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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
二、心に色をつけるなら
6/22

1

 温かい、というよりも熱い光を感じて、レネットは瞼を開ける。目を開けた途端入ってくる日光が眩しくて、レネットは体を捻って日光へ背を向けた。

 柔らかいシーツを撫で、温かな布団を握り、もう一度くるまって目を閉じる。

「んー……、ん?」

 感じた違和感に、レネットは布団にくるまったまま瞼を勢い良く開ける。レネットの家の布団はこんなに良い香りはしない。こんなに日当りも良くない。

 驚いてがばりと身を起こすと、目の前に広がる光景に、唖然となった。

 全く知らない部屋だ。レネットの家のどの部屋とも違う。第一、レネットは几帳面な質だ。それなのにこの部屋はいきなり人が来たので慌てて片付けました、というのがわかる有様だ。

 本は部屋の隅へ平積みにされ、いろんなものが紙袋につめられ──服はクローゼットに押し込んだのだろう。シャツの裾がはみ出ている。

「なにこれ……どこ?」

 混乱してベッドから降りて床に足を付けて立つが、なんだか妙に涼しく感じ、視線を下に下げて思わずしゃがみこんだ。

「なんで裸なの!」

 レネットは何も着ていなかった。下着の一枚すら身につけていなかった。慌てて何か身につけるものを探すと、ベッドの下に脱ぎ散らかした自分の服を見つけた。

 それを急いで身につけ、ようやく落ち着ける格好になってから、そろりと部屋の扉を開けて外を伺う。

 部屋の向こう側は広いダイニングルームで、見たところ誰もいなかった。

 ゆっくりと足を踏み出してダイニングルームへ進み、その奥のキッチンからひょいとシュクレが顔を出した。

「あ、レネットさん起きました? ちょっと待ってくださいね、今朝食を……」

 シュクレがにこやかに何か言ってくるが、レネットの耳には全く何も聞こえていなかった。唐突に昨日の記憶が少しだけ蘇ったのだ。

 昨日、クラルテの前でシュクレをバーへ誘い、そこで二人でたわいない話をしながら酒を飲んだ。先にシュクレがつぶれたのだが、そのまま帰る事も無くシュクレをカウンターで寝かせたまま陽気に一人で飲み続けて──そこからの記憶が無い。

 おそらくレネットもつぶれてしまったのだろうが、なぜシュクレがここにいるのか。ここにいるという事はここはシュクレの家ではないのか。どうして自分は裸で、おそらくシュクレのだと思われるベッドで寝ていたのか。

 様々な疑問がぐるぐると頭の中を駆け回り、レネットは玄関へと一気に走る。

「ごめんなさい! お邪魔しました!」

 それだけ言ってさっさと玄関を開けて外に飛び出すと、すぐに下へ降りる階段がある。階段を駆け下り、小道を抜けるといつも通るポームベール街があった。もちろん、クラルテも。

 今の部屋はクラルテの二階らしい。しかし、そんな事を気にする余裕はレネットにはなく、自分の家ではなく同じポームベール街にある裁縫屋の親友の元へ走った。

「アナナスー!」

 開店前の店の扉をどんどん叩くと、昔から知っている親友の母親が驚いた顔で中へ入れてくれた。その母親に礼を言いながらそのまま奥の部屋を目指し、まだ眠っている親友のベッドへ飛び込む。

「ぐふっ」

「アナナス! 聞いてよ! 大変なのよ、私ったら大変なのよ!」

 寝ているアナナスに構う事なく馬乗りになってぼふぼふと布団を叩くと、布団から顔を出したアナナスがじろりと睨んでくる。

「うっさいわね。なによ、一体」

「ねえ、初めては痛いって本当なの? 血はどのくらいでるのよ!」

「はあ!?」

 恥ずかし気もなく大声でそんな事を泣きそうになりながら聞くレネットに呆れたアナナスは、体を起こしてばしばしとレネットの頭を叩く。

「とりあえず落ち着いて。何があったわけ」

 レネットは男性経験がほとんどない。もちろん体を重ねた事など二十八になると言うのにまだ一度もない。せめて口づけくらいだ。

 普段は冷静でいられるレネットが取り乱すのは男関係くらいだとしっかり理解しているアナナスは、いつも相談に乗ってアドバイスをくれる。

 レネットは順序立ててノワの事も、シュクレの事も、もちろん自分がシュクレのベッドで裸になって寝ていた事も話した。

 アナナスに説明していくうちに、レネットも普段の冷静な思考を取り戻していく。

「……やだ。凄い取り乱してたよね、ごめん」

 すっと思考が冷静になって、自分の行動を振り返ってみると、本当に大変な混乱ぶりだ。アナナスは大きなため息を吐いた。

「取り乱してたっていうより、暴れてたよ、あんた。本当、二十後半にもなってやめてよね。みっともない」

 同じ年のアナナスに辛口で攻められ、レネットはがくりと項垂れる。

「まあ、いいよ。で、あんたがまだ処女かって事を確かめたいわけ? 指入れて確認したら?」

「ちょっと!」

「うそうそ。でもね、多分何もなかったと思うよ。だってあのシュクレでしょ? 同じポームベール街の住人だけどそんなに手の早い男じゃないよ。むしろ品行方正な……つまりへたれっぽい男だと思うのよ、あたしは」

 同じポームベール街の住人、しかも店を営む人間ともなればその地域の活性化のために店主が集まって企画を立てる事もある。

 アナナスは裁縫屋の娘だが、足の悪い母親に代わってそういう場面では自分が出て行くのだ。

「そうなの……?」

「それにね、あんた酔うと脱ぎだすから」

「…………は?」

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