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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
二、心に色をつけるなら
8/22

3

 恋をこじらせると面倒くさい、というのはいつだったかアナナスが言った言葉だ。それを、この年になってレネットはようやく実感している。

 仕事に熱中していればきっとこんな感情は知らなかっただろう。でもそれだけ自分が変えられているという事だ。

 仕事をしていても集中できず、ついつい相手の事を考え──とうとう痛々しい夢まで見てしまった。

「ああ本当に最悪」

 レネットは図書館の中の、従業員がいつも昼食を取る部屋でテーブルに突っ伏しながら重いため息を吐く。

 すると、がたんという音を立ててレネットの隣に誰かが座る。のろのろと視線を上げれば、仏頂面のノワがいた。

「なに。最近ちょっとべったりすぎなんじゃないの?」

 いくら姉と慕ってくれても構われすぎてうんざりしてくる。レネットとしては今自分は丁度思春期真っ盛りの構ってほしくない心境だ。

 シュクレ以外の異性とは今は話したくない。

「こないだ先に店でてっただろ。夜道は危ないんだから気をつけろよ」

「はいはい」

 親のような事を言ってくるのでそれにもうんざりしながら気のない返事を返すと、ノワが舌打ちをした。さすがに今の態度は自分でもどうかと思うが──もしかしたら思春期じゃなくて反抗期かもしれない。

「……ごめん。ちょっと今疲れてるの」

「またあの男か?」

 う、と言葉に詰まればこちらを睨みつける視線とぶつかる。

「いや……ほら。こないだの夜、一人で私帰ったでしょ? その時にちょっとやらかしちゃったというか、なんというか……」

 ぼそぼそと最後は小声になってしまったが、耳聡いノワはそれでも最後まで聞きつけて仏頂面を更にしかめた。

 あまり堂々と言える内容でもないので、これ以上は問いつめないでくれないかと思いながら目の前のコーヒーを飲んでごまかそうとするが、ノワはずいとこちらに体を向けて聞く体勢を取った。

 なにがなんでも聞き出す姿勢だ。

「それってこないだの……二日前の、お前が店から先に帰った時だよな。で、なにをどこでやらかした?」

 やはり言わなくてはいけないのか。あの醜態をまさか弟に晒さなくてはいけないのか。

 レネットは暫く無言で黙っていたが、醜悪な顔で睨んでくるノワに、最終的に負けた。

「……別にたいした事じゃないのよ。ただ、ちょっとその……シュクレと会ったから一緒に飲む事になって」

「は? あの男と飲む事になった?」

 それだけでもうノワの顔が苦々しいものに変わる。しかし、レネットの話にはまだまだ先がある。

「いや、店の戸締まりしてた時にばったりね。それで飲んでたんだけど……」

「……だけど?」

 やはり話さなくてはいけないのか。ちらりとノワに救済を求める視線を送るが、無視される。こんなにレネットに対して当たりが厳しい男だっただろうかと、レネットはなんだか泣きたい気分になる。

「……その。気付いたら朝で。シュクレの部屋で……、でも! なにもなかったのよ! それは多分本当だから。なんだったらアナナスに聞いてよ!」

 最後は追い立てるように一気に口にして、しかしノワの顔を見るのが怖くて俯く。きっと呆れているに違いない。しかも、きっと小言をたくさんもらうはめになる。

 それにびくびくしていると、ノワが隣でテーブルに突っ伏したのが視界の端に移った。ごん、とノワの頭がテーブルにぶつかる音がする。

「……ノワ?」

 呼びかけても反応がない。しかし、ノワはなにやらぶつぶつと呟いている。くそ、とか最悪とか口の悪い言葉を繰り返している。

「な、なによ。なにもなかったのよ? 私そこまで節操なしじゃないのよ。シュクレもね、ただ酔いつぶれた私を運んでくれただけで……」

 なんだか異様に落ち込むノワに申し訳なくて、レネットは必死に言い訳をするが、彼から返事は全く返ってこない。

 そこまで姉の不貞は落ち込む出来事だろうか。この反応は姉が、というよりも恋人が、という反応といった方が自然だろうな、とレネットは暢気な考えを巡らせ──ぴたりと動きを止める。

「ノワ……?」

 まさか、そんな事がありえるだろうか。確かにノワは良くレネットを出かける用事誘ったり、ご飯を一緒に取ったりして、暇さえあればレネットに駆け寄ってくる犬みたいな男だが、それはもしかしてレネットに好意があったからだろうか。姉ではなく?

「え……と、ごめん。とりあえず私は仕事に戻るわ。明日また話そう? ね?」

 それだけ一方的に伝え、レネットは席を立つ。自分の部署へ歩きながら、レネットは口をむずむずと動かした。

 早くアナナスに聞きに行きたい。ノワとも付き合いのあるアナナスなら、もし彼がレネットに好意を持っていたなら絶対に気付いているはずだ。

 これがレネットの勘違いだったらいいが、そう外れていないような気がした。早く相談したくて、レネットは少し小走りになりながらひとまず終業までは仕事に没頭するため部署へ急ぐ。

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