表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
北川辺編
5/45

五話

 午後の仕事の開始時、隊長が業務指示を出す前に私に封筒を渡してきた。

「朝、支店長が来たときに持ってきてたんだ。忘れない内に今、渡しとくわ。一ヶ月お疲れ様」

 受け取ると、それは給料明細書だった。そういえば今日は給料日だった。ありがとうございます。と私が礼を言うと、いつも通り隊長は指示をだした。

「俺が機体の修理で、梅沢君はいつものとこ見回りね。で、芝田君は新井さんにうちのこと、何がどこにあるかとか細々したこと教えてあげて」

 新井さんが芝田に頭を下げた。芝田ははしゃいでいる。その光景は見ていて面白いものではなかったので、私はすぐ外に出た。

 

 見飽きた田園風景をいつも通り自転車で走る。

 新井さんという人のことを考えて、彼女と共に来たレールガンが内臓された腕のことを考える。

 数十分前に説明されたはずのレールガンの仕組みについて、私はほとんどの事を忘れていた。ただ今までの銃より威力が高いということだけしか覚えていない。それ以上のことを覚える気もない。興味がないのだ。

 そのすごい武器があれば、次に戦う時また芝田に助けられるような屈辱はなくなるのだろうか……。

 嫌な事を思い出した。連鎖的に色々な想いが頭を通り過ぎる。芝田の事、会社の事、学生時代の自分の事。全て嫌な記憶だ。

 だから見回りは嫌いなんだ。

 

 道の先に、車に轢かれた牛蛙の死体が見えた。それを視界にいれないようにしながら、大きく避けた。

 

 あの土手に着いた。

 前回そうしたように、川原の風景を眺める。

 癒されるようなことはない。心は暗いままだ。でも、水辺の景色は綺麗だと思った。

 しばらく茫然とした後、出発前に貰った給与明細を思い出した。ポケットから出して中を見ると、総支給額が毎月の額よりも少し多かった。内訳を見てみると、普段は無い手当てが加算されていた。

 特別手当:二〇,〇〇〇円

 初めての給料を貰ったときに、隊長から受けた説明を思い出した。各種手当ての概要だ。その中で特別手当については隊長はこう言っていた。

「ま、色々な場面で使われるけど、一番多い使われ方は、戦闘をした時だね。一回の戦闘毎にいくらずつ貰えるんだったか、それとも一月の間、何回戦闘しようが決まった額だったか、どっちだったかは忘れちゃったね」

 なんせこの支店来てから貰った事ないから。と言って隊長は笑っていた。

 つまり、この手当ては、今私が居るここで行われた古河市との戦いの報酬らしい。

 死ぬ思いを何度もして二万円。敵を撃墜して、そしてもしかしたら中の人間を殺したのかもしれないのに、二万円。私の命はたったの二万円。

 地面に付いた赤い絵の具は、もうすっかり薄くなっていた。

 たしか防衛団が出動すると、戦闘のあるなしに関わらず、いくらかのお金が所属自治体から支払われるはずだ。加えて、先日の表彰式で、敵を撃退したことに対して金一封も出たと聞いている。それらの実際の金額がいくらだったのか、私は知らない。

 防衛団の運営には金がかかる。機体は精密機械で動かすだけでも結構な額になるし、弾丸の一発一発が数万円するような高額な代物らしい。そこにきて、今回の出動で各機体がボロボロになって帰ってきた。その修理費用だけで、北川辺支店の年間予算の半分以上が使われたと高橋さんが言っていた。

 だから金が無い。という事情は解る。無い袖は触れないのは理解している。

 でも、心は納得していなかった。論理的な説得を感情的な反論が突っぱねている。

 私の価値は……。私の意味は……。

 私は、なんでこんなことしてるんだろう。

 結局は、またその想いに行き着く。

 ショックな事があろうと無かろうと、戦いがあろうと平和だろうと、私が考え至るのは、現状への不満だけなのだ。

 しかしだからと言って、それを外に発露したりはしない。文句を喚いて上司に当たったところで、それで環境や待遇が変わるとは思えない。なにしろ会社というものは、そんなに柔軟なものじゃないし、大人というものは、いや、労働者は、そういう憤懣を誰もが抱いている。そして誰もがそれを我慢して生きている。皆が皆、我慢するという、ある意味での平等さによって、かろうじて社会は廻っているのだ。

 そのことは私だって弁えているし、その回転から弾かれたいとも思っていない。

 だから結局、この気持ちは自分の中に飲み込むしかない。それ以外の選択肢なんか存在しないのだ。いつもの事だ。気にしちゃいけない。世の中の人も皆同じように思っていることなんだ。

 

 いつも通りの見回りを終えると、隊長から、新井さんの事を手伝うよう指示された。

 言われた通り倉庫へ行くと、私の機体の横でモニターを見ている彼女をみつけた。とても集中しているようだ。私が近寄ってもまるで気が付かない。

「あの」

「ああ、すみません。戻られたんですね」

 彼女は顔を上げこちらを見た。

「今ですね、この間の戦闘の報告書とか機体のデータとかを見せていただいていたんです」

「そうなんですか」

 私は背中に汗が浮き出るのを感じた。私の稚拙な文章が読まれたと思うと、恥ずかしい。

「梅沢さん。あなたすごいですね。一機撃墜したんでしょ」

「いやいや、全然すごくなんかないですよ。運が良かっただけです」

 さらに恥ずかしくなった。私は謙遜することしかできない。

「いえ、すごいですよ。初めての実戦だったんでしょう。それでこんなにできる人って、なかなか居ないんじゃないですか。武装腕のテスト任された理由が解りましたよ」

「は、はぁ」

 多分、私の顔は赤くなっている。加熱によって頭の処理速度が落ちている。私はまともな答えを返すことができなかった。

 新井さんはその後も何事かを語っていたが、私の耳には届いておらず、だからもちろん返事をすることもできなかった。

 彼女は自分の発言に、うんうんと頷いていたりもしていたので、もしかしたら私に対して話しているのではなく、自分の考えを口に出して確認しているだけだったのかもしれない。私にとっては、その方が助かる。

