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埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
大利根編
29/45

二十九話

 私が三度目に入社した会社の名は『株式会社クリエイト』という。

 規模は前々職の株式会社ユニバーサルにやや劣るものの、最近急速に支店数を増やしており、成長性のある会社である。埼玉県のみならず関東全域から東北地方にまで幅広い地域に出店しているらしい。

 勢力拡大の秘訣は、アルバイトを使った事だ。

 特人車を運転するのには『特殊人型車両運転免許』が、防衛団の運営には『委託防衛団責任者免許』という資格がそれぞれに必要である。けれど、何故かそれらは各店につき資格所有者は一人以上居ればよい。とされている。つまり、資格を有する正社員が一人配属されていれば、その支店では残りの従業員を全員アルバイトで賄っても問題は無いということだ。

 これをすることで人件費を大幅に削減でき、結果、自治体が支払う金額も安価にできる。そういう手法でこの会社は出店数と業績を伸ばしてきたのだ。

 しかし、良い事ばかりがあるのなら他社も同じ戦略を取っているはずだ。それをしないのにはもちろん理由がある。

 まずは単純に人手不足の問題だ。社員としての求人でも人が集まらない現状で、アルバイトの募集で人員を揃えるのは難しい。その点については、アルバイトとしては高めの時給を設定することで、少しでも高い給料を所望しているフリーター達を確保し、カバーしている。高いとはいっても、言うまでもなく社員の給料には及ばない程度だ。

 次の理由は、従業員の質の問題だ。定着率の恐ろしく低いこの業界、アルバイトともなるとそれはもう、すぐに辞めてしまう。そうなると従業員教育というのも滞ってしまう。新人に仕事を教えてもその翌日には辞めてしまう。そんな事が何度も起きると、指導者側の人間のやる気も失せてしまい、次に入ってきた新人には真面目に教える事をしなくなる。すると更に定着率が下がる。という悪循環に陥ってしまうのだ。

 この理由に関連して、最後の理由―これが営利目的の企業にとっては一番の問題なのだが―行政に与えるイメージの悪さだ。やはり、少なくない金額を払うのだから、防衛団にはきっちり仕事をしてもらいたいと行政は考える。となると当然、委託する会社選びは慎重に吟味と協議を重ねる事になる。その中で従業員が質の悪いアルバイトばかりというポイントは大きくマイナスに作用してしまい、他社との競争に勝ち残ることはできない。今までは。

 現在は状況が変わってきている。それというのも、行政の財政事情が逼迫しているせいだ。十年以上続くこの不況で、行政は以前以上に財政難に陥っている。そのため、もはや質に拘っていられる余裕は無くなってしまった。会社や従業員の質よりも、支払う費用を極力安く抑える方へと優先順位が逆転したのだ。

 日本の将来が不安になるような背景だが、その需要を察知し、それに見合った供給をすることで、この会社は大きくなれたのだ。そこに就職してその恩恵を受ける私が、その事を心配するというのも変な話になってしまう。私はとりあえず、ちゃんとした給料がもらえれば、他の事についてははどうでもいいのだ。


 入社後、最初の一週間は新入社員教育という名目で大宮にある本社に通い、座学を受けた。防衛団の成り立ち、意義や使命、日頃心掛ける事等々、今までに何度も何度も聞かされてきた内容でうんざりした。退屈すぎて激しい睡魔が襲ってきたが、座学は私と講師の一対一の形式で行われていたので眠る訳にもいかず、苦しい忍耐の日々が続いた。

 その翌週は『委託防衛団責任者免許』を取得する為に、東京にある免許センターに通わされた。私は特人車の運転免許は持っているが、責任者免許は未取得だったのだ。この免許取得には実技審査は無く、一週間みっちりと講義を受け、最終日のテストで規定点以上をとれれば合格という、技能ではなく知識を問うものだった。

 一度に五十人以上が参加しているこの講義では、先週クリエイト本社で聞かされたものと同じ内容が、繰り返し長々と説明された。退屈を通り越して拷問に近いほどの苦痛を感じていたが、今回は参加人数も多く、また周囲を見渡すと既に机に突っ伏して眠りについている者も数多く居た。講師はその者達を注意する素振りも見せていない。きっと毎度の事なのであろう。私も意識を保つのが限界に達し、彼らに習って机に突っ伏した。

 木曜日以降は、店舗運営法や特人車での戦術についての内容だった。これらについては今まで聞いたことがなかったので、睡眠欲との戦いを続けながらも講義に耳を傾けた。しかし期待ハズレだった。

 そこでなされた説明は、例えば、費用を抑えればその分利益が増します。だとか、一対一で敵機と戦うよりも、一対多数で相手を取り囲んだ方が勝率は上がり、損害も少なくできます。といった当たり前の常識のようなものばかりだった。講義が進み、日が進めば一歩進んだ高度な理論や、一般的にはあまり知られていない法則などの情報が出てくるのかとも思っていたが、終始レベルは低いままだった。

 最終日の試験で私は、引っ掛け問題や法律が成立した年を答える問題で何個か不正解を出してしまったが、合格点には余裕で到達しており、無事に『委託防衛団責任者免許』を取得することができた。ちなみに合格率は六十パーセントを切っていた。

