3A-02 帝国兵と『めがねのあくま』
外伝は「残酷な描写あり」です。ご注意ください。
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《帝国》は西国の砂漠地帯にある唯一の国である。
《帝国》の民は支配階級『帝国貴族』と呼ぶ者たちによって「《西の大帝国》の後継者である『帝国人』」という選民思想を300年以上持ち続けている。それは同じ砂漠地帯を故郷に持ちながら異民族である砂漠の民を迫害の対象とするきっかけとなった。
再生紀990年代当時といえばこの風潮も末期で、砂漠の民を見ては優越感に浸りたいだけで奴隷扱いし、乱暴を働く『帝国人』もいた。
これは武力を持つ帝国軍の兵が特に顕著であり、砂漠の民を仮想敵扱いしては攻撃、哨戒任務に乗じては集落に立ち寄っては《機巧兵器》という暴力を見せつけ恐喝。暴虐の限りを尽くしていたという。
この時もそうだった。
光輝と大和がアギの案内で立ち寄った集落。そこへ間もなくして現れたのは1両の戦車。
戦車は《帝国》が独占する《機巧兵器》の1つでその名も《虎砲》という。《機巧兵器》とは、《西の大帝国》の遺跡から発掘された機械仕掛けの武器全般のことを指す。
《虎砲》から降りてきた数名の帝国兵は汗だくの姿で機体から降りると、手にした小銃を集落の民に向けて発砲。「酒と食い物を出せ」、「女を用意しろと」怒鳴り声をあげた。
賊の類でもなんでもない。これでも彼等は《帝国》の臣民を守る立派な軍人なのだ。
単に『砂喰い』が相手ならばその限りでないというだけである。
「おらぁ! わざわざ軍人様が来てやったんだ。さっさと歓迎しろ」
「は……はい」
「急げ!」
「ヒィィッ」
威嚇射撃に頭を抱える老人を見ては、卑下した笑みを浮かべる帝国兵たち。
集落の外には、長をはじめとする老人たちしかいなかった。
「……くそっ」
「落ち着けよ、アギ」
「わかってる。でも、コイツらの為に俺は、隣の集落まで買い出しに行ったわけじゃねぇぞ」
女子供は集落の若者たちと一緒に天幕や家畜小屋の中に隠れている。その中でアギは歯噛みする。
だけど彼は正面きって帝国兵に反抗できなかった。帝国兵の武器は強力だ。銃をはじめとする兵器の数々は魔術でもないのに簡単に人を殺すことができる。
かつて歯向かった同胞たちは容赦無く殺された。銃で撃たれた人もいれば、《機巧兵器》で全身踏み潰されて砂混じりのミンチにされた人だっている。あれに敵う人なんて誰もいない。
俺には守るべき妹がいる。やりたいことだってある。
俺はこんな事で死ねないんだ。
その思いを抱え、アギは腰に提げたダガーの柄を強く握り締める。
力が欲しい。彼は帝国兵が来る度にいつも我慢することしかできなかった。
しばらくすると帝国兵を『歓迎する』食事の用意ができた。集落の長が代表して膳を並べる。
「こちらでございます」
「おっ。いつもシケてんのに酒もある」
「ここはちったあマシなとこだな」
「……はい。先日市から仕入れたもので」
「おい。女がいないぞ? ジジイとババアばかりじゃねぇか」
「申し訳ありません。ここは老いぼればかりの集まりですので」
平然と嘘を吐く長。同胞を守る為の処世術というやつらしい。
「ちっ。しゃあねぇ」
「ささっ、貧しい食事ですが遠慮なさらず」
長は苦渋の思いで帝国兵に従属の笑みを浮かべている。
ここで反抗せずに服従し、砂嵐をやり過ごすように平伏して気を良くしてもらえば、帝国兵は何もせずに帰ってくれる。それがわかっているから。
そう。何事もなければ。
「ま、待って! 今、外は危ないんだから」
「ちょっと様子を見るだけだ」
「「――!?」」
長が、それに外の様子を伺っていたアギが驚いた。
天幕の1つから無用心に外へ出て行こうとする黒髪眼鏡の異邦人。それはまだいい。
問題はその彼を引き留める為、青いバンダナを頭に巻いたアギの妹までも帝国兵の前に姿を晒してしまったのだ。
リュッケも帝国兵と顔をあわせて、自分の迂闊さに遅蒔きながら気付く。
「あっ……」
「リュッケ!? いかん!」
