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三幕~接触~

 私の時は停止していた――。

 目の前には西園君が居る。

 何故――!?

 まとまりがつかない意識の中、西園君は私に話しかけて来た。


「大丈夫かい? 朝倒れたって聞いて、布目さんの自宅に連絡がつかないから、隣に住んでるという理由で藤村君に呼ばれたんだ。このまま、保健室で休む? それとも、病院に行って家で休むかい?」


「……ありがとう西園君。でも、まだ朝早いし、保健室で休んでるわ」


 意識がはっきりしないまま、私は西園君に答えた。少し驚いた顔をしながら西園君は言いずらそうな口調で、


「……あの、布目さん? 今は昼休みだよ?」


「――! えっ!? もうお昼なの!?」


 ガバッと背中を起こし、全ての感覚が甦った。

 藤村はいつの間にか、保健室から姿を消していた。

 そして私は、


「今は保健室で休んでいるわ。帰り、一緒に帰ってくれれば構わないから」


「そうはいかないな。今すぐ病院に連れていく。異論は認めない」


 急に真面目な顔で言う西園君にドキッ! としながら、私は西園君の言うまま、病院に行く事になった。





 病院での診察では、特に何も言われる事も無かった。

 精神的ショックに耐えられない自分の弱さが招いた事くらいわかっていたから。

 病院からの帰り道を、西園君と二人で歩く。

 始めは西園君の歩幅に合わせていたが、すぐに西園君は私の歩幅に合わせた。そんな事に喜びつつ私は、


「……今日はありがとう。ごめんね、隣に住んでいるという理由だけで、午後の授業欠席させちゃって」


「別にいいんだよそんな事。布目さんが無事であるなら、僕は十分だ」


「あ、ありがとう……」


 まさか西園君にこんな事を言われるなんて思っても無かった私は耳が赤くなり、右耳をかく振りをして隠した。

 私達が住んでるマンションのエントランスをくぐり、もうすぐお別れの時が来た。西園君がエレベーターの登りボタンを押し、私の肩をそっと押して中に入れる。

 フウッと見えないため息をついた私は、


(このエレベーターが止まってくれたなら……)


 なんて無意味な事を考えた。

 プンッ! と私達を乗せたエレベーターは四階で止まり、西園君は私を先に下ろし、自分は後から出た。

 そして、私の自宅前まで来て、


「今日は本当にありがとう。じゃあ、また明日……」


「家の人居ないんだろ? ウチに来いよ」


 鍵を出そうとしていた私の腕を取り、西園君は自分の自宅に私を入れた。

 これはチャンスか否か――?

 少年から男の顔になった西園君の顔を見て、私は興奮しつつ、そう思った。





「椅子にでも座って待ってて」


 そう言い西園君は私を自分の部屋に入れた。

 見馴れてるはずの西園君の部屋で、私は不思議な感覚に捕らわれた。

 カメラから見る世界とは違う、匂いも生活感もある世界。

 これが、西園君の世界――。

 その部屋全体をじっくり見回して行くと、私の脳にノイズが走る。


「……あのベッドは相良が西園君と……。思い出したくない……!」


 ギリギリ……と制服のスカートの上から両膝に爪を立てると、


「お待たせ、布目さん」


 爽やかな笑顔で部屋に戻ってきた西園君を見て、心の闇は消えた。そして、持ってきたコップを私の目の前の机に置いた。


「りんごの香りがする……」


「アップルティーだけど……嫌い……だった?」


「ううん、大好きよ。いただきます」


 私は西園君のいれてくれたアップルティーを飲みつつ、相良に出したのは確かレモンティーのはず……何て事を考えた。

 その差は何なのか―!?

 無論、答えなど出ぬまま、アップルティーに対する意識は拡散する。

 そのまま話題は、学校の事や、この近所の話しなどになりつつも、私は思いきって藤村に朝言われた事を聞いた。


「あ、あの……西園君て相良さんと別れたの……?」


「? そうだよ? 良く知ってるね。彼女とはソリが合わなくて続かなかったよ」


「そうなんだ……。西園君の家にこの前来てたのを見てしまった後すぐに別れたから、何かあったのかなって……二人、お似合いだったし……」


(私……何でこんな事言ってるんだろう。バカだ……もう、自分自身が嫌になる……)


 そんな事を思いつつうつむいていると、西園君は私の前まで来て、


「似合ってなんかいないよ。僕と並んで似合うのは、布目さんぐらいだよ。お隣どうしだし」


「――え!? て、お隣どうしだからなのっ!? もう! 西園君ったら!」


 椅子から立ち上がりポカポカと軽く殴ると、上手い具合にベッドの上に押し倒され――。

 私の目の前に西園君の顔があった。

 そして西園君の唇が私の耳の方に向かって来て、私の身体は硬直する。


「――! まだ、心の準……」


「元気、戻ったようだね。良かった、良かった」


 優しい笑顔の西園君が私の中に広がり、私の中の女を満たし、刺激した。

 私達はお互いの吐息が触れ合う距離で微笑み合う。

 すると、急にピンッ! とおでこを指で弾かれ、


「ねぇ、布目さん。心の準備って何? 一体何の事なのかな~?」


「――それは! もう、西園君の意地悪っ!」


 手足をジタバタさせ、西園君を軽く攻撃すると、


(あっ、固い……。立ってるのかな……?)