 あんなに低レベルな内容であっても、他の者達にとっては難問だったらしい。やはりこの業界の人間は、程度が低い。


 免許取得を会社に報告すると、翌週月曜日に店舗配属の辞令が渡された。当初の希望通り騎西町支店での勤務だった。私はこれからその店舗で隊長を務めることになるのだ。

 翌日の火曜日から早速その店舗での勤務が始まる。まずは現在騎西町支店で隊長を務めている者からの引継ぎを受けるようだ。その人は、三日間の引継ぎが終わった後、別の店舗へと異動するということだった。

 バスの時間を調べると、家から一番近い麦倉大島というバス停から七時十二分のバスに乗れば、およそ一時間後の八時十分に騎西町の最寄バス停に着けるようだった。若干到着時間が早すぎる気もするが、その次に来るバスは一時間後だった。これでは間違いなく遅刻してしまうので仕方がない。

 私は翌日に備えて早めに床に就いたが、中々眠ることができなかった。


 翌朝目が覚めると、私は即座に風邪を引いてしまったことを悟った。頭痛、鼻水鼻づまり、くしゃみ、せき……典型的な症状が体に現れていた。

 それでも、私は予定通りの時間に家を出た。途中コンビニに立ち寄りマスクを購入して、それを着けた。

 予定より四分遅れでバスは来た。

 それは、私が想像していたような一般的なバスではなかった。ただ車体にバスの名称とイラストがペイントされているだけの、やや大きめのワゴン車だった。描かれたイラストには笑顔で手を繋いだ子供達や、虹が描かれている。公共の乗り物らしく爽やかで、そしてダサイ。

 バスに乗り込むと、私は先払いの運賃二百円を運転席の隣に設置された透明なプラスチックの箱に入れた。乗ってきたのは私一人だった。

 八人か十人程度しか乗れない客席には、既に乗客が二名居た。どちらも定年を二十年は越えていそうなおじいさんとおばあさんだった。

 バスは発進し埼玉大橋を渡る。窓から外を眺めると、そこを走る車は別段、法外なスピードを出してるようには見えなかった。交通の流れがあり、皆その流れに乗っているだけだった。

 そしてあの狭い歩道を歩いている者など、一人も居なかった。


 何個目かの停留所で、乗客は一人増えた。やはり老齢のおばあさんだった。私以外に若い者など居なかった。このバスを通勤で利用する人間など、きっと居ないのだろう。

 私の体調は時間が経つごとに悪化していった。せきが止まらなくなる。狭い車内にエンジン音と私の咳き込む音だけが響く。私は周囲への迷惑を考えて、マスクの端を手で押さえた。

 それ以降乗客が増えることはなく、老人達も途中の日出安というバス停で全員が降りていった。終着の騎西総合支所で降りたのは、当然私一人だけだった。


 降りてまず目に入ったのは、停留所の名前にもなっている騎西総合支所の建物だった。初めは何かと思ったが、中を見てみると何のことはない、図書館や多目的ホールなどを複合させた町役場だった。

 ここがこれから私が守るべき場所か、と見渡していると、左手側に城が見えた。戦国時代や江戸時代に建っていたような、あの城だ。こんなところにも未だ現存する城があったとは知らなかった。特に興味がある訳ではなかったがその城の方へ近寄ってみた。

 しかし、設置された看板には、かつてこの地に在った城を再現したものです。と書かれていた。しかも奥に見える入り口と思しき扉は、ガラス張りの自動ドアになっていて、情緒などは欠片もなかった。

 なんだか騙されたような気分になって、私はその場を後にした。せきは止まらず、更に熱も上がってきたようだ。


 私のこれから通うことになる株式会社クリエイト騎西町支店は、この騎西総合支所の、すぐななめ向かいに在った。

 大きく看板が出ているのですぐに解った。コンクリートの平屋建て、裏手には格納庫と思われる大きな建物が見える。二つとも外観は新し目で綺麗だった。私がこれまで勤めてきた中で一番会社らしい見栄えのする勤務地だった。

 私は騎西支店の前にある縁石に座って、寒さに耐え、せきをしながら人が来るのを待った。


 八時四十三分、漸く従業員と思しき人物がやって来た。バスが予定通りの時刻に着いているとしたら、一月の寒空の中、私は三十分以上待っていたことになる。

 私が立ち上がると、その人も私の存在に気付いた。

「えーっと、もしかして……」

「はい。今日からここに配属になりました梅沢です」

「あぁ、やっぱそうですよね。ごめんなさい待ちましたか?」

 ショートカットで、いかにも気が強そうな顔立ちのその女性は、そう言いながら支店の扉の鍵を開けた。

 私は、そんなに待っていないです。と言いつつ、彼女の後に続いて中へ入った。

 中は思っていたよりずっと狭かった。至る所に乱雑に置かれた書類やファイル、備品類のせいで空間が圧迫されているのだ。ユニバーサルでもこんなものだった。やはりどこも同じなんだなと思った。

「風邪ですか?」

 自らの口の辺りを突っつきながら、彼女が聞いてきた。きっと私が着けているマスクを意味しているのだろう。

「えぇ、昨日までは何ともなかったんですけど、今日起きたら急に」

 私は何故だか、すいません。と謝った。

「大丈夫そうですか」

「多分」

 彼女は支社内の電灯やパソコンの電源をつけた後、漸く自己紹介をした。

「私は荻野といいます。とりあえず今日から三日間、引継ぎをさせていただきますので、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくおね……ゴホッゴホッ」

 私の体調はかなり悪かった。

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