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Crystal Planet  作者: 聖河リョウ
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第十三話 原初の海

夕刻を告げる管理塔の鐘の音が、少年の意識を覚醒させる。はっ、と睛を見開いた先に、夕闇に包まれようとしている塔のシルエットが見えた。



(僕……、どうして……)



 ライカは南の塔へ続く坂道に佇んでいた。立ったまま意識を失っていたのだろうか。今まで何をしていたのだろう。頭の中に靄がかかっているようで、うまく思い出せない。



(シグルドと一緒に、兄さんのプレゼントを買いに行って……)



 広場で見た黄水晶の若木。群がる鴉色の制服。テトラクラインの看板に並ぶ兎。ミセス・グランディスの鉱玉。人形師を目指す寄星病の少年。そして、ライカの記憶は終着点にたどりつく。



(兄さんが愛したスプートニカ……)



 予定が狂い始めたのは、スプートニカに出会った後だ。ユニフス・メトロの中で目を覚ましたところで、少年の記憶は途切れている。



(プレゼント、どうしたんだっけ)



 少年は、てのひらの中の小箱に視線を落とす。真っ白な蓋に金文字が書かれている。箱の中身は、鉱玉だ。

 ハトロン紙に包まれたジェム状の心臓は、兄の作る人形によく似合うだろう。

 鉱玉を手に入れた経緯は、よく覚えていない。

 シグルドが手配をしてくれたのかもしれない。ライカは辺りを見回すが、人の気配はしなかった。



「帰らなきゃ」



東の空には、すでに今宵の主役が従者を随えて、姿を現している。そろそろレネの帰宅時間だ。

 白い小箱を両手で抱え、ライカは坂道を駆け抜けた。












 鍵の壊れた扉を開け、ライカは真っ暗なエントランスホールを見渡した。壁時計の針の音だけが、ホールに響いている。



「兄さん……!シグルド……!ただいま!」



 少年の叫びは闇の中に吸い込まれていく。まだ帰ってきていないのだろうか。ふと、ゆらゆらと光が揺れる気配がした。見れば、奥の作業場から柔らかな明かりが漏れている。



「兄さん……?いるの……?」



 ライカは奥の作業場への立ち入りを禁じられていた。兄がエントランスホールの明かりもつけずに作業場に籠るのは珍しい。普段なら、シグルドのために塔の明かりを点けているはずだ。全ての明かりが燈ると、南の塔は陸の灯台となる。



「兄さん」



 作業場の扉は半分近く開いていた。ライカは恐る恐る中を覗き込む。兄の叱咤の声が聞こえれば、すぐにでも部屋に戻るつもりだった。



「入るよ……?」



 半開きの扉の隙間から身体を滑り込ませ、ライカは兄の作業場へ足を踏み入れた。天井から吊るされた電球の中から、パチパチと音が聞こえてくる。

 部屋の中を見渡しても、兄の姿はなかった。

 自動人形達の抜け殻が、壁に沿って一列に並んでいる。兄の新作だろう。作りかけの頭部が作業台に放置されていた。

 ライカは作業台のカンテラに火をともし、部屋をうろついた。カンテラの灯りが自動人形の顔をひとつひとつ照らしていく。兄の作品を間近で見るのは初めてだ。

 丹念に作り込まれた指先に触れようとして、ライカは自動人形の背に、ドアノブを見つけた。休憩室へ続く扉だろうか。

 ライカはカンテラと小箱を床に置き、ドアの前に立つ自動人形を部屋の隅に寄せた。好奇心とともにノブを回す。鍵はかかっていない。すぐさま、少年の望み通りに扉が開いた。

 扉の先には、カンテラの灯りも奥まで届かぬほどの、深い闇が広がっていた。少年が一歩足を踏み出すと、とたんに埃が宙を舞う。

 とぐろを巻いた巨大な闇の正体は、地下へ続く階段だった。



(兄さん、何処にいるんだろう)



 もしかしたら、と淡い期待が少年の胸を擽る。塔の中で、ライカが知らない場所があるとすれば、兄の自室と作業場くらいだ。

 螺旋状に渦を巻く階段は尽きることを知らない。一段一段下るたび、カンテラの頼りない灯りとともにライカの心も揺れた。カンテラを握る手に、じんわりと汗が浮かぶ。

 階段を下りきった時には、少年の手の中の小箱が熱を持っていた。ずいぶん長い間下りていた気がする。頭上を見上げても、もはや何処が入口だったのかわからない。

 どこからか、ゴウン、ゴウンと機械の動く音がする。まるで無人駅の中にいるみたいだ。

 ライカはカンテラを翳し、自らの居場所を把握しようと躍起になる。



「なんだろう、これ……」



 思わず声を出していた。

 赤茶けた煉瓦で出来た扉のようなものがライカの前に立ちはだかる。金属の取手がついていた。機械音はその中から響いている。

 ライカは、カンテラを床に置き、灯りを調整する。取っ手を握り、扉に体重をかけると、石畳のずれる音がした。



「兄さん、中にいるの……?」



 細長い光の筋が暗闇を貫く。扉を開けた少年の視界に飛び込んできたのは、眩いほどに輝く青い海だった。


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