 膝が軽く西園君の股間に触れ、男の象徴が固くなってる事を感じた。

 刹那――。

 私の唇と、西園の唇は重ねあっていた。

 全てを受け入れるように、私は西園君を抱きしめ、西園君の服の中に手を入れた。

 すると、息を荒げ、頬を紅く染めながら――。


「……布目さん、どこ触ってるの?」 


「え!? これは……勢いで!?」


 西園君のパンツの中に入ってた右手を、すぐさま抜いた。そして馬乗りになっていた身体を立て直し、ベッドの上に座ると西園君は、


「僕、まだ童貞だぜ? するなら、彼女になってからしよう」


「西園君、童貞なの!? ……意外、だね」


「意外……なのか? 布目さんは処女じゃないの?」


「私はもちろん処女よ。処女に決まってるじゃない……」


「じゃ、僕が布目さんの処女をいただこうかな?」


 私は全身の血液が一気に沸騰しそうになり、


「西園君のバカ!」


 ポカポカと殴ろうとしたら、西園君は飲み物を取りに行くと言い、部屋から去った。

 残された私は、ベッドの上に横になり、右手に残る透明な液体を見た。好奇心のままゆっくりと鼻を近づけ、


「これが、西園君の匂い……」


 匂いを嗅ぐと、私は右手の平を舐めた。





 西園君の自宅に行ってから一週間が過ぎた。

 それからの一週間は私の心は全てが満たされたかのような日々だった。

 朝は西園君と毎朝登校し、下校時にも時間が合えば一緒に帰宅していた。

 西園君も相良に対する笑顔より、私に対する笑顔の方が何倍も良い笑顔だった。

 そして、負け犬の相良は一週間学校を休んだままだ。


 全ての条件を満たした私に、勝てる者など居ない――。


 私は女王の気分で学校内を、街を、歩いた。

 下校時間になり、帰ろうとすると、


「瑞樹ちゃん、あれからどーよ?」


 昼過ぎから登校して来た藤村が、私に話しかけて来た。

 最近、藤村はよく遅刻をしている。


「順調よ。まだ、付き合ってはいないけどね」


「そっちは順調、こっちは微妙か」


「こっちは微妙……?」


 その言葉に、私は反応した。


「今さ、相良栄子の自宅マンションに通ってんだよね。あいつの両親離婚しててさ、父親と住んでるんだけど基本的に帰ってこないんだわ。毎月金だけ入金してるって言っても、本人が外に出れない状態じゃ意味無いからな。なわけで、俺が世話してるって感じなのよ」


「相良、そんな状態なんだ。藤村が相良にそこまでするのは哀れみから?」


「……償いかな」


 少し身体を震わせ、目の視点も定まらぬまま藤村は言った。


「場所、変えよう。少し落ち着いた場所で話そう」


 私は藤村の背中を押し、学校を出た。

 藤村は何かにとりつかれたような青白い顔をしたまま、無言のままだ。

 こんな藤村はかつて誰も見たことが無いだろう。

 目的地に向かう途中、微かな声で藤村はつぶやいた。


「真由美……」


 と。





 私と藤村は学校から駅とは逆方向の公園に来た。

 そのベンチに座り、夕焼けに染まりつつある空を見上げ、私は藤村に尋ねた。


「今の藤村を形成してる子は、さっきつぶやいていた真由美って子なのね?」


「あぁ、そうだ。今の俺は真由美……吉沢真由美に対する償いのつもりで、相良に接している。真由美は、俺の昔の……もう会えない、昔の女だ……」


 唇を激しく噛みしめ、藤村は言う。

 こんなに辛そうな顔の藤村を見た人間は、学校の中で私だけだろう。

 普段調子がいい奴だけに、その変わりようが目に痛い。

 そして、胸を抑えながら彼が話した内容は、聞いてる私自身も、胸が苦しくなる内容だった。


 吉沢真由美という女は藤村が中学一年生の時の女だった。

 当時の藤村は相変わらずのやんちゃ少年で、今のように心の奥に冷静な部分は無かったようだ。同じクラスで入学当初から目をつけていた真由美を、藤村は我先にとアタックをかけゲットしたらしい。

 真由美は美人の部類で、歩いているだけでも振り返る者がいるような少女だったらしく、初めのうちは藤村も毎日のように真由美と会い相手をしていたみたいだが、しばらくすると男友達との遊びを優先するようになり、真由美との距離は少しずつ遠ざかって行った。


 真由美の出すSOSに気付く事無く日々は過ぎ、そして事件は起きた――。

 真由美が手首を切ったのである。

 その知らせを聞いた藤村は、夜の病院へと急いだが、面会謝絶の為会えなかった。

 身体の傷自体は浅く、命に別状は無かったが、心の傷の方は根深く人と話せる状態では無かった。


 藤村は手首を切った理由を知っていた。


 真由美の両親は家には居らず、毎月の生活費だけを入金して、自分達は外に部屋を借りて互いのパートナーと生活していた。その話しを聞いた時、藤村の中ではたいした問題ととらえてなかった。真由美の心の闇を、藤村は見ようともしなかった。

