表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の石  作者: 田中伊織
4/5

第四話 吸血鬼

この章に出てくる呪文は、プレイステーションゲーム、ファイナルファンタジータクティクスに出てくる呪文を一部参考にしました。

「ちょっといい?」

藤原さんに相談した翌日、登校直後に話しかけられた。

「これを見て」

そう言って、藤原さんは本を開いた。

「なになに……魔物憑依について!?」

「ええ、この記事に対処法が載ってるわ」

「ありがとう!じゃあ早速試して……」

「待って」

藤原さんが、本を持って麻由のところへ行こうとした俺を止めた。

「いい?相手はただの魔物じゃないの。人間に憑依し、その体を意のままに操ることのできる魔物よ」

……俺にとっては「ただの魔物」ってものがよくわからないが。

「……つまり、かなり強力な魔物、ってことかな?」

「そう」

藤原さんは短い言葉で肯定した。

「この記事の通りにすれば魔物を倒せる。でも、かなりの危険を伴うことになるわ」

「そんなの構わないっ!」

今、こうしている間にも、麻由に危険が迫っているかもしれないのだ。

何もしないでなんていられない。

「……危険なのは私たちだけじゃない。麻由さんも、なのよ」

「どういうこと?」

「まず、憑依を解くとき。精神が半分繋がっているようなものだから、無理をすれば麻由さんの人格が壊れてしまう可能性があるわ。

 次に、憑依を解いたあと。離れてしまえば、あとはケンカと一緒。相手の命を狙いあうことになる。

 憑依が解かれたとき、一番近い位置にいる麻由さんが真っ先に狙われることになるでしょうね」

命を狙いあうって……

かなり物騒な話になりそうだ。

何にせよ、方法が見つかったからといって、楽観視できる状況じゃないってことか。

「……どうすればいいんだ?」

「まず、憑依解除の儀式を失敗しないこと。第一の危険はそれだけで回避できるわ」

「なるほど。手順通りやれば問題ないわけだな?」

「そうね。でも簡単なことじゃないから気をつけて。次に、第二の危険だけど、これは避けようがないわ」

「じゃ、じゃあ、どうするんだ!?相手は何してくるかわからないんだろ!?」

「落ち着いて。憑依を解除してすぐに攻撃を仕掛ける。麻由さんの安全が確保できるまで、相手を防御に徹させるの。

 単純な作戦だけど、これがおそらく最も有効だわ」

「なるほど……じゃあ武器が必要だな。金属バットでも借りるか」

「吸血鬼に、武器での攻撃は効かないわよ。もちろん素手でも」

「なっ!?そ、そんなの、打つ手なしじゃんかっ!」

武器で攻撃できないなんて、攻撃のしようがないじゃないか。

「これ、見て」

そう言って彼女は、「強力な攻撃魔術百科」という名前の本を開いた。

いかにもって感じのタイトルだ。

「呪文よ」

彼女が開いたページには、文章と呪文の名前、イラストまで載っていた。

一人が手の平をもう一人に向けるように開き、その手の平からもう一人に向かって青い閃光のようなものが描かれている。

これがこの呪文の効果なのだろうか。

「この呪文、覚えて」

「……………………は?」

「この呪文を覚えるの。すぐに撃てるように練習して」

冗談を言っているのかとも思ったが、彼女の顔に冗談めいたところはまったくない。

「……でも、俺みたいな一般人が、すぐに使えるのか?」

「これを持っていれば大丈夫」

ビー玉大の綺麗な琥珀色の石を渡される。

「なんかこれ、あの石に似てるな」

「魔力が込められている、という点では同じかもね。ただ、向こうは魔力は魔力でも、魔物のものだったみたいだけど」

「……どういうこと?」

「この石には魔力が込められているの。呪文の発動に役立つわ」

「ふーん、これが……」

覗き込むと、藤原さんの顔がさかさまに映っていた。

「昼休みまでには呪文を暗唱しておくこと」

 

