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外のセカイへ

 階下からの物音で、透は目を覚ました。あたりは暗闇だった。枕元の時計のバックライトをつけると、時刻は午前三時半だった。


「葵、いる?」


 咄嗟に透は、同じ部屋で眠っているはずの葵に呼び掛けた。


「起きてるわ。」


 暗闇の中から、葵の声が聞こえた。


「今、下でなにか音がしなかった?」


 透が言い終える前に、再び、がたがたがた、という音と、ドンドン、と乱暴に玄関の扉を叩く音がした。


「連邦の者です、ドアを開けていただけますか。」

言葉遣いこそ丁寧だが、高圧的な物言いの男の声だった。


「連邦?一体なんだ?」


 透は布団から動けず、ただ呟いた。階下の両親の部屋で、父と母の囁き合う声が聞こえたが、内容までは聞き取れない。耳をすましていると、父のものと思われる足音が、部屋を出て廊下を歩き、玄関の扉に向かう音がした。カチャリ、と玄関の扉の鍵を開ける音がする。


「連邦の方ですか?」


 父の声がした。


「橘武治さんですね?」


「ええ、いかにも、私は橘武治です。しかし、こんな夜中に、どういったご用件でしょうか。」


「このような時間に、ぶしつけなお願いで恐縮ですが、連邦の調査機関までご同行願いたい。」


 突然の会話の運びに、透はベッドを抜け出し、二階の踊り場に出る。その明るさに、一瞬、めまいを覚えた。踊り場には、すでに一樹がいて、玄関でのやり取りを見守っていた。透が声をかけようとすると、しいっ、と人差し指を口の前でかざしてみせた。透の後ろから、葵がついてきた。


「私が兵器の開発を?馬鹿馬鹿しい、一体なんのお話ですか。」


「詳細な説明は、こちらの調査機関に着いた後、させていただきますが、我々はあなたへの容疑を固めています。」


 父の隣には母が心配そうな顔で寄り添っている。寝巻姿のままで、冷たい床の上に素足で立っている様子が痛々しい。なにか、とんでもないことが起ころうとしている、そんな予感がした。


「そんな説明で、あなた方は、私を無理やりに連れていくおつもりですか。」


「あなたに説明をしている時間はないが、我々は確実な証拠を握っています。それはのちほど、お見せすることにしましょう。」


 一樹が階段を降りていった。父と母、そして軍人の三人が、一樹を一斉に見た。


「一体どういうことでしょうか?これは明らかに、地底国の主権を侵している。外交問題に発展しますよ。」


 一樹が語気を荒げた。


「主権を侵している?あなた方の行っている大量破壊兵器の開発こそ、我々連邦の主権を脅かすものに他ならない。」


「なにをわけのわからないことを。」

一樹が身を乗り出すのを、父が制止した。


「一樹、よしなさい。」


「父さん。」


「ここで言い争いをしても、無駄だと思いますよ。」


 父と会話をしている男の後ろにも、軍人と思われる男たちが十名ほど、ものものしい様子で立っていた。ここで同行を拒否したところで強制的に連れて行かれるのだろう、ということが、透にもわかった。


「こんな馬鹿馬鹿しいやり方を、連邦政府が行うとは。」


 父が、諦めたような様子で、軍人に従おうと、玄関の扉を閉め出ていこうとすると、軍人はその手を止めた。


「おっと、ご子息にもご同行いただく必要がある。」

軍人は、一樹のほうを見て言った。父と母の顔色が変わった。


「なぜ、その必要がある。息子にはなんの関係もない。」


「こちらの情報によれば、ご子息は現在、地底国第二物理学研究所の主任研究員をされていると?我々連邦の人々の安全を確保するため、大量破壊兵器を使用できる可能性のある人物は一斉確保する、という指示が出されています。」


「馬鹿馬鹿しい・・・。単なる研究所の研究員が、大量破壊兵器のスイッチを押せると?」


 これまで冷静な態度で話を聞いていた父だったが、息子の一樹までも連行しようとする連邦の乱暴な言い分に、怒りをあらわにした。


「やはり兵器の存在をお認めになるのですね?」


「話にならん。」


 父は瞬時に軍人を蹴り飛ばすと、一歩外に出、後ろ手に勢いよく玄関の扉を閉めた。


「毬恵、鍵だ、早くしろ!」


 母の毬絵が玄関の扉に施錠をした。扉の向こうでは、父と連邦の軍隊が揉み合っている音が聞こえた。軍人たちは、開けろ、と言いながら再び玄関の扉を叩いた。後ろへ回れ、お前は二階だ、などという声も混じる。


「父さん!父さん!」


「大丈夫だ、心配ない。何も心配することはない。」

 

