第四話 黄水樹
流線型のメトロが黒馬車を追い越していく。
ライカは胸元で揺れる水色のリボンを直し、再び黒馬車の窓に目をやった。お気に入りの黒いケープと水色のシフォンのリボン。紺色のズボンからすらりと伸びる細い足はライムミントとライトイエローのストライプのソックスで包まれている。革靴に通した焦茶のリボンが少年の動きに合わせてゆらゆら揺れる。
「外は楽しいかい」
「うん。空をね、四角に切り取ってスクラップにしたら素敵」
ライカは両手でフレームを作り、めくるめく風景を、見えないアルバムにおさめた。少年が塔を出るのは一月ぶりだ。
兄とシグルドに付き添われ、管理局の定期検診を受けて以来である。
シグルドは管理局(ユの臨床管理部と兄弟を繋ぐ橋渡し役だ。ライカの体調を安定させる薬もすべてシグルドが握っていた。
「プレゼント、何にしようかな」
ライカはポケットから猫を模した財布を取り出す。一昨年の誕生日にシグルドから贈られたものだ。レネは弟の金銭の所有を許さなかったが、シグルドはこっそり小遣いを与えていた。それでも財布のなかに入っている額はわずかで、安価なシトロン瓶に蜜菓子がおまけで買える程度である。
市場の相場など露ほども知らぬライカは、兄への贈り物へ想いを馳せていた。
「シグルドは兄さんに何をあげるの?」
「俺は……」
口を開きかけたシグルドの言葉は、強い揺れに遮られた。車輪が道端の石に乗り上げたのだろうか。とっさに向いに座るライカの肩を掴んだ時には、黒馬車の窓から中央広場の噴水が覗いている。
「一体、何の騒ぎだ」
御者が慌てた様子で扉をあける。シグルドとともに外に出たライカの視界に飛び込んできたのは、奇妙なオブジェとそれを取り囲む人の群れだった。
ライカの爪先に鉱石の欠片が当たる。黒馬車を阻んだ元凶だ。車輪に粉砕された粉末がライカの革靴をカナリア色に染め上げた。若木を連想させるオブジェは黄水晶に似ている。
シグルドと同じ制服を纏った男達が顔を見合わせ、しきりに何かを囁き合っていた。黒服の機関構成員達に混ざって、救護班の白衣が見える。木の根元付近に複数の担架が並んでいた。
「誰か怪我をしたのかな」
「行くぞ、ライカ」
シグルドは御者に金を払い、ライカの手を引いて歩きだす。この騒ぎでは、黒馬車はこれ以上先には進めないだろう。
「ねえ、シグルド。あれって……」
黄金色の木の枝がぽきりと折れる。真下に居た機関構成員達が逃げ惑う姿に、ライカは嫌な予感を覚えた。胸の奥で不思議な感情がざわざわと音をたてる。あれはただのオブジェなのに、この既視感は何だろう。左手首に嵌まる寄生星がライカを侵食する。薄い皮膚を食い破り、血管を這いずりまわり、心臓を圧迫する。そうして鉱石の塊となったライカは自らの重みに耐えきれず落下するのだ。
(違う。あれは、夢だ……)
幸いにもシグルドの足は広場から遠ざかっている。ライカはしっかりと青年の手を握り返した。左手首がずしりと重みを増す。うまく力が入らない。