「おっとぉ、こいつは失敬」


 今度は撫でまわした。違う、そうじゃない。


「楓姉……!」

「冗談、冗談だってぇ」


 今の僕に楓姉をあしらう余裕はない。タオルが少しでも捲れる度にハラハラしている状態なのだ、姉さんが僕の体に触れる度に反応していたらキリがない。風呂から出たら、しっかりとツケは回収するが。

 どうやら僕が男であると周囲にはバレていないらしい。というのも、周囲の先輩方の中に動きの不審な人が何人かいるのだ。おそらく、僕の股間にあるアレが見えそうな位置を陣取って、周囲の視線から遮ってくれているようだ。そこまでならば何も不審なことは無いのだが、残念なことに彼女達の視線は僕の股間に釘付けであり、楓姉と同じく鼻血を流している。……なんで御剣家の女性ってこんなのばっかなの……?


「ほら早く座れぇ、お姉ちゃんが洗ってやろう!」


 すでに楓姉の手にはシャンプーボトルが。どうやら、頼んでもいないのに僕の体を洗う気である。まあ、想定済みの状況だ。僕は溜息を一つ吐くと、大人しく楓姉の前に用意された椅子に座った。僕の頭には、一刻も早く、この地獄のような時間が終わって欲しい――その願いしかなかった。


「どーだぁ? 痒いところは無いかぁ?」


 嬉々として僕の髪を洗う楓姉は、いつもより雰囲気が和らいでいる。御剣家に名を連ねる者の義務ゆえに、一家の時間というものはあまりにも限られている。僕も最近は葵と話す時間は多くても、椿姉や楓姉とはあまり話す時間が無かったのだ。素直に言えば、僕は楓姉との時間は嬉しい。嬉しいのだが、風呂場で他の人の視線に晒されながら、となると羞恥心が勝ってしまう。それも、全て異性なのだ。緊張するな、という方が無理な話である。


「……ん、大丈夫。気持ちいいよ」


 月並みな言葉しか出ないが、それでも気持ちいいのは事実である。まあ、これが僕の家族の普通だと飲み込んで納得してしまえば、どうということはない。楓姉に身を委ねるのも悪くない――そう思っていた矢先である。


「楓様。椿様から連絡が入っております」


 近づいて来た女性――恐らく、分家の人だろう。髪を洗っているから目は開けられないが、その声は凛としたものである。


「……やべぇ、やりすぎてキレたか」


 やりすぎた、とは一体どういうことか。そんな疑問を洗い流すように、楓姉は僕の髪に残った泡を温かいシャワーで落としていく。


「……棗様に関しては、我々にお任せください」

「あー、まあ。そういう約束だったしなぁ。わかった、傷一つ付けるなよぉ?」

「御意」


 僕の知らないところで話がどんどん進んでいく。任せる? 約束? 猛烈に嫌な予感しかしない単語に、僕の体は強張る。


「ちょっと、楓姉……?」

「ごめんなぁ。ちょっとお姉ちゃん、椿のやつと話してくるから、その間に身体を洗ってもらいなぁ?」


 ――誰に? 分家の先輩メイドに。


 楓姉のいた場所に、顔も知らない女性が入れ替わるように立つ。状況の把握も許されぬまま、僕の体は彼女の持つ泡立ったブラシで洗われていた。


「ああ、棗様! どこか痒いところはありませんか? 何なりとご命令ください、私達に出来ることであれば、何でもしますよ?」

「ひいいいいいいいい!?」

 

 二人や三人、なんて数では収まらない。風呂場にいる先輩達の大半――いや、全員(・・)だ。むにゅり、むにゅりと柔肌が僕の体を包んでいく。頭の先から足の爪先まで僕の体は彼女達に触れられ、そして洗われてしまった。


「棗様、ご安心を。ここにいる者は皆、御剣家に近しい者達です。勿論、棗様が男であることも承知しております。ですので、どうか私達に身体を委ねて下さい――」


 ……ふ、ふふ、ふふふ。嵌められた。物の見事に嵌められてしまった。思い返せば、どうして僕が彼女達と一緒に風呂に入らなければいけなかったのか。そのきっかけは? 確かに、僕が男であることを先に印象付けるためである――だが、それは理由だ。きっかけではない。


『それでは棗様、私達と一緒にお風呂に入りましょう』


 この一言。さらりと聞き流してしまったが、思えば不審であった。「棗様」と、先輩が使うはずもない敬語。つまり、この発言者は分家の者だろう。そして、僕が嫌がる素振りを見せれば、楓姉がフォローして風呂へ誘導する作戦か。


「……君達、あとで僕の部屋に来るように」


 そして、楓姉は絶対に許さない。ああ、絶対にだ!


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