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第5話:ようこそ、来栖家へ!

 これから三年間、世話になる来栖家の屋敷の内装は、やはりと言うべきか、期待を裏切ることなく豪奢であった。

 美的感性の乏しい僕がそう思うのだ、庶民が見ればどう感じるのだろうか。


「そうか、君は来栖家は初めてだったな」


 キョロキョロと内装や調度品を見回す僕に、御堂さんは意外そうに言った。


「ええ。本来であれば、十八歳になるまでは正式に来栖家の皆様と顔合わせすることは無いので。今回はイレギュラーなんですよ」


 これは、来栖家と御剣家の不文律であった。世界がこうなる前までは、守らねばならなかった盟約でもあったが。つまらない慣習を守って、来栖家を守ることが出来なかったとなれば本末転倒である。まあ、楓姉は実力を買われて十四歳の頃から出入りしていたので、今回の依頼が僕に来た時もあまり驚きはなかった。


 そもそも、御剣家は来栖家にとって切り札である。事が起きるまで、極力伏せられてあるべき力なのだ。分家の人々は、それこそ来栖家の兵として素性が明らかになった者が多いが、本家である椿姉や楓姉の実力を知る者はごく少数である。僕や葵のような、未成年はそもそも存在を知られていない。


 そのため、容易に性別を偽ることができたのだ。


「イレギュラーか。では、規則をもう一つ破ってはくれないか?」

「おや。来栖家の剣にそんなことを言って大丈夫なんですか?」


 来栖家の不利益になるようなことであれば、然るべき手段をもって彼女を処断せねばならない。僕は来栖家のメイドとしてこの場にいるが、来栖家のメイドや他の使用人を信頼はしていない。当然、御堂さんに関してもだ。信頼しているのは、御剣家の本家――僕の家族と、来栖家の血を持つ人間だけである。

 そんな僕の剣呑な雰囲気さえも、御堂さんは笑って受け流した。


「ただの可愛い女の子だと思っていたが、やはり御剣家の人間だな。戦場にいる楓と同じ目をしているぞ」

「えー……」


 楓姉と似ている――本人が聞けば嬉しがるだろうが、僕としてはイマイチである。


「私が頼みたいのは、瑠璃様と友人になって欲しい、ただそれだけだ」


 それは――どうだろうか。御剣家は、文字通り戦闘の為に己を鍛え上げる、剣のような人間ばかりである。それは僕も例外ではない。中学校にいた頃は、御剣の名を隠すために、そのような役割を演じていた時期もあったが、御堂さんが僕に求める友人という役割は、そういうことではないだろう。


「瑠璃様の姉である、千草様が病で倒れてから塞ぎこんでしまってな。最愛の姉が倒れたことと、来栖家を継がねばならないプレッシャー、何より瑠璃様は頼れる人間が少なすぎる」


 そして、今までになかった後継者という肩書が呼び込む敵。たしかに、齢十五歳の少女が耐えられる精神的苦痛ではないだろう。


「僕は御剣です。御堂さんが求める友人という役割が僕にできると思いますか?」

「難しいことは言わないさ。ただ一つ、事実として今、彼女には味方が少ないということ。それだけはどうか覚えていて欲しい」


 味方は作るものだ。だが、その能力を今の瑠璃様に求めるのは酷というものだろう。


「友人になれるかどうかは別として、僕は彼女の味方です」


 僕の言葉を聞いた御堂さんは、柔和な笑みを浮かべた。本当に笑顔の似合う女性である。それは。門の前にいたときの御堂さんからは想像できない一面であった。


◇◇◇◇◇◇


 ありがたいことに、僕に宛がわれたのは個室であった。これには、護衛という危険な仕事をこなす上で万全の状態を維持して欲しいという、極めて合理的な理由が背景にある。御剣家の修行で鍛えられた僕は、多少の環境の変化で体調を乱すほどヤワではない。ヤワではないが、他人の視線を気にせずに活動できる空間があるのは素直に有難いことである。――男子的な意味で。


