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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
三、お菓子のような日々
16/22

 久しぶり、といっても日数的にはそう経っていないはずだが、まるで何年もシュクレと会っていないような錯覚に陥る。

 彼は先日のレネットの態度への謝罪を受け止め、笑顔でお菓子を勧めてくれる。その気遣いに心が温かくなり、ショーケースの方へ視線を向け、お菓子を眺めていると、唐突に不機嫌な声に邪魔される。

「あの、二人は付き合ってるんですか?」

 苛立ちを隠そうともしない少女の声にレネットは顔を上げると、フレーズがこちらを睨んでいた。入店してからずっとシュクレに意識を向けていたせいで、彼女がいる事に気付かなかった。

「レネットさんはいくつでしたっけ。凄いですね。それでもてるものなんですね」

 職場ではない為か、フレーズは顔をしかめて辛辣な言葉を吐いてくる。ここで言い返すのもいいが、こんなまだ二十も越えていない子供になにを言っても今は無理かもしれない。

 どんな言葉を返しても、レネットの言葉では受け入れてくれないだろう。

 レネットは黙ってやり過ごす事に決める。だからといってここでシュクレに話しかければ事態を悪化させてしまうので、フレーズに冷たい視線を一瞬だけ向け、再びショーケースを見る。

 お客が少ないとはいえ、店内で言い争うなんて、店にもシュクレにも迷惑だ。

「自分の年も考えないで。立派ですよね、ほんと。羨ましいわ」

 羨ましい。実際にフレーズは羨ましいのだろう。

 着飾った自分ではなく、こんな地味なレネットにシュクレを捕られて。

 レネットは別に明日から職場でフレーズにきつい仕打ちをしてやろうとか、考える性格ではない。だからこそ良いのかもしれないが、普通上司に向かってそんな事を言って自分がどうなるかなんて、想像しないものなのか。

「どうしてあなたみたいな人をシュクレさんは選ぶのか……本当に趣味を疑うわ」

 シュクレの事まで持ち出されて、さすがにレネットも頭に血が上る。

 思わずフレーズに怒鳴ろうと口を開く。

「あなたねえ!」

 しかし、レネットがその続きを言う事はなかった。

 レネットの前に、シュクレが気付けば立っていた。フレーズからレネットを守る、というよりはレネットの視界にもう彼女を入れたくない様子だ。

「ではあなたはどれだけ自分が綺麗だと思っているのですか?」

「え?」

 フレーズの呆けた声が聞こえる。

「きちんと着飾って、見た目は確かに素敵かもしれませんね。でも中身はどうでしょうか」

「中身?」

「あなたの中身は綺麗なんかじゃない。とても汚れていて、濁っていますよ」

 ばっさりとシュクレはそう断じる。いつもより低いシュクレの声に、思わずレネットまで一瞬肝が冷えた。

 彼は今どんな顔をしているのだろうかとシュクレの背中から顔を出して見上げようとすると、簡単に手で押さえられ、視界を閉ざされてしまう。

「ちょっと……っ」

 どれほど見られたくない顔なのかと以外に思っていると、フレーズがひっくとしゃくりあげる声が聞こえる。それもそうだろう。好きな男にあなたの心は汚れて濁っているなんて言われて傷つかない女はいない。

 シュクレの手をなんとか押しのけてフレーズに視線を向けると、やはり彼女は大量の涙をぼろぼろと零しながら嗚咽を繰り返していた。

「そんなの、だって……っ!」

 その様子を見て、なんだかレネットはフレーズが可哀想に見えてくる。年下のフレーズとレネットは張り合う気はない。彼女がどんな事をしても怒りはするが憎む事はない。

「……フレーズ、もう帰りなさい。せっかくした化粧が台無しよ」

 レネットはなるべく刺激しないようにそっと声をかけると、フレーズはレネットをきつく睨み──けれどそれもうまくいかなかったようでまた涙を溢れさせる。

 フレーズはハンカチを取り出して簡単に涙を拭くと、ぱっと身をひるがえして店を出て行った。

 ちりん、と扉の鈴が鳴って、レネットはようやく息を吐く。

「あーもうなんだか疲れた……ってシュクレ、なにしてるの?」

 レネットが大きく息を吐いてシュクレの方に視線を向ければ、彼はしゃがみこんで頭を抱えていた。ぶはっと遠巻きに静観していたグルナードが盛大に笑い出す声を聞いて更に首を傾げる。

「いや、あまりにも言葉が酷くてついあんな事を言ってしまったんですが、それこそ僕も心は綺麗じゃないですし、人の事なんて言えないのでなんだか……」

 うだうだと小声でそんな事を言うシュクレにレネットまで笑ってしまう。

 だからさっきシュクレは自分の顔を見せないようにしていたのか。自分の歪んだ顔を見せないために。

 レネットはシュクレの前に同じようにしゃがみこんで、頭を抱える彼の手を掴む。

「でも私は庇ってくれて嬉しかったの。ありがとう」

 笑顔でお礼を言えば、そろそろと顔を上げたシュクレと目が合う。しかし、途端に顔を赤く染めて俯いてしまう年若い彼に、レネットはなんだかむらっと欲求を突かれる。

「……レネットさん。僕はあなたが好きなんです」

「うん、ありがとう」

 レネットはようやく素直にその気持ちを受け止めた。わずかにこちらの顔にも熱が上る。誰になんと言われても、シュクレの気持ちをレネットはまず受け取るべきだ。

 そして、自分の気持ちを彼に伝える。

体調を崩したり仕事だったり、理由はたくさんありますが、そんな事は置いといて。連続更新期間を守れずすみませんでした。

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