 ひとしきり喋ったあと、彼女は一息吐いて頭の回路を切り替えるようにしてから言った。

「それじゃあ、そろそろ始めましょうか。次は実際の取り扱い方についての説明をします」

 居心地の悪い話が終わって、私はほっと胸を撫で下ろした。よろしくお願いしますと礼をしてから、午前中と同じように椅子に座って向かい合った。

 

 十七時になると彼女は先に帰った。

 なんでも、しばらくこちらに通うことになるから、近くにアパートを借りたらしい。その引越荷物が十七時半頃に届くから、それの受け取りの為に早退したのだ。

 私の終業時刻まではあと一時間ほどある。

 なんの仕事をやるにしても中途半端に終わってしまうような時間だったので、プレハブ内にある自分の机の整理整頓をすることにした。

 とはいえ、普段から気を使っている私の机は綺麗だった。

 必要最低限の物しか出ておらず、唯一出ているファイルやノートの類は端に寄せられ、作業スペースを最大限確保している。

 抽斗の中も用途ごとに分類し仕切られ整然としており、これ以上に片付けるべき箇所は無かった。

 向かいの芝田の席を見てみる。 こちらとは打って変わって酷い有様だった。

 ファイル、書類が山のように何箇所にも積み上げられ、使用した筆記用具はそこここに死体のように転がっている。何かのキャラクターの小さなフィギュアは私物だろう。それらは雑然とした卓上でどれも窮屈そうにしていた。

 部屋には高橋さんが一人居る。人の目がある中、堂々とサボる訳にもいかない。だからといって、芝田の机を片付けてやる義理も無い。少し考えた末、掃除でもすることにした。

 各机ごとに設置されたゴミ箱にあるゴミを袋に移し、近所のゴミ置き場に持っていく。それから箒とちりとりを手に、床の掃き掃除を始めた。あまり意味のある行動とは思わなかったが、何もしないのを咎められるよりはマシだろう。高橋さんも何も言ってはこなかった。

 奥の方を掃いている時、支店長の机の上に、広報北川辺が置いてあった。

 広報北川辺とは、毎月一回、町が発行している広報誌だ。町に関する、およそ興味のないニュースと意味のない情報が掲載されている空虚な代物だ。

 それの表紙に私がでかでかと写っていた。

 正確には我々が、だ。

 この間の、役場で行われた表彰式の際、市長らと撮られた写真が『広報北川辺』という題字の下に貼り付けられている。

「こ、これは」

 思わず声を上げ、手に取った。

「あ、それ。来月の奴だって。うちの事が書かれているから、チェックも兼ねて原稿が送られてきたのよ」

 私は生返事をしつつ、ページを捲った。

 開いて一ページ目にこれまた大きく私が居た。今度は外で、機体を背にして撮った写真だ。隊員三人が仲良さそうに肩を組んでいる。

 その写真がページの八割を占めていて。下の方にほんのわずかな文章しかなかった。

 確かに平和なこの町で、数十年ぶりに他県からの侵攻があって、戦闘があった。平和すぎてネタに悩んでいたであろう広報誌の編集者がこれを記事にしないわけはなかったのだ。

 予想できない事じゃなかったけれど、こんな紙っぺらの事、今の今まで忘れていた。

 私が唖然としていると、高橋さんが言った。

「よく撮れてるじゃん」

 くすくす笑っている。

 もう一枚ページを捲ると、隊員の簡単な紹介が、顔写真付きでされていた。

 隊長が、芝田が、そしてもちろん私が居た。

 覚えが無い。私たちは個別には写真を撮られていないはずだった。一体いつの間に……。

 そう思ってよく見ると、写真の私は少し表情が角ばっていた。奥歯を噛みしめているようにも見える。

 あの時だ。部長の茶番めいた演説に笑いを堪えている時。そういえば、応接室にはカメラを持った人も居て、会見の様子を撮影していた。

「なんでよりによってこの瞬間を……」

 私は恥ずかしさに悶えた。

 それを見た高橋さんは声を上げて笑った。

 

 ひとしきり落ち込んだ後、改めてその記事を読んでみた。

 北川辺町が数十年ぶりに侵攻を受けた事。その相手は茨城県古河市であること。そしてそれはわが町に支社を置く、株式会社ユニバーサルの防衛団が撃退したこと。まず、そういう事実が書かれ、次に行政区画自由化法についての簡単な説明と、その成り立ちと歴史がまとめられていた。興味が無いのでそこのところは飛ばした。

 最後は、うちの部長と支店長へのインタビューで〆られていた。記事全体を通して、面白い事は1つも書かれていなかった。

 ページを戻り、またそれぞれの写真を眺める。

 そこに写る人達は、私の肉眼で見た時の姿と変わりはない。 しかし、自分の写真には違和感があった。見たくもないのに、視線が無理やり引っ張られてしまう。見れば見るほど、その写真は私の醜い部分を際立たせているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