「……ジジイ。女がいるじゃねぇか。騙したな」
「これは……ぐあっ!」
「長様ぁ!」
銃床でおもいっきり頭を殴られる長。地面に倒れた。リュッケは思わず長に駆け寄る。
駆け寄ろうとして帝国兵に腕を取られ、あっさり捕まってしまった。
「は、離して……うっ」
「リュッケ!」
捕まったリュッケは抵抗するも掴まれた腕を背に回され、関節を捻られて呻き声をあげる。
リュッケに顔を寄せて、値踏みするように彼女を見る帝国兵。
「まだ青臭いガキだが……まあいい。こっちに来い」
「ジジイ共の代わりに俺達の相手してもらうぞ」
「嫌ぁ!」
「やめろぉ!!」
「待て、アギ!」
遂に我慢できず制止を振りきって飛び出したアギ。
護身用のダガーを抜いて、怒り任せに帝国兵に斬りかかる。
しかし、相手は戦闘のプロである軍人だ。突進は簡単に躱されてしまった。
「おっと」
「糞野郎! 妹を離せ!」
アギはダガーを振り回して牽制。帝国兵に捕まるのだけは防ぐ。
「アギ兄!」
「砂喰いのガキか。死ね」
「やめてぇ!」
向けられる銃口。これから起きる惨劇を前に悲鳴を上げるリュッケ。
アギは、覚悟する。
(イメージだ。俺は……帝国兵なんかに負けねぇ!)
アギは右手にダガーを逆手に持ち、左手を帝国兵に向かって突き出す。
同胞たちはあの銃にたくさん殺された。アギの家族も、昔馴染だったリュッケの家族だって皆殺された。
頭を撃たれ、腹を撃たれ、たくさんの血を流したあとも蜂の巣にされて。帝国兵は死者を辱めるように、死体を誰だかわからないようになるまでぐちゃぐちゃにする。
アギ自身も流れ弾に当たって怪我を負ったことがある。だから。強くイメージできる。
銃に撃たれるイメージ。撃たれて血を流すイメージ。
痛みのイメージ。殺されるイメージ。
死んでしまったあとの悲しみ。残されたものが流す涙のイメージ。
その《幻想》を1つに、《幻創》を以って拒絶しろ!
「アギ兄ぃ!!」
「おらああああっ!!」
無属性武装術式、《幻想の盾》の発動。
アギの前に《現創》した不可視の壁が、帝国兵の銃弾を弾く。
「こいつ、ゲンソウ術だと?」
「――痛っ! ……いける。いけるぞ!」
これなら、帝国兵相手にも戦える。
創想の超能力であるゲンソウ術。今の『魔術の再現』は魔力を使わない代わりアギの脳に負担がかかる。
軽い頭痛に顔を顰めるアギ。しかし自分の《幻想の盾》が銃を防ぐのを見て戦意を高める。
アギは左に《幻想の盾》、右にダガーを構えて帝国兵と対峙。妹を助けるために立ち向かう。
「リュッケを、離しやがれ」
「……へっ。たかが初級術式が使える程度で。粋がるなよ」
「あっ」
帝国兵はリュッケを盾がわりに前に突き出した。
「ああっ!」
「武器を捨てな。さもないと」
「テメェ……」
「動くな!」
またも強く腕を捻られ激痛に悲鳴をあげるリュッケ。アギは迂闊なことができない。
「……くそっ」
甘すぎた。敵は複数、しかも妹を人質にとられている。この状況を覆すほどアギは実力者でもなければ戦闘にも慣れていない。
観念してダガーを捨てるしかなかった。
「武器は捨てた。妹を、離してくれ」
「そいつはどうするかな。おい。《虎砲》を出せ」
隊長格の帝国兵は何を思ったか、仲間に命じて《機巧兵器》を動かす。
その主砲をアギへと向ける。
「……何のつもりだよ」
「余興だよ。おにいちゃん」
帝国兵はいやらしい笑みを浮かべ、「賭けをしよう」とアギに言った。
「砂喰いのくせに一端にゲンソウ術が使えるみたいだからな。これから《虎砲》の主砲をお前に向けて撃つ。それをお前が防ぎきれたなら妹は返してやる」
「!」
「できなかったら……わかるな?」
「……嘘じゃねぇだろうな」
「アギ兄!?」
アギだってわかっている。これは賭けと見せかけた公開処刑だ。
《虎砲》の主砲は岩だって簡単に粉砕できる。その威力を以てすれば、人なんて肉片となって軽く吹き飛んでしまう。
未熟なアギの《幻想の盾》ごときでは、防ぎきることは万に一つもない。
「兄、やめて! 死んじゃうよ!」
「それでも! やるしかねぇだろうが」
アギは《虎砲》に向かって両手を前に出して構える。
