3A-03a まがやんと《バンダナ兄妹》 1
+++
夢を『見せられなかった』。
だからといって、安らかな眠りにつけたわけじゃなかったけど。
+++
お約束というものがある。あるいは王道と呼ぶものが。
何の王道なのかはあえて言わない。光輝を例に上げると彼は、
両親と幼い頃に死別しており、それからずっと義姉と一緒に暮らしている。(今は居候もいる)
幼馴染の女の子がいて、何かと世話を焼いてくれる。(その弟も焼いてくれる)
相棒と呼べる親友が1人いて、それが無駄にカッコよくて女の子にモテる。(あと皆から色々と誤解される)
後輩と呼べる女の子が1人いて、それがツンツンして何かと突っかかって来る。(と彼は思っている)
自分の通う学校に、彼に逢うためにお姫様が留学してきた。(あと王子様も)
など。そんな彼は“主人公”である。
ほかにも「普段は冴えない高校生。その実態は《ガード》のエージェント」で「異能力持ち」、「変身する」といった多くの『設定』を持っており、それは彼の“主人公”に拍車をかけていたりする。
下手するとそれは彼の後継の主人公である《精霊使い》を上回るほど。らしくないところといえば、その陰気で邪道な思考と行動力、眼鏡くらいだろうか。
それで。“主人公”にはお約束がある。
例えば「朝は『幼馴染』の『美少女』が甲斐甲斐しく起こしてくれる」とか。そんな絶滅危惧種指定の『イベント』は光輝にとってもお約束だった。
ただし。
彼を毎朝起こすのは、朝ごはんを催促する居候。『幼馴染』の『美少年』だったりする。
+++
砂漠の夜は冷える。砂漠の民の天幕は風除け砂除けといった意味合いが強く、防寒対策は満足にされていない。
客人にと厚意で用意してもらった天幕の中、砂地にフェルトのカーペットだけを敷いた床の上でボロ毛布に包まって眠る光輝。これが野宿とそうは変わらずお世辞にも快適とはいえない。
時間は午前5時といったところ。外はまだうっすらと暗い。光輝がなかなか寝付けず浅い眠りを繰り返していると、身体を揺すられた。微睡みから目が覚める。
「コウ。起きてくれ」
「……」
光輝はその声に目を開いて顔を上げた。
すると、目の前には倒れそうなくらいのいい男が。
「……近い」
顔が近すぎる。勘違いしそうだ。
今の自分が女だったなら目が眩んで本当に卒倒してしまうのではないのか。光輝は思考の隅でそんなことを考える。
ちょっとふざけてみた。
「きゃあー! おーかーさーれー、ぐっ……!」
「うるさい。静かにしろ」
近所迷惑だと瞬時に口を塞がれて組み伏せられる光輝。大ピンチ。
大和は光輝の身体にのしかかるようにして顔を寄せている。覆いかぶさった本人はきっと周囲に気付かれず内緒話をするつもりだからだと思う。
でも。
どうみてもこれは。
「……なんだよ。夜這いなら他を当たれ」
「違う。コウ、俺は」
間近で見る精悍な顔立ち。いつになく真剣な表情。
何かを渇望した熱っぽい視線は男でも誤解しそう。
(女に)飢えた狼ってこんな目をするのかな? と光輝は考える。この場に優花がいたのなら『また』2人とも蹴り飛ばされて大惨事だな、とも。
「もう我慢できない。俺は……」
「大和……」
ただならぬ雰囲気。黙って見つめ合う2人。
そして唸り声をあげる獣。
ぐるるー。
獣の名は腹の虫という。
「肉が食いたいんだ」
「……だからなんなんだよ」
大和は飢えていた。1日1食という砂漠の民の暮らしは彼にとって苦行に等しい。
目が狩人のそれになっている。光輝はこんな時、このはらぺこ狼に本気で自分を食べられないかと思う時がある。
「だから行って来る」
「ああ。どこへでも行ってこい」
どこへ? 何を? など野暮なことは聞かない。戦闘だろうがそれ以外の状況だろうが、大和のサバイバリティは半端ない。調味料があれば(美味しく)食べていけると豪語し実践する猛者なのだ。
