ショートストーリー 黄金水
黄金水
ぼくは会議の疲れを癒しながら
車を走らせ家路に着いていると、
ふと4年前アメリカに行った時、
町全体が緑の公園のようなダラスでの出来事を思い出した。
ぼくはアメリカに出発する前の晩、十代から二十代になるまでに味わった。
苦しい事や悲しい事を心の倉庫から取り出して、
水に混ぜて魔法瓶に詰めた。
その水をケネディが銃弾で倒れた道路か、
メモリアル地点にダラスの思い出として流そうと思っていた。
魔法瓶の水の中には、
一週間も二週間も眠れなかった二十代の不眠の苦しみ、
職を転々と変わった二十代の悲劇、飲んだくれの父を怨んだこと。
家が貧しくてその日の食べ物にも困った少年時代のこと。
弟が自ら命をたったこと。
まだ小学生だったのに生きるのが辛くて死にたいと思ったこと。
そんなことを詰めてアメリカに持っていった
硝煙の臭いのするニューヨークで四日間遊んだ後、目的のダラスに行った。
飛行機からおりて、まず疲れを癒すためにコーヒーショップに入った。
するといきなり黒人の少年が持っていた魔法瓶をひったくった。
「何するんだ」
と取り返そうとすると、
彼は魔術師のように栓を抜き、
ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
「これはうめぇ 何というジュースだ
日本にはたくさん売っているのか
不思議と元気と希望と勇気がわいてくるぜ これは黄金水だ」
といって走り去った。
ぼくは彼が捨てていった魔法瓶を拾い、
少し残っている水を飲んだ。
ただのカルキの臭いのする水道の水だった