 扉の向こうから、父が言った。扉の向こうは慌ただしく、台所にある裏口のドアのノブを乱暴にひねる音も聞こえた。軍人の何人かが、裏口に回ったらしい。鍵はかかっているが、あのちゃちな鍵では、すぐに破られてしまうだろう。


「地下室よ、早く、地下室へ行って。地下道へ続く入口があるの。」

 毬絵が、一樹と透の肩を強く掴み、言った。


「何を言っているの、父さんと母さんは?!」


「私たちなら大丈夫よ、心配ないわ。」


 そう言いながらも、毬絵の手は震えていた。


「心配ない、って・・・。」


「大丈夫よ、そうひどいことはされないはず。」


 そんなこと、わからないじゃないか、現にこうして夜中に父さんを強制的に連行していくような連中が?透の足は石になってしまったかのように動かない。どうしたらいい?わからない。冷たい汗が幾筋も額から流れる。


「お願いだから、お母さんの言うことを聞いて。」


「そんな、置いていけないよ。」


「透!」


 そう言って母は、すがるように一樹を見た。一樹は無言でうなずくと、透の腕を無理やりひき、洗面所の脇にある地下室への階段へと向かった。


「なにするんだ、離せよ、父さんと母さんを置いて行くのか!」


「じゃあ、一緒に逃げられると思うのか?今はこうする以外、方法がない。」


 一樹は、地下室への階段を降り、扉を開けて乱暴に透を地下室へ押し込むと、その扉を閉め、閂をし、木箱や戸棚などを扉の前に置き、扉を封鎖した。


 葵は、その間一言も発せず、ただ黙って、ぴったりと二人の後を黙ってついてきた。一樹は、十畳ほどの広さの地下室の一番奥にあった大きな木箱を動かすと、床にあった小さな鍵穴に、銀製の鍵を差し込んだ。カチリと鍵の開く音がした。


 一樹は、床のくぼみに手を入れ、重いものを持ち上げるようなポーズで、全身の力を込めて床板を上へ引き上げた。ギイ、という音とともに、半畳ほどの大きさの床板が持ち上がり、四角いマンホールのような暗い穴がぽっかりと開いた。中を覗くと、壁の一側面に鉄製の梯子が取り付けられている。中が暗いせいで、穴の底は見えない。


「父さんが、万が一のために作っていた脱出口さ。全く、戦後世代っていうのはこういうところに抜かりがないねえ。」


 軽口を叩いているが、一樹もかなり動揺している様子だった。


「脱出口って・・・、一体どこに続いているんだ?」


「もちろん、地上さ。それ以外に、どこに逃げ場所がある?俺の勘が正しければ、今の状況は、かなりヤバい。連邦は、関係者を大量に連行しようとしているみたいだ。外の音に耳をすましてみろ。」


 一樹にそう言われて、透は窓の外に目をやる。今まで必死で気がつかなかったが、かすかに銃声や爆発音が聞こえている。遠くのほうに、赤い炎のようなものも見える。


「嘘だろ・・・?」


「地底国の自衛軍が防衛を始めたんだ。これほど大掛かりということは、連邦の軍がかなりたくさん、地底国に乗り込んできているんだろう。」


「一体、どうなっているんだ?どうして急に連邦は・・。」


「さあ、わからない。少なくとも、今はこんなふうに議論している暇はないってことさ。」


 そう言いながら、一樹は、地下室にあった食料や毛布、衣服などを近くにあった鞄に詰め始めた。


「お前も急げ、俺も詳細な地図は持っていないんだが、地下道を通って地上に出るまで、少なくとも数十キロは進まなきゃいけないはずだ。前に父さんから聞いた。」


 透は、一樹にそう言われながらも、動けずにいる。突然の出来事に、理解が追いつかない。


「地上に出てどうなる?」


「いったんここを離れるためには、そうするしかない。」

一樹はもはや、透に目を向けることもせず、必要な物を棚から物色している。ふと思い出したように、葵に話しかける。


「・・・葵、君はどうする?連邦の奴らがこうして来ている今、連邦に合流することもできるんじゃないか?俺は止めないぜ。」


 一樹の言葉に、葵は淡々と答えた。


「私がこうしてロボットとして、あなたたちと行動をともにしていると、連邦の人たちに知られるわけにはいかない。ここまで来た以上、私も、あなたたちと一緒に行く。」


 一樹は、葵の返答に、少しの間考え込んでいたが、思い切りよく答えた。


「オーケー。それなら、一緒に行こう。地上のことをよく知っている君が一緒に来てくれたほうが、俺たちにとっても好都合だ。いいか、五分だ。五分で必要なものを鞄に詰めろ。五分経ったら、下に降りる。この家にはしばらく戻れないと思え。」


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