それに光輝(飼い主)は放任主義だった。大和(居候のわんこ)が外で何を調達してこようが気にはしない。
しかしこの2人、ここまでずっと見つめ合ったままだったりする。
組み伏せて、顔を寄せ合ったまま。
そこへ。
「おはよう! ロウさん、マガヤンさん」
働き者で世話焼きなバンダナ少女、突然の登場。
砂漠の民の朝は早い。あと恩人で客人だからって特別扱いもしない。
「昨日言った通りお水を汲みに行くのてつだ……失礼しました! ごゆっくり!!?」
2人の天幕に無遠慮に入ってきたリュッケは大和が光輝に覆いかぶさっていることに気付くと、彼のただならぬ雰囲気(空腹で気が立っている)に勘違いを起こし、慌てて「うわぁうわぁ!」と叫びながら外へ飛び出した。
彼女が何を勘違いしたのか、光輝は考えたくもない。
よくあることだった。
「……重い。いい加減離れろ」
「? ああ。忘れてた」
+++
話は昨日に遡る。
光輝の丁寧な説得(詳細は闇に葬られる)に応じた帝国兵が素直にお帰り(トラウマと引き換えに身ぐるみを剥がされ、放逐されたともいう)になったあと。2人はアギ達兄妹を通して改めて集落の長と面会した。
光輝は早速今後の為に動き出す。自分たちのことを「旅人だ」と告げてしばらく滞在することを希望したのだ。
何せここは右も左もわからない異世界。しかもあたり一面砂漠地帯ときた。大きな都市や国への道もわからなければ、迂闊に外へ出てもまた彷徨う羽目になるのが目に見えている。そんな中でアギに出会い、人のいるところへ案内されたことは僥倖なことだった。
光輝はこの世界のこと、そして彼等の目的地である「ミコトが捕らわれている城」の情報を集める為、仮初の拠点をこの集落に求めることにした。
そんな2人に長は、リュッケを助けてくれた礼として2人に寝床となる天幕と砂除けのローブを貸し与えてくれた。
帝国兵を追い払った恩人に対し「これが精一杯で申し訳ない」と恐縮する長。その言葉の意味を2人が理解するのはすぐのあとのこと。
この時。何も知らない2人はあまりにも酷い砂漠の民の暮らしをみて、つい余計なことを言ってアギを怒らせてしまったのだが。
「……暑い」
夜とは一転して砂漠の日中は暑い。午前中とはいえ日照りがキツく、文字通り肌を焼く暑さだ。
集落に滞在して2日目。『餌』を求めて外へ出た大和とは別に、光輝は与えられた天幕の中でうなだれていた。この男、夜行性の鳥類を自負する上にひきこもりの傾向がある。
寝っ転がって大和が昨日汲んでいたオアシスの水をちびちびと飲んでいると、彼の天幕の元に青バンダナの少年が訪れて来た。
アギだ。彼は中に入ると、少し険のある声で光輝に呼びかける。
「おい。マガヤン」
「……」
「聞こえてるだろ? おい。無視すんなよ」
「……ああ。俺のことか」
未だ『まがやん』を自分ことだと認識したくない光輝。
「いつまで寝てるんだ。お前もここにいる限り働きやがれ」
「昨日頑張っただろ」
文句を言うアギに光輝は彼が肩に提げたアサルトライフルを指さした。光輝が《虎砲》を解体したあとに帝国兵から奪った銃を整備したものだった。
クリエイターとして帝国兵の雑な扱い方が気になっていたらしい。すべての銃を分解してガタのきたパーツを撤去、戦車の燃料だったオイルを使ってサビを丁寧に落とすと、使えるパーツを組み合わせ、あるいは『手を加えたり』して新たな銃を組み上げた。
光輝自身が試し撃ちして最終調整。そうして生まれ変わった3丁の銃、その1丁がアギの持つ銃だ。その性能はまともに使えるようになった連射機構に加え照準精度、射程、集弾性、そして安全面からも以前のものと比べ物にならない。
