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第18話:登校は排気音と共に

 お尻を痛めること三十分。楓姉の運転するバイクの後ろで、先程の会話の詳細を聞こうと思ったが、僕はやめた。

 僕の家族は、僕が仕事をする上で必要なことは必ず教えてくれる。分家の人達が僕を守っている、と教えてくれたのも楓姉だし、椿姉は黒狗の襲撃について一番早く教えてくれた。

 ……思い当る節がないわけでもない。原因は恐らく、一ノ瀬紗綾。まあ、あの雰囲気を車内という密室空間で作り出すことは僕の望むところではない。僕個人としては別に構わないが、それを瑠璃様の前で出すことは駄目だろう。


 つまり、職場の人間関係は僕の問題。なんとも厄介である。


「そぉら、着いたぞぅ。棗、ここがこれから三年の間、世話になる学び舎だぁ」


 バイクが停まり、流れていた風景も同じように停まる。桜が舞い散るその学び舎は、青春を謳歌する学生たちを見守るように大きく、どっしりと(そび)え立っていた。

 

 白神学園。この極東において、最も巨大な学び舎である。敷地面積は一つの都市ほどあり、校舎の中でも徒歩以外の交通手段が必要なほどだ。中に存在する校舎も両手の指では足らず、学力に応じて校舎を振り分けられるため、実質は白神学園という敷地の中に複数の学校があると考えればよいだろう。

 そのため、生徒の質もピンキリであり、上を探せば瑠璃様のような富豪から、明日の飯に困る生徒までいる混沌ぶりをみせている。


 その広大さと生徒数、そして充実した設備を皮肉って、ここを白神都市と呼ぶ者もいるほどだ。


 学業を志す者に貴賤無し。その言葉の下に、彼らによって出資されて作られたのが、この学園である。彼ら、とは即ち来栖家、古河(ふるかわ)家、桐坂(きりさか)家の富豪三家。

 彼らが手を取り合って作り上げた、唯一の産物と言っても過言ではない。常に、この三つの家は睨み合いながら、世界を動かしているのだ。否、犬猿の仲に中立の鳥がいると思えばいいのだろうか。兎にも角にも、この三つの家は仲が悪く、互いの家に間諜(かんちょう)を紛れさせることもあるようで、学園の外では目に見えない争いが絶えない。


 いや、この学園の中でも、様々な姦計が瑠璃様を絡めとろうとするだろう。学園の中が絶対に安全と言い切れるのならば、僕は必要ないのだから。


 ……その前に、一ノ瀬さんの機嫌をなんとかしなければ。通学のたびに楓姉の後ろに座っていては、先に僕のお尻が悲鳴をあげてしまう。


「すごいなぁ、棗は。姉ちゃんは器用じゃないから、どうにも人との関係が上手くいかないんだよぉ」


 けらけらと笑いながら、楓姉はヘルメットを外す。……どうやら、また顔に出ていたらしい。僕の家族を相手に隠し事は通用しないから困ったものである。


「超人って呼ばれているのに?」

「当たり前だろぉ? 私は精々、人の枠を越えた(・・・・・・・)に過ぎないんだよぉ。その一点に関しては勝負になるが、他のは駄目だなぁ。とどのつまり、人の中にいようとする()は異物なんだ。気付いたら失敗していた、なぁんてこともあるからなぁ。お姉ちゃんの人間関係ってやつはよぉ。気付いて、悩めるだけ棗はお姉ちゃんよりすごいぞぉ」


 ……一瞬だけ。ほんの、一瞬だけ。僕は楓姉の弱いところを見てしまったようが気がした。普段は笑い、戦場では獰猛な笑みを浮かべる相貌が、その一瞬だけ儚く見えた。

 異物。楓姉は、そう自己評価している。御剣家の中ですら、楓姉に敵う存在など数えるほどしかいないのだ。来栖家が抱える暗部が、どれほど精鋭揃いであろうとも、楓姉の存在が浮くことなど想像に難くない。

 

 でも、それは僕の知らない世界の話だ。


「僕は楓姉のこと、大好きだよ。一度だって、異物だなんて思ったこともないからね」


 たとえ、どれほど強くても。僕の目の前にいるのは、僕の目標の一人で、僕の家族の一人なのだ。


「……おいおい、一丁前にお姉ちゃんを口説いているのかぁ? 本気にしちゃうぞぉ?」

「しまった、罠か……!」 


 先程の哀愁はどこへやら。一転して楓姉はにやりと笑い、僕の体を軽々と抱きかかえた。これは、御剣家女子にのみ使える泣き落とし。母さんが僕に女装させたいときに、偶に使う技だ。小学校低学年までは、母さんが泣くのを見たくなかったから付き合っていたが、葵が物心ついたあたりから一切着なくなった。お兄ちゃんが女装癖を持っている、なんて葵に思われては末代までの恥である。


「んじゃぁ、お姉ちゃんも仕事に行くとするかぁ」


 背筋を伸ばし、楓姉は大きく息を吐いた。来栖家、その暗部の仕事であろう。普段、どのような仕事をしているのか事細かに話さない楓姉だが、彼女が仕事から帰ってくるたびに作ってくる傷を見ると、その多忙さがよくわかる。


「いってらっしゃい、楓姉」


 そういって僕は見送ろうとしたが、楓姉はヘルメットを被ろうとしない。それどころか、不機嫌そうに自分の頬を指さして何かを要求している。


「えー……」


 大体察する。ほっぺにちゅー。思春期の僕がしなくなったことで、どうやら御剣家の女子の間では、これ一つでその日の仕事量に雲泥の差が生まれるとかなんとか。

 僕だって椿姉や楓姉、葵のことも家族として大好きだが、公共の場で頬とはいえキスするのは憚られるわけで。


「……もう、しょうがないなあ」


 それでも、さっきの「大好き」を撤回するわけにはいかない。恥ずかしいには恥ずかしいが、僕は楓姉の頬に軽く口づけした。


「ん。優しい棗なら大丈夫、お姉ちゃんが保証するから、頑張ってみなぁ」


 お返しに僕の頬をキスして、楓姉は今度こそヘルメットを被った。


「うん、頑張るよ」


 そんな僕の返事に満足したのか、楓姉は僕の頭を撫でた後、来た道を戻っていく。


 ……これは、僕が白神学園に入って少し経った後に分かった話なのだが。この日、白神学園の前で見目麗しいメイドと、どこか野性を感じさせる美女の美しき逢瀬が見れたとかなんとか。


 この瞬間ほど、僕がメイド服を着ていてよかったと心底思う日はないだろう。

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