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埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
北川辺編
14/45

十四話

「クラウチングスタートで行きましょう」

 考え込んでいた彼女は、そう結論をだした。

「陸上の短距離走でスタート体勢の時にとるあのポーズですよ」

 彼女は身振りで説明しようとして前傾姿勢をとろうとした。狭い運転席内で、ただでさえ距離が近いのに、さらに彼女の顔が近づく。

「後ろに倒れちゃうんなら、前に倒れこむようにして踏ん張って備えるしかありません」

 息がかかるほどの近さで彼女は言った。

「た、単純ですね」

 私はと言うと、逆に彼女から遠ざかろうとして、これ以上ないという程椅子に深く座り身を捩っていた。不必要に触れて彼女に不快感を抱かせたくなかったからだ。

「単純でも、今出来るのはそれしかないんです。それでも駄目ならこの装備は不良品だってなって、今までやってきた事が全部、パーです」

 彼女は少し自棄気味な口調だった。

 その姿に、先週の居酒屋での出来事がフラッシュバックした。

 本社で微妙な立場にいる今の状況で、欠陥品を造ってしまったとなったら、彼女はさらに孤立してしまうのではないだろうか。

「や、やります。とにかくやってみます」

 私は慌てて言った。

 

 彼女はトレーラーへと戻り、私は機体を立て直した。

 深い深呼吸で気分を落ち着かせる。

 これに失敗したら、彼女を救えない。

 彼女の未来は、私にかかっているのだ。

 絶対に成功させる。

 機体を操り、クラウチングスタートのポーズをとらせる。と言っても、左腕は当のレールガンになっているので、前方には右手だけつく。更に抵抗を高める為、地面に接している右手、右足、左足を押し込んで土の中にめり込ませる。

 おそらく、横から見たら四足歩行の動物が、左足を前に突き出したような形に見えることだろう。およそ間抜けな格好だと思う。

「準備できました」

「お願いします」

 通信機からも、私と同じくらい切実な声が聞こえてきた。

 再び深呼吸して歯車を操作する。

 先程狙った姿と変わらぬ的が見えた。どうや先刻発射した弾は、命中しなかったらしい。

 照準を的の中央部に合わせる。

 最後に、もう一度深呼吸する。結局、何度やっても落ち着きはしなかった。

「いきます」

 歯を食いしばって、全身を硬直させた。

 祈りを込めて引き金を引く。

 本日二度目の轟音が辺りに響いた。

「っ……」

 凄まじい衝撃だった。食いしばっている口から勝手に空気が漏れてくる。なんとか意識を繋ぎとめる。

 見えない力で、右手が地面から抜き取られる。左右の足が自動的に後ろに下がる。上半身が勝手に浮かび上がり、機体全体が横に旋回する。

 それでも体の力は抜かなかった。いつの間にか目は閉じていて、瞼の裏に新井さんの姿を見ていた。

「うぅっ」

 多分、これは一瞬の出来事なのだ。宇宙空間と違って射撃の反動が長時間続くわけはない。早く終われと私が願った時、その願いが通じたかのように唐突に、暴力的な力の作用は無くなった。

「やった……」

 射撃時にとった前傾姿勢こそ維持できなかったが、機体は二本の足で立っている。

「やったやった。新井さんやりましたよ。倒れなかった。私、立ってます」

 私は興奮していて、喜びを上手く言葉にできなかった。

「はい、はい。ありがとうございます。すごいです」

 新井さんの言葉も不明瞭だった。だが、喜んでいるのは伝わってくる。

 

 一瞬の出来事だったはずなのに、私の手足は尋常でない脱力感と痺れに見舞われていた。

 結局、また弾丸は標的に命中しなかった。

 とはいえ、とにかく撃つことはできたのだ。この武装腕のテストはまだまだ続けることができる。

 私は一度トレーラーへ移動した。車内で、新井さんは今回得られたデータの検証を既に始めていた。

「お疲れ様です」

 私が車中に入ると、彼女は片手を顔の辺りまで上げ、私の方に掲げるようにした。

 察した私は右手を同じように掲げた。

 二人でタイミングを計って。

「いぇーい」

 ハイタッチした。

 彼女が、こういう事もする人だったというのは意外だった。それともこれは、私に慣れ親しんだ、親愛の印を示したものかもしれない。などとも思った。

 ひとしきり、今回の成果を称えあい笑いあった後、彼女は検証作業に戻った。

「とにかく反動の方の問題ははさっきので対処するにしても、今回も的に命中しなかったのは、かなりの大問題ですね。急遽取り付けたスコープの設定のせいでしょうか」

 私は彼女の発言に適当な合いの手を入れるだけだ。技術的な事は私には解らない。

 

 各種設定を弄ったり、新しい部品の取り付けに問題がないかを確認した後、三射目のテストが行われた。

 射撃姿勢時のみ、バランサーを極端に前傾する形で調整したので、反動の衝撃はいくらか和らいだ。弾は標的には当たらなかったものの、すぐ右脇に突き刺さり大きく地面を抉った。そしてまた検証作業に入り、その日はそれで終わった。

 

 次の日もその次の日も、更にその次の日も同じような一日を過ごした。

 トレーラーで川原に行き、標的を設置してそれを撃つ。そのデータを元に各種設定を弄って微調整をする。そしてまた撃つ。射撃時の衝撃にも慣れてきたし、弾は徐々に的の中心点へと向かっていく。変わらぬ日々の中にも、しっかりと成果は表われていた。

