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埼玉県北埼玉郡防衛団  作者: 日光樹
北川辺編
1/45

一話

 敵襲との通報を受けて、我々は現場に急行した。しかしそこには敵の姿などなかった。


 特殊人型車両。通称『特人車』と呼ばれる乗り物。有体に言えば、『巨大人型ロボット』である。人と同じ輪郭を持ち、人の何倍もの力を発揮する。今は手ぶらだが、腰部には武器として銃型とナイフ型の装備が1つずつ装備されている。

 そんな機体に、我々三人はそれぞれ乗っている。

 

 場所は町の東端。

  一方の視界にあるのはは田圃ばかりだった。

 地平線まで見えてしまいそうなほどに何もない。稲刈りまでにはまだ幾分時間を要するその緑たちは、吹く風に合わせてどれも皆、同じ方向を向いていた。所々思い出したように古い民家が建ち、それに付随する電柱と電線が数本ある。奥の方に見える線路は蜃気楼のように朧げに揺らいでいた。

 もう一方の視界には土手がある。

 こちらも、夏を謳歌する雑草たちが生い茂ってはいるが、その種類や高さはバラバラで、壁のようにそびえる土手の存在感と合わさって、なんとなく、息苦しいものを感じさせた。

 確か、その土手を登ると渡良瀬川と、それを源にする渡良瀬遊水地とがあり、緑の世界とは一変して水色の世界が一面に広がっているはずである。

 そして、その川の向こう側は、文字通り別世界である。

 そこは茨城県の古河市。つまり県と県との境界線が眼に見える形で現れたのが渡良瀬川なのだ。

 古河市は、埼玉県の支配が及ばぬ土地。『敵市』である。

 だから多分、この場所柄から考えるに、今回通報にあった敵機というのは、その隣市のものであろう。

 

「しかし、何もいないみたいですね」

 私より二年先輩の芝田の声が通信機から発せられた。

「誤報だったのかもしれないな」

 今度は隊長の声だ。「また」とか「やっぱり」という言葉が頭に付きそうな、うんざりした声音だった。

 実際、似たような通報がここ数ヶ月頻発していた。今月だけでも、これで三件目だ。

 出動前から、今回の通報を誰も信じてはいなかった。なんだかんだといいながらも、この数十年間、古河市と交戦したことなどなかったからだ。おかげで私は未だ、実戦を経験したことがない。

 今日もきっとなにもない。帰ってから、誤報でしたという旨の報告書を書くという仕事が増えただけだと思っていた。

「一応、土手を登って、周りを見回ってから帰るぞ」

 私は隊長に了解と返答した。

 敵がいないならそれにこしたことはない。私もそう思い、安心し油断していた。

 

 隊長機が斜面を登り始めた時、上方から爆音がした。同時に、前を歩いていた隊長機の左腕が吹き飛び、機体が後ろに倒れた。

 敵襲。待ち伏せ。発砲音。銃撃。隊長。

 頭の中で様々な言葉が飛び交ったが、その中で今の状況に適していたのは、たったのこれだけだった。

 見上げると、土手の頂上に見慣れぬ特人車が一機居た。我々の機体とは異なるデザインの体をしたそれは、自分の全長ほどもありそうな大きな銃を右手に装備し、左手でそれを支えていた。その銃口からは白煙があがっていた。

 一瞬の間を空けた後、すぐに体と、それに伴う機体を動かした。

 回避行動をとりつつ腰部から銃をとりだし、安全装置を解除。そして発砲。意外にも訓練通りにやれた。

 放った弾丸は敵機の横を通り過ぎていった。狙っていないから当たり前だ。こちらにも反撃能力があることを示し、敵機に警戒心を抱かせ、あわよくば、及び腰になってくれることを望んだ射撃である。効果はなかったようだったが。

 2射目はしっかりと狙った。照準の十字と敵機の中心が重なった瞬間、引き金を引いた。

 しかし、土手の頂上に居る敵機へと至るはずだった弾は、中腹の草むらに穴を開けただけだった。

 整備、調整不足だ。照準が狂っている。そんな自省をしている暇はなかった。彼の敵の左右に一機ずつ、新たな敵機が出現しており、同じように砲撃を繰り出している。少しでも動きを止めれば狙い撃ちにされてしまう。