昼休み、俺はピンチに立たされていた。

「ほら、早くやりなさい」

藤原さんがじれったそうに言う。

ここは、中庭のど真ん中。

見渡す限り、20人ほどの人が昼ごはんを食べたりおしゃべりしたりしている。

「こ、こんなところで……?」

「当然でしょ、ほら」

こんなところで呪文なんか詠唱したら、変人確定だ。

しかも、何も起こらなかったりしたらかなりイタい人だ。

……いや、あのイラストみたいなのが手から出てきてもちょっと困るんだが。

「麻由さんを助けたいんでしょ!?早くやりなさいよ!」

……そうだった。

俺は麻由を助けるためには、手段を選ばないと決めたはずだ。

だからこそ、クラスどころか学年中から浮いた存在である藤原さんに協力を頼んだのだから。

……覚悟を決めよう。

妹を助けられないのと、学校で変人扱いされるのと、どっちがましか。

そんなこと、考えるまでもない。

左手で琥珀色の石を握り締め、右手をターゲットの植木に向け、叫んだ。

「暗雲に迷える天空の光よ、一条に集いて神鳴る裁きとなれ!」

詠唱を始めた瞬間、左手の石から大きな力が流れ込んでくるような感覚。

それが体中を駆け抜け、右手へ集まり、詠唱が終わった途端――

しーん

――何も起こらなかった。

……………………終わった。

中庭中の視線が集まっているのを感じる。

恥ずかしくて振り返ることができない。

何もできず、ターゲットの植木を睨み続ける。

……嗚呼、俺の平穏な日々よ、さようなら。

時間の流れがとても遅く感じる。

みんな、早く興味を失えばいいのに。

実際には大した時間ではないのかもしれないが、俺には永遠のようにさえ感じられた。

「……ええっと」

沈黙に耐えかね、藤原さんに視線を向けた。

「……どうして、失敗したのかしら」

彼女は考え込んでいた。

「あの、藤原さん?」

「詠唱のとき、魔力が集まるのを感じた?」

「あ、ああ、魔力かどうかはわからないけど、なんか大きな力がこの石から流れ込んでくるような感じがした」

「それが魔力よ。その力はどうなった?」

「ええっと……右手に集まっていったな」

「詠唱が終わったとき、開放されなかったの?」

「うーん……」

さっきの様子をよく思い出してみる。

「なんか、開放されたっていうより、消えてった感じかなぁ」

「……消えた、ですって?」

再び考え込む藤原さん。

しばらくして、彼女は顔を上げた。

「失敗した原因はわからないわ。でも、時間がないことも確か。少し不安はあるでしょうけど、感覚は掴んだみたいだし、このまま行きましょう」

「え?ええっ!?」

とんでもないことを言われた。

それってぶっつけ本番ってことか?

「この本の116ページと373ページ、それから385ページの呪文を、今すぐ覚えて。何かの役に立つかもしれないから」

「わ、わかった」

もう、半ばヤケだ。

「覚えたらすぐに麻由さんのところへいくわよ」

 

「あ、あの、本当にこんなこと、するんですか?」

麻由が戸惑ったような声で言う。

改めて本の内容を読み返してみる。

――憑依解除の対象となる者は、まず逆立ちし、全力疾走をしたのち、右に三回回って「わん」と言い、左に二回回って「にゃあ」と言う。

……奇抜だ。

あまりにも奇抜だ。

誰だって、こんなことをしろ、と言われたら戸惑うに違いない。

さらに、奇行を行わなければならないのは麻由だけではない。

――憑依解除を行う者は、次のような動作を繰り返しながら、憑依解除の対象に向かって念を送り続ける。

   1.両手を天に向かって伸ばし、雄叫びをあげながらゆっくりと開いていく。

   2.両手が肩の真横まできたら、叫ぶのをやめ、心を静かにし、両手をゆっくりと胸の前で合わせる。

 

   3.合わせた両手の中にエナジーが満たされるのを感じたら、憑依解除の対象に掌を向け、エナジーを送る。

……念だの、雄叫びだの、エナジーだの、突っ込みたいところは多々あるが、この際無視。

家の中に全力疾走できるスペースはないので、外でやるしかない。

どう考えても変人の集会だ。

しかし、やらないわけにはいかない。

俺たちは覚悟を決め、自宅近くの公園に行くことにした。公園と言っても子供が遊ぶような遊具があるわけではなく、広場や散歩道が主体の自然公園だ。

この時間は人が少ないようで、誰もいない広場が比較的簡単に見つかった。

「わん」と「にゃあ」はタイミングがシビアらしく、藤原さんは麻由のそばでタイミングを指示することになった。

「大切なことは、信じること。絶対に成功すると思っていなければ、失敗するわよ」

藤原さんの忠告に、静かに頷く俺と麻由。

「よし。じゃあやるか!」

「うんっ」

気合を入れ、儀式に入る。

麻由が逆立ちをし、俺は少し離れたところで両手を天に向かって伸ばして、「うおおおっ」と雄叫びをあげる。

麻由に向かって念を送り続ける。

麻由が逆立ちをやめ、全力疾走に入ろうとした、その瞬間――

「きゃああっ」

――麻由が、藤原さんに襲い掛かった。

まずいっ!

吸血鬼が表面に出てきたのか!?

藤原さんは押し倒され、麻由の体がその上に覆いかぶさる。

「藤原さんっ!麻由っ!」

慌てて駆け寄り、引き離そうとする。

が、ものすごい力で振り払われ、尻餅をついてしまった。

「きゃああぁぁぁっ」

再び、藤原さんの悲鳴が上がる。

「くそっ」

すぐに立ち上がり、今度こそ引き離した。

血のように、真っ赤な瞳の麻由。

首筋から、わずかに血を流す藤原さん。

血を……吸っていたのだろうか。

「うわっ」

麻由のパンチをすれすれのところでかわした。

どかっ

「ぐっ」

その直後に、麻由の蹴りが横っ腹に入った。

息が詰まる。

胃の中身が逆流しそうだ。

連続で繰り出された蹴りをかわし、距離を取る。

「倒されそうで出てきたのかよ……」

この状況はまずい。

とにかく、一度藤原さんを安全なところに避難させよう。

そう思って振り返った瞬間。

「があっ」

側頭部に衝撃が走り、視界が揺れた。

世界がぐらぐらと揺れているようだ。

立っていることができず、思わず膝をついた。

目の前に立っていたのは、藤原さん。

無感情な表情で、俺を見下ろしている。

彼女が……蹴ったのか?

「な……一体どうしたんだよっ!?」

彼女は答えず、パンチを繰り出した。

「くっ」

それをかわし、藤原さんとも距離を取る。

状況が理解できない。

「血を吸われると奴隷になる、とか?」

そうだ。

吸血鬼に血を吸われた者は、その奴隷になってしまう、という話があったような気がする。

「最悪だ……」

2対1、しかも、相手を傷つけることはできない。

絶体絶命のピンチの中、嗜虐的に口の端を上げる麻由と、無表情な藤原さんに、背筋を冷たいものが伝った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