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埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
騎西編
43/45

四十三話

「なんだか、変わりましたね」

 およそ二年ぶりに再会した新井さんは、私の事をそう評した。


 夕方頃にかけた電話で私は「今、自分が使っている機体の左腕が壊れたので、昔使ったレールガンを貸してください」と、厚かましいお願いをした。

 今の私がクリエイト騎西町支店に勤めていることや、その支店内の混沌とした状況、隣市が近日中に攻めてくる可能性が高いこと。そういった詳しい事情は一切話さなかった。ただ貸してくれと言ったのだ。

 礼を欠いた要望で、普通なら断りの言葉すらなく電話を切られてもおかしくはない。しかし意外にも新井さんは二つ返事で、いいですよと承諾してくれた。

「では、二十時から二十一時にはそちらへ着くと思います。浦和の本社へ行けばいいんですよね?」

「今日ですか?」

「いけませんか?」

 電話口の彼女は考え込み、少しだけ無言の時間が流れた。

「いえ、大丈夫です。二十時以降ですね。その時間なら他の社員も少ないし、私にも好都合です」

 新井さんの言葉の意味は解らなかったが、解る必要もない。今の私は、一号機の左腕をなんとかする以外に、考えるべきことはないのだ。

 早々に電話を切ると、私は再び格納庫へ行った。浦和までの出発前に、一号機に未練たらしく繋がっている欠損した左腕を取り外しておく必要があったのだ。

 作業中、アルバイト達はチラチラとこちらに視線を向けてきた。私は何も感じなかった。あれらはプログラムに沿って動くオブジェクトに過ぎない。ただ、そのプログラムにバグがあるというだけだ。

 取り外した左腕は、片付けもせず、その辺に転がしておいた。気付くと時刻は十八時半を過ぎていて、アルバイト達の姿も消えていた。

 私はトレーラーに積まれた特人車に布をかけ、それと解らないようにしてから浦和へと出発した。


 出発時刻が送れたことと、少し道に迷ったことで、到着は約束の時間よりも二十分ほど遅れてしまった。新井さんは本社前の道で待っていてくれて、私が運転するトレーラーを少し離れた搬入口まで誘導してくれた。

 ユニバーサルでは二年近く働いていたが、本社に来たことなど十回にも満たない。ましてや開発部関連の倉庫など、その存在すら知らなかった。搬入口は、その倉庫へ直結する構造になっていた。

 私は誘導に従ってトレーラーを停め、運転席から降りた。倉庫内は私が見てきた防衛団の各支店がそうであったのと同じで、用途の解らない資材があちらこちらに乱雑に放置されていた。

「遅くなりました。早速とりかかりましょう」

 私が開口一番そう言うと「なんだか、変わりましたね」と新井さんは言った。

「そうですか?」

 私は上の空で返答した。そんなことよりも、目当てのレールガンがどこにあるのかが気になっていた。視線をキョロキョロと動かして辺りを見回す。

「えぇ。以前は身だしなみは、もう少しキチっとしていたと思います」

「そうですか?」

 言われて自分の身なりを確認してみた。髪は四ヶ月は切っておらず、伸ばしっぱなしでセットもされずにボサボサ。入院した日以来だから、もう三日は髭を剃っていない。それどころか、風呂にも入っていない。だから、外見の印象だけでなく、真実汚いのだろう。もしかしたら、キツイ体臭を周囲に発散しているのかもしれない。

 確かに、今の私は酷い姿をしていた。

 でも、前の私というのは、どんな格好だったか……?

 いや、関係ない。目的の遂行を優先しよう。

「それより、早く取り付けを始めましょう。レールガンはどこにあるんですか?」

「……そこです」

 新井さんが指差した場所には、少しごつい形をした五指のある腕パーツがあった。利根川の土手で試射を繰り返した物とは、似ても似つかない。

「え、これ?」

「新型ですよ。あれからもう二年も経ってるんですから……」

 そこで新井さんは目を伏せた。その意味は、今の私には想像できなかった。

「……サービスですよ。持ってっちゃってください」

「指、つけたんですね」

 手指の排除という斬新さが、レールガンの1つの売りだったように記憶している。彼女がその事を熱く語った模様も、なんとなくだが記憶にある。

「利便性の向上」

 彼女は一言呟いて、脇に置いてあったビニール袋から缶ビールを取り出した。「飲む?」と聞かれたが、私は帰りの運転があるからと断った。

「レールガンの砲身部分を折りたたみ式にして、サイズをコンパクトに。そして折りたたんでいる時には通常の腕パーツと同様の手指が使えるようになり、従来の装備も使用可能になりました」

