二十五話
「梅沢さん、あなたちょっと操縦が雑すぎない?」
戦いからの帰り道、マネージャーからそう言われた。
「弾撃ち過ぎだし、機体壊し過ぎ。武器なんて、もう使えないじゃない。これじゃあ」
「すみません。でも、一応私なりにベストを尽くしたつもりです。あの状況では、ああ動く以外に、敵へ有効打を与えることはできなかったと思います」
正当な理由があるとはいえ、私が言い訳をするのは珍しいことだ。戦闘直後で、気が立っているのかもしれない。あるいはマネージャーに非難されたことが相当腹立たしかったのか。
「でも結局、敵は倒せなかったんでしょ」
「はぁ、まぁ」
「だったら何もしなかったのと同じことでしょ。撃たなくても、壊さなくても、結果は変わってないわ」
「いや、それは」
おかしいだろう。
確実なところは解らないが、敵隊が退いた理由には、味方が行動不能に陥った為。という事実も少なからず関係しているはずだ。つまり、私が行動した末の、マネージャー風に言えば、撃って、壊した結果、敵は退いてくれたのだ。あのまま何もしないで、通り雨の様に敵隊が去ってくれていたとは思えない。
「私の機体を見てみなさいよ、どこも壊れてないでしょう」
マネージャーは乗機の両腕を開いてみせた。確かにどこにも傷はなかった。
「それに、私は一発の弾も撃っていませんからね。あの人たちは元々攻めて来る気がなかったのよ」
私は耳を疑った。
あの、敵からの熾烈な銃撃を受けていながら、この人は一度も反撃に出ていないというのだ。
「やる気を出してくれるのはいいけど、これからはもっと大事に扱ってよね。弾も機体もタダじゃないんだから」
……それも戦略的、戦術的作戦があった故での判断ではなく、ただ単に出費を惜しんだが為に。
「すいませんでした」
慇懃無礼に謝りはしたが、私の中では、何かが一線を越えていた。
高所から飛び降りた事と、敵弾が掠った事で、脚部にダメージを受けた私の機体の歩行速度は遅かった。オーナー機よりも遅いのだから相当だ。
オーナーとマネージャーは、役場へ行って町長と話をしてくると言い、先に帰ってしまった。
私は機体の足を引きずるようにして、ゆっくりと帰路を歩かせた。歩く度に接触不良の部品同士が擦れて、金属音が辺りに響き渡る。けれど、そんな音は気にならなかった。なにしろ私は、とても怒っていたのだ。頭がマネージャーに対する怒り一色で染められている。
怒りの原因、今日あった事を整理してみよう。
まず、栗橋町からの敵襲があった。
出動前にマネージャーから、オーナーは役立たずだと打ち明けられた。戦えるのは私とあなただけだ、と。
そして、若いからという謎の理由により私が隊の先鋒を勤めることになった。
戦いが始まってみると、こちらの攻撃はまるで相手に通用しなかった。
それでもなんとか死ぬ思いで頑張って、敵を後退させることができた。
この時、マネージャーは一度も攻撃をしていない。つまり何もしていなかった。
ということは、結局戦っていたのは私一人だけだったということになる。
であるにも関わらず、つい先程マネージャーから弾を撃たず、機体も壊すなとお叱りを受けた。
自分たちは何もしていないというのに……。
私だけが死力を尽くして戦っていたのに……。
つまりそこなのだ。私が怒っている理由は。
平常時に馬鹿げた命令をされてもいい。本当は嫌だけれど。けれども、命が賭かった戦場で変な事をするのはやめてくれ。と、そう思っているのだ。
この感情に似たものを以前どこかで感じた気がしたが、怒りが強すぎて思い出せなかった。
陽が完全に傾いた頃、やっと格納庫に辿り着いた。電灯は点いておらず、中は陰気で薄暗かった。
機体を所定の場所に移動し、後は寝かせて電源を切る。……だけだったのだが、未だ私の怒りは収まっていなかった。私はその発散を求めて、機体の拳で格納庫の壁を殴りつけた。拳は、四角いような楕円のような、妙な形の跡を壁に残した。
怒りは全く晴れはしなかった。こんなことをしても無意味だと悟り、私はそれ以上の八つ当たりをやめた。その時気付いた、いや思い出した。出動前にも、今私がつけたものとよく似たへこみが壁にあったことを。
見ると、殴った箇所のすぐ隣に瓜二つの跡がついている。多分、この機体で同じように壁を殴った痕跡なのだろう。となると、過去にもこれをやった人間が居たということになる。オーナーやマネージャーではないだろう、この機体も格納庫も彼らの所有物だ。彼らが自分の物を傷つけるとは思えない。やはり可能性が高いのは、私が入社する前に辞めたという、前任者の男だろう。(性別は不明だが、ここでは便宜的に男ということにしておく)
何故その彼がこんな行為に及んだのか。恐らく、私と似たような理由があったのだろう。マネージャーかあるいはオーナーか、それともその両者に対してかは解りかねるが、いずれ老人達の非常識で不条理で不合理で理不尽な言動の数々に、我慢の限界を迎え、自制心が利かなくなってしまったに違いない。
機体で殴っているところから考えて、何らかの理由で出動した時に、それは起きたのだろう。あのマネージャーがそれ以外の理由で機体の電源を入れることを許すはずがない。
もしかしたら一年前の、あの利根川での事件の日につけられたものかも知れない。そうだとしたら、きっと左腕部を失ったことに対しての嫌味をマネージャーからネチネチと言われたのだろう。撃った私が言うのも何だが、あれは避けることも予測することも不可能な攻撃だった。けれどマネージャーはそういう事実には目を向けず、ただ損害が起こったことをヒステリックに叱責したのだ。言い分があっても、聞く耳は持たずに。