死んでも受け止める。そんな覚悟で。
しかし。
(……畜生)
駄目だ。アギは銃弾を弾き返すイメージはできても、大砲を防ぐイメージとなるとどうしても浮かびあがらない。
上半身が吹き飛ぶ。実際に何度も見せられたそのイメージを払拭できない。
《幻想の盾》はゲンソウ術の中でも『防ぐ・守る』といったイメージを体現する、防御術式の基本となる初級術式だ。これは《炎の壁》といった術式のように、属性や形状などの《幻操》(既存のイメージに変化を与えること。ここでは別のイメージを付与することを指す)がされていない。術者のイメージが防御性能にダイレクトに反映されてしまう。
《幻想》のイメージ次第では堅牢な城壁にも、紙に等しい盾にだってなる。不安定な術式。
そして。アギの使えるゲンソウ術の防御手段は、この《幻想の盾》しかなかった。
それでも今、妹を守るにはこれしかない。
「……きやがれ」
「いい度胸だ。主砲、発射用意!」
「やめて。お願いだからやめてぇ!」
リュッケの悲鳴のような叫びが虚しく響き渡る。
天幕の中に隠れている同胞たち、平伏したままの老人たち、倒れた長だってもう止めることはできない。
こんなことがもう何百年も続いているのだ。砂漠の民は誰もが諦めてしまっている。
「アギ兄ーーーーっ!!」
アギが《虎砲》に撃たれる。
その直前――
「三流が。隙だらけだ」
存在の希薄さから誰もが忘れていた。
外へ飛び出したのは、リュッケとアギだけじゃない。
バアアアアアアアアン!!
注意を惹き付けるための炸裂音。続いて放たれるのは、火を噴く3本のシャープペンシル。
何事かと皆が振り返る。同時にペンが眉間に突き刺さった3人の帝国兵はバチッ! と感電して呆気無く倒された。
「ぎゃあ!?」
「な、なんだ。一体?」
すべては一瞬。
「お前は……マガヤン?」
「誰だよ。一体」
シャツの袖口から暗器である新たなシャープペンシルを取り出す光輝。ここでようやく異邦人の存在に誰もが気付いた。
早い。それでいて帝国兵の対応が遅すぎる。アギなんて両手を突き出したまま棒立ちだ。
動き出した光輝『達』は止まらない。
彼が待っていたのは帝国兵の決定的な隙ではない。ヒーローの登場だ。
「状況はわかるな。とりあえずあの『がらくた』を蹴り倒しておけ」
「おう!」
光輝に応じるのは大和。いつのまに現れた彼は、何故か両肩に大きな瓶を抱えている。
《虎砲》の側面へと駆け込む大和。いきなりのことに死角を突かれてしまう《虎砲》は大和の接近に対応できない。
シュート! 大和はダッシュの勢いそのままに戦車を蹴り飛ばす。
「「「はぁ!?」」」
敵も味方も関係ない。大和の離れ業に光輝以外の全員が驚いた。
蹴り飛ばされた《虎砲》は空中で2転3転。中にいる人間はたまったものじゃない。最後は地面を転がり、上下逆さまになって停止。沈黙した。
「ロウ……!」
「う、嘘だろ? 《虎砲》が、足で……」
瞬殺だ。残るはリュッケを人質にしている隊長格の帝国兵のみ。
驚愕して沈黙する中、光輝は相変わらず人間離れしている大和に呆れたような声をかけた。
「お前、どこ行ってたんだよ。あとその瓶はなんだ?」
「ここの水が美味くないんだ。だから人に聞いて、近くにあるオアシスへ水を汲んできた」
お前のためだぞ、と大和。対して『まがやん』てなんだよ、と今頃文句を言う光輝。緊張感がまったくない2人。
ちなみに。大和が行ってきたというオアシスとは、ここから片道で約3時間かかる距離にある。それをこの男、30分で往復している。
「近くのオアシスって……マジかよ」
とんでもない奴らを拾ってきたのかもしれない。
さっきまで命を張っていたことが馬鹿らしくなるくらいにアギは呆然とする。
「あと1人」
「お、おお、お前ら動くな! おい。こっちには人質が」
「それがどうした?」
リュッケを人質にする最後の帝国兵に光輝は銃を向ける。倒した帝国兵から奪ったものだ。
歩兵用の自動小銃。光輝は警告を無視して躊躇うことなく銃を撃った。
「!?」
銃弾は帝国兵の頭部側面を掠め、左耳を吹き飛ばす。
「がっ!?」