 その夜、真由美の異常事態に焦る藤村は一晩中病院の外で立ち続けた。

 そして、深夜の未明――。

 急に真由美の病院の部屋の窓が開くと、白い物体が落下した。

 ゴス! という激しい音をたて、その物体は動かなくなった。

 藤村は駆けよった。

 それが何かは、わかっていた。

 血まみれの真由美を見て、藤村は絶叫した。

 病院の三階からとは言え、真由美はもう一度手首を切った状態で飛び降りており、すでに地面に落ちた状態で助かる見込みは無かった。


「私の話……信じてくれた……?」


 それが真由美の最後の言葉だった。

 その言葉で、今の藤村は生まれた。

 そして、その真由美と境遇が近しい人物、相良栄子を同じような目に合わせない為に苦心しているという事だった。


「……」


 全てを話し終わった藤村は、身体の生気が抜け切ったような顔で夕陽を見つめている。

 私は何も声をかけられず、藤村の隣で夕陽が沈むまで二人で座っていた。





 翌日。

 藤村はメールで私の携帯に「昨日は沈み過ぎててゴメン。今日はいつも通りの俺だから安心して。瑞樹ちゃん、愛してるよ~☆」なんて内容が入っていたので私は、


「あっそ。あんたは、相良の事だけ考えてなさい。同じ過ちを繰り返さないでね」


 というメールを送り、西園君と共に学校へ向かった。

 その日の西園君は話しかけても視線が私の方をあまり向かず、何かよそよそしい感じがした。





 3日後。

 私が自分のクラスに着くと、藤村がいて話しかけて来た。


「おはよ、瑞樹ちゃん。荷物置いて、隣のクラス見に行こ」


「え? ちょっと、引っ張るな!」


 荷物を机の横のフックにかけた私は、藤村に連れられ西園君のいる隣のクラスに向かった。

 西園君のクラスの中を藤村の後ろから覗き見ると、久しぶりに見る顔があった。


(相良栄子……)


 その顔は少し青白く、冷気を纏っているようだった。

 相良はこちらを向くと、ゆっくりと近づいてくる。


「おい、栄子……」


「布目さんと話があるの。二人にしてくれる?」


 武藤は藤村にそう言い、私の前をナイフのような瞳のまま通り過ぎて行った。


「……」


 ふと、西園君の方を見ると、西園君はこちらをチラッと見て、また目を反らした。


「……藤村、ちょっと行ってくるわ」


「あぁ、何かあったら俺の携帯に連絡しろ」


「わかった」


 そして、私は相良の背中を追いかけた。





 私と相良は学校の屋上に居た。

 何故か相良は屋上の扉の鍵を持っていて、私達は屋上の錆びたベンチに座り、話した。


「……顔を合わせるのも久しぶりね、布目さん。私が休んでいた間にだいぶ顔色が良くなったようだけど、何かあった?」


「あったわよ、色々とね。貴女が西園君と別れてくれたおかげで、私は気分的に楽にもなったし、西園君ともだいぶ仲良くなれたわ」


「貴女、西園君は普通の男だと思っているでしょう? あの男は悪魔よ……善人の仮面を被った悪魔……あの男のせいで、あの日私は闇の世界に堕とされた。西園には関わらない方がいいわ。これは、西園の経験者からの忠告よ」 


 相良のつまらない話しに、フッと鼻で笑い、


「何が経験者よ。経験したのはキスまででしょ? 大体、西園君が仮面を被っている事なんか百も承知よ。だからこそ、私は西園君の本当の顔を見たいの。私には最近、色々な表情を見せてくれるようになったわ。貴女には、どうだったんでしょうね?」


 相良は大きく息をはき、空を見上げると、


「……それは、解らないわ。あの男の仮面は多すぎる。……藤村から今現在、西園と仲が良いのは貴女だと聞いて忠告しに来たけど、貴女なら案外大丈夫かもね。でも、あの男は悪魔だという事は肝に命じておいた方がいいわよ。自分より二枚も三枚も上手だと考えて丁度いいわね。じゃ」


「ご忠告どうも。藤村と仲良くね」


 私と相良は屋上を後にした。





 その次の日から、西園君はいつも以上に私に対して優しくなった。

 理由はよくわからなかったが、相良の件は藤村が解決してくれたおかげで、西園君も私に対して心を開いてくれてきたんだなと思い、学校の日も休日もより親密に二人で過ごすようになった。

 一週間後の休日。

 横浜の桜木町でデートした帰り、とうとう私は西園君に告白された。


 ――これで私は西園君の全てを手に出来るわ。


 そう思うと、私の心も身体も天に昇るようだった。

 そして、その日の夜――。

 私は薄暗い西園君の部屋に居た。

 相良が出来なかった事を私は経験する。

 身体が、心が、全てが私の内から溢れ出し、愛情の濁流の中、私はベッドの上の西園君と向き合った。



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