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一幕~仮面~

 高校生である私、布目瑞樹ぬのめみずきは学校へ行く為、自宅のマンションを出た。

 エレベーターに乗ると、隣に引っ越して来た同じ学年の西園京星にしぞのきょうせいが後から入って来る。


「あ、おはよう布目さん」


「おはよう、西園君」


 お互い挨拶を交わし、他愛ない雑談をする。

 一階に到着すると、西園君は、


「じゃ、学校で」


 と嘘の仮面を被った顔で駅の方へ向かって歩いて行く。

 私は五十メートル後ぐらいを歩く。

 彼は背が高いから歩幅も広い。私は165センチあって同年代では高い方だけど、彼は180センチもある。

 後ろを歩いている私の事などすでに忘れ、何時ものように猫を探しながら歩いているのだろう。

 私には解る。

 彼は他人など、動く看板のような感じの障害物ぐらいにしか思っていない。

 猫を見た時だけ、彼の本当の顔が少しだけ垣間見れる。

 そう、仮面の下の天使のような悪魔の顔が――。





 初めて西園君を見かけたのは入学式の翌日の放課後だった。

 その時、私は駅前のコンビニでマシュマロを買い、近所の公園にいる黒い野良猫に餌をあげるのが日課になっていた。

 名はクロと言う。

 だが、一月前くらいからクロは私以外の誰かからも食べ物をもらってるらしく、元々痩せてた身体もめきめきと元気になってきている。


(一体、誰がクロの面倒を見てるのだろう……?)


 そんな事を考えながらクロの居る公園のトイレの屋上に向かって、クロを呼んだ。


「クローっ、マシュマロの時間よーっ、降りておいでーっ」


 いつもならすっ飛んでくるクロだったが、今日は来ない。


(おかしいなぁ……どこをフラついているんだろ?)


 公園内全体を見回ったが、クロはどこにも居なかった。

 仕方なく私は、マシュマロをバッグにしまい、公園を出ようとした時――。


「馬鹿が……あれほどトイレの上から動くなと言ったのに。あんな女に殺されて、最後まで哀れな猫だったな……」


 その声の主は西園君だった。

 悪魔が悪意を吐き捨てるような表情と声で、西園君は言った。

 私は物陰に隠れながら、西園君が去るのを待つ。


 ――もう、わかっていた。


 クロがどうなっているのかも。

 クロに餌をあげていた人物が、誰なのかも、全て。

 西園君が去ったのを確認し、西園君が悪意をつぶやいていた場所に立つ。

 道路の横の茂みには、内臓が飛び出て死んでいるクロの姿があった。


「……」


 そのクロの姿よりも、私の心は西園君に向いていた。

 私は彼の後ろ姿を見る。

 彼の周りは黒い染みのようなオーラが広がっていていた。

 醜悪な歪みであり、途方もない強烈な慈しみを感じる。

 これは、私しか見えない。

 そう、あの仮面の男は私のものよ。

 この時、私は西園京星を愛してしまっていた。





 四月が終わり、5月を迎えた。

 私はクロの墓を公園内の隅に作り、たまに御参りに行っていた。

 この場所はクロの先代のシロが眠っている隣だった。

 何故かそこには、私以外のお供え物もあり、誰があげたのだろうと不思議に思った。


 そして私は、西園君と表面上だけでも会話をするようになっていた。

 休日になり、私は何とか話すきっかけをもっと多く作るべく思案していた。

 もっと、彼の内面の闇を見るにはどうすればいいのか――?

 やがて、一つの案が浮かんだ。

 私の親はこのマンションの大家を勤めている。

 親のマスターキーを使い、西園君の部屋に侵入して監視カメラを着ければいいのよと。

 そうすれば、壁一枚隔てた所にいる彼の全てがわかる――。


「そう、そうするしかないわね……」


 思い立った私は、秋葉原に小型の監視カメラを買いに行った。

 そして、月曜日の朝。

 西園家の両親は共働きで、西園君より早く家を出る。

 その空白の時間を突いて、影のように監視カメラを設置した。

 そのカメラは西園君の部屋の中央の電気傘の中央にあり、部屋全体を撮影出来る位置取りだった。

 一時間目を遅刻した私は心の中で狂喜乱舞しながら、西園君の待つ学校へと登校した。




 すると、珍しく西園君は同じクラスの女子と話しながら廊下を歩いていた。

 その女は明らかに、西園君に好意を持っている。


(……私の機嫌を損ねたわね、あの女……)