「散開。応戦」

 隊長だ。どうやら生きていたらしい。砲撃を受けた衝撃で倒れていた機体を起こしながら、残っている右腕で銃を抜き、応射を始めた。

「あっ、でない。でない」

 芝田機は緩慢な動きながら、回避運動をとりつつ銃を土手側に向けている。が、構えるだけで発砲はしていない。多分、安全装置を解除し忘れているのだろう。

 こいつは頼りにならない。そう思った瞬間にその銃が火を吹いた。やっと気づいたらしい。「出た」芝田の小さな声が聞こえた。

 いちいちイライラさせられる。こんな状況なのに、意外にも腹を立てる余裕はあったようだ。

 

 ともかくも、こちら側もなんとか三機一チームの基本連携がとれる体勢にはなれたわけだ。

 だが、戦況は圧倒的に不利だ。こちらの陣地には田圃しかない。遮蔽物。隠れる場所や盾にできる物体が一切無い。

 加えて、敵が陣取っているのは土手の頂上。射撃戦では、高所から低所への攻撃は有利に、低所から高所へは不利になる。

 これでは、後退することもできない。後ろを見せたら、敵はここぞとばかりに攻勢をかけてくるはずだ。

 それに第一、我々は基本的に退くことを許されていない。

 正に八方塞がり。

 唯一の救いは、敵の銃器、標準よりもやや大型のそれは、連射性能が悪いらしいということか。

 察するに、次弾発射までに五六秒かかるようだった。おかげで初弾を受けて倒れたところへ追い討ちをかけられる前に、隊長は動くことが出来た。

 しかし今では敵は三機に増え、互いの発射タイミングをずらしてカバーしあい、間断なく砲撃が続けられている。

 こちら側の攻撃は未だに一発も命中していない。おそらく二機の僚機も照準がぶれて、狙った場所に弾が飛んでいかないのだ。

 それを見抜いたか、それともあの大きな武器に事情があるのかは解らないが、彼らは現れた位置から一歩も動いていない。互いの均等な距離を保ったまま、順々に攻撃をしてくる。

 

 攻防は長い間続いていた。

 いや現実の時間は数分しか経過していないのだろう。敵の攻撃は一発で私の全てを破壊する威力を持っている。秒単位で降り注ぐ死の恐怖。それに抗うための極限の集中力が、一分一秒を何倍もの長さに変貌させているのだ。

 そしてその集中力が、互いに決め手に欠けるこの膠着状態を打開するヒントを与えてくれた。

 敵隊の射撃のパターンがなんとなく見えてきたのだ。

 1つはターゲット。

 どうやら前進してくる者、あるいは敵側に一番近い者へ優先的に攻撃を集中しているようだ。だから一番最初に狙われたのが先頭を歩いていた隊長だったのだ。

 そしてもう1つはタイミング。

 敵隊は射撃から次弾発射までの隙を他の機体の射撃で補っているが、その間隔が全く一緒なのだ。一機目の発砲から、感覚にして四拍子後に二機目が発砲。そして同じく、時間にして三秒弱で三機目が発砲。彼らはそのパターンをずっと繰り返していた。

 気付いた二点、そこに活路を見出すしかなかった。集中力もそろそろ限界が近い、眼球が重い。疲労が体の動きを鈍くしている。このままの状態が続けば、いずれ押し切られてしまう。まだ動ける今しか、機会はない。

