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ポームベール街の砂糖菓子職人  作者: 天嶺 優香
三、お菓子のような日々
11/22

 おい、と朝一番に声をかけられて、思わずレネットは体を強張らせる。

 恐る恐る後ろを振り向けば、顔をしかめたノワがいた。声をかけられた見当はつく。だけどその事について聞かれたくなくて、レネットはそのままノワを見なかった事にして歩き出すと、後ろからいきなり腕を掴まれて強制的に立ち止まる。

「聞こえなかったのかよ。呼んだんだ」

 呼んだのなんてもちろん知ってる。ノワが聞きたい事も。けれど答えたくなくてレネットは目をできるだけ合わせないようにして早口で言う。

「私、とっても忙しいから。ごめんね、また後でね」

 そう言ってもう一度足を進めようとするけれど、ノワは掴んだ腕をぐいと引っぱり、レネットの顔を真正面から覗き込む。

 本来レネットはあまり嘘が得意ではない。だから顔を見られたくないというのに、ノワはいつでもお構いなしだ。

「こないだから妙な噂を聞くんだけど」

 やっぱりその話か、とレネットの体温がさあっと急激に下がる心地がしたが、ノワは答えを待っている。なんとか誤摩化せないかと知らないそぶりをする。

「……噂って?」

「お前があのシュクレって奴とできてるって」

 うぐ、とレネットは言葉に詰まって俯く。

 あの日。アナナスの店を出てクラルテに行った日、シュクレは自分を取り巻く女の子達に意味深な言葉を言った。

──彼女と一緒に食事をして、その後僕のベッドを貸しました。

 その言葉はポームベール街だけではなく、この辺りの大通りの店や家々までに渡り、広く噂が流れた。

 どうやらポームベール街で少女達から騒がれている菓子屋の店主は、図書館で働く地味な年増の女と付き合っているらしい、と。

 その噂が瞬く間に流れて、どれがシュクレの女なんだと図書館まで若い少女達の見物人が来るほどだ。

 そうしてレネットを見て「確かに地味な女ね」とか「シュクレさんもなんでこんな年増を」なんて心ない言葉を吐き捨ては去る、という妙な日々を送っている。

「完全に誤解なの。話したでしょ?なんにもなかったんだから……」

 どうしてシュクレがそんな事を言ったのかは知らない。ただ、レネットは流れる噂について怒っているわけではないし、見に来る見物人を不快とまでは思っていない。

 ただ妙な流れに困惑して、そして年下に手を出した年増、みたいな話に恥ずかしさがこみ上げるだけだ。

 だからこそ、ここ数日。あの日からもう一週間と少し経ったが、クラルテには行っていない。

「あ、レネットさん。レネットさん宛にお手紙が届いていますよ」

 前から走ってきた同僚が何やら手紙を持ってこちらにやってくる。レネットは礼を言ってそれを受け取る。

 宛名も差出人もない。仕事がらみの手紙ならきちんと書かれているはずで、本人がわざわざここまで赴いて手紙を同僚に託した事がわかる。

 本来の持ち場をレネットが離れているために同僚の手に渡ったのだろう。

「手紙?なんだろう……」

 レネットは首を傾げながらその場で手紙を広げる。そして、さっと目を通して勢い良くその手紙を畳んだ。

 かあっと年甲斐もなく顔が火照るのがわかった。なぜ、どうして、が頭の中を駆け巡る。

 そして窓から見える大きな時計台を見て時間を確かめる。手紙に書かれていた時刻まであと数時間。

 仕事が終わってから急いで家に帰って。着替えもしたいし化粧だってもっときちんとしたい。外出用の洒落た服なんてあっただろうか。クローゼットの奥まで引っ張りだせばなんとか一着くらいあるかもしれない。

 靴は、洒落たものなんてないが、落ち着いた色味であれば大抵なんとかなる。髪もくしできっちりといて、結い上げるのは一人では中々慣れていないしできないから諦めて──。

「へえ。早速噂のシュクレから。熱いね」

 ふと背後からノワの声が聞こえて、レネットはさあっと青ざめる。

 頭の中で色んな事を駆け巡っていたせいか、ノワの事を忘れていた。ゆっくり首だけ動かして後ろを見れば、思ったより近距離にノワがいた。

 レネットの肩からどうやら手紙を覗き込んでいたらしい。

 あんなにも一瞬の間に、内容をしっかり見て把握するなんて、やはり侮れない。

「……違うの、これはね」

「デートだろ?よかったな」

 よかったな、と言う割に全然よくないって思っている顔だ。気に入らない事があった子供みたいに不貞腐れていて、ノワの顔が見事に歪んでいる。

「だから違うの。きっと……あれね。謝罪とかじゃない?妙な噂を流した事への」

「あ、そう」

 ノワ、と名前を呼ぶが、こちらを見てくれない。完全に拗ねている。

 こういう所がどうしても子供っぽくて、だからこそ弟にしか見えないのだが、ノワにはそれがわからない。可愛いけれど、男として見る事ができない。

 どうしても家族に恋人との逢い引きを見られた気まずい心地になる。

「お前の勝手にすればいい。俺は別に、お前となんの関係もないんだから」

 ノワはそれだけ言って立ち去ってしまう。

 レネットは大きなため息を吐いてこめかみを指で押さえる。

──今夜、八時にあの店で。

 そう手紙に書かれたシュクレの誘いに、レネットは誰にどんな顔をされても言われても、行かないなんて選択肢は持っていない。

更新するする詐欺をまたやらかしてしまったので、本日より一週間。5/30(土)までの連続更新DAYにします。反省反省。

それと二章のタイトルを変更しました。変更後「心に色をつけるなら」

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