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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
一、甘い砂糖の男
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 自分より年下の男との中を発展させるには、とレネットは昼食用にパン屋で買ったサンドイッチをもそもそと食べながら考え込む。

 自分より若い女の子達から人気を集める砂糖菓子職人。容姿もその笑顔もまるで砂糖のように甘そうな──レネットが不整脈になる原因の男。

 しかし、それほど異性との経験をしてこなかったレネットは、どうやって距離を縮めたらいいのかがわからない。年を重ねている分、変にプライドもあり、頑固な性格故に突っ走れない。

 齢二十八にもなる女が年下の脈がなさそうな男なんて追いかけている場合ではない。本来なら三十路の大台に乗る前になんとか結婚しようと躍起になるところだが、躍起になるのはレネットの実家の両親ばかりで、本人には一向にその気がない。

 元々、女性に多くありがちな一目惚れをしてこなかったせいもある。惚れにくく、男友達は男友達にしかならない。異性の友達はいるが、それ以上に発展する事がない。後から好きになっていた、なんてレネットはなった事がないのだ。

 十代の頃に二度、男を好きになった事はあるが、それはどちらも一目惚れで、しかも二十を超えてからはその一目惚れすらしていない。ようやく好きになったと思ったらまた難しそうなシュクレという砂糖男子になんて引っかかってしまうのだ。

 レネットが思わずため息を吐くと、ぽんと軽い何かで頭を叩かれた。

「おい、レネット。そんな重そうなため息を吐くなよ。こっちまで気が重くなるだろ」

 見上げれば、生意気そうなつり目が特徴的な同じ職場で働いているノワという名の男だった。ノワは片方の口端を器用に上げて意地悪く笑うとレネットの隣に勝手に座る。

「なに、ノワ。相変わらず暇なのね」

 ノワとはもう二年くらいの付き合いになる同僚兼男友達だ。お互い言いたい事をぽんぽん言い合える気安い仲だが、レネットにはどうにも彼と話していると弟を相手にしている気分になる。

「お前が一人寂しく食べてるから優しい俺がだな……」

「はいはい。わかったから。今私は考え事に忙しいの」

 確かにノワはレネットよりも年下だが、確か年齢は二十五のはずなのでシュクレの方がノワより若い。だが、このにじみ出る精神年齢の低さは何なのだろうかと、レネットは手のかかる弟を持つ姉の気分になった。

 レネットが相手をしてくれないのを理解したノワは、隣で自分の食べ物をせっせと分けてレネットの方へ置いていく。分けると言ってもノワの嫌いなものを取り除いてそれをレネットに押し付けているだけだ。

「ちょっと。トマトは食べなさいよ」

「いらない」

 見かねてレネットが注意するが、ノワは聞く耳を持たない。レネットは放置する事を決めてもう一度ため息を吐くと、ちらりとノワがこちらに視線を向けた。

「……なに。仕事? 新人になんかされたか」

 悩みでもあるのだろうと予想をつけてノワがそう言ってくるが、確かに新人──フレーズと、シュクレの事で悩んでいるのは間違いない。

 レネットより若いノワならシュクレの気持ちがわかるかもしれない、とレネットは考えを固め、ノワに体ごと向き直る。

「あのね、相談なんだけど……」

「なんだよ」

「好きな人ができたの」

 長い無駄な前置きはレネットの好かないものの一つだ。簡潔に悩みを打ち明けると、ノワは口に運ぼうとしていたフォークにさしたレタスを、そのフォークごと落とした。

 つり目な目を丸く見開いて、口を大きくぽかんと開けて、なんでこうも間抜けな顔を晒しているのか不思議に思っていると、やがてノワが思い切り顔をしかめてレネットを睨んできた。

「なんだよ、好きな人? そんなのいつの間にできたんだよ」

「半年くらい前?」

「そんな前かよ! 相手は? 仕事は? 年はいくつだよ!」

 まるで実家の母親のような事を言うノワに圧倒されながら、レネットは律儀に答えていく。

「ええと、仕事はお菓子屋さんの店主で、年齢は二十二だったと思うけど……」

「二十二! 俺より下かよ。そんな年下相手にしてどうするんだよ。お前、自分の年齢をわかってるのか?」

 ノワの言葉にレネットは胸が痛くなった。そんな年下。自分の年齢。──確かにそれはレネット自身が一番気にしているところだ。若い男なんてそもそも自分より年下の女が良いと思うに決まっている。 

 世間の多くの男が望む理想の女は、守ってあげたい可愛らしい女。レネットとは正反対だ。

「……お、おい、そんなに落ち込むなよ。まあそんなに気にする事ないと思うよ、年齢なんて。案外男は年上の女を好きになるもんだって」

 必死にノワが励まそうとしてくれる様子に、レネットも少しだけ気分が晴れる。

「そうね。そうかも……まだわからないものね」

「そうだよ! 俺がどんな男か見極めてやるよ。菓子屋の店主なんだろ? 仕事終わったら見に行こう!」

 前のめりでそんな事を提案してくるノワにレネットは引きつった笑みを向ける。レネットの事を考えてくれているのだろう。本当に優しい弟分だ。──しかし。

「……それだけはやめて」

 家族に好きな人を見られるものほど恥ずかしい事はない。

ノワはきゃんきゃん吠える犬をイメージしています。

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