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カノジョとの出会い

 透は、その日の夕食の席で、兄の一樹に尋ねた。


「兄さん、昼間、僕の部屋に入らなかった?」


「お前の部屋に?なんで俺が入らなきゃならないんだよ。」


 予想通りの一樹の返答に、透はすっきりとしない。


「いや、なんでもない。ちょっと気になることがあっただけ。」


 透はそう言って、母特製のローストビーフを頬張る。今日の焼き加減はほぼレアに近い。ミディアムレアが好みの透は少しがっかりする。


 夕食を終えて、透は自室に戻る。部屋の窓を開けると、通り抜ける風が心地よい。地底には、地上のような自然の気流の循環はないが、人工的にそれを作り出す装置が設けられていて、毎日同じ強さの風が地底国には吹き続けている。


 そんな中で毎日を過ごしていると、昨日と今日、今日と明日、今日と一年後、それらの境目が一瞬わからなくなるような感覚に陥ることがある。気温や天気、気流などが毎日変わらない地底国の環境は、快適ではあったが、同時に、時の流れというものを見失わせる。


 事実、地底国の老人たちは、地上の老人たちよりも、認知症の症状がではじめるのが早い、というデータも出始めているのだそうだ。

 

 透は、ベッドに寝転がり、再び部屋の片隅の掃除ロボのヘッドカバーをこじ開けることを考えようかと思ったが、なんとなくやる気が起こらずそのままにした。


 透は、本棚から本を取りだして読み始める。その本は、ロボットのプログラム制御についての本で、作者の名前は敷島大志という。連邦の国立物理学研究所の研究者だそうで、プログラミングのスペシャリストとして、多数の著作を発表していた。

 

 その明瞭な記述と、アルゴリズムの発想の豊かさ、ユーモラスな文章が気に入り、透は手にはいるだけの彼の著作を入手し、手当たり次第に読んだ。どれも興味深い内容で、一度読んだ後も、繰り返し読み、その度に新たなインスピレーションを得た。


 さらに調べてみると、山岳でも大会等に参加している人物のようで、個人的に山登りに関する解説書やエッセイのようなものも書いていた。透は、それらの本も入手し、夢中で読んだ。山登りというものをこれまで一度もしたことがなかったが、死ぬまでの間に一度はしてみたいものだ、と敷島大志の本を読んで、透は思った。本を開き、横になっていると、いつのまにか、透は眠ってしまっていた。


 翌日も、おかしな出来事が起きた。翌朝起きて、透が大学に遅刻しそうで、慌てていると、足がもつれて部屋の片隅の工具の山に突っ込みそうになった。工具には鋭い刃がついたものや、先のとがったものがあるから、もし突っ込んでいたら、間違いなく怪我をしただろう。


(危ない。)


 透が、そう思った瞬間、右からの強い圧力で、透は跳ね飛ばされていた。そのおかげで、工具に突っ込まずに済んだ。透に突進してきたのは、あの掃除用ロボットだった。

 

 透は、首を傾げた。あの掃除用ロボットが、身を呈して、自分を助けてくれたように思えたからだ。

 

 しかし、ロボットは、その後動く気配はなく、部屋の反対側の壁におかれていた本棚に突っ込んで、本に埋もれたまま横たわっているだけだった。たまたま衝撃で滑り出しただけだろう。それが、偶然透を危険から救ったにすぎない。


 しかし、昨日の不可解な出来事を考えると、単なる偶然とも思えなかった。透は混乱しつつ、転んだ際にぶつけた膝をさすりながら、透は掃除用ロボットの上の本をどけ、元の場所に戻してやる。


「全く、おんぼろなんだから、気を付けないと。壊れちゃうぞ。」


 そう言って透は、人型のそのロボットの頭を、まるで小さな子にそうしてやるように、やさしく撫で、薄くかぶっていた埃を払ってやった。本当に、単なる偶然なのだろうか。透は再び考えこんだが、大学に遅刻しそうで慌てていたことを思い出し、急いで部屋を出ていった。


 その日の夜、部屋の隅から聞こえてくるかすかな物音に、透は目を覚ました。暗闇の奥から、カタカタという機械音に、少女のような透き通った声が混じる。


「プログラムの修正が必要だわ。つい飛び出してしまうなんて、私、どうかしてる。」


「誰か、いるのか?」


 透が暗闇に語りかけて体を起こすと、機械音と話し声の両方がピタリと止まり、部屋は再び静寂に包まれた。透は首をかしげる。たしかに、誰かの話し声が聞こえた気がしたのだが。


 透は、ベッドから抜け出てしばらくそのまま耳を澄ましていたが、辺りは静かなままだ。物音ひとつしない。寝惚けていたのかもしれない、と透は思い、再び寝床に戻った。寝巻きにはだしで、床の上に突っ立っていたので、気がつけば足がすっかり冷たくなっていた。布団にくるまって丸くなり、足を暖めようとすり足をしているうちに、透は、再び眠りに落ちていた。