 新井さんはコマーシャルで流すような台詞を、投げやりな口調で言った。そしてビールを飲んだ。

「でもそのおかげで、レールガンの唯一の長所だった威力と射程が大幅にダ~ウン。コスト面の問題も何一つ解決していないから、良いとこなんて何にも無くなってしまいましたとさ」

 飲みながら、新井さんは笑った。多分、自嘲の笑いだ。

「使えるんですか?」

「……さぁねぇ。データ上では問題ないけど。なんせ、一度も試し撃ちなんてしてないもん」

 わっかんないわよと言いつつ、二本目の缶が開かれた。それを飲みながら、彼女は紙の束を差し出した。

「マニュアルどうぞ。これ見て、ご自分で接続して」

「解りました」

 私はそれを受け取りパラパラと流し読み、早速取り付け作業を始めた。

「やっぱり、変わりましたね」

「そうですか? 新井さんは酒に弱くなったんじゃないですか?」

 まだ二本目だというのに、その言動から彼女が酔っていることは明らかだった。昔はもっと飲んでいたはずだ。確か、ジョッキ十三杯くらい。

「そんなことないですよぉだ。昔からこうです。すぐに酔っちゃうけど、酔った後も飲み続けられるだけなんですよぉ」

 彼女はそう強がったが、私はそれに返事をせず、マニュアルと現実の画を見比べながら手を動かし続けた。早く終わらせたいのだ。

 三本目のふたを開ける音が聞こえた。

 そしてまた新井さんが絡んできた。

「聞かないんですか?」

「何をです?」

「他社に勤める人に、開発中の試作装備を貸し出す。変ですよねぇ。疑問はないんですか?」

「そう言われれば、そうですね」

 考えもしなかった。そういえば、変かもしれない。

 新井さんは、フンッと鼻で笑い「やっぱり変わったよ」と小声で言った。

 そして、一拍置いて語りだした。

「私も、今月でこの会社を辞めるんですよ!」

「へぇ。そうですか」

「何それ! その反応。何? 変でしょ」

「変?」

「昔の梅沢さんなら『なんで! どうかしたんですか? 私に力になれることありませんか?』くらいは言ってましたよ!」

 新井さんは口をすぼめ、眉を八の字に曲げて、妙な声色を出した。私の物真似をしたらしい。その言葉が、私の口から出ている様を想像することはできなかった。

「なんで。どうかしたんですか。私に力になれることありませんか」

 試しに言ってみても、やはり私の言葉として捉えることはできなかった。

 新井さんは私の言葉で満足したのか、それとも諦めたのか、退職理由を語りだした。

「フンッ。今あなたが取り付けているレールガンの所為ですよ」

「こいつの?」

「そいつのおかげで、私の職場での未来は絶たれたんですよ。実用化の未来がない物を作ってたんじゃ、そりゃあ私の未来も失くなりますよねぇ。馬鹿みたい! こんなもの押し付けられて……」

 毒づいた新井さんは、ビールを一気に飲み干した。

「そういえば、こんな話は前にもしましたよねぇ」

 私は作業の手を休めず、返事も返さなかった。相手をするのが面倒になったというのもあるのだが、正直なところ、覚えていなかったのだ。

「そう、梅沢様の偉大なる御力のおかげで、あの頃、一瞬だけ、私にもそいつにも未来が拓けそうな時期があったんですよ。……でも結局ダメでした。ていうか、そんな未来があったと思ったのも、ただの私の妄想だったのかも……」

 袋から四本目のビールが取り出された。一体何本買い込んだのだろう。

「だから私の状況っていうのは、二年前とそんなに変わっていないのですよ。ちょっとだけ風当たりがキツくなって、デスクが隅っこの一番使いづらい位置に移動されて、後輩からも陰口言われるようになっただけで……」

 新井さんは先程から何度もしているフンッという鼻で笑う行為をした。

「それが嫌になって、我慢の限界がきて、辞めるだけですよ……」

 言葉を区切るにつれ、新井さんの声は小さくなっていき、最後の方は震えていた。

「梅沢さんは、私の味方に、なってくれたんじゃなかったんですか。守ってくれる、って言ってたじゃない、ですか……」

 完全に口調が変化したので、新井さんの方を見てみると、彼女は泣いていた。

 私には、その突然の涙の理由が解らなかった。

「それなのに、どうして、急に、いなくなっちゃったんですか!」

「どうしてって……」

 どうしてだったか?

