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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
四、ほのかな香り
18/22

2

昨日と今日で連続更新できました^^

 それでも仕事にはあまり集中できず、そしてフレーズは職場には来ていなかった。

 まさかの無断欠勤だが、昨日のことが精神的にかなりきたのだろうか。だとしても、無断欠勤を許す理由にはならないけれど。

 レネットは一度大きく深呼吸をして再度仕事にとりかかる。

 自分の長所なんて数少ない。その少ない長所の一つが、仕事だ。上からもレネットは女性だが、期待されている。男でなくても仕事ができる、認められるというのは、とても胸が高鳴る。

 だからこそ、仕事はきちんとしなくては。と、レネットは気合を入れ直して黙々と仕事をこなした。

「よし、時間ね」

 そうして就業を終え、レネットは時間を見て手早く片付けて同じ持ち場にいた同僚たちに挨拶をし、人の多い場所をわざと選んで歩いていく。

 これだけ人が多ければノワにも見つからないだろう。

 そんな事を考えて、シュクレのいるクラルテへ行くために図書館を歩き、ようやく外へたどり着いて足を踏み出した時──ぐ、と後ろから誰かに腕を掴まれる。

「俺との約束は? レネット」

 腕を掴まれた時点で、レネットは誰に見つかったのかを素早く悟ったので、今の声を聞いてさらにそれが確信に変わる。

 振り向きたくない。けれど、レネットの意思に逆らって、その声の主は強引に引っ張ってレネットを振り向かせた。

「……ノワ、なんでここにいるの」

 予想した通り、やはりノワだ。

 今までは気の許せる弟みたいな友人だと思っていたが、今は少し違う。ノワの想いをレネットは受けいることはできないし、今日は時間を作ってはあげられない。

「ノワ、あのね。今日は約束があるの。だから……」

 ご飯はまた今度ね、そうレネットが言う前にノワは顔を歪めて笑う。

「あのシュクレとだろ」

 うぐ、とついレネットは言葉に詰まる。

 通り過ぎる人たちが険悪な雰囲気を放つ二人を何事だろうかとちらちら見ていくが、ノワはそんなもの気にしていない。こんな人目のある通り、選ばなければよかった。

 こんなに目立つなら、もっと人の少ない場所がよかった、とレネットは後悔する。

「ノワ、皆見てるから。また今度に……」

「──今度っていつだよ……っ!」

 吠えるようなノワの声が図書館の入り口で響く。

 びくり、とレネットだけではなく、周りの人々まで肩を震わせた。

「お前はいつもまた今度、また今度って。俺の話を聞こうともしない」

「…………」

 確かに、そうだ。シュクレの話を持ち出されるのが嫌で、前回もレネットはノワに言った。また今度ね、と。

 今回はノワの想いを聞きたくなくて、避けてしまっている。

「私……」

「もう気づいてるんでしょ? だから俺を避けてるんだ」

 俯くことしかできないレネットにノワは苛立って、掴む手に力がこもる。

「俺は、レネットが好きだ。ずっと前から。シュクレとお前が会う前から、ずっと見てきたんだ」

 掠れたノワの声に驚いてレネットが顔を上げると、ノワが顔を歪めていた。でも、先ほどまでのものとは違い、悲しそうな、悔しそうな顔だ。

「家のことを全部片付けたらお前に言おうと思ってた。なのに……なのに、もう遅かったんだな」

 溜めていた想いを絞り出すかのような声だ。

 思わずレネットは掴まれているノワの腕に空いた手を重ねる。 

「ノワ……ノワ、私なんて女選ばなくてもあなたには……」

 励まそうとしたのか、ついそんな言葉が出て、レネットは口を閉じる。

 これではない。レネットがノワに言うべき言葉は、こんなものではない。

 これではシュクレの時と同じだ。初めて想いを告げられて、でもそれに戸惑って、疑って、自分を貶めてきた。

 けれど、自分を貶めるということは、レネットを好きな人までも貶めていることになる。

「違う。ごめん、間違えた」

 早口にそう言って、ノワが逃げてしまわないように重ねた手に力をこめる。自分の勇気も奮い立たせるように。

「気持ちはとても嬉しいの。ありがとう。こんな私を、って自分では思ってるけど、こんな私でもノワみたいにちゃんと思ってくれる人がいるなんて知らなかった」

 シュクレもノワも、今までレネットが自分自身をあまり大切に思ってこなかったのに、それでも大切に想ってくれた。

 そんなことは今まではなくて、誰もいなくて、戸惑うけれど心が温かくなる。

「ノワは大切だよ。ずっと私だっていろんなノワを見てきた。だけど、それは友人としてで、家族みたいなもので。だから……ノワのことを男性としては見れない。ごめんなさい」

 言葉を発しているレネットの方が泣きそうになってきた。

 けれど、断る方のレネットが泣くわけにはいかない。だって──レネットが掴むノワの腕は震えているのだから。

 ノワも、泣くのを堪えているのだろうか。

 顔を見ても、唇を噛み締めているだけで、涙なんて見えない。けれど、ノワの瞳が潤んでいるのがわかる。

「ノワ、私を想ってくれてありがとう」

 せめて泣き顔よりもと笑顔を浮かべると、レネットと重なっていたノワの腕が離れ──抱きしめられた。

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