 その二人に意識の全てを奪われながらも、見て見ぬフリをし、通り過ぎた。

 ――視線を送る事など、私のプライドが許さない。

 心を深紅の黒に染めたまま、その日を過ごした。





 ガチャ、バタン、ガチャ。

 私は帰宅すると、早速パソコンに電源を入れ、西園君の部屋の様子を食い入るように見た。

 パソコンのモニターが、私の吐息で霞む。


「あらやだ、はしたない。どれもこれも、あの女と西園君が悪いのよ。私の事だけを見ていればいいものを……」


 コップに入った牛乳を飲み干し、今度は落ち着いた気持ちでモニターを眺める。

 まだ、西園君は帰ってきていない。

 今のうちに、お風呂に入ろうと思い、お風呂を沸かす。

 そして、お風呂が温まるまでの間、シャワーで身体を洗う。


「……ふぅ。当分の敵はあの女ね。とりあえず、敵の情報を集める所から始めるか……」


 身体の泡を流し終わると、そのまま湯船に浸かってあの女の顔を思い浮かべた。

 憎たらしい顔を心に刻みつけてから、私は風呂を出た。




「……帰ってきたわね、西園君。へぇ、家でも白いシャツに黒いズボンか。制服の延長線上じゃない」


 お風呂から出た私は髪を乾かし、パソコンのモニターを見た。

 部屋でくつろぐ西園君を見て、少し安堵した。

 表情は学校といる時とあまり変わらず、感情が無いような顔で読書をしている。

 彼は自宅に居ても仮面をはずしていない――。

 その事でますます私は彼にのめり込んだ。


「あぁ、貴方は素敵よ西園君。いつか本当に抱き締めてあげたいわ……」


 行き場の無い西園君への愛情を、私はパソコンのモニターを抱き締め、注いだ。





 翌日。

 私は西園君と居た女の事を調べ上げた。

 その女は相良栄子さがらえいこといい、西園君とは同じクラスで、席は後ろに座っているようだ。


「同じクラス、そして同じ図書委員だからって調子に乗らないで欲しいわね。相良栄子……どう始末してくれようか……」


 昼休みの校庭のベンチでそんな事を考えていると、


「やあ、布目さん。いつものように、西園京星の考察かい?」


「――!? 一体何の用かしら? 藤村君?」


 突然の台詞に、私の全身に鳥肌が立った。

 その男は同じクラスの目立ちたがり屋の、いわゆるイケメンである。

 名前は藤村一也ふじむらかずや

 藤村は茶髪にした長い髪をかきあげ、左耳のピアスをいじりながら、


「相変わらず冷たいねぇ、布目さん。でも冷たい美少女は好きだよ。何というか……脆く弱い所がね」


「……そんな話は聞いてないわ。用件は何?」


「わぉ! 怒った顔も素敵☆ 西園じゃなくて、俺にしなよ布目さん。ぐちゃぐちゃになるまで愛すぜ……?」


 さっきから私の心の中を見透かしたように話す藤村に対して多少の苛立ちを覚えるが、表情は一ミリも歪めず、


「愛さなくて結構よ。それより、貴方は西園君と仲がいいわけ? それと、私が西園君にこだわってるという証拠でもあるの?」


 私の問いに、藤村はサラッとバカの一つ覚えのように髪をかきあげ、


「ああ、あるよ? 布目さん、君が誰かを見てる瞬間に、他の誰かが君を見ている事だってあるんだぜ? 獲物を狙う瞬間だけは、ハンターに隙ができ、本当の顔が現れる。布目さんは常に周りを警戒してたから、その瞬間を捉えるのに、めちゃくちゃ苦労したけどね。ま、俺の粘り勝ちってとこでしょう?」


 私は藤村の言葉に返答する事が出来なかった。

 そんな私に藤村は、


「別に俺は布目さんをどうこうしたいわけじゃない。ただ、君と話して君という人を知りたいだけさ。過去に君に少し似た子を、俺のせいで傷つけていてね……」


 うつむき加減で震えながら、瞳を潤ませ言う藤村を見た私は、


(……この話は本当の事だ。西園君の事を知られた事は痛いけど、予想とは違い、藤村は頭の悪い奴じゃないから、友達になってやってもいいか……)


