分からない明日
木が生い茂る獣道を、数十分ほどくだっていくと、川の下流に出た。
「ここで、少し休もう。」
一樹が提案した。そういえば、腹が減っていたし、喉が、からからに乾いていた。透は浅瀬に腰を下ろし、空をあおいだ。崖の上に、青い空があった。
「恐ろしく高いなあ・・。」
少し、肌寒かった。時刻は午前七時頃か。地底の気温は常に地上の秋頃の気温に保たれていたが、葵が言うには、地上の暦で言うと、今は秋と冬の間の十一月で、もう十日ほどすると、ぐっと気温が下がり冬がやってくるという。
「あなた、冬服持ってきた?」
葵にそう聞かれたが、あの騒ぎの中できちんと装備を調える暇はなかった。第一、コートやジャケットといった地上の人間たちが冬に着るという防寒着の類を透は一着として持っていなかった。
「その格好じゃ、寒いかもしれないわね。街に出たら、なにか買えばいいわ。」
そう言いながら、葵は近くの岩に腰を下ろすと、腹部のポケットを引き出して、中のチョコレートやらビスケットを取り出し、食べ始めた。
「さて、葵、ここがどのあたりか、わかるか?」
一樹が、葵に尋ねた。葵はしばらくの間、自身のコンピュータのGPSで位置を調べていた。
「ここは、日本国、兵庫県の北部みたい。」
「これから、どうしたらいいんだろう。」
「どこか、泊まれる場所をまずは探しましょう。」
三人でしばらく泊まり歩く程度の資金であれば、葵の個人預金でどうにでもなる、と葵は思った。葵がこれまで研究所から得た収入や、賞金、母親の保険金などで、十六歳が持つには莫大すぎる金額を、葵は個人の預金口座に持っていた。しかし、口座がいまだに使用できる状態であるのか、不安があった。
こんなとき、父がいてくれたら、と葵は思う。たしかに葵は平凡な十六歳よりは遙かに優れた知能を持った十六歳だったかもしれないが、連邦から追われる地底国の二人を連れて、逃げ回る方法など、知るはずはなかった。やはり、父と連絡をとる必要がある。
「ひとまず、街へ降りましょう。」
葵はそう言い、遠く眼下に広がる、街並みを見下ろした。