サウンドトラック ~ホラーリミックス~
「アリサ、僕は最近ゴミをよくポイ捨てしているよ」
「ダメよ、そんなことしちゃ」
「横断歩道も車が通ってなかったら、赤でも渡るよ」
「だからダメだってば」
「電車で目の前に妊婦さんやお年寄りが立っていても、自分が座っている席を譲らないよ」
「譲らないとダメよ」
「連絡網も、自分のところで止めるよ」
「まわして。 最近は全員の家の電話番号が通達されてないんだから」
「歩きスマホもするよ」
「……ユウ、そんなことばかりしていると、天国じゃなくて地獄に行っちゃうわよ?」
「いいんだ。 僕は天国なんか行かなくていいんだ。 むしろ地獄に行きたいんだ。 だからこうやって、小さな罪を重ねているんだ」
「ユウ、何かあったの?」
「アリサ、実は僕はね…………味オンチなんだ」
「舌を抜かれたいの?」
「アリサ、君は幽霊というものを見たことがあるかい?」
「……私は無いわね。 ユウはあるの?」
「僕はあるよ」
「あるの……? どういう状況だったの?」
「昔真夜中に車を運転していたときに、道端で髪の長い白い服を着た女性が手を上げていたんだ。 だから僕はヒッチハイカーだと思ってその女性を車に乗せたんだ」
「もう怖くなる要素しかないじゃない……」
「そして僕は助手席に乗せた女性に『どこまで行きますか?』って聞いたんだ。 するとその女性は何て言ったと思う?」
「……墓地とか?」
「その女性はね……『県境』って言ったんだ」
「……えっ、けんざかい?」
「『県境ですね、分かりました』と言って、僕はそのまま車を走らせたんだけど、その女性は全く喋らないんだ。 よく見ると顔も青白くてね、まるで死んでいるようだったよ。 なぜそこに行きたいのかを尋ねてもただ首を振るだけなんだ。 埒があかないし、気味も悪いし、乗せたことを軽く後悔しつつもそのまま黙って真っ直ぐ向かったんだ」
「……県境に向かってるのよね?」
「県境に向かったんだよ。 そうこうしているうちに、とりあえずあの県の入り口である県境に着いたんだ。 あの県の入り口ってことはこの県の入り口ってことでもあるんだけどね。 『すいません、着きましたよ?』って女性に言ったら、か細い声で『ありがとうございます』ってお礼を言って、そのまま車を降りて、あの県の入り口に向かって、この県から暗闇の中に消えて行ったんだ。 どう? とても怖い話だろ」
「……私には、ただ女性を県境まで送り届けただけに聞こえたわ」
「きっとその幽霊は、この県に未練を残して成仏できずにウロウロしているところに、たまたま僕が車で通りかかったのをきっかけに、自分がここにいてはいけない存在だと理解したんだと思うよ。 そしてその道すがら、東京の景色を見ながらこの世の未練を全て断ち切って、県境から自分の在るべきところから帰って行ったんじゃないかな。 たぶん、あの県からお迎えが来ていたんだと思う」
「…………ユウはそれが、何で幽霊だと思うの?」
「この県のものとは思えないくらい生気が無かったんだよ。 絶対にあの県の入り口からあの県に帰っていったんだよ。 じゃあアリサは、その女性が幽霊じゃなかったら何だと言うんだい?」
「…………県境に住んでる人」
「アリサ、心霊写真って見たことあるかい?」
「見たことないわ。 あれって、身体の一部分が映ってることが多いのよね。 ユウは見たことあるの?」
「心霊写真は見たことないけど、パソコンのカーソルが指になったことはあるよ」
「………………指?」
「パソコンの画面に、突然指が出てきたんだ」
「それ、カーソルが変化しただけよね?」
「パソコンの矢印のカーソルをマウスで動かして、カーソルをリンクの上に持って言った途端、パソコンの画面に指が現れたんだよ」
「…………想像通りよ」
「これが僕が体験した、パソコンの画面に突然指が現れた話だよ」
「…………故障はしてないわね」
「アリサ、心霊スポットで心霊写真を撮らない?」
「イヤよ、私そういうの苦手だから……」
「心霊写真はよく撮れていれば、いいお金になるらしいんだ。 勿論、幽霊が映ってないと駄目だけどね」
「絶対にイヤ。 一人で行って来てよ」
「幽霊をファインダーにおさめればいいんだよ?」
「行かないわ」
「言っておくけど、天狗や河童は妖怪だから幽霊には含まないよ」
「行かないってば」
「なまはげも凄い怖いけど幽霊とは違うよ」
「行かないの」
「もちろん、ゆうれい坂もダメだよ」
「だから……」
「幽霊部員は言うまでもないよね」
「絶対行かないから! 一人でその心霊スポットに行ってきて!」
