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第10話:それは、敵

三人称で始まる上に少々温度差が激しいですが、お読みの小説は正常です。

 夜闇の中を走るその影は、獰猛な獣の姿であった。――いや、大地を蹴り、疾駆する姿は人にも見える。だが、全身を覆う毛と唸りながら上記を逸した速さで駆ける姿は、普通の人ではない。その数も一人だけではない。まるで、群れる狼のようだ。


 ――亜人。獣の姿に近づいた彼らを、人々はそう呼んだ。


「御剣が動く」


 闇の中、声が響いた。静かな音である。常人であれば、聞き逃してしまうのではないか――そんな声は流れる風に捕まる前に、周囲の獣たちによって拾われた。


「――好機か。今、仕掛ければ奴らを退けることが出来ると思うか?」

「……五分五分。私は賛成できない」

「だが御剣が動いたとなりゃあ、現状の戦力で行くしかねーだろ?」


 声は四つ。しかし、闇の中で飛び交う声はどれも若いものであった。恐らく、この中で成人を迎えるているものは少ないだろう。亜人という強靭な肉体を持ちながらも、彼らにはどこか危うさがある。それでも、彼らには動かねばならない理由があった。

 彼らは白狗。人々から迫害を受け、それでも人々と共生を望む無辜の亜人であった。


「だが、俺達が生き残るためには来栖家の力がなんとしても必要だ。人類で唯一、亜人を否定しない来栖家だけが俺達の一縷の希望――ああ、過激派の連中に瑠璃様を襲わせるわけにはいかない」

「――過激派の連中も、御剣の動向を把握していると思うか?」


 彼らにとっての懸念は、御剣家の動きで過激派――俗に、黒狗と呼ばれる亜人達がどう動くか。


「恐らく。そして、最近の来栖家への攻撃から考えて次は――亜種能力者が出張ると思う」


 舌打ちが一つ響く。甘ったるい、幼い少女の声から出たとは想像できないような、汚い罵声がそれに続いた。


「ふざけんなよ、クソ! クソ! クソ! 俺達じゃ勝てねえじゃねえか! いや、御剣だって奴らに勝てるのか……?」


 亜種能力者。それは一般に、存在そのものが危険(・・・・・・・・・)とされる、能力者の中でも特異な――こと、殺傷能力に特化した――異能を持つ能力者の総称である。生半可な能力者が彼らに立ち向かえば、まず間違いなく生きては帰れないだろう。


「……俺達がするべきとは、来栖家の仲間だというポーズだ。御剣家が黒狗に及ばないのであれば、来栖家は終わりだろうな。……俺達も来栖家も」


 その男の声には深い諦念の感情が含まれている。その場の誰しもが、心の中で思っていたことである――それでも、やるしかないと誰かが呟いた。


「そうだ、やるしかないんだ。俺達は黒狗に弓を引いたんだ。もう――黒狗には、戻れないんだ」


◇◇◇◇◇◇


 来栖家の自家用車は防弾使用で作られてあり、生半可な武装勢力では傷一つ付けられない。だというのに来栖瑠璃を乗せたその車は今、扉もタイヤも傷だらけであった。いや――その程度で済んでいる、ということが奇跡だろうか。それは一重に、運転手と護衛の力量によるものであった。


 それも、もう長くは続かないだろう。


「……きゃあッ!」


 大きく車が揺れ、中に乗っていた瑠璃はあまりの衝撃に悲鳴を漏らしてしまう。車体は無事だが、あと何度、この攻撃が続くのか――運転手の経島不動(ふみしまふどう)は冷や汗を流しながらも、ハンドルを更に強く握りしめた。

 

「お嬢様、掴まって下さい……! 恐らく黒狗の連中です! 紗綾、もっと反撃しろッ!」

「こんな豆鉄砲でどうしろってのよ……!」


 車内には瑠璃、護衛メイドの一ノ瀬(いちのせ)紗綾(さや)、運転手の三人のみである。周囲で随伴していた護衛用の車両とはすでに連絡が取れない。無事であることを願いたいが、期待しない方が良いだろう――経島は舌打ちする間も惜しみながら、ハンドルを切る。


 そんな経島を後目に悪態を吐くのは、護衛メイドの紗綾である。気休めと分かりながら背後から追いかけてくる化け物に拳銃で応戦するものの、全くと言って手応えが無いことに痺れを切らして声を張り上げた。


「くそったれ! 経島さん! 何とか振り切れないの!?」

「出来りゃあやっている! お前は黙って瑠璃様を守れ!」


 夜闇に見えない敵に怯えながらハンドルを切る気持ちが分かるのか――そんな言葉から始まる会話は、一銭の得もないだろう。子供の紗綾よりも、不幸なことに年上の経島は唾と一緒に飲み込むしか他無かった。


「それより、増援はまだなの!?」

「御剣家か? お前が要らないって言ったんだろうが!」


 経島の言葉に、「うぐ」と紗綾は漏らす。偶然が重なってしまったとはいえ、半ばこの状況を招いてしまったのは自分に原因がある――それを理解しているからこそ、紗綾は経島の言葉に言い返すことが出来なかったのだ。


「……瑠璃様には、私がいれば十分よ。守って見せる、絶対に……!」

「そうかい、じゃあなんとかしてくれよ……!」


 御剣家の増員の話が紗綾の耳に入ったのは、つい先日のことである。黒狗や他の勢力が目標を長女の千草から次女の瑠璃に移したことにより、手薄だった護衛の負荷が急激に増えてしまった。単純な原因はこれだけなのだが、紗綾にとって御剣家の増員――それも、自分と同じ、最終防衛ラインという位置に立たれるのが気に食わなかったのだ。


 まるで、自分が力不足であると――言外に言われているような気がして。


 経島はそれをつまらない自尊心(プライド)だ、と切り捨ててやることが出来なかった。毎日のように瑠璃の送迎車を運転してきた彼は、紗綾の働きと責任を理解してやっているつもりであった。それは、甘さだろうか――二十七にもなって、自分の未熟さを瀬戸際で呪うことになろうとは経島も考えていなかった。


 だが、運はまだ尽きていないようである。闇の中から飛び出した影――それが、白狗と呼ばれる存在であることがわかると、経島は軽くクラクションを鳴らした。


「紗綾、増援だ! 白狗の連中が来たぞ!」

「白狗……!? 駄目、下がらせて!」


 「――は?」と返す間も無かった。援護するように、走る車体の後方に向かって走り出した白狗の内、二つの影が闇の中に食われた。


 あまりにも巨大――それは黒い獣。口を開ければ、容易に人を飲み込めるであろう大きさだ。その姿も、亜人と呼ばれる人の形をした獣ではない。列記とした、四足歩行で獲物を追い詰める狩人だ。口は血塗られており、今し方、餌に喰らい付いたように見える。


「最悪だ」


 バックミラーに映ったその姿に、経島はぽつりと漏らした。


 最悪――それ以上にこの状況を表すことは、今の彼にはできなかった。


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