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埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
騎西編
33/45

三十三話

 借りてきた本を読む機会は、朝の通勤時間にしかなかった訳だけれど、当然のことながら朝は眠い。活字を追っていると、その眠気は更に力を増す。結局五ページ程度を読んで、眠りこけてしまうことがほとんどだった。

 私は引き続き資料漁りの日々を送っていた。イベントの少ない町らしく、どの資料にも面白いところは1つもない。正直、とても退屈な作業だった。読んだところで、それが知識として身についているのか、ついていたとしても役立つ知識なのか、甚だ疑問だった。


 アルバイト達の態度も相変わらずで、基本的に、向こうから挨拶はしてこない。こちらからしたとしても、きちんとした挨拶が返ってくる確率は三分の一だった。

 資料を一通り読み終えたある日の朝、私は佐藤君に、今日の見回りは私が行くから。と伝えた。荻野さんから案内されてはいるが、今一度自分の目で見て回るべきだと思ったのだ。

 佐藤君は解りました。と確かに答えた。

 しかし、午後の見回りの時間、私が外に出てみると、そこに支店所有の軽自動車の姿はなかった。私は格納庫へ行き、そこに居た佐藤君に問いかけた。

「見回り行こうとしたら車がないんだけど?」

「マジすか。藤野さんが先行っちゃったんじゃないですか」

 佐藤君は悪気無く、そう答えた。

 もちろん、藤野さんに伝えていなかった私にも落ち度はあったが、どうにも釈然としない出来事だった。何故、佐藤君は藤野さんへ伝言をしてくれなかったのだろう。

 仕方がないのでその日は見回りを諦めた。翌日、アルバイト全員に、私が見回りに行く旨を伝えた。リアクションは微々たるものだったが、一応私の意図は伝わったようで、午後に車の姿は消えていなかった。

 荻野さんが爆走しながら案内してくれた道を、安全運転で走る。あの時と同じ順番で、鴻巣市へ行田市へ久喜市へ加須市へ向かう。

 制限速度ぴったりの、穏やかな運転は心地が良かった。

 しかしすぐに、後ろに車が張り付いてきた。彼らは普通車だったりトラックだったり、車体に社名が書かれた社用車だったりした。車種は様々だったが、彼らが取った行動は概ね同じものだった。

 法的に、限界の速度を出している私の車に急接近してきて、ぶつかりそうな程に距離が縮まったところで、これ見よがしにブレーキを踏む。煽ってくるのだ。仮に、彼らにその気がなかったのだとしても、私はその行為にプレッシャーを感じて焦らされた。けれど、これ以上速度を上げることはできないので、どうすることもできなかった。恐らくそのせいで、彼らはよりイライラとしたのだと思う。

 張り付いたまま追走してくる者もいれば、折を見て追い越していく者もいた。私を追い越した車はすぐに加速し、あっという間に姿が見えなくなった。

 私は地形を把握するどころではなかった。前方の道と、ルームミラーに映る追跡者の姿を交互に見るのに精一杯で、周囲を観察する余裕などなかったのだ。

 こんなところで日々運転をしていたから、荻野さんの運転はあんなに荒くなったのだろうか、と思った。

 結局、何も得られないまま危険なドライブは終わった。私は、もう二度と見回りには行くまいと決意した。


 事務所に戻ると、そこには福地SVが居た。

「あっ、おはようございます」

 私が挨拶すると、福地SVは「おーぅいっ」と大声で叫んだ。怒鳴られたのかと思って、私はとても驚いた。しかし、声のトーンは明るく、顔には笑みが浮かんでおり、不機嫌さは感じられなかった。