 それに比例するように、新井さんとの仲も、日を追う毎に近しいものになっていった。

 口を開いて出る話題は、どんなにくだらない事であったとしても、最後には必ずお互いが笑いあう冗談へと昇華された。会話を重ねるうちに互いの趣味嗜好も把握されていき、それに反比例して二人の間にある遠慮という壁は薄くなっていった。

 

 こんなに幸福感に溢れた生活は送ったことがなかった。土曜日の昼間、私はそう思った。

 今まで惰性でしかなかった仕事に、今の私はやりがいを感じている。解りやすく目に見える形で、日々示されていく努力の結果。それに一喜一憂する感情が、新井さんと共有されている。その事に、年甲斐もなく、毎日胸がどきどきわくわくしている。

 あんなに嫌いだった朝の出勤が待ち遠しく、あんなに待ち遠しかった休日が早く終われと望んでいる。

 何よりも楽しいことは、もちろん新井さんとの交流である。

 日々、親密になっていく彼女との関係は、傍目から見れば、既に付き合ってるようにも見えるだろう。彼女の私に対する態度は、どんなに穿った見方をしても、嫌悪を抱いているようには見えない。それどころか、私が新井さんに抱いているそれと、同等の好意があるようにも見受けられた。先週まで相思相愛になる方法を模索し、結局何も見つけられずに煩悶としていた事が嘘のようだった。

 新井さんが北川辺を去る前に、愛の告白をする。そんな大それた計画が現実味を帯び始めていた。

 新井さんから渡された分厚い本を読んでいる中、そんな妄想の声達が集中を妨げる。しかし、先週とは違って陰鬱な気分にはならない。構わず読書を続けた。当然書いてある内容は頭に入ってこなかったが、それも気にしなかった。とにかく文章を目で追っていくだけの作業、それに土日の二日間を費やして、ようやくその本を読み終えた。

 

 月曜日、私はその分厚い本を新井さんに返し、新しい本を借りた。先のと比べると随分薄っぺらく感じるボリュームだった。

 その週も概ね私が望んだ通りの、先週と同じ、先週よりも幸福な毎日が続いた。

 ただ、週末の金曜日に、私にとって、そしてこの町にとっても、予想外のことが起きた。

 

 その日も私達は、いつも通り川原での射撃実験が行っていた。連日の調整の成果により、射撃の反動でひっくり返ることも、的をはずす事もなくなっていたので、ここ最近は的を遠くしたり近くしたりと距離を調節して近、中、遠距離で、弾がどのような挙動を見せるのか、そのデータを取っていた。

 私が一射する毎に、砕け散った的を撤去する。その間に新井さんがデータを検証し設定を修正。そして次の標的の位置を指示する、私は言われた通りの場所に新しい的を設置する。そういう流れが出来上がっていた。

 午前十一時。その日の二射目を終え、上半分が消し飛んだ的を撤去し、傍らに積み上げられた予備の的を抱える。一連の作業は全て特人車で行った。一々トレーラーに乗り換えていたのでは、余計な時間がかかりすぎる為だ。

 今回、新井さんの作業は、少し難航しているようだった。普段であれば、もう次の設置場所が指定されている頃なのだが、通信機からは何の音沙汰もない。わざわざ急かすこともないと思い、私は何も言わなかった。

 時間が空いて手持ち無沙汰になってしまったので、私はなんとなく周りの景色を眺めてみる。小さい雲が数える程しかなく、今日も眩しいくらいに快晴だ。その太陽の強烈な光線を反射して、利根川の水面がまるで宝石のように、いやそれ以上に光り輝いている。

 そんな美しい世界をどこに焦点をあてるでもなく見ていると、対岸の辺りに動くものが見えた。ただでさえ対岸までは距離があり、、私達とは埼玉大橋をはさんで対角線上に位置しており、非常に遠い。それはほとんど黒い点にしか見えなかった。最初は鳥か何かかと思った。けれど、それはいつまでも飛び立つ気配がなかったし、人や犬猫にしては動き方もなんだか不自然なものに見える。

 新井さんからの指示はまだない。特別興味を引かれた訳ではなかったのだが、他にすることもないので、ズーム機能を使ってそれが何かを確かめようと思った。

 左手の歯車を押し込んで手前側に回す。どんどん見える景色が狭まって拡大されていく。どうやらその黒い点は複数居るようだ。更に拡大するとそれの正体が解った。

 胴体を中心に頭が1つ左右に手が二本、下半身には足も二本。直立二足歩行で、シルエットはほとんど人間と変わりがない。ただ、その体はたんぱく質等ではなく、鉄で構成されていた。それらは全部で三体居て、直列に並んでいる。そして先頭に居たものが川に足をつけ、こちら側、北川辺方面へと移動している。

 私は激しく動揺した。画面には非日常がゆっくりとだが確実に迫ってきている。

 私は大きく息を吸い込み、そして深く吐き出した。そして新井さんと交信を取る方の通信機のスイッチを入れ、さらに携帯電話を取り出して支社に電話をかけた。すぐに高橋さんが電話に出た。

 私は少しだけ身を乗り出し、通信機に顔を近づけた。そして高橋さんと新井さん、二者へ同時に現状を告げた。

「大変です。敵襲です」

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