「覚えて……いません」と答えるしかなかった。

「私は、最近特にあの頃のこと思い出しますよ。初めて梅沢さんに会った時のこと。私が酔って取り乱した時に、梅沢さんが格好良いこと言ってくれたこと。レールガンの試射に悪戦苦闘したこと。隣町の敵を一発で撃退したこと。それと、梅沢さんとキスしたこと……」

 新井さんは窺う様な目でこちらを見た。口調は段々と平静を取り戻してきていた。

 今、彼女が語った思い出は、私の中にも在る。しかしそれは、テレビドラマのあらすじを読んだ時のようなものだ。起こった事実だけを覚えているというだけで、その時感じた想いを知ることはできない。

 新井さんの視線に何も応えられないでいると、その目は宙へと移っていった。

「あと、私の歓迎会のこと」

「歓迎会?」

 曖昧な記憶の中には、そのような項目はなかった。私が忘れてしまっただけだろうか。

「そう。芝田さん主催の、歓迎会。といっても、皆、都合が悪いってことで芝田さんしか居ませんでしたけどね。梅沢さんはあの時、酷い病気に罹ってて来れなかったんですよね?」

 新井さんはいつの間にか涙を止めていて、正気の戻った顔をしていた。

「さぁ。どうでしたか」

「……誘われてなかったんでしょ」

 彼女は私の言葉から、何かの確信を得たようだった。

「おかしいと思ったんですよ。前日にあんなに元気だった人が、急にそんな大病を患うなんて……。メールで体調を尋ねたら、すぐに『大丈夫ですよ』って返してくれましたしね。きっと隊長さんや高橋さんにも、声かけてなんかいなかったんだわ」

 そのメールの記憶は、微かに残っていた。確かあれは、大利根町の(ハーモニーの)侵攻を退けた日の翌日だっただろうか。

「私を飲みに連れ出す為の口実だったんですね。陰湿。陰険。やだやだ!」

 それで私もなんとなく理解できた。

 芝田は新井さんに気があった。だから二人だけで会いたかった。その為の口実。その為の嘘。そしてその嘘による、新井さんからのメールだったのだ。

「正直、すっごくつまんなかったですよ! あの人、自慢話ばっかでしょ。私もう途中からほとんど無視してお酒飲んでました」

 その時の様子を再現するように、新井さんはまたビールを飲んだ。

「でもほら、私酔っ払うと何でもペラペラ喋っちゃうでしょう。今みたいに。だから後半は、私が一方的に喋ってましたね」

 そうそう、と彼女は更に思い出したように話を続けた。

「あの時は、梅沢さんの事を話したと思うんですよ。当時、私は梅沢さんが好きでしたから」

 さらりと言われたが、私にはよく意味が解らず、反応ができなかった。

「梅沢さんがうちに来たとか、梅沢さんとキスしたとかを、自慢気に言ってやったんだ。変な気を起こされるのを阻止する狙いもあったんですけどね! そしたらあいつ、目を真ん丸に見開いて驚いてやんの。見せたかったよ。超笑っちゃう顔だったんだから」

 先程まで確かに泣いていたはずの彼女は、今度は笑いだした。いかにも楽しげで、自棄にも見える笑い方だった。私の顔は、もうそんな表情を作ることはできない。

「1つ、聞いてもいいですか?」

「なぁにぃ?」

「その飲み会の前後で、隊長か支店長。いや、会社の他の人間に、私についての話をされたりしませんでしたか?」

「ん~……? してないよ」新井さんは少しだけ記憶を辿った後、そう言った。

「する訳ないじゃん」

「そうですか。ありがとうございます」

 丁度、レールガンの取り付け作業も終わった。私は新井さんに頭を下げ、その場を後にした。彼女は、それまでの饒舌とは打って変わって何も言わなかった。だから私も何の言葉もかけなかった。

 さよならも、また今度も無く、私達は別れた。多分、これが今生の別れになる。私達は二度と会うことはないだろう。そんな気がした。


 騎西町への帰り道には、猫の轢死体とカラスの死骸があった。

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