四十四話
騎西町の格納庫に着き、トレーラーを元あった場所に納めると、私はそのまま運転席で仮眠をとった。というより、蓄積された疲労により、体が勝手に意識を断ち切ってしまったのだ。
目覚めた時には、既にアルバイト達の姿があった。時計を見ると、時刻は始業時間を二時間ほど越えている。
問題はない。私という歯車が二時間回らなくとも、この支店はそれに気付きもしないで動き続ける。そう、何も問題はない……。
電話が鳴った。
受話器を取った渡辺の表情が強張る。トレーラーから出てきた私の姿を認めると、すぐに持っていた受話器を渡された。
それは三日前に受けたのと同じものだった。電話の相手は加納さんで、加須市が攻めてきたと言って慌てている。
私は必要な情報だけを聞くと、何も言わずに受話器を置いた。
振り返ると、アルバイト達は加納さん以上の慌てぶりで出動準備を始めていた。だから、私が何かを指示する必要はなかった。やはり不要な歯車なのだ……。
一号機を覆っていた布を取り外し、新たな弾倉を持ち込むだけで、私の準備は終わった。トレーラーの運転席で、他の二人の作業をぼんやりと眺めた。
今居るアルバイト。一人は渡辺だけど、もう一人の、あの女の名前は何だったか……?
戦場となる舞台も、もちろん前回と同じ場所だった。騎西町東部のホームセンター跡地。
1階のシャッターには、私が乱射してできた穴が十数個も開いている。前回との相違点はそれくらいだ。どうせ今回も何処かで待ち伏せをされている。
我々は同じように三機で固まって、敷地内に侵入した。
建物が銃の射程圏内に入ると、私は全弾を手近にあるシャッター達に撃ちこんだ。
手ごたえはなかった。弾倉が空になった銃を捨て去り、隣の機体に乗っている人間に言った。
「装備を貸して」
相手は一瞬躊躇ったが、わたしが差し出した右手に、自分が持つ銃を渡した。
「ナイフも」
私は今度は左手を出す。相手はその時になって初めて見慣れない左手の存在に気付いたようだった。恐る恐るといった感じでナイフを握らせてきた。
これで今、私の機体が保有する武器は、右手に銃が一丁。右腰部にナイフが一本。更に今、左腰部にもナイフをしまった。そして、新井さんから未来を奪った左腕のレールガン。
……これだけで、充分だろう。
「君等は、この辺で適当に時間潰してな」
二機は、受けた命令の意味が解りかねるといった風だったが、私はそれ以上の言葉を重ねる気はなかった。
立ち尽くす二機の存在を頭の中から消し去ると、私は機体を走らせた。まずは建物右端の陰にでも行こうか。
走行中、案の定、上方からの銃撃を受けた。見上げると三階の駐車場から敵機がこちらを狙っていた。
しかし、まだ距離がある為、狙いが甘い。全力疾走中の私の機体に被弾はなかった。私は怯むことなく走り続け、銃弾を掻い潜り目的地としていた建物の陰へと辿り着いた。
同時に銃撃も止み、しばらくの静寂が流れた。
私は頭部だけを陰から出し、敵の様子を窺った。
三階に居た敵機は、私を狙い打てる位置への移動の為に、スロープを下っていた。そしてその下の平地には、二機の敵特人車がこちらに向かってきている。
それを確認したと同時に、彼等は撃ってきた。私は頭部を引っ込めると、レールガンを起動した。
折りたたまれた砲身が稼動し、銃の形を成す。その過程で左手は包み隠された。レールガンを発射体勢にすると、結局、左手は使えなくなるらしい。なるほど、欠陥品だ。
既に充電は完了している。私は銃口を壁に向けた。そして今しがた見た光景からスロープに居る敵機を『勘』で狙い撃った。
光弾は壁を貫き、スロープを破壊した。
発射までのレスポンスは驚くほど短くなっており、反動は無いに等しいほど小さく改良されていた。弾も概ね狙った通りの軌道を描いてくれた。残念ながら敵には命中しなかったが。
しかし、大穴を開けられたスロープはバランスを崩し、そこに載っている特人車の重さも手伝って崩落を始めた。
雷のような轟音と、地震のような振動が響く。
辺りには土煙が上がり、相手方の姿は見えない。だが、彼等が狼狽し混乱しているのは空気から伝わってきた。
レールガンを畳みながら、私は再び駆けた。そして土煙が晴れる前に、敵の一機に肉薄した。
