四話
あれから数日経った。古河市にはなんの動きもなく、田舎町にはそれ以前と変わらない平和が戻っていた。
私は倉庫で機体の修理作業をしていた。
あの戦闘で一番損害を受けたのは、もちろん左腕を失った隊長機だが、私の機体もかなりの傷を負っている。
直撃こそなかったものの、すぐ近くに砲撃を受け、その爆風を受けたり。回避のためとはいえ色々無理な機動をしたり、全速力で地面にぶつかったり、坂を転げ落ちたり等々。そうしたことで全身の各所に大小の傷がついていた。しかし、それよりも内部構造へのダメージの蓄積の方が深刻のようだった。
まずは、機体の現状を確認するため、各部ごとに表面装甲を取り外し中の構造を観察する。部品同士の接続が緩んでいたりするくらいならその場で閉めなおしたりもできるが、部品が完全にひん曲がったり折れてしまっているような箇所は、私にはどうすることもできないので、必要な部品の品番を部品発注リストに書き加える。
診ていくと機体の右側の損耗度が激しい。土手の斜面にぶつかった衝撃は私だけではなく、この機体にも相当きつかったようだ。
発注リストの書く欄が全て埋まってしまったので、二枚目を取りに機体横の机に向かうと、そこで声をかけられた。見ると、支店長と隊長が並んでいた。
「ちょっと今いいかね」
「は、はい」
支店長とはあまり話をしたことがないので緊張した。
「修理の具合はどうかね」
「結構大変ですね。特に右側の方に色々ガタがきてます」
「右?左側は大丈夫なのかね」
左は大丈夫です。私は鸚鵡返しした。
「実はね、隊長の機体、左腕が損傷しちゃったでしょう。すぐに直したいとは思うんだけど、なにせ全損だから結構お金かかっちゃうんだよ」
「はぁ」
「だからね、そのぉ。申し訳ないんだが、君の機体の左腕を隊長にまわしてもらえないかな」
「あぁ」
経費節約のために腕の移植をするらしい。同じ機種だからもちろん互換性はある。
「悪いとは思うんだよ。それだと梅沢君の左腕がなくなっちゃうわけだしね」
私は別に悪いとは思わなかった。私は一番下っ端だし、相手は隊長だ。年功序列というわけではないけれど、隊全体のバランスを考えて見たらそれが妥当かなと納得していた。
「それを部長に。この前会ったよね。その部長に相談してみたら、本部の開発部で、今試作している腕のパーツがあるからそれを使っていいって言ってくれたんだよ」
「開発部ですか?」
行政区画自由化法では、使用される武器にも厳しい取り決めがある。その中の1つに、自衛隊を含め、軍で使われる兵器、及び、そこに用いられる技術を利用した兵器を使用してはならない。というのがある。
つまり防衛団の各々が、自分で武器を造らなければならないのだ。そうなると、そこは営利目的の競争社会。性能の良い武器は、そのまま会社のセールスポイントにもなりえる。だから我が社は開発部に、とても力を注いでいる。らしい。確か、何回目かの面接の時にそんな話を聞かされた覚えがある。
「そうそうそう。新装備だよ、新装備。こんなこと滅多にないことなんだよ」
「そうなんですか……」
「だからそれで、明日からその開発部の人と一緒に左腕が来るから。それまでに今ある腕を隊長の奴に移しといて。わかった?いいよね?」
私には拒否する理由も権利もないと思ったので、わかりました。とだけ答えた。
話が終わると支店長はまたどこかへと出掛けていった。
私と隊長は早速、作業にとりかかった。
まずは腕を私の機体から取り外すところから始める。幾重にもかけられている本体との接続ロックを1つ1つはずしている中、隊長が言った。
「本当に悪いな」
「え、何がですか?」
「腕さ、嫌だろう取られるの」
「いや、別にそうでもないですけど」
私の言葉を聞いているのかいないのか、隊長は話し出した。