他にも光輝は砂が詰まって無用の長物と化していた《虎砲》の対人火器、重機関銃を2人以上で扱う携行火器に作りなおした。主砲である120ミリ滑空砲は、大和でもない限り人が担いで使える代物ではないので放置している。
ちなみに。結局《虎砲》の解体は光輝と大和の2人だけでやってしまった。解体したパーツは今も光輝たちの天幕の中や外に散らばっている。
機械や電子機器といったものは再生世界にとって遺跡の産物にすぎない。遺跡堀りの砂漠の民は技術士でもなければ《機巧術》に精通しているわけでもなく、2人の作業を興味深そうに見ても手伝えることは殆ど無かった。
もっとも。装甲板を素手でひっぺがすなんて芸当は大和にしかできないのだが。
「ガンスミスの真似事をした上で銃の扱い方もレクチャーした。それで他に何をしろって?」
「昨日は昨日だ。野郎たちは今から狩りに行くからお前もついて来いよ。ロウはどうした?」
「お前が言ったことを忠実に実践している」
そう答えを返すと、アギは苦い顔をした。
――文句があるなら、自分らのことくらいどうにかしやがれ
昨晩2人にそう怒鳴ったのはアギだった。どうして喧嘩になったのか彼もよく覚えていない。
一応拾ってっきた責任としてアギは昨日、天幕の準備など2人の面倒を見ていた。色々と話をしている内に砂漠の民のことを話すことがあって、その時に彼等から「酷いところだ」と、そんなことを言われたのがきっかけだった気がする。
確かに砂漠の民の暮らしはお世辞にも豊かとはいえない。土地柄あらゆる資源が不足していて自給自足はほぼ不可能。産業と呼べるもの、主な収入源だって遺跡の発掘品という不安定なもの。生きていくには多くのものを切り詰めなければならない。
何より酷いのは今の砂漠の民の待遇だ。放浪の民だったはずの彼等は大昔に《帝国》によって彼の国の最下層民と勝手に決めつけられ、それ以来ずっと《帝国》の『庇護』の下で迫害を受け続けている。
徴収という名目での略奪と人狩りは日常茶飯事。軍事国家でありながら地形上侵略することもされることもない《帝国》は、持て余した軍を維持するためだけに仮想敵として砂漠の民の集落へ『実戦演習』に向かうことだってあった。本来砂漠の民は本来、砂漠地帯に点在する遺跡を巡るために遊牧民のような生活を送っていのが、いつの間にか帝国軍の襲撃から逃れるように移動を繰り返していたりする。
そんな《帝国》の砂漠の民の扱いは勿論他国にも伝わる。《帝国》を非難する国もなくはない。しかし、多くの国は他所事だと無関心、もしくは砂漠の民と名乗るだけで眉を顰められるのどちらかであった。
それでも。アギは砂漠の民の1人として民族の誇りを持っている。《帝国》に屈せず、苦楽を共にして逞しく生きる同胞たちが彼は大好きだった。
故郷を馬鹿にされたと思い、ついカッとなって口喧嘩になった(とアギは思っている)彼は精一杯光輝たちに主張したのだ。虚勢でもなんでもない、砂漠の民である誇りと強さを。
「俺達はお前たちとは違う!」「俺達の暮らしの何が悪い!」とも言ったはず。八つ当たりに近かった。だけど砂漠の民だと言うだけで馬鹿にするような奴らが相手ならば、アギは言わずにおけなかった。
しかし。今目の前にいるこの眼鏡男はどこか違った。《機巧兵器》を独占している『帝国人』以上に銃などの武器に詳しい、腕利きの『技術士』というだけでない。
昨晩もそうだったとアギは思い出す。憤慨して途中から何を言ったかわからなくなるくらい捲くし立てたあと。自分の怒りなど意にも介さないよう平然として、それでいて全く無視するわけでもなく、光輝は言ったのだ。
「俺は、お前たち砂漠の民とやらが『今』に『満足』してるように見えただけだ」
アギは、何を言われたのかわからなかった。
満足? そんなわけないのに。