向こうは、こちらより数瞬遅れて私の存在に気付いた。ギクシャクと銃を向けようとした。しかし既にその時、レールガンというグローブを外した私の左手には、ナイフが装備されている。
私は機体の身を翻すと、その回転の力を利用して逆手に持ったナイフを彼の敵の腕に突き刺した。
ナイフは敵機の右手と、そこに持たれた銃を刺し貫き、相手の攻撃力を奪った。
私は即座にナイフを離すと、今度は相手の喉元に手を伸ばし、首を乱暴に掴みあげた。そして……。
アルバイトから取り上げた右手の銃を胸部、運転席に押し付け、引き金を引いた。
相手の胸には、銃口よりほんの一回り小さい穴が開いた。
それでこの機体の全能力は失われたはずだった。けれど、だらりと下がった手足が、ほんの少しだけ動いた。
それは銃弾を受けた衝撃による反動と慣性の動きだったのだろう。しかし私は、それを抵抗の意志と受け取り、更に引き金を引いた。
周囲の土煙は大分薄れてきていた。何発もの銃弾を浴びせている間、他の敵機は何の行動も起こさなかった。私が、彼等に対して盾になるように彼等の仲間を掲げている為か。それとも、この光景、つまり私の行動に、怯えているのか。
規則的に連続して轟いていた発砲の音が途絶えた。弾倉の弾を全て打ち尽くしてしまったらしい。敵機に開いた穴は十を超え、小さな穴はそれぞれが手を繋ぎ合い、機体の空洞を大きなものにしていた。
私は銃を捨て、敵機を支えていた左手を離し、大部分が無くなったその胴体に更に蹴りを入れた。命を失った特人車は、傍らで茫然と立ち尽くしていた味方の一機を巻き込んで、押し倒すように倒れた。
その間にも、私はレールガンを再度起動しており、奥の敵、先程スロープに居た機体を狙っていた。
画面上では、向こうも私を狙っている。私が味方を離すのを見計らっていたようだ。私達は同時に弾丸を発射した。
私が放った弾は、敵機の中心部に命中した。丁度そこには、左腕部に取り付けられた盾が構えられていたけれど、レールガンの威力はそれをものともせずに、敵機を軽く吹き飛ばしていた。
そして敵の銃弾も、私の左腕を、レールガンを破壊していった。被弾を感知し、システムが自動的に左腕部との接続を解除する。と、同時にレールガンは小規模な爆発を起こして、消滅した。
これで彼は、精神的、あるいは資本主義的な意味合いだけでなく、物質的にも、未来を失ってしまったのだ……。
その爆発に続いて激しい揺れが起こり、突然モニター画面がブラックアウトした。
頭部をやられた。
衝撃で倒れそうになるのを必死で持ちこたえ、私は運転席の扉を開いた。カメラは全て死んでいる、それ以外に外の世界の様子を知る術はない。
何ともいえない臭いを伴った熱波が吹き込んできた。その熱量に、呼吸も満足にできなかった。
扉の形に四角く切り取られた世界では、先程、味方機の下敷きにしてやった敵機が、銃をこちらに向けつつ、そこから這い出そうとしていた。
私は即座に移動した。もちろん、相手にとって死角となる位置へだ。死角は、穴だらけにしてあげた特人車が大量に作ってくれている。思惑通り、相手はこちらへの射線が取れずにもがいていた。
やがて下敷きの敵機は、上の機体を力任せに撥ね退けた。私はその隙を突いて跳躍、その全身をさらけ出して寝転がっている敵機にのしかかった。
金属同士がぶつかり、ひしゃげる程の衝撃があった。しかし、私には関係ない。
私には空気も、平静も、もう不要なのだ……。
当然ながら、敵はそうではなかった。反撃の隙はあったはずなのに、行動を起こそうとはしなかったのだ。だから、私は……。
右腰部からナイフを取り出し、振り上げて思い切り相手の胸へと衝きたてた。
先程銃でやったように、何度も何度も。
振り上げては下ろし、振り上げては下ろし。何も考えず、機械となって、その行動を反復した。もう敵の胴体には、壊せる部分がほとんど残っていない。
何十回目かに腕を振り上げた時、持ち上がった狭い視界の中に、アルバイトが乗る特人車の姿を見えた。
その時、私の全身を強烈な電気信号が走った。
そして、私は悟った。
殺すべきは、こいつら加須市ではない……。
真に、殺さねばならないのは……。
奴等だ!