「何かあれば、近くのメイドに話てくれ。仕事は明日からになるが、問題ないな?」

「ええ――何なら、今からでも大丈夫ですよ」


 淡々と僕は述べる。準備は万端――あの後、椿姉から聞かされた、もう一つのメイド服の機能。個人的にはロングスカートからミニスカートになるという、どうでもいいギミックよりもこちらを早く紹介して欲しかった、と思う。いつもは、あの変態が作る装備や道具にはあまり良い感情を抱かない僕でも素直に感嘆した。それほどに、この機能は優れたものであった。


「ははは、それは心強い。だが肝心の瑠璃様は今、この屋敷にいなくてな。明日、この屋敷に戻ってくるから、その時にお前を瑠璃様に紹介する。それまでは自由にしていてくれ」

「それなら、瑠璃様の情報を少し見せて貰えませんか?」


 一応、我が家でも瑠璃様の情報は見たが、情報の齟齬は無くしたい。わかりやすく言えば、瑠璃様に関して来栖家が公開可能としている範囲の情報を頭に叩き込みたかった。流石に来栖家が公開していない情報を、僕が知っていては信用問題になる。


「ああ、では後で誰かに届けさせよう。それだけでいいか?」

「ええ、十分です」

「そうか、では夕飯にまた会おう。ああ、その時はメイド服じゃなくてもいいからな」

「ありがとうございます。夕ご飯、楽しみにしていますね」


 部屋の扉が閉じられる。しん、と静まり返る空間は、ようやく僕に安堵を与えてくれた。来栖家からの、初仕事――流石に堪えた。身体的疲労、問題なし。どんな任務や依頼だろうと、問題なく遂行可能。それは事実だが、精神的な摩耗ばかりはどうしようもない。

 言い訳をすれば、メイド服を着ながら他人と会話するという非日常が拍車をかけた。言い分は理解したが、納得はまだしていない。着心地も良いし、性能も良い。下半身の防御力さえなんとかしてくれれば、この際文句は言うまい。

 深く溜息を吐く。椿姉は自慢げに戦闘強化装具と名付けていたが、これでは拘束具ではないか――煩わしい不快感と羞恥心に僕は独り言つ。


 椿姉には悪いが、早く脱ぎたいものだ。幸い、夕食は私服でも構わないという。ならば早々に脱ぎ捨てて、ジャージに着替えたい。慣れない手つきでメイド服を脱いでいくと、突如ガチャリと扉が開いた。


 ――不味い。


「ほれほれ~! 新人メイドちゃんの部屋はここかな? 頼まれた情報をパパっと纏める私、七瀬渚(ななせなぎさ)ちゃんでーす! 以後お見知りおき――お、お、お!?」


 ノックもなく、その人物が入って来たのは唐突であった。恐らく、その七瀬渚と名乗る人物の視界に映るのは、上半身のほどんどが(はだ)けた、女装メイドの姿。


「護衛部隊と聞いていたからごっつい系のお姉さんを想像していたのに、部屋を開けたら可愛いお人形さんがあった……!?」

「なんですか、そのメルヘンな世界観は」


 僕は闖入者に冷ややかな視線を送る。どうやら、御堂さんの寄越したメイドであろう。腕の中に収まる紙の束がそれを物語っていた。

 メイド服なのは、御堂さんと変わらない。だが、彼女は護衛部隊のメイドではないようだ。一切の武装はしておらず、代わりに目を引いたのは彼女の頭部――ぴょこりと生えた、猫耳である。


 ――亜人だ。今では珍しくなくなったが、その存在に僕は僅かに構えた。


「ありゃ、亜人は珍しいですか?」


 対して、七瀬さんは気にした様子もなく、頭部の猫耳を動かして見せる。珍しいかと聞かれれば、否定するだろう。何せ、仕事上、よく亜人の顔を見るのだから。


「いえ、ちょっとびっくりしただけです。ノックもなしに突撃されれば、相手が家族でも驚くのは道理でしょう?」

「いやあ、ごめんね。服が擦れる音が聞こえたもんだから、是非とも生着替えを拝見しようと邪念が働いてしまってね! ほら、亜人の習性とかそんなサムシングで許してくれない!?」


 まるで悪びれる様子もなく、七瀬は舌を出す。

 家で時折感じる頭痛が、まさか来栖家でも感じなければならないとは。ああ、わかっているとも。これはあれだ――我が家と同類(変態)だ……!

   



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