「右のやつに突撃します。他の二機を牽制してください」

 僚機へ訴えた。答えを待たず、機体を全力で走らせた。

 今、左翼の敵が発砲した。それを回避した隊長機の横を抜き去る。ここから四拍子。

  一。

 田圃道を駆ける。

 二。

 気づいた敵は、それぞれの銃身を私に向けて動かす。

 三。

 土手の麓に到着。見上げると敵機と眼が合った。

 そのままの勢いで横へ跳んだ。四。

 数瞬前まで私が居た空間に、高速で飛来する火の矢が突き刺さる。

 機体や運転手への負担を無視して、全力で跳躍した私は、敵機に肉薄していた。

 そのまま空中で銃を構える。この距離なら少々照準が狂っていたとしても当てることはできるはずだ。

 引き金を、引けるだけ引いた。何度も。

 実際に銃から吐き出された弾の数は、二発だけだった。その弾は敵機の銃身と、首の付け根周辺に大きな穴を穿った。

 やった。やれた。できた。

 思った瞬間に、横からの強い衝撃を受けた。

 土手の斜面に自機が激突したのだ。全速力の助走をつけた跳躍でも、頂上までひとっ飛びなどという芸当は無理だったようだ。

 激しい目眩に陥ってるなか、殺気を感じて思い出した。敵は三機。一機倒しても、まだあと二機も残っているのだ。

 明滅する視線を向けると、その二機ともがこちらを向いていた。もちろんその手に持つ銃の照準も一緒に。

 恐怖心が爆発的に増大して、私の全てを支配してしまった。体が動かない。全身の皮膚から汗が噴出し、同時に寒気で鳥肌が立った。助けを求める声も出ない。なんとか死を逃れようと計算する頭は、それでも数秒後の死を予測していた。

 

 今正に、敵機から火砲が放たれようとしたその瞬間。突然その足場が崩れた。

 バランスを崩しつつも撃たれた弾丸は、私の機体の頭頂部を掠めていった。

 目前の死を免れたことで、私は少しの冷静さを取り戻して状況を理解した。

 どうやら、隊長たちのおかげで助かったようだ。

 彼らは、私が走り出した後、援護するために後ろから追いかけてきていた。そして、私が要望したとおり、二機の敵機への牽制をしてくれていたのだ。

 結果、隊長が撃った弾の一発が敵機の足元に着弾し、その足元を崩した。そういうことらしい。

 九死に一生を得たわけだが、まだ危機を脱したわけではない。次の砲撃まで、もう幾許の時間も残されていない。

 急いで逃げようとするが、先程の斜面に突っ込んだ時の衝撃が残っている。体も機体も思うように動かせない。

 鼓動の音がうるさい。まるで鼓膜のすぐ下に心臓が移動してきたようだ。急かすようなアップテンポの拍子を刻んでいる。

 なんとか機体を立ち上がらせた時、撃たれると思った。いや、体が感じた。敵機の中に入っている人間が引き金にかけた人差し指に力を入れる、その様を幻視すらした。

 でも私は、また何もできなかった。今度こそ、死ぬ。それしか思うことがなかった。走馬灯もない。

 

 突然、敵が血しぶきをあげた。頭部が真っ赤な血液で染まる。

 それに怯んだか、あるいは視界を遮られたためか、とにかく敵機からの攻撃ははずれて私のすぐ右側に着弾した。

 その爆風に押されて、私は土手を転げるように下った。

 

 勢いがついてしまって、土手の麓からさらに走り続けた。そして転んで田圃に頭から突っ込んだ。

 田圃から頭を上げた時には敵は撤退を始めていた。中央に位置していた機体が、私の撃墜した機体を引きずっている。もう一機の姿は、すでに無かった。

 

「すいません。弾、間違えました」

 申し訳なさそうな声を芝田が発した。ペイント弾。そう続けた言葉はどんどん小さくなっていき、語尾はほとんど聞こえなかった。

 脳震盪でぐるぐると廻っていた私の頭でも、なんのことだか理解できた。

 出動の際、純粋な勘違いによる過失か、それとも、今回もまた誤報だろうと高をくくった故意によるものか。いずれにしても、芝田は実弾ではなく、破壊能力の無い訓練で使うペイント弾を持って出たのだ。

 考えてみれば、機械から血しぶきなど上がるわけがないのだ。

 死に直面し、藁にもすがる思いで助けを求めていた私には、あの出来事は、敵に弾丸が命中して脳しょうをぶちまけたように見えていた。

 けれど現実は、単にペイント弾の赤い絵の具が頭部についたというただそれだけのことだったのだ。

 それでも、そのおかげで敵弾がはずれた事に変わりは無いわけではあるのだが……。

 馬鹿か。そう思った。

 

 敵機の姿はもう完全に消えていた。

 こうして私は、初陣をなんとか無事に生き延びることができた。

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