忘れられた正義の言葉
2章 忘れられた正義の言葉
「悔しいとは思わないか、俺たちはいつも戦争をしてきた。
この平和は俺たちが作ったんだ。だけどよ、全然これっぽちも、
誰も俺たちに感謝すらしねぇのは! 」
奴の言うことは解る。
彼が俺の同類で、同じように国のため戦ったとしたら、
その考え方にたどり着くのは至極当然だ。
「お前だってそうだろ、コンビニの店員やってたって臭いでわかる
ヒーローだったはずだ。何の不満もないはずがねぇ」
確かにそうだ。不満はある。
「だから、俺たちの存在すら認めねぇようなこの国の平和を、
ぶっ壊して、俺たちの時代を築くんだ。」
それで気が済むならやればいいと思う。
俺にはそれを止める理由などないのだから。
「お前だってそうだろ、こんな世の中ぶっ壊してぇと思ってるはずだ。
何より俺たちの血がそれを求めてる。 」
そうだな。俺の血はそれを求めてる。
「それともなんだよ、俺の邪魔をするってのか、
こんな恩を恩ともとらえられないような奴のために、平和を守るってか。」
平和を守るなんて偉そうなことを言う権利も理由もない。
しかしこれ以上こいつの話を聞く必要もないだろう。
睡眠ガスかなんかだろうが、店長に危害を加えるようなまね
をした奴と仲良くはできない。
「そんなはずねぇよな。この国は俺たちに、恨まれることなら、
数えきれないほど俺たちにしてきたが、恩があるはずの俺たちに、
何も返してはくれなかった。まるで、俺たちは捨てられたようだった。」
そう、俺たちは国に人間として登録されてすらいない。
就職や、学校に通うことは不可能だ。
戸籍を確認しないというなら話は別だが。
「そうだ、手伝えよ。おれはこれからここを爆破する。
だが、一度は守った人間をむざむざ殺すのは寝起きが悪い。」
まぁこいつも根は悪くない奴なんだろう。
俺たちの同族に悪い奴なんているはずがない。
この国のために一度は命を懸けた奴らなんだから。
「だから人払いしてくれよ、たいていの奴らはどけたが、
まだいないとも限らないからな。」
この不良の名前も知らないのが気になった。
そもそも名前をちゃんと持っているのかが気になった。
「お前名前はなんて言うんだ? 」
「それは、コードネームか? それとも、俺が名前をもらってるとでも? 」
そうか。それはとても悲しいことだ。
俺は名も無いまま失った同胞を思い出した。
奴の墓には名前はない。
「けん玉マスター。」
「ん? 」
「だから、けん玉マスターって呼ばれてるよ。これだって名前だろ。
餓鬼どもからしか呼ばれてないがな。」
幾分か恥ずかしそうだ。
「お前はどうなんだよ。俺だけ言うのは不公平だろ。」
俺の名前か…。
確かにこいつにだけ話させるのは不公平だ。
「さぁな、欲しい名前はあるんだが、手に入れるのは難しい。」
「はっ、俺たちにできないことはないと言われてたのにな。」
自嘲気味にけん玉マスターが笑う。
「邪魔はしない、俺は帰る。店長を送らなきゃならないしな。」
不良は去っていく俺に、何も言わなかった。
それが邪魔をしないだけで、良しとしたのかは分からない。
俺は国会議事堂前でタクシーを拾った。
奴は本気だろう、俺の同類ってことは素手でも国会議事堂ぐらい爆破できる。
これでよかったのだ。俺の血は確かに混沌を望んでいるし、
あいつを止める権利なんて俺にはない。
優先すべきは店長だ。
なぜなら、無関係な奴は巻き込めない。
俺は店長をコンビニに運んだ。
店長を休憩室のソファに寝かせ、毛布を掛けてやる。
店長の寝顔は安らかで、どこまでも平和ってやつだった。
そう、優先すべきは店長だ。