「人質がいることがそんなに優位なことなのか? 隙だらけだ」
「あ……ああああ!!?」
「きゃあ!」
片耳を失くした帝国兵は絶叫。
激痛のショックで人質を突き飛ばす。地面に倒れ込むリュッケは直前で大和に抱き抱えられた。
そのまま軽々とお姫様だっこ。
「大丈夫か?」
「ろ、ロウさん……」
リュッケは大和の精悍な顔が思いのほか近いので、気恥ずかしくなって真っ赤になる。
人質にされたショックなんて吹き飛んでいる。この状況に気が気でないのがお兄ちゃん。
「……てめぇ。いつまで抱いてんだよ」
「ん? ああ。悪い」
アギに睨まれてすんなりとリュッケを降ろす大和。それで今度はリュッケが恨めしそうに兄を睨む。
ピンチに駆けつけてくれた王子様。彼女はそれを連想して浸っていたのかもしれない。
「大丈夫か? リュッケ」
「……もう。兄は空気読んでよね」
「リュッケ!?」
妹が助かった安堵よりも、大和に対し得も言われぬ危機感を抱くアギ。
その一方で光輝は、
「なんだこれ。この距離で外すなんて……酷いな」
自動小銃の性能の悪さに悪態を吐いていた。
どうも初弾で『頭に当たらなかった』のが気に入らなかったらしい。再成世界の人間である彼の目からすれば銃の型もやけに古いもので、ガチャガチャと弄っては帝国兵を的に試し撃ちして彼を震え上がらせる。
「ヒイッ!」
「……最悪だ。どのパーツもガタがきてるし、サビも浮いて満足に整備もされてない」
帝国兵の肩を狙って撃ってみる。外れた。
「一応オート、セミオート射撃の切り替えはあるが、これで連射なんて」
これが軍の装備なのか? と疑問さえ持つ光輝。
この世界において、銃をはじめとする《機巧兵器》が失われた技術の産物であり、400年も昔の遺跡から発掘されるものをそのまま使っていようとは光輝は知る由もない。
「モデルガンの方がマシだ。暴発が怖くて使う気にもなれない」
そう言ってシングルショットでもう1発。帝国兵の腿を狙ったがまた逸れた。
「ちっ」
「お、お前! よくも……」
遊んでると勘違いしたのか、耳から流れる血を手で押さえ、光輝に向かって喚く帝国兵。
「俺達にこんなことして、あとで……っ!?」
「あと? 次があると思ってるのか?」
光輝は帝国兵の前に立つと、発砲で焼けた銃口を彼の口の中に突っ込んだ。
「熱っ! があ゛っ!?」
「喋るな。これなら絶対に外さないからな。……ロウ。戦車の通信機を抑えろ」
「ないぞ」
言われる前から《虎砲》をもう1度ひっくり返し、中を物色している大和。
ついでとばかりに気絶した操縦兵たちを外へ放り捨てる。
「何だって?」
「電子兵装の殆どが壊れてる。俺達の知るティーガー系に似てるけど、ボロい上に古い」
「本当に『がらくた』だったか」
「ああ。空調も壊れてるんだ。中なんてすげー暑い」
《帝国》の誇る《機巧兵器》をがらくた扱い。これを聞いた帝国兵やアギは信じられないといった顔をしている。
外への連絡手段がないほうが都合がいいので、「まあ、いい」と光輝は呟き、改めて銃を突っ込んだ帝国兵の方を向いた。
それから残忍に笑う。悪魔のように。
「おい。なんちゃって軍人。ここへ来て早々、よくもつまらないもの見せやがったな」
「あ゛ぐっ、あ゛あ゛」
「ヒトの言葉喋れよ。お前、あとでどうのこうの言ってたよな? 仲間が報復にでも来ると言いたいのか?」
「なっ!?」
「嘘?」
驚くのは話を聞いていたアギ。リュッケも帝国軍の報復が怖くて身体を震わせる。
「おい。お前!」
「待て」
光輝に掴みかかろうとするアギを大和が止める。
「ロウ! どけよ。このままだと集落は軍にっ」
「やりあった時点でもう遅い。あとは責任をもって説得するから」
「説得だと?」
「まあ見てろ。やり過ぎるなら俺が止める」
「はあ?」
「まがやんは悪い奴なんだ」
どういうことだ? とアギ。
それでその悪い奴といえば。
「まあ、報復なんてそんなの旅人の俺には関係ないし、今から死ぬお前にだって関係ない」
「!?」
「お前達のことは『誰も知らない』。そうだろ? 人知れず『事故死』してるのだから」
