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第25話:伸びた矛、守る盾

 来栖家の意志が反映されない議会が出す表決。それは古河家と桐坂家によって歪められ、矛となって来栖家の喉笛に突き刺さることだろう。

 

 たかが学園内の勢力図と侮るなかれ。白神学園は、次の世界を担う子供達が交流できる唯一の場所なのだ。御剣家は無条件に来栖家を信頼しているが、他の家が瑠璃様の背中をどう見ているのか。彼らの目に映るのはただの少女の背中ではなく、必要な資質を背負った来栖家次期当主の背中。その一言に尽きるだろう。

 同時に、倒れた千草様の背中と比較されているのだ。……千草様は御剣を扱うのに十分な素質があった。少なくとも、一人で椿姉と楓姉を使っていたのだ。過去、二振りの御剣を操ることが来栖家の当主はいない。

 

 それだけに、瑠璃様が越えなければならない背中は大きなものである。


 ……今の瑠璃様が千草様の背負っていたものを背負えるか、と問われれば、申し訳ないが僕は首を横に振るだろう。僕は瑠璃様を信頼しているが、過信してはいない。特に、今の瑠璃様は不安定である。


 すぐにでも瑠璃様の剣になりたいのだが、瑠璃様が僕を操るにはまだ時間が足りなかった。なので、僕はまだ一介の護衛メイドとして動けばいい。そう思っていたのだが――

 

「でも、良かったです! 御剣さんがいれば、何とか乗り切れそうですよ!」


 アヤマチ先生は、がっしりと両手で僕の肩を掴んで興奮気味に語り掛けて来た。……良くも悪くも、裏表のなさそうな人だ。普通の学園であれば、さぞ生徒思いの良き教師になっただろうが、ここは白神学園である。入学初日で分かったような口をきくつもりはないが、彼女のような人物には白神学園の教師というのは荷が勝ちすぎているのではないだろうか。


 一ノ瀬さんが先ほど言っていた、「僕の力が必要になる」という言葉。……現状で、僕の力が必要になるというのは、あまりよろしくない流れだ。


「今日から瑠璃様の護衛メイドとして配属されました。御剣棗です。綾辻先生、でいいんですよね?」

「はい、綾辻(あやつじ)万智(まち)っていいます! これからよろしくお願いしますね、御剣さん」


 ああ、なるほど。それでアヤマチ先生になるわけか。どうやら、おっちょこちょいな彼女の性分を、生徒達は「過ち」と彼女の名前を掛けている――今日一番、どうでもいい情報だった。


「ところで、僕の力が必要になる、ということはどういうことですか?」


 問題点はそこ。御剣の名前を聞いて、安堵を覚えるのであれば。それは、瑠璃様が直面しているのは武力で解決できる問題であるということだ。

 穏やかではないが――彼女の護衛を任されてからは、当然覚悟しなければならないことだ。寧ろ、最初から宣告されているだけマシというものだろう。


「はあ? あんた、まだ理解していないの?」


 僕の質問は一ノ瀬さんにとって相当間の抜けたものであったらしい。申し訳ないが、今日の授業中に叩き込もうとした瑠璃様の周辺情報は、未だ手付かずなのだ。少しは大目に見てくれても罰は当たらないと思うのだが、一ノ瀬さんは苛立ちを覚えるらしい。

 

「全く……。少しは自分で考えてよね。いい? 現在、白神学園で生徒会が会議を開くような出来事なんて、この時期はないはずなのよ。それも、来栖家がピンポイントで標的になるような都合のいい出来事なんてね」


 前の言葉とは裏腹に、彼女は丁寧に教えてくれるようだ。ツンデレ、というやつだろうか。椿姉がその手の不要な知識を僕に植え付けてくれやがったので、一々いらない考えが脳裏を過る。多分、きっと、そういうのじゃないから。

 

 それはさておき。ふむ。確かに、今の時期はまだ新年度の学期が始まったばかり。中学校と高校では勝手が違うのは重々承知だが、一ノ瀬さんの言うように生徒会が動くような出来事は起こらなかったはずである。

 

 ならば、なぜ生徒会は動いた? 


「棗、冷静に考えてみて? 桐坂家と古河家が介入して不自然ではなく、そして来栖家の印象を下げることの出来るイベント――近々、あると思わないかしら?」


 瑠璃様に言われて、僕は脳内スケジュールを少し捲ってみる。入学したばかりの僕に把握できるような行事など、あっただろうか。

 

 捲る、捲る。そして、はたと気付く。


「もしかして、僕の護衛者用のテストですか?」


 本来の白神学園の行事には組み込まれておらず、古河家と桐坂家が結託すれば干渉可能な小さな行事。一個人の行事ではあるものの、そこには武闘派最強である御剣の名前がある。当然、その後ろには来栖家があるのだ。


 もしも、御剣棗が不合格となれば、御剣家の醜態を晒すどころか、来栖家の顔へ泥を塗ることになる。なるほど、彼らにしてみれば、この機会を逃す手はないということか。

 

「そうね、きっと彼らの狙いはあなたのテストよ。――綾辻先生、生徒会はどのような要求を?」


 声音は震え、それでも次期当主としての使命を全うしようとする瑠璃様が、そこにはいた。

 今、瑠璃様に主導権はない。それどころか、アヤマチ先生から告げられる『生徒会からの要求』に、どのように答えるか。


 一手。たった一手すら、読み違えることは許されない。


「はい。『御剣棗の護衛者対象の入学試験内容の一部変更と、それに伴う来栖瑠璃の生徒会第三会長就任の可否判断』です……」


 静かに響く、アヤマチ先生の言葉に僕らは言葉を失った。


 ――横暴が過ぎる。そう叫ばなかった僕を褒めてやりたい。生徒会という権利を用いて、古河家と桐坂家は今、来栖家を潰そうとしている。

 勿論、学園外で今すぐに来栖家に影響は出ないだろう。しかし、瑠璃様が卒業した後は、彼女の手腕を疑い、来栖家の下を離れていく者は多くなる。

 何より歯痒いのは、生徒会の出した文面によれば、瑠璃様の能力ではなく、僕の能力を見て生徒会の席を用意すると言っているのだ。

 

 ふざけているにも、ほどがあるだろう。


「これが、罷り通るんですか」

「古河家と桐坂家、そして、来栖家が通したのならば、それがたとえ道理に反するものであっても、従わなければならない。それが白神学園の――いいえ、世界の秩序なの」


 血を吐いたほうがマシに見えるほど、瑠璃様は沈痛な面持ちで呟く。

 目に見えぬ重責が今、華奢な瑠璃様の背に伸し掛かる。ああ、潰れてしまいそうだ。優しく触れるだけでも崩れそうな彼女の身体に、一ノ瀬さんが静かに寄り添う。


「瑠璃……大丈夫? やっぱり、休んだほうが良かったのよ」

「ごめんなさい、少しだけ、保健室のベッドで横になりたいわ」


 それは従者ではなく、彼女の身体を労わる友としての言葉か。僕は静かに身を退いて、ここを一ノ瀬さんに任せることにした。……あの空間に土足で踏み込むほど、僕も無粋ではない。


 さて、どうするか。やらなければならないことは多いが――仕方ない。売られた喧嘩は、吹っ掛けられようが買い叩く。


 それが、御剣のやり方だ。

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