 その数日後には、大学から帰宅して、自分の部屋に入る前に、人の話す声を聞いた。あの夜に聞いた、少女のような声と同じだった。


「どうしたら地上に出られるのかしら・・・。」


「お父様、どうしているかしら・・・。きっと心配しているわ。」


 それは、消え入りそうに悲しそうな声だった。しばらくの間、透は扉の前に立ち、その声を聞いていたが、意を決してドアを開けると、部屋の中には誰もいなかった。部屋の窓が開いていて、レースのカーテンが気持ちよさそうに風に揺れていたが、窓の下を見てみても、人影すらなかった。


 そんな出来事が続く中で、透の中に、ある考えが生まれつつあった。


(あのロボットは、もしかすると、実は自律型の知能を持ったロボットなのかもしれない。)


 メインコンピュータの複雑な構造、設置された二つのレンズ、二度と外すことが出来なくなった頭部のカバー、そして度々聞こえる話声、それらを総合して考えてみると、その結論に達してしまう。いや、馬鹿らしい、と打ち消し、しかし、これまでの出来事を考えるとやはりおかしい、いやしかしそんなことが・・・と考えることが何度か続いた。


 もう一度、ロボットの制御部分を見てみよう、とも考えたが、あの日以来、ロボットの頭部のカバーが外れることは二度となかった。なんの力によってなのか、カバーは固く閉じられ、内部を再び透が確認することは出来なかった。


 ある日、透は、一つの実験をすることにした。あのロボットを、壊してみるのだ。いや、正確に言えば、『壊そうと』してみるのだ。もし仮に、自分の馬鹿げた想像のとおり、あのロボットが自律型ロボットで、ある程度の知能と自我を持って動くロボットなのだとしたら、自分を破壊しようとする透に対して、なんらかの抵抗をするだろう。


 もしなんの反応もなく(ないに決まっているだろうが、)、実際にロボットの一部を破壊してしまったとしても、今まで倉庫に眠っていたロボットだ。特段誰かが困るというものでもないだろう。どうせ力ずくでないと、現在の状況では、カバーすら外せないのだ。


 透はそう考えて、倉庫で、そのための道具を物色した。以前、祖父が薪などを割るのに使っていた斧を見つけ、それを持って、自室に戻った。例の掃除用ロボットは、何事もなかったかのように、部屋の隅で動かない。透は、少しの緊張感を持って、そのロボットの前に立った。馬鹿らしいと思いながらも、斧を大きく振りかぶる。その瞬間、部屋に甲高い声が響いた。


「やめて!」


同時に、そのロボットは、素早く後ずさりした。


「喋った・・・。」


 透は、信じられないという表情で、目の前のロボットを見つめていた。そのロボットが、単なる掃除用のロボットではないことは、もはや、明らかだった。ロボットは、しばらくの間、透が引き続き自身を破壊しようとしてこないかを警戒している様子だったが、その様子がないことがわかると、動きを止めて、話し始めた。


「とうとう、バレちゃったわね。可愛い顔して、随分、手荒な真似してくれるじゃない。」


 ロボットは、なにやら憤慨している様子だ。腕組みをして、目と思われる二つのレンズでじろりと透を睨みつけている(ように見える)。


「こんな高度なプログラムが搭載されているなんて、聞いてないぞ。」


透は困惑している。


「高度なプログラム・・・と言えばそうかしらね。」


「いったいなんのために、こんな・・・。」


「なんのために?それは全く意味のない質問だわ。なぜなら、私がこうなってしまったのは、単なる事故によるものだから。」


「事故?どういうことだい?君は誰に作られたんだ?どうして、掃除用ロボットのふりをしていた?どうしてうちにいる?君は一体何者なんだ?」


「まあ、そう立て続けに質問しないで。あなたの質問に順番に答えるわ。質問一、私を作ったのは誰なのか、その答えは、『私』。あ、立て続けに質問するのはなしよ。後で詳しく説明するわ。質問その二、なぜ、掃除用ロボットのふりをしていたか、・・端的に言えば、地底国の人間に見つかるとまずいと思ったからよ。質問その三、なぜこの家にいるのか。これも後で説明するわ。質問その四、私は一体何者なのか。・・何者なんでしょうね。私の主観で答えるならば、私の名前は、敷島葵。人間よ。年は十六歳。職業は、科学者。」