光輝は薄く笑って訊ねた。「MIAを知っているか?」と。
「作戦行動中行方不明。お前達は集落にさえ立ち寄っていない。例えば……哨戒任務の途中、魔獣に遭遇して隊は不幸にも全滅。そんなところだ」
「あ゛ーあ゛?」
「馬鹿な? だって? お前こそ馬鹿だろ。今、お前達の状況を軍に知らせる手段があるのか? 証拠はどこにある? 外に連絡係でもいるのか?」
「う゛……」
「いないみたいだな。おっと忘れてた。魔術を使ってみろ。その時点で『事故死』にしてやる。使ったらすぐにわかるぞ。『俺はな!』」
「っ!?」
そう言って光輝は、帝国兵にだけわかるように『目の色』を変えた。
恐怖を煽り思考を奪う。
追い詰められて沈黙する帝国兵。光輝はトドメを刺す。
「それとも。一般人を武力で恐喝しました、それで返り討ちにあいました、と上官殿に報告してみるか? 軍の備品である戦車を『蹴られて』駄目にしましたと言ってみるか? 俺が上官ならこう返すぞ」
下手な嘘を吐くな。貴様程度の兵なんて掃いて捨てるほどいる。
そんなお前は銃殺刑だ!
銃を更に喉の奥へ突っ込む。帝国兵は嗚咽してガクガクと恐怖するしかない。
絶望する帝国兵。光輝の指摘はあながち間違いではなかった。
たとえ《帝国》へ帰還できたとしても、『砂喰い』相手に《虎砲》を失うなんて誰も信じてくれない。信じてもらえたとしてもその後は一生嗤い者だ。『帝国人』扱いさえしてくれない。
『砂喰い』に負けるとはそれ程の屈辱だった。
そして。今は屈辱どころではない。
助からない。殺される。喉の奥に銃口を突っ込まれたまま、口の中の火傷も、耳の痛みも忘れイヤイヤと首を振る帝国兵。
涙目で命乞いするも、彼は光輝の眼鏡の奥から覗く、虫けらを見るような『金色の瞳』を見て嫌というほど理解してしまう。
『砂喰い』じゃない。アレは悪魔だ。
悪魔は人を殺す時に笑うのだ。そう彼は最期に悟る。
「死ねよ。お前たちに次はない」
「あ゛……あ゛、あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」
BANG。
光輝が銃をクイッ、と上に少し上げると、それだけで帝国兵は失禁して気を失った。
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「説得完了。ロウ。残りはまとめてやるから穴を掘れ。埋めるぞ」
「わかった」
銃をスコップ代わりにして、銃床でせっせと穴を掘りはじめる大和。随分と馴れている。
「説得、って脅迫かよ」
「力で恐喝するような奴らなんだろ? こういうのほど打たれ弱い」
「……」
アギは悪い夢を見ているようだった。悪党だったはずの帝国兵が気の毒に見えてしまったから。
そんな彼に光輝が声をかける。
「おい。確かアギだったな。突っ立ってないで手伝え」
「は? 一体何をだよ」
「こいつらの身ぐるみ剥ぐ。それから首まで埋めて今度は『あれ』を解体する」
「あれって《機巧兵器》をか?」
その発想はなかった。光輝に言われアギは驚く。
もうずっと驚きっぱなしだ。
「こいつらが来た証拠を隠す。また同じような奴らが来るかもしれないんだろ?」
「……! そうか。でもあれ、解体なんてできるもんなのか?」
「できないことはない。戦車はパーツにして他所で売るなり別のことに使えばいい。あんな鉄屑、使えるものがあればいいが」
「お前、技術士なのか? ……へっ。さっきといい悪いヤツだな」
「よく言われる」
光輝がさらりと言えば、アギだって悪そうな笑みを浮かべた。
正直、帝国兵がやっつけられて気分がよくないわけがない。
「アギ兄……」
「リュッケ。お前は倒れた長様や爺さん達の介抱を頼む」
「え? うん。兄は?」
「俺は隠れてる奴らを呼んできて一緒にあいつらを手伝う。じゃあ、行って来る」
「あ。まって!」
制止を振り切り、アギは駆け出した。
良くも悪くも、2人が来たことで何かが変わる。
そんな予感に突き動かされて。
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