「今の話しは誰にも話さない。だから貴方も私の事は話さないで。私達は秘密を共有する友達としてやって行きましょう」


 差し出した私の手を、しっかり握り返した藤村は、


「あぁ、よろしく!」


 そうして、藤村と私は秘密を共有する中になった。





 私が西園君の監視生活を始めて一週間が経った頃、監視カメラに映る西園君が、やけに嬉しそうな顔をしていた。


「……電話をしている相手はおそらく相良。でも、いつもの顔と違うのは確か……一応、音声のボリュームを上げて確認するか」


 マウスをクリックしボリュームを上げ、西園君の部屋の音が良く聞こえるようになる。


「……」


 私の全てを西園君の妖艶な薄ピンクの唇に集中させる……。


「うん、わかった……今週の……休みに……家に来なよ……。 ――!」


 間違ってうっとりしそうになるが、最後の言葉を聞いて、私の心は阿修羅の如く狂った。

 目の前にあったペン立てを吹き飛ばし、ミネラルウォーターが満タンに注がれたコップを床に叩きつけた。


「……はぁ、はぁ。今週はイライラが収まりそうにないわ……。あの女がこの壁の隣に来るのね。面白くなってきたじゃない……」


 そして、悪鬼のような顔のまま、西園君と私を隔てる壁を見続けた。





 週末になり、相良栄子が西園君の家に来る日が来た。

 私は自分の部屋を城とし、籠城するが如く水や食料を集めた。

 新聞紙とダンボールで作った簡易形のトイレも用意してあり、糞尿対策もバッチリだ。

 朝から部屋のカーテンも閉め切り、パソコンの前で西園君の部屋を監視する。


「今日は楽しみな事があるわね、西園君……だけどね、私は全くもって楽しくないのよ……」


 私がそう言うと、西園君は一瞬、私の仕掛けた監視カメラの方を見た。

 モニター越しに私も西園君を見つめた。


「あんな女じゃなく、もっと私だけを見つめてよ……」


 監視カメラに気付くはずもない西園君に向けて私は言った。

 そして、ふと部屋の時計を見た。

 現在は午前11時……。

 予想だと、相良栄子は12時には来るだろう。

 それまでの間私は、ノートに書き出した、西園君の個人データを見直した。


「昨日は午後6時半帰宅。その後、夕食を取り7時半にはお風呂へ。髪を乾かした後、読みかけの小説を読んで、寝る前に自慰行為をして就寝。本やビデオを見てないでするという事は、心の中に誰かを思い浮かべて自慰をしてるはず……。安易にAV女優に頼らない所が、西園君らしいけど、あの女を思い浮かべてるとしたら話は別。今日、肉体関係を持ったら殺すわよ、西園君……?」


 無感情の瞳で、私はつぶやいた。

 すると、西園君がいきなり立ち上がり、部屋を出て行った。


「――あの女が来たのね!」


 私はパソコンのモニターに釘付けになった。

 しばらくすると、西園君の部屋の扉が開き、私の見たくない女がオシャレな格好をしながら入ってきた。


(あの女……確実に今日決めて来ましたって格好じゃない……。まぁ、余計な事さえしなければいいわ……)


 食い入るようにモニターを見つめ、二人の様子を伺う。

 沸き上がる興奮を圧し殺しながら、耳に全神経を集中した。


「ようこそ、相良さん。あまり綺麗な部屋とは言いがたいが、どうぞ中へ」


「失礼します……」


 相良は西園君に肩を触れられ、部屋の中に入った。

 そして、相良は西園君のいつも座っている椅子に座らされ、西園君は自分のベッドに腰掛けた。

 私の心拍数は次第に上がって行く……。

 二人は学校での出来事や、趣味の話をし、今は好きな動物が猫という事で話が盛り上がっている。

 ――くだらない! つまらない! イライラする!

 お前の座る場所は、私の座る場所なのに……。


「……!」


 その時、私の左目から一筋の涙がこぼれた。

 間髪入れず、それを拭い、平静を装う。


「私は、負けてない……負け……ないのよ……」


 そうつぶやき、西園君の部屋の音声のボリュームをゼロにした。

 現実を直視する強い心など持つ事が出来ず机の上に突っ伏し、私は今日を終えた。




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