「俺はさ、反対したんだよ。梅沢君から取り上げるみたいじゃん。絶対嫌がるし文句言われるって、それなら俺の機体の腕がないままでいいです。って支店長に言ったんだよ。そう、あの日。あの役場で表彰式あった日。あの時言って、支店長もわかったって言ってくれてたのに、今日になって突然来てさ、今の話をされたんだ。俺だってさっき聞いたばっかりだぜ?それで、もう決定したことだから変更できないってんだ。強引な人たちだよな」
私は先程から、なんとなく普段よりも大事に、というかまるで腫れ物に触るように、なるべく刺激を与えないように、支店長達が接してきているのを感じていた。その理由は今隊長が語った話の前半部分に因るところらしい。
私がこの話を断固拒否して愚痴愚痴と文句を言うと、二人に思われていたらしい。
「本当になんとも思ってないですって」
「でも新しい装備なんて、面倒くせーって思わない?」
言われてみれば、それはちょっと思った。
けれど面倒だからという理由で、上司達の命令に『嫌です』と言える奴なんているのかと不思議に思った。
「そういうもんですか?」
「え?」
「いえ。何度も言いますが、そんな気持ち一切ないんで。安心してください」
「でも話聞いてるとき、梅沢君嫌そうな顔してたよ」
え?
右手を頬に当てる。表情を崩した覚えはない。
「そうですか?」
「そうだよ。だからちょっと不安になったんだ」
気のせいですよ、元々こういう顔ですよ。と笑って、作業を続けた。
帰宅し、風呂場の鏡を見るまで右頬に黒い手形がついていることに気がつかなかった。
翌日、午前十時ぴったりに支店の前にトラックが停まった。中から支店長と、見知らぬ女性が降りてきた。支店長はトラックに残っている運転手に向かって何事か指示をだした。扉を閉めるとトラックは倉庫の方へと走り出した。
「梅沢君、格納庫にね、昨日言った奴が届いたから、積み下ろし手伝ってあげて」
私は頷いて倉庫へ向かったが、手伝うことは何もなかった。どこに置けばいいかを尋ねられて、この辺にお願いします。と空いたスペースを示しただけで、後は運転手が一人でやってしまった。私は横で見ていただけだ。
荷物を降ろすと、トラックは元来た道を帰っていった。お疲れ様ですと言った私の声は、多分エンジン音に掻き消され、彼には届かなかっただろう。
プレハブ小屋に戻って入り口を開けると、目の前に支店長と見知らぬ女性の後ろ姿があった。
「梅沢君。こちらが昨日言った開発部の新井さんね」
振り返るなり支店長は私に女性を紹介した。
「新井さん。彼が梅沢君です。いい腕してるんでいいデータとれると思いますよ」
そして今度は女性に私を紹介した。
「新井です。よろしくおねがいします」
「梅沢です。よろしくおねがいします」
私達は互いに頭を下げた。
「じゃ隊長あとよろしくね」
支店長は、手を上げて小屋の前で待っていたトラックに乗り込んだ。本当にここには寄り付かない人だ。
「新井さん早速、装備の調整でいいですか?」
既に他の三人への挨拶は済んでるらしい、隊長からの問いかけに彼女は、はいお願いします。と言った。
「それじゃあ梅沢君、彼女を倉庫に案内して、色々手伝ってあげて」
「わかりました」
私は彼女を連れ立って倉庫に向かった。
特に会話もなく、いや会話をすることができず、背後に彼女の気配を感じながら歩いた。
なにか話をした方がいいのだろうか、でも一体なにを話せばいいんだろう。そんな不安を感じていたせいか、倉庫は目と鼻の先だというのに、やけに遠く感じられた。
「こちらです」
到着したとき、なんとか声を発する。状況的に不自然ではないはずだ。彼女は中に入って、キョロキョロと辺りを見回すと不思議そうに言った。
「あの、倉庫って?」
「あぁ、格納庫のことなんですけどね。見ての通り色んな物が置かれてるから、倉庫って呼ばれてるんです」