 敷島葵と名乗るそのロボットは、淡々と透の質問に答えていった。


「人間・・って、明らかにロボットじゃないか。遠くから操作しているということ?」


「いいえ、今は、私自身の意志で動いている。けれど、以前は、敷島葵という人間が、このロボットを遠隔操作していた。」


 そのロボットの話す内容は、透にはなかなか理解ができなかった。不可解そうな顔で見つめていると、ロボットは更に説明を続けた。


「順を追って説明するわね。私は半年前、このロボットを遠隔操作することによって、地底国の調査を行っていたの。


 遠隔操作の細かい技術の説明は割愛するけれど、簡単に言えば、電話やメールで送るような電気信号で、私の脳の動きをロボットに伝えて、同時にロボットから入ってくる刺激なども電気信号として私の脳に送られるという仕組み。私自身は連邦の研究室で、脳に特殊な回路を接続することで、ロボットの遠隔操作を行っていた。


 その時、私がいる研究室で爆発が起きた。知っているかわからないけれど、半年前に連邦の研究所で起きた、爆破テロよ。私の意識は、特殊な回路でロボットとつながっていたけれど、そのことは私の人格とロボットの人格のイコールを意味しない・・『はずだった』。


 研究所にいる私の肉体が死ねば、私の意識も死に、ロボットに送られている電気信号が途絶える、ただそれだけのはずだった。だけど、爆発の後に起こったことは、その前提を完全に否定するものだった。爆発の次の瞬間、『私は私として』ここにいた。


 ・・コンタクトレンズをずっとつけたままで何日も暮らしていると、体がレンズを目と認識して、毛細血管を張り始めるという話を知ってる?もちろん、それよりずっと話は複雑だけど、簡単に言ったら、それと同じことが私の脳とロボットの思考回路の間で起こったの。


 ロボットの思考回路と私の脳が、ほぼイコールのような接続状態で活動を続けているうちに、私の脳は、ロボットの思考回路も自身の脳の一部と思い始め、私の意識のメインは、徐々にロボットの思考回路の領域に移りつつあった。ちょうどその状態の時に、私の人間としての肉体に損傷があり、ロボットの思考回路の領域だけが残った。

 

 だから、本当の意味で言えば、私はやはり、敷島葵ではないのかもしれない。『敷島葵であった記憶を持つ』、敷島葵のクローンであるだけなのかもしれない。けれど、私には人間の敷島葵であった記憶、ロボットとして切り離された瞬間の記憶が確かにあるの。だから、私は、私自身を敷島葵と思うことにした。」

 

 葵は一気に話し終えた。ひととおり聞き終える頃には、透にも内容が理解できるようになっていて、透は続けて質問した。


「君が、人間だったときの元の身体は、どうなったの?」


 葵は、途方に暮れたようにうつむいて、言葉を詰まらせた。


「・・・わからない。爆破テロはかなり大規模なものだったようだけど、若干名の生存者はいたと聞いているわ。インターネットで調べようとはしているんだけど、生存者の状況は隠されているようなの。生存者の情報が漏れれば、再び狙われる可能性があるからでしょうね。」


 葵は続けた。


「私は、誰にも見つからずに、この地底国を脱出することを考えたわ。だけど、脱出経路はなかなか見つからなくて・・・。人に見つからないように、となると、深夜にしか動くことはできないし。」


「なにも、見つからないようにすることはないじゃないか。事情を説明して、地上に返してもらえるよう言ったらいい。」


「そこなんだけれど、これをあなたに話していいのかどうか・・。でも、ここまできたら話すしかないわね。私がこのロボットを通じて地底を探索していた理由というのが、地底国の監視と偵察、だったとしても、地底の人々は私を簡単に返してくれるかしら?そして、連邦の人間は、その秘密をバラした私のことを罰することなく受け入れることをするかしら。」

透の顔色が変わった。


「監視と偵察・・?」


 葵は、言いづらそうにしばらくうつむいていたが、やがて静かに口を開いた。


「先ほどの質問の二つ目と三つ目の答えになるわね。端的に言えば、私は、連邦のスパイ活動をしていたの。連邦は、地底国の動向を常に気にしているわ。政治的な動きや、技術的な面をね。私があなたの家にいたのは、地底国の重役であるあなたのお父さん、橘武治の動きを監視し、報告するためよ。」


 それは、透には思いもよらない内容だった。連邦と地底国の交流はもちろんあるが、互いの主権は守られ、お互いを尊重し合っていると思っていた。


「父さんを監視していた?じゃあ、今も君は、連邦に情報を伝えているのか?」


 透の質問に、葵はため息とともに答える。


「爆発の瞬間に、連邦との通信は完全に途絶えた。今は、なんの連絡もとっていないわ。」


 そのとき、階下から透を呼ぶ母の声が聞こえてきた。夕食の支度が出来たらしい。透は、葵のほうを見た。


「色々話したら、私、少し疲れちゃったみたい。少し、眠るわ。」


 そう言って葵は、自らの電源をオフにした。電源のランプが静かに消えていく。葵がオフになった後も、しばらく透は、葵をじっと見つめていたが、再び母の呼ぶ声が聞こえ、急いで階下へと降りていく。そのまま葵はシャットダウンした。


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