別にあの時アギは怒鳴られたわけでも、睨まれたわけでもない。
ただ。眼鏡のレンズ越しに見る光輝の黒い瞳に『見られる』と、何か自分の知らないことまで見透かれていそうな気がして、気圧されてしまった。
「どうした?」
「……なんでもねぇ。本当はロウの奴、ここが嫌になって逃げたんじゃねぇのか?」
「面白いな。それ」
出ていった、ではなく逃げた。アギの軽い嫌味に笑う光輝。
自分を置いて逃げることはあっても、あの《竜殺し》が認めた古葉大和が「飯がないから逃げ出した」というのがツボらしい。
「ロウは朝早く出かけた。飯の調達にな」
「一足違いか」
「その辺でなんかの『肉』を追いかけて『遊んでる』だろうから、もしあいつを見つけたら拾っておいてくれ」
「お前も来いよ」
「嫌だ。外は暑い」
子供染みた言い訳でお誘いを拒否。光輝はずっと寝そべってアギと話をしている。
これにはアギも気分を害した。
「なんだよ。折角誘ってやってんのに。今日は『こいつ』でデカイの狩って、お前らにも肉を食わせてやろうと思ったのによぉ」
そう言って猟師のように銃を構えてみせるアギ。
まるで新しいおもちゃを与えられた子供のよう。光輝はしらけている。
これでもアギは昨晩のことで気まずい思いをして妹に諭された挙句、「仲直りしてやろう」という気持ちを持って2人を誘いに来たのだ。
その結果は大和はいないわ光輝の態度は悪いわと色々芳しくなかったけれど。
「行けよ。俺はロウじゃないから肉にこだわりはない」
「……けっ。あとで恵んでくださいとか言ってもお前にはやらねぇからな」
「お前こそ間違って人を撃つなよ。弾もないから無駄にするな」
「みてろよ」
結局アギは光輝を置いて行くことにした。
だけど天幕から外へ出ようとする直前。アギはうしろから声をかけられる。
「……。アギ」
「なんだよ」
「与えといてなんだが、お前には似合わないな、銃」
「……」
それだけ言って光輝は寝た。
「……なんなんだよ、お前」
ウマが合わない。そう思う。
アギはどうにも光輝のことが好きなれなかった。
+++
アギが仲間と共に集落の外へ出かけたあと。
その後の光輝はというと。なぜか家畜の世話をしていた。
というか家畜小屋の檻の中に閉じ込められた上でニワトリ(らしきもの)にイジメられている。
群がっては掃除の邪魔をされて、蹴られて啄かれてと散々。遂にはニワトリに倒され、光輝は地に這いつくばる。
何故、こんな目に遭う?
「……バンダナ女め。覚えてろよ」
「わたし、そんな名前じゃないよぉ」
呪詛のような呟きに返事を返すのはバンダナ女ことリュッケ。暑さにだらけきっていた光輝を天幕から引っ張り出して仕事を手伝わせた張本人である。
最後まで抵抗した光輝であるが、手伝わせる理由を訊ねるとリュッケ曰く「アギ兄たちが『遊び』に行って手が足りない」とのこと。
狩りではないのか? と訊くと「下手くそだからどうせ獲れっこない」と、妹の兄に対する辛辣なお言葉を頂いた。
「マガヤンさんが銃の使い方なんて兄に教えるからいけないんだよ」
と言われれば、光輝だって「それは悪かった。じゃあ手伝おう」と思わないこともない。
アギが銃を手にしてから調子に乗っていたのも、帝国兵の武器にこの少女があまり良い印象を持っていないこともわかっていたから。
それで素直にリュッケに従えば『まがやんin檻の中withニワトリーず』というこの仕打ち。
「マガヤンさん駄目駄目だね。掃除くらいちいさな子でもできるよ」
「……なんで俺まで閉じ込めるんだよ」
駱駝の世話をしながら笑うリュッケ。
檻の中の光輝はニワトリを頭に乗せたまま、彼女に不満を訴える。
「馬鹿だろ。まず掃除の間だけ家畜を他の場所に移すなんて発想はないのか?」
「逃げちゃうでしょ」
ニワトリがか? それとも俺か?
