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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
三、お菓子のような日々
15/22

※初のシュクレ視点です。

 店の扉の開く音がしては顔を上げ、期待していた顔ではない事に勝手に落胆する。

仕事にもいまいち身が入らず、ましてや自分を取り巻く若い女の子達の相手もできず、はあと重たいため息をシュクレは吐いた。

 そんな様子を見ていつもは接客に熱心なグルナードがこちらに視線を向ける。

「どうした。ふられたのか?」

「ふられ……てはいないですけど……たぶん」

 つい自信がなくて小声になってしまうと、グルナードが笑った。年齢はグルナードの方が上だがもうそれなりに長い付き合いのある友人だ。けれど、こうやって少しシュクレを馬鹿にしたところがある。

 常日頃から女性にモテるシュクレの事を羨んでいるかもしれない。

 シュクレとしては女性にモテても全く嬉しくない。

──好きな女性に見向きもされないなら、意味がない。

 シュクレがもう一度ため息を吐くと、やはりグルナードが笑った。絶対彼はこの状況を楽しんでいる。

「そもそも、グルナードが言ったんじゃないですか」

「なにを?」

「レネットさんは脈有りだから大丈夫だって。だから頑張って勇気を出したのに……」

 ついつい人のせいにしてこの沈んだ気持ちをやり過ごそうとするが、やはりそれもグルナードに笑われる。きっとグルナードはシュクレよりずっと大人で、色んな事を経験してきたからこそ広い視野で見れている。

 けれどシュクレはまだ二十を少し越えたばかりの大人になりきれない男で、そんな自分が好きな女性は立派な自立した女性で──だからこそ戸惑っている。

 本当ならきっと、グルナードの様な大人の男がレネットに似合う。けれど隣に並びたいと思うのはシュクレで、誰にもその場所を取られたくない。

「男のくせにへたれなんて、面倒なやつだな」

「……うるさいですよ」

 ぐ、と眉間についつい力が入る。

「まあ多分大丈夫だ。脈有りなのは確かだから」

「それって信じても大丈夫なんですか?年下の僕にわざわざ?」

 レネットならたくさん選べる気がする。それこそ余裕のある大人の男とか。

 若い女の子達の熱く塗りたくられた化粧も、濃い香水の匂いも好きじゃない。質素だけど加工をしすぎていない女性らしさが漂うレネットは、シュクレにとってどんな女性よりも魅力的だ。

 落ち着いた濃い髪色に、優しい瞳。彼女の存在が疲弊しきったシュクレを癒してくれる。

「あ、シュクレさん!」

 ちりん、と音が鳴って顔を上げると何度か足繁く通ってくれている少女。名前までは覚えていないけれど、確かレネットと同じ職場だったはずだ。

「いらっしゃいませ」

 にこりと笑ってみせると、少女の顔が赤くなる。商品をケースに並べていたらその少女はこちらに駆け寄ってきて、今日はこういった事をしたとか、どういう客が来た、なんて話を話してくる。

 その一方的な会話にシュクレは苦笑するしかない。

 本当はお菓子を味わってほしいのに、最近来る客はこういう人ばかりだ。中にはお菓子は買わず騒いで帰る人もいる。

「そういえばレネットさんとも同じ職場ですよね?」

 これ以上あまり興味のない話を聞きたくなくてついそう聞くと、少女の顔が一気に強張る。

「……レネットさんと、どういう関係なんですか?」

 最近たまにこういう質問をしてくる人がいる。家に招いてベッドを貸したと公言したせいではあるが、その事でこんなにも攻撃的になるとは少し思っていなかった。

 ただ毎日毎日つきまとう彼女達にうんざりしていて、好きな女性と話す事もできない事でストレスが溜まっていた。

 この際はっきりさせてしまえ、と言った事なのに更に状況は悪化している気がする。

「……レネットさんは僕が好きな女性ですよ」

「どうしてあんな人を!」

 すかさず噛み付いてくる少女に、シュクレは苦笑をするしかない。

「僕が一方的に想いを寄せているだけですから、あまりそういう言い方はしないでください。……なにか買われますか?今日は栗のグラッセがおすすめですよ」

 にこやかに話しながら少女と距離を取っていると、ちりんとまた鈴が鳴って顔を上げる。視線の先にいた人物を見て、シュクレは思わず顔が緩む。

 まだ夜になっていないこの時間に珍しく、レネットが来店した。

 彼女はいつも通りの司書の制服で、つかつかとこちらに歩いてくるといきなり頭を下げる。

「こないだは気分を悪くさせてごめんなさい!」

「あ、いえ!気にしてませんよ!」

 慌ててそう言うと、視界の隅でグルナードがにやつくのが目に映る。

 しかし、レネットは頭を上げようとしないのでシュクレは慌ててケースに入ったメレンゲを指差す。

「あ!今日はメレンゲを買って行きますか?」

「え?」

 レネットはようやく顔を上げてシュクレの指差した方を見て、笑顔を浮かべてくれる。

 シュクレが気を使った事をレネットは受け取ってくれたようだ。レネットははにかむような笑顔を浮かべる。

「そうね。じゃあ、頂くわ。ありがとう」

 レネットの笑顔にシュクレの胸が温かくなる。

 彼女は、シュクレの顔目当てに来ているのではない。シュクレのお菓子を気に入ってくれている。

 それが、どれほどシュクレを癒してくれるかなんて、きっとレネットは知らないだろう。

どうしてシュクレがレネットを好きになったのかはまたどこかで書くと思います。

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