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埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
北川辺編
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二話

 土手での戦闘があった二日後、我々は町役場に居た。

 敵県からの侵略行為を阻止したことを称える表彰式に招かれたのだ。

 式とは言っても簡易なもので役場内の小さな応接室で行われ、町長以下、数名の町のお偉いさんたちのぐだぐだ長い話を聞かされるだけである。

 部屋には、三人がけのソファーが二つ、テーブルを挟んで向かい合っている。

 片方のソファーには隊長、支店長、そして私にとっては初対面である、本部の部長が座っている。その後ろに私と芝田が並んで立つ。

 もう片方のソファーには、似たような顔をした白髪の年寄りが三人座っている。真ん中が町長だということは解るが、あとの二人は何者なのか、私は知らない。

 その後ろにはパイプ椅子が用意され、これもまた同じ外見の老人たちが数人、横一列に並んで着席していた。

 

「都道府県、市町村ごとの行政区域の拡大を自由競争化させるってことで認められてはいますけど、まさかこんな田舎町が攻め込まれるなんて思ってもみませんでしたな。ここには関係の無い法律だと思ってましたよ」

 町長は声がでかかった。

 周りの老人たちも首を縦に振り、同意を示している。

「確かにここ何十年も無かったことですからね、そう思われるのもわかります。ですが、一応ここは県境の町ですからね。茨城側としては、この町自体にではなく、埼玉県侵攻への足がかりとしてここを手に入れたかったのかもしれません」

 部長が言ったことは、私がこの支社に配属される時に受けた説明と同じものだった。だから油断することなく、日々の精進に励め。そんな風に続けられたような覚えがある。

 とはいえ、数十年何も起こっていなかったのだ。そんな話を本気で信じてはいなかった。

 町を騙して利益を得ようとした輩の考えたでっち上げ。話の筋は通っているようにみえるので、嘘だと指摘されることもなかったのだろう。そんな風な邪推をしていた。

 それくらいこの町には何も無い。

 しかし実際に敵は攻めて来た。しかも他ならぬ自分自身が、その敵と戦ったのだ。

 

「ただ、どうも今回は領地拡大が目的ではなかったように思われます」

 部長の言葉に、町長は「ほう」と意外そうな声で答えた。

「今回、古河市から来た機体はですね。どうも今まで使われていた物と武器の装備が違っていたようなんですね」

 あの大きな、速射性の悪い銃のことだ。

 「従来の使われていた物よりも、大分威力が高くなっているらしいのです。その分、欠点もあったみたいなんですがね。だから、そういうことを調べるためのデータを取りたかったんじゃないかと。そう思うわけです」

「じゃあ、うちで武器の試し撃ちをしたってことですか」

「 まぁそういう可能性が高いという話です」

 部長は平常に答え、町長たちはがやがやと焦燥した。

 たしかに古河市にしてみれば、この町はいい練習相手かもしれない。刺激して怒りを買ったとしても、こちらは『町』でむこうは『市』だ。地力がまるで違うから反攻されることはないだろうし、万が一反撃にあっても撃退は容易だと考えたのだろう。

「じゃ、じゃあ今後も新しい武器ができたら、うちで試されるってことですか」

「ご安心ください」

 部長は突然、露骨なまでの営業スマイルになった。

「そうなる可能性もありましたが、今回あちらは土手の上で待ち伏せという、非常に有利な状況にも関わらず、一機撃墜されるという手痛い被害を被っています。そうそう軽い気持ちでちょっかいを出してくることは、もうできなくなったはずですよ」

 それに。と続けて部長は作り物の笑顔を前に突き出した。

「万が一また攻撃を受けたとしても、弊社の優秀な人材の彼等が、今回同様、瞬く間に撃退してみせます」

 部長は両腕を大きく開いて、我々四人のことを示した。

「おぉ」と老人達は感嘆の声を上げた。

 あまりの茶番ぶりに、私は笑ってしまいそうになるのを必死にこらえた。

 

 その後、感謝状などの授与がされ、町長方と我々が並んだ写真の撮影が行われると、ようやく式は終わった。

 外に出るとまた撮影があった。今度は機体を一機配して、その前に隊長、芝田、私の三人が並び立った構図だ。

 事前に要望があったので、役場に来るときに特人車を一緒に持ってきたのだ。

 見栄えを気にして、一番外見が綺麗な芝田機が選ばれた。隊長機は左腕が無いし、私のは全身に傷やへこみが無数にあって、しかも泥だらけだった。

 私としては、そちらの方が命がけで戦った証のように見えていいと思ったのだけれど、あまりに生々しいのも良くないのかとも思ったので何も言わなかった。

 部長と支店長は、その後も広報誌のインタビューを受けるというので、我々三人は先に戻ることにした。

 

