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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
一、甘い砂糖の男
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4

「いいだろ、どうせ家の方向だってそんなに変わらないんだし」

 仕事を終えて図書館を出ると外で待っていたノワが笑顔を浮かべて引っ付いてくる。きっとどんな男なのか見たいだけなのだろうが、見られるレネットはたまったものではない。

 男と二人でなんて店に行けばノワの事を恋人と勘違いされるのも嫌だ──きっとシュクレは気にしないのだろうが、それもそれで嫌だ。そうあっても良い事なんて一つもないのだ。

 レネットはノワを別の店へ誘導しようとして、クラルテとは別の通りを歩こうとする。

「おい、どこに行くんだ」

「どこって……、ノワが見たいって言ったんでしょ」

「お前がそんな素直なたまか」

 うぐ、と思わず口元が引きつる。レネットが別の店へ連れて行こうとしているのを全て見透かされいるようだ。さすがにレネットの事をわかっている。

「で、本当はどこ? 面倒だからさっさと行くよ」

 呆れた目線をこちらに寄越してノワが言う。

「……こっち」

 諦めてレネットがポームベール街へ足を向けると、今度こそノワは大人しくついてきた。オレンジの木が道沿いに並び、白い花がいくつも咲いている。可愛らしいその木を眺めていると、夕暮れの空の遠くで鳥が飛んでいく。

 日々はとっても穏やかで、このまま心が乱れる事のない時間を過ごしたいと思ってしまう。何にも乱されず惑わされず、いつでもこの凪いだ穏やかさがあれば平凡でも退屈でも一番自分らしくいられる。

 シュクレをめぐって若い女の子達に嫉妬する事も、自分の事を卑下する事も、ぐずぐず悩んで眠れない夜も、きっとない。

 そろそろこの半年の無駄な恋ももしかしたら終わらせる潮時かもしれない、とふと思考をかすめていく。

 隣を歩くのは気の許せる弟分。恋人なんていなくても、楽しく日々を過ごせるならそれがいいかもしれない。

 レネットは強張った心が少し和らぐのを感じて──しかし、クラルテの店の前につくと、再びその強張りが戻ってくる。

「ここか?」

 可愛らしいくるみ色の小さな砂糖菓子店。その中からは扉ごしだというのに若い女の子達の笑い声が聞こえる。それだけで、レネットの気分が沈み込む。

「ここだろ、ほら入るぞ」

 ノワが動かないレネットの背を強引に押して扉を開け、中へ足を踏み入れる。ちりりん、と軽やかな鈴の音が鳴り、奥にいるシュクレがこちらを見てふわりと柔らかく笑った。

──うわ。

 それだけでレネットの足が震え、肩が強張り、動機が早まる。その全てが甘そうな砂糖のような男は、珍しく女の子達の輪から出てこちらへ歩いてきた。

「いらっしゃいませ。彼氏さんですか?」

 初めて彼から声をかけられ、レネットはもごもごと口を動かすだけで言葉が出ない。シュクレがレネットに視線を注ぎ、声をかけている。それだけでこんなにも胸が満ち足りる。

 彼を諦めて穏やかな日々をさっきまでは願った。だが、やはりそんなもの仮初めの平穏でしかないのだ。逃げていては何も得られない。

「そう。こいつがここの菓子がうまいって言うから」

 答えれないレネットの代わりにノワがしらっとそんな事を言うのを聞いて、レネットはそれまでの浮ついていた思考を一気に冷まし、ノワの手の甲をつねった。

「なに勝手な事言ってるの!」

「いいだろ、別に。で、なにがおすすめなの?」

 ノワの手の甲は見る見るうちに赤くなっていく。痛いだろうに、ノワはそんな事はおくびにも出さず飄々とシュクレに尋ねた。

「栗のグラッセとメレンゲが人気ですよ」

「じゃあそれを」

 勝手に話を進めていくノワをレネットは唖然と見つめるしかない。常々、ノワは強引な性格だと思っていたが、これほどレネットを無視する事はない。

 不思議に思っていると、奥の厨房からグルナードが出てきてレネットの方へやってきた。

「あれ、今日は恋人連れ? いいですね、仲が良くて」

 グルナードがにやにやと意味深な笑みを浮かべながらそんな事を言ってくる。聡いグルナードならばレネットがシュクレに気があって、ノワがレネットの恋人ではない事など見てわかるだろうに、意地悪な男だ。

「レネットはもういいな? じゃあ会計を頼むよ」

 ノワが商品を選んでさっさと自分で会計を済ませてしまう。シュクレがレネットの元に来る事なんて滅多にない貴重な時だと言うのに、ノワはレネットの腕をしっかり掴み、店の外へと引きずるように引っ張りだした。

 ありがとうございました、とシュクレとグルナードの綺麗に合わさった声を最後に、クラルテの扉は閉まってしまった。

「ちょっと何するの!」

 店を出て勝手に歩き出すノワを追いかけてその目の前に立ちはだかり、仁王立ちで怒鳴りつける。

「あのひょろひょろした男だよな? まさかあのヒゲが俺より年下って事はないだろうし」

「自分だって学しかやってこなかったもやしっ子でしょう!」

 背はシュクレより少し低い事もさっきの店で確認済だ。体つきだって、シュクレをひょろひょろと言うなら特に体を動かしていないノワも十分ひょろひょろだ。

 しかし、ノワはレネットの怒りなど全く相手にせず、さっき買ったばかりのクラルテの袋をレネットに手渡した。

「ほら、これで暫くあの店に行かなくてすむだろ。あんまり菓子ばっか食べてると太るぞ」

「なんなのさっきから! 余計なお世話よ!」

 レネットの怒声が虚しく人通りの少ない夕方のポームベール街に響き渡った。


ようやくシュクレに話させる事ができました。のんびりペースですが少しずつそろそろ動かしていきます。

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