 何を言ったのかは皆目解らないが、あれは福地SVなりの挨拶の言葉だったのだろう。多分。

「どうよ。調子は」

「まぁおかげ様で。覚える事がたくさんあって大変です」

「風邪は治ったみたいだね」

 そういえば、いつの間にかせきは出なくなっていた。一応マスクはしたままだが。

「どう? 実際やってみて、何か解らないこととか悩みってない」

 悩みという言葉で、すぐにあの三人のことが浮かんできた。

「そうですね……。アルバイト達のことがちょっと気になりますね」

「何かあったの?」

「いえ、何があった訳じゃないですけど、何もないって言うか。話しかけても反応は薄いし、挨拶はしてこないし、こっちから挨拶してもシカトされることが度々あるし……」

 他人に話してみると、改めて思う。あのアルバイト達は変だ。

 あれは職場の上司に対する、いや、人と接する態度ではない。喋っている内に、段々と腹が立ってきた。

「アルバイト達と上手くコミュニケーションが取れてないみたいだね」

 私の話を聞き終えると、福地SVはそう言った。

「いいじゃん。反応が薄くっても、気にせず話しかけちゃえば。挨拶されなかったら、してくるまで何度もこっちから挨拶すればいいんだよ。しつこく続ければ、相手だって返してくるだろ」

「はぁ」

「アルバイト達って、見てないと思っても隊長のこと見てるからね。まずは隊長が見本を示してやれば、アルバイト達もいずれやってくれるようになるさ」

 そうなのだろうか。論点が、というより考え方がズラされた気がする。福地SVの口振りでは、何故か私の努力不足が原因のようだ。

「一度じっくりアルバイト達と話してみろよ。人間話せば解るから」

「……解りました」

 その後、福地SVは、この支店は妙に支出が多いから、それを抑えるように。といったことを言い残して帰っていった。


 どうやら体調は完全に快復したらしい。私は久しぶりにルール通りの手順を踏んで、我が家を満喫していた。

 ふと思い立って、インターネットで『コミュニケーション』という言葉を検索してみた。フリー百科事典には、次のようなことが書かれていた。

「一般にコミュニケーションというのは、情報の伝達だけが起きれば充分に成立したとは見なされておらず、人間と人間の間で意志の伝達が行われたり、心や気持ちの通い合いや、互いに理解しあうことが起きて、初めてコミュニケーションが成立した。とされている」