どっちもだな、と1人納得する光輝。
「そこまで先読みしていたか。……やるな。バン=ダナ子」
「ダナコ!? それ、なんか嫌!」
仕返しにと適当にリュッケを弄る光輝はげらげら笑う。
まあそれで掃除が終わるわけでも、ニワトリのイジメが止まるわけでもない。
リュッケも助けようとしない。
「それにしてもこの子たち」
「なんだ?」
「荒っぽいのはいつもなんだけど、今日はすごい暴れてる。どうしてだろう?」
まるで光輝が親の敵だと言わんばかりにニワトリは彼に突っかかって来る。
光輝は光輝で動物に好かれていない自覚はあるのだが。
「……まさか俺が《梟》と知ってのことじゃないだろうな」
冗談でぼやいてみると、リュッケはそれに首を傾げた。
「ふくろう?」
「知らないか? 砂漠にも生息している種がいるんだけどな」
それで光輝は少しだけ話をした。
まんまるしていてなまけもの。いつも寝ている昼行灯。
空を飛ぶところなんて誰も見たことがない。
翼を持つモノみんなの嫌われもの。それが梟。青空の王である鷹も、烏の義賊も、雀の民だって梟を見れば嫌がらせをせずにはいられない。
それを梟は悲しいと思わない。本当の梟は誰よりも賢いから。
知っているから。夜を識るモノは光に相容れないと。
昼の空に梟の居場所はない。梟は太陽の加護のある内は薄暗い森や林の中に身を潜め、誰にも見つからないように休んでいる。
それを梟は悲しいとは思わない。本当の梟は誰よりも賢いから。
知っているから。自分に与えられた『目』と『翼』の意味を。
闇よ。太陽の加護のないその時を狙っても、翼を持つモノたちが眠りについたとしても、この空を支配できると思うな。
梟は、闇を狩る夜空の王は、その目でずっと、おまえたちを見つめている。
光輝がどこかで読んだ新聞のコラムだった。抽象過ぎて何が言いたいのかさっぱりわからない。
それはリュッケも同じようだ。
「なんの話なの?」
「梟はいろんな鳥に嫌われているんだ。だから俺も今、こいつらにイジメられている」
「あなたは人間じゃない」
リュッケに一蹴された。もっともだけど。
だったらどうして今、ニワトリから酷い目に遭わされているというのか。光輝には説明がつかない。
「嫌われているんじゃなくて、好かれているのかも」
「あ?」
「なんだっけ? 嫌いよ嫌いよも好きのうち?」
「言いたいことはわかるが微妙に違う」
ニワトリがツンデレかよ、と光輝。
「おい。デレたら卵でもくれるのか?」
「ケッ!」
そう光輝が言えば、頭の上のツンなニワトリさんは卵ではなくフンを落とした。
「……わかった。そんなに絞め『揚げ』られたいんだな、ああ?」
「クゥワッ、カッ!」
「マガヤンさん。遊んでないで早く掃除済ませてよ。お昼になっちゃう」
「だったらバンディーも手伝え。2対20、1人10匹で片付ける」
「何をするの!? それにいったい誰!?」
それは光輝も訊きたい。
家畜小屋の掃除が終わったのはそれから1時間後のことである。
「いつもより時間かかっちゃった。マガヤンさんがふざけてばかりだから」
「鳥畜生に負けるわけにいかない」
「だから相手は鳥じゃない」
ばっさり。なんだか御剣姉弟を相手しているみたいだと光輝は思う。
「……妹だったよな。あいつの」
「アギ兄のこと? うん。兄のおじさんたちに拾われてからずっと一緒なんだ。ほら」
リュッケは頭に被せたバンダナを外してみせた。
光輝や大和が自分と同じ『黒眼黒髪』だから、それで気を許したのかもしれない。
彼女はどこかで自分の溜め込んでいる劣等感を、誰かに話したかった。
「わたし、東国の血が混じってるからみんなと容姿が違うの。厳密には砂漠の民でもないんだ」
「そうか」
「うん。砂漠で暮らしはじめたばかりの頃は髪のことでからかわれていたの。『黒髪の女は皇帝野郎の妾だ』って」
「妾?」
今から17年ほど昔、《帝国》の現皇帝陛下が東国から来た旅人の女を見初め、後宮に招いたという話だ。
異世界人で情報収集もまだ満足にしていない光輝は、この辺りの事情に疎かった。
「それでね。アギ兄がいつも庇ってくれたの。この青いバンダナをくれたのも兄。ある日わたしが『わたしは砂漠の民じゃない』って泣いていたら『俺達は家族だ。これがその証だ』って」
「いい兄貴なんだな」
「うん。だからね。マガヤンさんたちにもアギ兄のこと誤解して欲しくないの」
短気で喧嘩っ早いけど、誰よりも同胞想いで、優しいから。
「アギ兄と仲良くしてくれますか?」
「俺は、別にあいつのこと嫌ってはいない。もちろんロウもな」
光輝は無難な、それでいて間違いない本心を伝える。それで彼女は「よかったぁ」と自分の事のように喜んだ。
兄思いのよくできた妹さんである。
「……いや。義妹か」
「? 何か言いました?」
何でもないと光輝。
幼馴染が義妹、というのは王道だったか? と、くだらないことを考えるのはすぐにやめた。
もうすぐ食事の準備にとりかかる時間だという。
アギ達の狩りの成果に少しは期待して、2人はいい加減家畜小屋から外へ出ることにした。
+++