私は、直接会ったこともないその彼と、彼が体験したであろう過去の出来事をリアルに思い描くことができた。
私達は同じような体験を経て、壁に八つ当たりをするという同じ行動へと至った。彼と私は、この会社においては様々な意味で、限りなく近い存在と言えるのかもしれない。年齢、使用する機体、経営者二人への嫌悪、そして怒りの発散方法。私は、恐らく彼が一年前に辿ったであろう経路を、そのままなぞっているだけなのだ。あるいは、この会社に入る者達は皆一様に、その歴史を繰り返すことを運命付けられてしまっているのかもしれない。
終業時間になっても、オーナー達は戻ってこなかった。私は格納庫に鍵もかけず帰宅の途に就いた。
その夜見た夢では、私はその前任者の彼になっていた。
マネージャーに何事かを進言しているのだが、反応は芳しくない。きっと馬鹿にされて見下されているのだ。そんな事はどうでもいいから掃除をしろ草むしりをしろとマネージャーは言った。彼になった私は言われた通りに草をむしった。むしっているところをいきなり撃たれた。
いつの間にか体はオンボロの特人車になっており、その半身が吹き飛んだ。今にも死にそうな彼になった私に対して、マネージャーは激しい罵倒の声を浴びせた。音声は聞こえてこないが、その表情や態度、そして何より、彼になった私がマネージャーへの怒りに染まっていったので、まず間違いないだろう。
オーナーは、焦点の合わない視点を彼方に向けて、ぼんやりと口を開けて涎を垂らしていた。
彼になった私はいよいよ我慢できなくなって、その機械の拳で二人を殴り潰してしまった。拳をどけると、そこには二人の死体ではなく、虫や蛙や蚯蚓の死骸が数え切れないほどびっしりと積まれていた。
彼になった私が驚いて飛び退くと、すぐ後ろに潰したはずのマネージャーが居て、声をかけてきた。
掃除しろ、と。
翌日からの業務は、機体の修理に専念するように指示された。
さすがのマネージャーでも、壊れかけの機体を放置するようなことはなかったのだ。とはいえ、マネージャーは出費を抑えたいと、異常なくらいに強く思っているようで、新品の部品を発注することは禁止された。予備として保管してある部品が少しあるから、それを使って修理しろというのだ。もしもそこに必要なパーツが無ければ、自分で直せ。自分が壊したのだから当然だろう。と、そういう意味の言葉を吐かれた。
当然私は怒り心頭だったが、無駄な口答えはせずに直ぐに作業に取り掛かった。
まず一番損傷の大きい武器の銃剣から始めることにした。現在は短剣も砕け折れ、過度の衝撃によって、銃部分も完全に使用不能になっている。
短剣部分は、幸いにも予備のものが見つかったので、それを取り付けるだけで済んだ。問題は銃部分で、フレームも内部構造も相当にイカレていた。
予備パーツと取り替えたり、下手糞な半田鏝等を使って配線を繋ぎなおしたりと、素人ながら時間をかけて丁寧に直していった。歪んだフレームは金槌で叩いて形を整えたが、人の手によるものなので、どうしても正確な直線曲線を再現することができず、正円であるべき銃口は、所々不安定に波打ってしまった。
前任者の彼も、こんな職人や大工のような作業をしたのだろうか。機体の左半身のあの新しいパーツは、彼が取り付けたのだろうか。その時彼は一体どんな事を思っていたのだろうか。そして、そんな彼がこの会社を辞めるに至ったきっかけは、一体何だったのだろうか。
修理作業は苦ではなかった。
大嫌いだった掃除や草むしりから開放され、漸く防衛団らしい仕事ができたからだ。
それと、その仕事のクオリティを、私が全く度外視していたのせいもある。
どんなに手先の器用な人間であろうとも、精密機械の塊である特人車を碌な設備も無く完璧に直すことなど不可能なのだ。とりあえず見てくれだけでも元の形に近づけて、体裁だけ取り繕えばいい。それできっとあのマネージャーは騙されて満足してくれる。そんな気楽さのおかげで、焦らされることもなく作業を進めることができた。
月末にオーナーがやってきて、給料明細を渡された。
入社は先月だったが、中途半端な日にちだった為、今月分と合算して支給されることになっていた。これがこの会社での初給料になる。
一応、礼を言った。
中身を確認すると、随分と金額が少なかった。
最終的に私に渡る金額は、七万円弱だった。私は何度か両目を擦ってみたが、その頭に一や二の数字は見えなかった。
内訳を見てみると、まず総支給額の金額がおかしい。求人情報に記載されていた額より三万円分ほど少ないのだ。そして、控除とだけ書かれた項目欄には、十万円と記されている。つまり給料から十万円引かれたということだ。
これは一体どういう事なのか、私はオーナーに尋ねた。
「まず最初の何ヶ月かは試用期間だからね、その分、給料も少ないよ」
そんな説明は受けていなかった。しかし確認していなかった私にも落ち度があるかと思い、そこは諦めた。しかし。
「十万円も引かれているんですけど、これは一体何ですか」
「機体を壊したんだから、その分の修理費を天引きしたんだよ。もちろん一気に全額負担させたんじゃ可哀相だから、毎月十万ずつ引いてくことにしたんだ」
オーナーは、どうだ優しいだろう。と言わんばかりの得意げな顔でそう言った。
私の中で一線を越えていた何かは、更に歩を進めた。