私は最後にもう一度、ナイフを深く振り下ろした。そのまま空洞内にナイフを残し、空いた右手でその敵機が持っていた銃を奪った。そしてゆっくりと立ち上がる。
そう、ゆっくりでいい……。
焦らずいこう。じっくりと……。
私の体には力が満ち満ちていた。小さな私の体では抑えきれずに爆発してしまいそうだ。神秘の力が体に宿っている。
機体は頭と左腕を失い、少なくないダメージを受けている。しかしそれさえも、私を通って出るこの力によって再生、あるいは代替できる気がした。
万能感。全能感。
いつか昔に感じたその感覚の、その時以上の強さを私は感じていた。
そうか、これが……。
これが……夢!
絶対に成し遂げたいと願う目標へ向かう、純粋で強力な力と衝動!
私にも、夢が持てた……。
奴等を殺すという、夢が……。
奴等とは、私を愚弄した者。私という存在を否定した者。私を、壊した者。
佐藤、渡辺、藤野、福地、荻野、オーナー、マネージャー、そして……芝田。
まずはあそこに居る二人を殺そう。奴等は馬鹿だから簡単だ。何食わぬ顔で近づいて運転席を潰してしまえばいい。いや、それじゃあ私が受けた苦しみとの釣り合いが取れない。もっと苦痛を与えて、辱めを与えるべきだ。
どんな方法が良いだろう。
私は頭の中で色々な遣り方で、奴等を殺した。そして、その度に嗤った。
「くっふっふっふっふっふ」
口に出して、声に出して嗤っていた。
愉快で愉快でしょうがなかった。その想像が全て現実として起こったならば、それは世の中のどんな娯楽よりも、私に快感と刺激と興奮、そして幸福感を与えてくれることだろう。
素晴らしい!
夢とはなんて素晴らしいんだ!
そうだ。あの二人を殺したら、そのまま他の連中も殺しに行こう。うん。それが良い。そうしよう。だって、一日も待てない程、我慢できない程、私はワクワクしているのだもの。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは」
嗤いながら近づく私に対して、目の前の奴等は少しだけ警戒の素振りを見せた。
いけない、いけない。もっと押し隠さないと面倒なことになってしまう。抵抗されでもしたら、最悪だ。爽快感が薄れてしまう。自重せねば。
「…………くっ」
駄目だ。抑えなれない。勝手に溢れ出してくる。愉悦が、コントロールできない。
「くっくっくっくっく」
でも大丈夫。奴等は馬鹿だから。ほら、もうあと何歩かで、銃の弾が届く距離になる。
あと五歩。どっちからにしよう。
四歩。どっちでもいいや、どうせ両方殺すんだから。
三歩。よし、右の奴からにしよう。あれには誰が乗っているんだったか?
二歩。ほら。銃を向けても何の反応もしない。馬鹿だこいつ。
一歩。さようなら。
私は全力で嗤って、引き金にかけた指に力を入れた。
その時。
爆発音、金属音、破壊音。そうした音が重なり合って、形容しがたい轟音と衝撃が私を襲った。
それまで前方の四角形にしか映っていなかった世界は、突然、私の右側一杯にまで拡がった。新たな風が吹き込み、大小の物体が乱暴に入り込んできた。
その新しく映し出された世界で、半壊し飛んでいく自分の機体の右腕の姿が見えた。
そして私は、訳の解らない力で回転していた。更に、視界は徐々に地面へと近づいていく。
なんだなんだなんだなんだなんだ!
回転し混乱する私の目に、一瞬、後方で銃を構えた敵機の姿が映った。レールガンの直撃を受けたはずの機体だ。それが何故……。
「レールガンの唯一の長所だった威力と射程が大幅にダーウン」
昨夜、新井さんが酔っ払い、自虐的に言っていた言葉が頭に浮かんだ。
新井さん……。
貴女が言った通り、あんな物、使い物にはなりませんでした……。
地面は、もはや目前にまで迫っていた。
第三部 騎西町編 終