第六話 人形師レネ
「ちょっと散らかっているけれど」
ゼファーが苦笑しながら扉を開ける。こぢんまりとした部屋だ。木製のテーブルには様々な小物が並び、寝台の上にはつくりかけの模型が散乱している。小さな顕微鏡、シャーレの中の鉱石、蝶の標本、欠けた月球儀。どれもこれもライカにとっては憧れの品々で、実際に手にしたことはなかった。
ふと、壁に目をやると、シンプルなフォトフレームが並んでいた。新聞の切り抜きやセピア色の写真が収められている。
「レネの記事を集めているんだ。それは人形師の式典の時の写真だよ」
一寸の隙なく管理局の制服を着こなした兄が写っている。傍らにたたずむのは彼の作品達だ。
人形に囲まれた兄の表情は、この上なく穏やかだった。
(兄さん、こんな表情するんだ)
ライカの知る兄は滅多なことでは笑わない。シグルドと二人の時は、和らいだ表情を見せるのだが、ライカの前では鉄面皮を張り付けたように無表情を貫き通している。
ゼファーが後ろから手を伸ばし、黄金色のフレームをライカに手渡した。
「これが一番のお気に入りさ」
端の縒れた古い写真が一枚貼り付けてある。老夫婦とレネと見知らぬ人物が写っていた。老夫婦は先程階下で会ったミセス・グランディスとマスターだろう。手を取り合って、微笑みを浮かべている。
夫婦の隣に、少年の面影を残したレネが居る。日付は六年前だ。
「この人、ゼファーのおじいさん?」
「そうだよ。レネがはじめて人形を作ったときの写真なんだって。お祖父ちゃんが管理局の人形師委員会にいた時さ」
「この隣の、ひと、は?」
質問を待っていたといわんばかりに、ゼファーがパチンと指を鳴らす。
「それはね、スプートニカだよ。レネが初めて作った自動人形」
「スプートニカ……」
ライカの手からそっと黄金のフレームを取ったゼファーは、誇らしげな笑みを浮かべ、定位置に写真を戻した。写真の中のスプートニカは静かに瞼を閉じ、レネの隣に佇んでいる。
「人形師は、自分の最も愛する者を最初のモデルに選ぶことが多いんだってさ」
ライカの指が色あせた写真をなぞる。
人形師が最も愛する者。その言葉に、何故か胸がざわついた。
若い兄が、一心に愛情を注いだスプートニカ。写真の中の自動人形は、処女作とは思えないほどの出来栄えだ。すらりと伸びた手足も、大人びた穏やかな表情も、ライカにはないものだ。
ずきりと左手首が軋みをあげる。
神経を直に弄ばれている感覚が広がっていく。
手首を覆うアクアオーラの先端が皮膚に食い込もうとしていた。
「本物を見せてあげようか」
ライカの左手首を、ゼファーが掴む。
触れられた箇所がじんわりと熱を持ち始め、ライカの意識を支配する。少年はゼファーの誘いのままに、木製の扉を通り抜けた。