 人間と人間。気持ちの通い合い。互いに……。

 つまり、どちらか一方がいくら努力しようとも、もう一方にその気がなければ、コミュニケーションは永遠に成立しないことになる訳だ。

 その場合、努力した方は責められるのだろうか? お前の頑張りが足りなかった所為だ。どうして相手の心を開かせてあげなかったんだ。と……。

 果たして、原因はどちらにあるのだろう。


 仕事において、私が次に取り掛かったのは、機体の把握だった。ハーモニーでは最後までマネージャーの許しを得られなかったアレだ。

 昼頃、格納庫に行くと、渡辺さんと佐藤君が居た。確かシフトでは、午後から藤野さんが来て、佐藤君は上がりだったと思う。

 私は渡辺さんに声をかけた。

「渡辺さん。ちょっと機体のことを色々聞きたいんだけど、いいかな?」

「……なんですか」

「ほら、やっぱり機種毎に特徴って違うからさ、そういったところを教えてもらいたいんだ」

 渡辺さんは無表情と不機嫌の間のような顔をした。私はかまわず、渡辺さんへ機体に乗るようお願いした。

『反応が悪くても、気にしない……。』

 渡辺さんを運転席に座らせる。中は狭いので私は入らず、扉を開けたままにして、外から渡辺さんを見やる。

「まずは、どれが何のボタンだとか、そういう基本的なところから聞きたいね」

 私がそう言うと、渡辺さんは観念して説明を始めてくれた。

「これがスターターボタンで、こっちが通信機のオンオフ。それでこれが……」

 説明は、ごく簡易なもので補足的な情報は一切なかった。ただ単にその物の名称を言い続けているだけで、初心者にこの説明をしたら、きっと何一つ身に付かないことだろう。

「じゃ次に、電源入れて。各モードについてもお願い」

「あんまり使ったことないから、よく解りません」

「え! トレーニングモードとかも使わない?」

「あぁ、それはたまに使います」

 おもわず驚きが出てしまったが、まぁアルバイトに好き勝手設定を弄らせるのも危ないか、と私は一人で納得した。

 そして、アルバイト達とコミュニケーションをとる為の、ちょっとしたアイディアを閃いた。

「そうだ。皆の力量も知っておきたいからさ、ちょっとトレーニングモードの戦闘シミュレーションで、その腕前を見せてよ」

「今ですか?」

 渡辺さんは今度は明確に不機嫌な顔になった。それでも私は「今だよ!」と押し切った。

 嫌がっていると解っているのに、それを強要するのは、(仕事とはいえ)気持ちの良いものではなかった。

「それじゃあ設定は、一対一。難易度は普通にして。さぁやってみて」

 渡辺さんが渋々シミュレーションを始めた時、藤野さんが更衣室の扉から出てくる姿を見つけた。そして入れ代わりで佐藤君が更衣室に入っていく。

「おーい藤野さん。ちょっとこっち来て!」

 私の大声での呼びかけに返事もせず、藤野さんはノロノロとこちらへ歩いてきた。

「皆の腕がどれ位か知りたいからさ、シミュレーションやってもらいたいんだ。今渡辺さんがやっているから、終わったら藤野さんもやって」

「……やらなきゃ駄目ですか?」

 いちいち了解の返事ができない奴らだ。私は憤りを堪えながら応えた。

「やってくださいよ。ね、お願いします」

 私が下手に出て懇願しても、藤野さんの顔は、何を考えているのか解らない無表情のままだった。

 やがて渡辺さんが運転席から出てきた。

「どうでした?」

「Bマイナスでした」

 シミュレーションの評価方式は、SプラスからDマイナスまで、計十五段階に分かれている。

 Bマイナスということは、平均よりやや下ということだ。

 けれど、その事をあえて本人に言う必要もないだろう。遠まわしに貶しているようなものだ。本人だってそれくらいの事は言われずとも解っているはずだろうし。

 だから私はそのBマイナスについては触れずに、次の藤野さんへ運転席に座るよう促した。

 藤野さんのシミュレーション中、着替え終わった佐藤君が私達の元にやってきた。

「なにやってんすか?」

 私は三回目の事情説明をした。

「あ、じゃあ俺もこの後やっていいっすか」

「いいけど、もう上がりじゃないの?」

「少しくらいならいいっすよ」

「本当? じゃあお願い」

 そこで丁度、シミュレーションが終了した藤野さんが出てきた。

「Dプラスです」

 藤野さんが口にしたあまりの低評価に、私は言葉が見つからなかった。佐藤君はそんな私の横をすり抜け、運転席に座った。

「ちょっと……あれですよね。藤野さん、これからトレーニングを増やしましょうか」

「やらなきゃだめですか?」

 こんな成績を残しておいて、まだそんなことが言える藤野さんが、ある意味で恐ろしかった。

 佐藤君のシミュレーション中、女性二人は互いの成績や感想を語り合うこともなく、終始無言だった。空気はとても重苦しかった。

「ふ~! 久しぶりだと難しいっすね。B止まりでしたよ」

 言いながら佐藤君が運転席から出てきた。

「でもこの中だと、佐藤君がトップだね」

「マジで? やったね!」

 佐藤君は右手でガッツポーズをした。

「じゃあ最後に、私もやってみようかな」

 私は運転席に座り、アルバイト達と同条件でシミュレーションを開始した。

 設定通りとはいえ、敵は一機ずつでしか出現せず、攻撃も回避も単調なパターンだった。形だけで、実戦とは似ても似つかない、腑抜けた戦闘だった。

 画面の敵機を、あっという間に片付ける。被弾は無しで、タイムも良かったのだが、少し弾を撃ち過ぎたせいで、評価はAだった。

 どうしたらこんな簡単なもので、BだのDだのと、あれほどの低評価を出すことができるのか。心の中で呆れかえっていることを外に漏らさないよう注意しなければなと、自分を戒めつつ外に出た。

 誰も居なかった。

 佐藤君の姿がない。渡辺さんの姿もない。藤田さんは……奥に居た。

 駆け寄って、消えた二人について尋ねると、「佐藤さんは帰りました。渡辺さんは見回りに行きました」とだけ答えた。そして藤野さんも、機体の陰へと消えていった。

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