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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
一、甘い砂糖の男
5/22

5

「まったくノワの奴……!」

 レネットは一人で足音荒く歩いていた。道端に座って寛いでいた猫も、驚いて逃げていく。

 ノワと二人でクラルテの店に行ってから、レネットはここ一週間全くクラルテに行けていない。というのも、ノワが帰りに待ち伏せをして夕食やら買い物やらレネットを強引に連れ出すのだ。

 毎回、クラルテの店の前を通過する頃には夜になっていて、店の灯りは消えている。

 今日もノワに強引に拉致され夕食を驕られ、しかしそろそろ大事に食べてきたメレンゲがなくなりそうなので引き止めようとするノワを怒鳴りつけ、無理矢理店を出てクラルテに向かった。

 しかしノワの引き止め方があまりにもしつこく、早歩きでなんとかクラルテに向かってはいるが、既に夕方から夜に差し掛かっている。

 ちらほらと他の店も電気を消し、ポームベール街につく頃には、道路の街頭の灯りだけが虚しくついていた。

「ああもう……またなの」

 もうどれだけシュクレに会っていないのか。肩をがっくり落として仕方なく自分の家へと向かって足を進める。

 さわさわと風がオレンジの木を揺らして、白い花が淡く光っている。

 ノワの最近の構い方と、自分の不甲斐なさに苛々していると、ふいに甘い香りが鼻孔をかすめた。

「レネットさん?」

──ふと、聞き覚えのある声がしてレネットは足を止める。

 声のする方へ振り向けば、灯りの消えたクラルテの店の前で、丁度鍵をかけて店を閉めているシュクレがいた。

「あ、すみません。こないだ恋人さんが呼んでいたので、つい」

 シュクレがレネットの名前を勝手に呼んだ事を謝ってくるが、そんな事はむしろレネットにとってご褒美にしかならない。

 ノワと訪れたあの日はとても恥ずかしい汚点で、強引にでもノワをどこかへ置いてくるべきだったと思っていたが、彼も意外と良い事を引き起こしてくれる。

 シュクレがレネットの名前を呼ぶだなんて、ここ一週間の慰めをしてくれているようだ。

 嬉しさが胸に溢れて、涙腺が情けなくもゆるくなる。

 しかしシュクレはレネットが何も言わない事をどう受け取ったのか、すみませんともう一度謝って鍵をしっかりかけ、そのまま店の裏へ歩いて行こうとする。

「あ、待って!」

 シュクレに背を向けられた事に対する焦りでついそう呼び止めてしまう。シュクレは足を止め、振り返って首を傾げた。

 しかし、レネットは特別彼に用があったわけじゃない。引き止めてしまった手前、何か言わなければいけないが、何を言えばいいのかわからず思考がぐるぐると巡って──

「せ、せっかくだから一杯飲まない? 良い店を知ってるの」

 口ごもりながらそう伝えると、きょとんとした顔のシュクレが目に入り、一気に熱が全身を駆け上がる。

 何を口走っているのか。これでは前に考えた“遊び慣れた女”のレッテルが貼られてしまうではないか。しかし、そうは思っても後の祭りだ。

「ごめんなさい! いきなりよね。仕事も終わったばかりで疲れてるでしょうし……」

「いいですよ。丁度飲みたかったんです。行きましょう」

 シュクレがそう返事を返してきて、レネットは頭まで上っていた血が一気に冷めていく。

 シュクレと一緒に酒が飲める。一緒に夜の店で、彼の隣で。彼と時間を共有できる。

 レネットは自分の頬をつねった。痛い。これは夢ではない。

「あ……じゃあこっちへ。向こうにね、お酒の種類がたくさんある店があって」

 シュクレがレネットの隣で並んで、一緒に歩いた。あと少し、あと一歩横へ体を動かせば自分の肩がシュクレの体を触れてしまう近距離で、レネットはそれから店につくまで取り留めの無い話を二人でした。

 勢いのまま行動してしまうのも、たまにはいいかもしれない。


 しかし、その翌日。泣きながら親友のアナナスの元へ飛び込んでいく事など、レネットはこの時まだ露ほども考えていなかった。

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