「そうか……残念だな。 じゃあ僕一人で撮ることにするよ」
「そうして……私は無理」
「それじゃ…………アリサ、はい、チーズ!」
「ここが!?」
「アリサ、僕の友達が神隠しにあったよ」
「神隠し? ……友達が突然消えたの?」
「うん。 歌を歌ってたら突然消えた」
「歌を歌っていたの?」
「うん。 一字一句、歌詞そのまま歌ったら目の前で消えた」
「……ちなみにその曲、作詞者は?」
「まだ存命中だよ」
「権利者に許可は?」
「鼻歌程度なのにとるわけないよ」
「………………」
「アリサ、何で友達は神隠しにあったんだろうね?」
「……運営が対応したんじゃない?」
「アリサ、幽霊が出る部屋、いわゆる事故物件って住める?」
「私は住めないわね。 苦手だもの」
「どうしても住めないかい? 都心で、家賃1万2千円だとしても?」
「無理ね」
「駅から徒歩5分、近くにコンビニが2軒あったとしても?」
「幽霊が出る時点で……」
「もしその幽霊が、イケメンだとしても?」
「……………………無理ね」
「今ちょっと考えたよね?」
「考えてないわ!」
「アリサ、もし僕に彼氏が出来たとしたらどうする?」
「…………ドン引くわ。 付き合いを考えるわ」
「もしその彼氏が、イケメンだとしても?」
「………………」
「何を考えてるの?」
「何も考えてないわよ!」
「アリサ、もし僕に彼氏が出来たとしたらどうする?」
「だからドン引くわよ」
「もしその彼氏が、幽霊だとしても?」
「2倍ドン引くだけよ」
「アリサ、もし僕に彼氏が出来たとして、その彼氏がイケメンの幽霊だったらどうする?」
「…………………」
「何を考えてるの?」
「整理に時間がかかってるだけよ」
「アリサ、僕は死んだらどうなるんだろう?」
「……暗い話をするのね」
「いや、暗い話というわけではないよ。 ただ、僕は死んだら生まれ変わるのかなあと思って」
「哲学的な話ね」
「もし死んで生まれ変わるとしたら、死んだ人間を生まれ変わらせる匠の神様に、僕はたくさん注文を付けるからね」
「……匠の神様?」
「『交通事故で若くしてこの世にお別れを告げてしまったユウさん。 そんなギリギリの死体を、果たして匠はどのようにリフォームしたのか?』」
「……え、どうしたの?」
「『それでは、匠の手によって生まれ変わった、ドリームヒューマンをご覧ください』」
「何? ドリームヒューマンって」
「『なんということでしょう。 死んだユウさんの身体は、中世をイメージさせる異世界へと飛ばされて生まれ変わりました』」
「なんの話?」
「『チートという要望に応え、リフォーム前は40キロだった握力が、リンゴを軽々と片手で潰せる200キロへとチェンジ』」
「リフォーム前って?」
「これが俺の……新しい身体か。 『そのチートを薄めないために、一人称も僕から俺へとチェンジされました』」
「細かいわね」
「動くな! 手を上げろ! 名を名乗れ」
「誰? 急に誰を演じてるの?」
「俺の名前か? 俺の名前は……アベル・ダビッド。 『なんということでしょう。 中世風のリフォームにおいての最大の問題点。 ユウといういかにも日本人な名前をバッサリ変更。 アベル・ダビッドといういかにもな名前へと変貌を遂げました』
「もう、何がなんだか……」
「『そして、ここからが匠のこだわりのポイント』俺の名前はアベル・ダビッド。 アベル・アリサ・ダビッドだ。 『なんということでしょう。 ミドルネームに、リフォーム前の友人であったアリサの名前をリサイクル使用』」
「巻き込まないで」
「『ただの平凡な名前に、新たな息吹が吹き込まれました』」
「勝手に吹き込まないで」
「『更に、匠のアイデアはとどまりません』アベル・アリサ・ダビッドだ。」
アベルは、敵に対しそう吐き捨てた。 その言葉を呟いたその口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。
「何? 今の誰の声?」
「『台詞しかなかった空間に、地の文が備え付けられました。 一般的な小説しか読んだことが無い人にも馴染みを持たせる仕上がりとなりました』」
「地の文って?」
「『ただただ会話を続けていた現実の日常の世界から、中世風の異世界へと飛ばされて、チートな腕力を匠の手によって与えられたアベル。 これからこの世界で大活躍してくれることでしょう。 次回、お楽しみに!』」
「…………エンディングなの?」
「僕が匠の神様に、自分の死体のリフォームを頼むとしたらこんなところかな。 アリサはどう思う?」
「……テンプレだと思う」