 株式会社ユニバーサル。

 埼玉県全土に支店を置く、この業界ではそこそこ大手の企業だ。その数ある支店の中の1つが、我々が所属する北川辺町支店だ。

 北川辺町は埼玉県の北東部にある小さな町だ。人口は約一万三千人。小さいとはいっても面積は二十一平方キロメートルもある。名産品は米とトマト。若者が遊べる施設など何も無い、平和でつまらない町だ。

 

 支店は一階建てのプレハブ小屋。壁は長い年月、風雨にさらされた証拠としてうす汚く変色していて、周りは背の高い雑草に囲まれ、至るところに蜘蛛の巣が張られている。

 磨りガラスの引き戸を開けると、中はものすごい熱気だった。芝田が「暑い」と喘ぐ。

「お疲れ様です」

 熱波の向こうから高橋さんの声がした。

「暑すぎるだろこれ、窓開けてんのか」

 隊長は苦い顔で二箇所ある窓を見やった。どちらも、網戸を残して全開にしてあった。

「そう言うんなら、クーラーつけてくださいよ」

 そう返す高橋さんは汗1つ浮かべていなかった。部屋の隅で首を振っている扇風機の風だけで、この灼熱地獄に耐えていたはずなのに。

「支店長に言ってくれ」

 隊長は諦めて、自分の机にある団扇をとって扇いだ。

 

 この建物は外側もみすぼらしいけれど、中身も相当にみすぼらしい。

 十畳程度の広さの室内には、今どきエアコンすらない。部屋の隅には 何に使うのか解らない機械の部品が満載に詰め込まれたダンボールが何個も積み上げられ、それに入りきらないような大きさの物は壁に沿わせるように剥き出しで置かれている。これが非常に邪魔で、ただでさえ狭い空間をさらに狭めていて、五つある各々の小さな机を行き来する時に互いの体を縮こめないと通れないほど難儀するのである。

 ここに所属している人間は、支店長、隊長、芝田、高橋さん、そして私。たったの五人で少ないかとも思うけれど、仕事量を鑑みると妥当とも言える。

「支店長はいっつも外に出てていないじゃないですか」

 高橋さんはむくれた。

 支店長は五十代くらいの男性。正直言って、私は彼がどのような仕事をしているのか良く知らない。なんでも日々、関係各所と話をつけて回っているらしい。だからここに来ることはほとんどない。来てもすぐにどこかへ出掛けていってしまう。一応、忙しそうではある。

「役所でインタビュー終わったら来るんじゃない」

 隊長は団扇を扇ぎながら扇風機の近くに移動する。

 この人は、たしか三十代中盤で妻子もち。子供は二人で両方女の子。たしか五歳と三歳だったはずだ。

 隊長としての責務は果たすが、結構軽口もたたく。適度に真面目で、適度にいい加減ないい上司だと私は思う。

「もしかしたら部長も来るかもしれないから部長におねだりしてみたらいいじゃん」

 芝田。一言で表すなら、こいつは無能だ。

 私より先輩だが、とにかく使えない。サボり癖があって、いつの間にかフラフラとどこかへ遊びに行くし、仕事は大体が手抜き。いつもこいつの失敗の後始末で他の人達の仕事が増えることになる。全く信用できない男だ。

 私は、こいつのことが大嫌いだ。

「嫌ですよ。私、部長に会ったこともないですもん」

 高橋さんは、机の書類から目を逸らさず、芝田の面白くもない冗談を軽く流した。

 彼女はここの紅一点、唯一の女性で主に事務を担当している。といっても、小さい職場なのでそれ以外のほとんどの業務も一通りやらされてできるようになったらしい。私も彼女に整備を手伝ってもらったことがある。なんでもテキパキこなす才女だ。その代わり就業時間を厳守していて、九時ぴったりに出社し、十八時になった瞬間職場を出る。一昨日もそうだった。疲労した我々を気づかいながらも、夕方になるとあっさり帰ってしまったのだ。サービス残業は死んでもしないタイプらしい。

「私も今日初めて会いましたけど、結局一言も会話しませんでした」

 私も会話に参加してみた。

 私の名前は梅沢。入社二年目で、ここでは一番の新人だ。けれど大学卒業後に就職したため、高卒の芝田と高橋より年齢は少し上だ。

 口下手で人見知りの激しい私は、なかなか自分から話を振ることができない。さすがに一年以上も同じ面子と仕事をしていて、慣れてもきたが、それでもやっぱり発言するときには緊張する。

「どんな人だった?」

 その高橋さんからの問いは、近所の小学校のチャイムと重なった。

 午後の授業開始を報せる合図だ。そしてうちでもこのチャイムをきっかけに、午後の業務を開始する決まりになっている。

「え~俺と芝田君は機体の修理で、梅沢君は伊賀袋方面の見回り行って」

 私語の時間は終わりだ。隊長からの指示に返事をして席を立つ。

 今日昼休み無しじゃん。芝田が愚痴った。

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