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第11話:壱式、起動

 風呂から上がり、僕は椿姉と楓姉、それから分家のお姉様達を叱り終えた。時刻はちょうど、日付が変わったあたり。なぜか僕が怒る度に喜ぶ彼女達には反省の色が見えず、その態度を含めて叱っていたらこんな時間になってしまった。

 決して狭くない個室なのだが、人数が人数である。ほとんど、すし詰め状態だ。これだけの人数が僕の裸を見たいがために、あんな作戦を立てたのか――そう思うと、僕は少し憂鬱であった。


「次やったら、お婆ちゃんに言うから」

「お願いしますそれだけは勘弁して下さい」


 僕の数少ない切り札を見せたところで、ようやく彼女達も反省してくれたらしい。

 祖母の御剣桜と言えば、その昔『白髪鬼』と呼ばれ、恐れられていた人物である。猛者の集う御剣家の人間であっても、いや、御剣の人間であるからこそ彼女に対して最大の畏怖の念を抱く――なぜならば、彼女の一言は御剣の意志である。御剣桜の言葉を挫きたければ、力を示さなければならない。


 そして、それはおそらく不可能だろう――ならば彼女の意志に背く者に残された道は一つ。それは御剣としての()のみである。


 僕も、こんな悪ふざけを一々お婆ちゃんに報告するつもりはない。結局のところ、彼女達に悪気があったわけではないようだし。僕としては彼女たちが今回の件を反省して今後の行動に慎んでくれればいい。こんな脅迫染みた台詞は、二度と使いたくないし。


「棗ぇ、そろそろお姉ちゃんも許してくれないかぁ。ちょっと尻を撫でただけだろぉ?」

『そうだそうだー、少なくとも私は関係ないだろう?』


 まあ、それを物ともしない豪の者も中にはいるのだが。

 

 僕のベッドの上で胡坐をかいているのは楓姉。まだ僕が使っていないベッドを我が物顔で占領するこの姉、全く反省の色がない。判決――有罪(ギルティ)である。

 通信機を通して聞こえてくる声は言わずもがな。椿姉の声である。自室から僕の部屋を見ているのだろう。時折、椿姉の声に紛れて響いて来るカチリ、カチリというマウスの音を僕は聞き逃さない。恐らく、分家のお姉さん達が暴露した小型の盗撮カメラで、録画した僕の入浴映像を編集しているに違いない。当然、有罪ギルティ


 お婆ちゃんに言いつける、という脅し文句は出来ることなら使いたくなかったが、さらにもう一つ。僕は切り札を持っている。

 

 ――これは、もっと使いたくなかったけれど。

 

「姉さん達のこと、嫌いになるよ?」

「『本当にすまなかったと思っています……!』」


 本当に思っているのだろうか。疑い出せばキリがないが、とりあえず僕は二人を許すことにする。まあ、家にいた頃はもっとひどい目に遭う事もあったし、今更こんなことに腹を立てるほど僕も子供じゃない。


「僕はもう寝るから、椿姉も楓姉も変なことして騒ぎを起こさないようにね。分家のお姉さん達も、他のメイドさん達の迷惑にならないように静かにね」

『おおっと、寝る前に一仕事、可及的速やかに処理して欲しいものがあってな。風呂上りのとこ悪いが、楓と一緒に向かってほしい』


 おお、と思わず僕は唸る。ようやく来たか、という感じだ。瑠璃様がこっちに来るまでは動くことは無いと思っていたが、一体どういう仕事だろうか。


「いつでも動けるよ。何をすればいいの?」

『ああ――絶賛瑠璃様大ピンチ。サクッと行って、サクッと助けてくれないか?』


◇◇◇◇◇◇


「姉さん! 早く早く!」

「これ以上は出ねぇかなぁ」


 僕は今、昼間の時と同じように、楓姉の運転するバイクの後部座席に座っていた。違いと言えば周囲の風景に光はなく、バイクのヘッドライトが照らす光を頼りに闇の中を突き進んでいるといこと。音も熱も置いていくような速度で大地を蹴り、僕と楓姉を乗せた鉄の馬は咆哮する。


 それでも遅い。見える景色は一切変わりがなく、火の手も上がらず、血の臭いもしない。それが僕にとって、耐え難い恐怖となって襲い掛かってくる。


『――やっと繋がったか! 御剣棗、どこにいる!?』


 来栖家が支給してくれた通信機から、御堂さんの声が聞こえる。その声音は焦燥に染まっており、どうやら今し方、情報が届いたらしい。


「今、瑠璃様のところへ向かっています! 僕の援護はいらないので、救護班の準備だけしてください!」

『一人で行く気か!? 私達が着くまで待機するんだ!』


 椿姉の届けてくれた情報には、『亜種能力者を確認した』という報告があった。ならば、もし仮に瑠璃様が生きているとすれば、それは護衛メイドが死守しているということだ。そして、忌憚のない意見を上げれば、来栖家の抱える護衛のメイドは戦力外になるだろう。熟練度も武装も異能も、何もかもが亜種能力者には届かない。


「よぉ弥生、私だ私ぃ。もう瑠璃様の車は目と鼻の先なんだわ。棗だけじゃなくて私もいるから、まあ何とかなるんじゃねえか? そっちは棗が言った通り、救護班の用意を頼むわ」


 そう言うと、楓姉は通信機の電源を切る。これ以上の通信は無駄だ、と言わんばかりだ。――まあ、戦闘になれば御剣の人間と他の人間が連携するのは難しい。共闘よりは援護を行ってくれた方がありがたい。


「椿、瑠璃様は?」


 楓姉は椿姉の作った通信機を起動させ、手短に言葉を交わす。


『どうやら白狗が囮になってくれたみたいだな。計算よりも少し余裕がある。黒狗共の能力でそっちからじゃ様子は確認できないだろうが、そろそろ瑠璃様の車とすれ違うぞ。――そら、来なさった」


 初めに僕の肌を包んだのは、熱。そして、前方から近付いて来る銃声。肉眼に映る一台の車はすでにボロボロで、それを追走するように巨大な狼が牙を剥きながら接近する。


「はっはあ! 見えたぜぇ、棗。さあ、狩りの時間だぁ!」


 戦闘狂の楓姉は意気揚々と宣う。


 それに続いて僕も一つ息を吐き、呼吸を整えた。 


 ――ああ。


「戦闘強化侍女装具――壱式、起動!」

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