なるほどと言った彼女は、笑顔と無表情の中間の顔をした。
「荷物はあそこです」
言わずとも気づくだろうから、教える必要はなかったのだが、間が持たなかったので敢て言った。
彼女はそこに歩み寄ると、梱包を解き始めた。私がハサミを手渡すと、ありがとう。と今度は愛想笑いをした。
「ちょっとそっち持ってもらえますか」
彼女からの要請に慌てて駆け出す。
巨大な物体を気泡緩衝材がバームクーヘンのように包んでいる。二人でそれを回しながら気泡緩衝材を取り払う。かなりの重さがあって動かすのは重労働だったが、先程までの不安な状況よりは大分マシだった。
「あれ、これって、腕?」
梱包を全て取り去って現れたそれは、やたらと長い砲塔に見えた。
「はい、これはですね。腕自体が銃になっているんですね。新しいスタイルの腕なんですよ。武装腕って呼んでます」
彼女は自慢げに語った。出会ってから一番の笑顔だった。
「でも手っていうか指がないと不便にならないですか」
問うと即答された。
「梅沢さん。あなた実戦で指を使うような細かい作業って何かやったことありますか?」
「ない、ですね」
というよりも、実戦は一度しか経験したことがない。
「そうでしょう。使わないんですよ。確かに手があると便利そうに見えますけど、武器を持つ引き金を引く以外に使うことなんて、ほぼ無いんですよ。だったら、いっそ腕全体を武器にしちゃえばいいじゃんってことで生まれたのがこれなんです」
彼女は両腕を大きく開いて、武装腕を示した。なんだか活き活きしている。
「なるほど。言われてみれば確かにそれは、理にかなってるかもしれませんね」
「わかってくれますか。嬉しい」
彼女は本当に嬉しそうだ。
「じゃあ、取り付け前に、これの説明を軽くしておきましょう」
梱包の中に一緒に入っていた分厚い冊子を手に取り彼女は言った。
私は彼女に近くにあった椅子をすすめ、もう1つ椅子を持ってきて自分も座った。
「えー、この武装腕のコンセプトは今話したとおりなんですけど、そこに取り付けられた武器が従来と同じ物じゃつまらないっていうことで、さらにもう1つ、新技術が使われてるんです」
「へぇ」
「ここを見てください。ここを」
彼女は腕に見えない腕の片側の部分を指差した。
一般的な見慣れた腕とはかけ離れた形ではあったが、デザイン的に手先の方ではなく、腕の付け根側だろう。そこは球体のように丸くなっていた。まるで……。
「かたつむりみたいですね」
「そう、これは正に次世代の新技術。レールガンなのです」
私がどう答えようが、話の展開には関係が無かったようだ。
「レールガン。なんか映画とかで聞いたことありますね」
「専門的な話をすると長くて難しいので、簡単に言いますと、弾を電磁誘導により加速して撃ち出す装置です。電位差のある二本のレールの間に弾を装填して、その弾の電流とレールの電流で磁場を発生させ、それの相互作用で、弾を加速して発射するのです」
握りこぶしで語っている。どんどん熱弁になっていく。
今の説明自体は、なんとなくだが理解はできた。けれど、それが実際どういう構造で、足元の機械に収められているのか、私には想像ができなかった。
「レールガンの威力は、従来の火気の威力を凌駕し、その速度は音速の七倍にもなるといわれています」
「それは、すごいですね」
「そうです。すごい、すごい、すごいんです……」
何故だか最後の方は声が小さくなっていた。
彼女は少し黙った。私もすごい以外の感想がなかったので何も言えなかった。
「ま、概要はそんなところです。詳しいことはまたおいおい。まずは取り付けちゃいましょ」
しばらくして彼女はそう言った。今までの気勢が嘘のように普通の声音だった。彼女は私に対して何かを諦めた。そんな風に私には感じられた。
取り付け作業は午前中いっぱいかかった。